表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

第1話:オオカミが来たぞ③

 空を見上げることのできないこの世界で、基地が放つ焼夷弾の砲撃は、神の雷にも等しい。上空を回遊する全長百メートルを超える神獣級と呼ばれる皇獣に触れぬよう、低空の弾道を描いて放たれる死の宣告。アラームの警告音が鳴る。網膜に投影されたカウントダウンが、無慈悲に六百秒のラインを割り込んだ。


 地を這う赤黒い絶望の海が、静かに、だが確実に俺たちの足元を侵食していた。北方第6前線基地を囲むのは、鉄分を多く含んだ赤い土の荒野だ。だが今、その赤褐色の大地が不自然に隆起し、脈動していた。


 カビの変異体、皇獣スライム。数十を数える大小様々な個体が、その不定形の体の色を周囲の赤土や泥を喰らって同化させ、岩や土塊のフリをして潜んでいたのだ。全長十メートルを超える大型が三つ。ほかにも小型や中型が掃いて捨てるほど蠢いている。足場が悪すぎた。地面のあちこちが、まるで生きているかのように錯覚してしまいそうである。


 こんなに基地の近くに迫るまでCCCが気付けなかったのは、地面と見分けがつかない擬態能力、レーダーに感知されにくい低身長かつ低速移動、そして先の襲撃による陽動が原因というわけだ。なかなか嫌らしい小細工をしてくれる。南部の戦場とは大違いだ。


 トリオンを歩行モードに切り替え、泥濘と化した大地に注意を払いつつ進む。一見、乾いた赤土に見える場所でも、MA(マシーナリィアーマー)の重量がかかった瞬間に底なし沼のように沈み込み、粘りつく触手となって脚部を絡め取ろうとまとわりついてける。すかさずマイクロミサイルを撃ち込んでやると、スライムは火を嫌がって離れていった。


 これは思った以上にまずい。脚部に装備したマイクロミサイルは、残り五発。撃ち切る前にこの地獄を脱出しなければ、みんなまとめて焼夷弾で丸焼きだ。焦りを覚えつつも、俺は冷静さを装ってマイクに呼びかけた。


「こちら“ドルフィン”! デザートマウス小隊! 応答を! 無事な奴は手を上げろ!」


『嘘だろ……救援か!? こちら“ジャービル”! 本機は大破、とはいえまだ大丈夫だ! 逃げ遅れた一機は完全に沈んだ、もう助からない! それより“アグチ”と“デグー”は、このヘドロ共に脚を固められて動けない! 座標を送る、そっちの救助を先に頼む!』


「了解。“ドルフィン”、Silence(行動)-Break(開始)


 無線の向こうから、悲鳴に近い声が届く。隊長機はまだスライムに飲まれてはいないが、“羊飼い”に脚をやられたのか、しゃがみこんだ姿勢のまま身動きが取れそうにない。脱出装置も作動しないらしく、外から手動で開けてやる必要がありそうだ。


『汚ねえ泥だぜ! まとめてぶち抜いてやるよ!』


 狂犬が吼える。リュオンのギガントが大型バーニアを吹かし、泥の波へと突っ込んだ。ストライクパイルが唸りを上げ、地表を穿つ。凄まじい衝撃波でスライムの体が弾け飛ぶが、粘性を持つ液状の体は即座に繋がり、何事もなかったかのように動き出す。


 彼の攻撃はスライムの進行を遅れさせてはいるものの、致命傷を与えるには至っていないようだ。土を飲み込んで濁ったスライムの体内は、皇獣の弱点である皇核胞の位置が特定し辛い難敵である。こんな時に解析に特化した支援機が居てくれたらと思うが、無いものねだりしても始まらない。気持ちを切り替えよう。


 彼ならしばらく遊ばせておいても問題ないと判断し、俺は救助活動に専念することにした。



「“アグチ”、“デグー”! 生きてるか!」


 指定座標に駆けつけると、モニター越しに見える灰色に塗装されたトリオンは腰まで泥に浸かり、もがくほどに沈み込んでいた。


 脚部の装甲は既に腐食によって原型を留めておらず、剥き出しのフレームもいつ折れてもおかしくないほど危うい状態だ。ギガントほどのパワーが無いため、一度絡めとられると脱出できなくなるのだろう。


 スライムの菌糸は、獲物の熱を感知して装甲の隙間へと這い上がり、排気ダクトや関節のシーリングを食い破ろうと執拗に叩いている。


『……だめだ……回路がショート……ハッチが開かな……』


 途切れ途切れの通信。スライムが獲物を消化する際に発する強烈な酸と熱が、機体内部の精密機器を焼き切っているのだ。脱出装置の火薬も、スライムの湿気で死んでいるのかもしれない。


「リル、こいつらのハッチの外部強制解放コードを回せ!」


 俺の要求に、スピーカーから返ってきたのは、しかし無機質な拒絶だった。


『従いかねます。デザートマウス小隊の救助は作戦に含まれていません。司令部からは待機を命じられています』


「この、石頭め……っ!」


 悪態をつきながら、俺はハッチの歪んだ隙間に視線の焦点を合わせる。照準システムが、その隙間をロックオン。マニピュレータの操作をセミオートに切り替え、トリオンの右手の指をそこへねじ込んだ。


 マニピュレータの感圧センサーが泥と菌糸を噛み、粘土と腐葉土をかき混ぜたような抵抗がMA(マシーナリィアーマー)の腕を揺らす。スライムの酸で腐食し始めていたハッチの縁は、脆く、だが同時に菌糸の粘りで強固に固着していた。


 問題ない。電子的な(コード)が使えないなら、物理的な(パワー)でぶち破るまで。そのためのMA(マシーナリィアーマー)だ。


「お前らが焼却処分だって言うなら、俺がゴミ箱から引きずり出してやるよ!」


 脚部のアクチュエータが悲鳴を上げ、駆動系から火花が散る。装甲が軋み、ついにハッチが根元からへし折れた。まとわりついていた粘液がはじけ飛ぶ。


 俺はスライムに汚染されていないもう片方の腕で、中から這い出そうとするライダーの襟首を掴み、文字通り引きずり出した。ライダースーツにスライムが付着していないことを確認し、こちらのコクピットに放り込む。


 ようやく一人目。ゲートが完全に閉じるまで、残り時間は六分を切っていた。


「くそ、時間が……次だ! “デグー”、いま行く! それまで沈むなよ!」


 背後では、リュオンのギガントが放つ衝撃波がスライムを跳ね飛ばすも、飛び散った汚泥は波紋のように即座に形を戻し、じわじわと包囲網を狭めてくる。小型は何体か始末しているようだが、あれでは焼け石に水だ。


 足元の泥が、再び俺のトリオンの足首を掴んだ。即座に膝裏のマイクロミサイルを一発、至近距離の泥に叩き込む。爆炎がヘドロを炭化させ、一瞬だけ生まれる空白。その機を逃さず、俺は次の要救護者の元へと機体を走らせた。


 同じ要領でもう一人を助け出し、今にも崩れそうな小隊長機からも“ジャービル”を救い出す。既にスライムの群れは、基地の第4ゲート目前まで迫っていた。数機のMA(マシーナリィアーマー)がゲートの向こうから砲撃を加えているが、相手が多すぎて対処しきれていない。


『准尉! ゲートが閉じるまで残り三十秒を切っている! 今から戻っても、もう間に合わん! 着弾地点から少しでも離れろ!』


 中尉の喚き声を聞くまでもない。ここまでやってダメでした、では格好がつかないどころか、ただの犬死にだ。一人乗り用のコクピットに四人はさすがに狭すぎるのだが、文句を言っている余裕すらない。


 再びギアを入れ替え、高機動モードへシフト。MA(マシーナリィアーマー)の踵に装備されている大型タイヤが接地するのを確認すると、俺は思い切りフットペダルを踏み込んだ。限界まで回す。急加速にエンジンと機体フレームが悲鳴を上げる。


 しかし、粘液を噛んで空転する車輪のせいで、思ったほどの速度が出ていない。時間切れを察してか、遠くでリュオンのギガントはバーニアを噴かし、離脱していくのが見えた。少しだけ安堵する。少なくとも、彼は焼夷弾の雨に晒されることはないだろう。



 後は自分達だけなのだが、ここでタイムアップのようだ。要塞砲とばっちり目が合ってしまった。タイムカウンターは、既にゼロを指し示している。機化人には存在しないはずの心臓が縮み上がるのを感じた。


 大気を震わせ煙を吐く砲身。第一射は比較的基地に近い場所まで迫っていた大型に着弾し、辺りを火の海に変えた。炎に囲まれたスライムたちが、右往左往し始める。


「くそっ、始まったか! おい、誰か応答しろ! あと一分待ってくれ! みすみすこいつらを死なせてたまるかよ!」


『“ドルフィン”、その要請は受け入れられません。作戦に支障をきたします』


 返って来た声は、氷のようだった。アンドロイドのリルだ。


「そんなことを言っている場合か! 人命がかかっているんだぞ!」


『私たちは司令部の待機命令に従う義務があります。准尉の命令違反に加担することはできません』

 さらに言い返そうとした俺の言葉を遮るように、再び空気が震えた。第二射だ。遥か上空から降り注ぐ焼夷弾が、大気を引き裂く不気味な高周波を撒き散らしている。着弾した焼夷弾は、二体目の大型を火だるまに変えた。まき散らされた燃料がスライムに溶け込み、次々と周囲の個体に延焼していく。


 このままじゃ、たとえ直撃を避けることができたとしても、火に巻かれておしまいだ。考えろ、何か手はないのか。ゲートは閉じ、帰還は不可能。砲撃も止められない。ならどうする?


 選択肢は多くない。俺は加速を諦めて急制動をかけた。


「リル、方針を変える。俺の行動に加担する必要はない」


『……?』


 沈黙。俺の意図を計りかねてか、リルはすぐに返事をしなかった。構わずにまくし立てる。


「俺は今日、北方第6前線基地に着任したばかりの新参だ。この基地周辺の地理も、危険区域のデータも頭に入っていない。軍規に基づき、新人にハザードマップのデータを共有しろ。急げ!」


 更なる沈黙の後、リルは感情の起伏を感じさせない相変わらずの声で、静かに要請に応じてくれた。


『合理的です。教育プログラムとして、周辺地形の機密情報を転送します』


 機体にデータが届く。モニターに映し出されていたマップに、古い構造図が重なった。


 西北西三百メートル、そこには地下弾薬庫が存在している。国境付近のこの基地周辺には、基地に戻らなくても補給が行えるよう、あちこちにMA(マシーナリィアーマー)用の武器庫や弾薬庫が掘られているのだ。


 厚い地層と鋼鉄の蓋に守られた、この灼熱地獄で唯一の空白地帯であった。迷わず目標地点へと走り出す。


 第三射が背後で着弾した。真っ白な閃光。直後、猛烈な熱波がトリオンの装甲を焼き、衝撃波が機体を前方へと押し飛ばす。くそ、かなり近い。


 幸い、機体が近付くとハッチは自動的に口を開けた。どうやら機体の識別信号に連動しているらしい。自動音声の誘導を無視し、俺はバランスを崩しながらもなんとかハッチへと機体を滑り込ませる。手動で入口の蓋を閉ざすと、自動で電子制御のロックがかかった。続けて三層の隔壁が閉じていく。


 一拍置いて、頭上で世界が焼滅した。

 防爆ハッチを介して伝わるのは、轟音というよりは振動そのものだ。地下施設の天井から土埃が舞い落ち、機体のライトがそれを不気味に照らし出す。今頃、地上で熱波によってスライム共が瞬時に水分を失い、炭化して弾け飛んでいる頃だろう。


 暗闇の中で、生き残った連中の荒い呼吸音だけが響いていた。


「……生きてるか、お前ら」


 俺の声に、誰かが鳴咽を漏らして答えた。外では今も、司令部が下した“妥当な決断”が、スライム共をその菌糸一つ残さず焼き尽くしている。


 だが、この暗い穴の中には、計算外の“駒”がまだ残っていた。俺たちは、しぶとく生き延びることができたのだ。


「最悪の初日だ……“ドルフィン”、Din-Out(行動終了)


 俺は機内の照明を切り、熱を帯びた義肢を冷やすように、シートへ深く身を沈め、目を閉じた。外が静かになるまでは、今度こそ、しばらくこのまま待機である。



 焼夷弾の業火が消えた後、世界を支配したのは不気味なほどの静寂だった。地下ハッチを押し開けると、外気と共に焦げ付いた臭いが入り込む。俺は泥と灰にまみれたトリオンを動かし、救出した兵士たちを地面へ下ろしてやった。俺も一緒に焦土と化した地上に降り立つ。


 彼らは感謝の言葉を口にするどころか、自分たちを焼き殺そうとした同胞への恐怖に、ただガチガチと義肢の関節を鳴らして震えていた。


「准尉。処罰は免れないぞ」


 静寂を破ったのは、歩み寄ってくるクローディアの声だった。後ろにはリルも控えている。移動用の装甲車に乗って、わざわざ迎えに来てくれたらしい。その顔には、安堵を押し殺したような、しかし硬い怒りが張り付いている。だが、彼女が手に握る端末を見れば、指先が白くなるほど強く震えているのが分かった。


 部下の生還を喜んでいるようには見えない。かといって、俺の独断専行に憤慨しているだけとも違う。何かに怯えているような、あるいは、積み上げた積み木を理不尽に崩された子供のような、形容しがたい拒絶の色がそこにはあった。


「お前は命令を無視し、死ぬはずだった彼らと共に、自分という軍の資産を焼却炉に放り込んだ。一体、何の権限があってそんな真似を」


「中尉殿。お前達の帳簿は、こいつらは最初から“損失”として計上済みだった。それだけの話だろ」


 俺は機体から降り、正面から彼女に対峙する。


「お前の言う正しさとやらは、ずいぶん高いところにあるらしい……足元の死体が見えないくらいにな」


「貴様……!」


 クローディアが言葉を失うのを無視して、俺は後ろに控えるリルの側を通り過ぎた。


「准尉。救助成功は、予測データの範疇外です…………エラーを確認」


「ああ。計算間違いで助かった命だ。大事に記録しとけよ、骨董品」


 後部座席に乗り込む俺の背中を、煤臭い風が撫でていく。


 ふと視線を上げた先。厳重なセキュリティに守られた司令室の窓には、自分を笑顔で迎えた“名将”が、今も完璧な清潔さの中に座っているはずだ。あそこから見る景色は、さぞかし綺麗に整理整頓されていることだろう。


 正しい規律という名の牙が、誰かの命を静かに噛み殺していくこの場所で。


 何度も何度も繰り返してきた命令違反が、間違いではなかったと思える日が来るまで。


 俺は一人、先の見えない現実の闇の中に、身をゆだねることにしたのだ。


「……オオカミが来たぞ」


 その呟きは、まだ誰の耳にも届くことはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ