第4話:一人はみんなのために、みんなは一人のために⑤
リルに言われて、記憶を辿る。
――“ハンマーヘッド”、また勝手なことを! CCC《戦術管制室》からの次の指示はまだ……ああもう、勝手なことをするな! 私が、私の指揮が、疑われるだろう! CCC、何とかしてくれ!
――だから、焼くんだ。彼らごと、ゲート前の群れすべてを、な。これは司令部からの命令だ、この基地が生き残るための生存戦略なんだ。
――聞こえないのか!? 私は……私はただ、命令を遂行したいだけなのに! 誰も、どうすればいいか教えてくれない!
(……馬鹿な、そんなこと有り得るのか? 仮にも小隊の指揮官だぞ? さすがに一度もなんてことは)
『一度も無いはずです。彼女が下す命令は、全て司令部からの直接指令、あるいはCCCからの現場単位での指示を、そのまま伝えているだけに過ぎません』
リルの言葉に、愕然とする。なんてこった、要約すると、こういうことになる。
クローディアは、自律的な思考を完全に絶っている。故に、上からの指示を俺たちに横流しすることはあっても、自らの責任で現場に判断を下し、指揮を執ることができないのだ。
(だから、俺やリュオンが勝手に飛び出すと、あるいは想定外の状況に陥ると、あんなに狼狽えていたのか。いやしかし、軍は何でそんな人間を、わざわざ指揮官に据える? 自分で考えられない、人形同然の兵士なんかに隊を任せたところで、メリットがあるとは……いや、あるのか?)
『短絡的な判断は禁物です、准尉。あなたがいらっしゃる前も、シービースト小隊の戦績は、決して悪いものではありませんでした。むしろ、北方第6前線基地内でも、任務達成率はかなり高い部類に入ります。大部分がリュオン少尉の戦果であることは否定しませんが、それは“中尉が少尉を止めるという命令を下せないから”でもあります』
リルの淡々とした指摘に、俺は奥歯を噛み締めた。
クローディアは、指揮官などではなかったのだ。司令部から流れてくる正解を現場に垂れ流すためだけの、意志を棄てた拡声器。軍という巨大な構造の末端で、考えることから逃げるために自ら心の蓋を閉ざしてしまった、中継器に過ぎないということだ。
「制御を失ったエースの暴走を、あえて静観することで戦果を最大化する。それだけで機能するなら、軍にとってこれほど管理コストの低い小隊はありません」
(馬鹿げてる……それはつまり、さっきの砲撃は司令部か管制室からの命令だって言うのか!)
思わず声なき声を荒らげてしまう。しかし、リルは静かに首を横に振った。
『義肢の油圧が上がっていますよ、准尉。落ち着いてください。司令部からの命令は、ブリーフィングで中尉が話した通りです。覚えていらっしゃいますよね?』
「ああ。司令部からの命令は、歩兵部隊の施設への突入支援、および敵の完全排除……おい、まさか」
『はい。司令部からの命令には、周辺への被害や人質の生死に関する指示が含まれていません』
「そんなふざけた話があるか! こんなの、見れば分かるだろう! 敵皇獣が目標施設に張り付いてる! なら、引き剥がして、安全を確保してから歩兵部隊を突入させ、人質を解放する! どう考えても、それ一択だろう!」
『それは、准尉がどうにか考えた結果です。彼女は考えないのです。そして、司令部はそこを評価しています。賢い兵士としてではなく、優秀な兵器として』
着任の挨拶時、エドムント司令が言った言葉を思い出す。
――災難だったね、着任早々あんな怪物に遭遇するとは。だが、おかげで救われた命がある。我が基地へようこそ。君のような現場で判断できる兵士こそ、今の私には必要なのだ。期待しているよ。
(そういう事かよ、クソッタレ!)
少将は、クローディアという止まらない弾丸に、俺という意志を添えようとしたのだ。規律に縛られ、自ら思考することを止めてしまったこの小隊長に、正解を探し出せる人間を。それは信頼という名の、あまりに重すぎる期待であった。
思考の放棄――何故、という言葉は、もはや浮かばない。彼女がここまで壊れてしまっているのは、相応の地獄を見てきたからなのだろう。
噂によれば、北方第6前線基地に左遷されてくる連中は、大なり小なり問題児ばかりだと聞く。たとえば、命令違反を繰り返すあまり、降格処分を受けた上で、シービースト小隊に組み込まれた俺のように。そして、そうなってしまった理由が、その過去に必ず潜んでいるはずだ。
ならば、今さら俺が一言二言声をかけたところで、それは解決できるほど根の浅い問題ではないだろう。彼女をここまで追い詰めた何かは、俺のような余所者が土足で踏み込んで、簡単に取り除けるような生温いものであるはずがない。
コンソールに並ぶ“DROP”の赤文字。それは彼女の心が、自身を守るために作り上げた強固な防壁の残骸のようにも見えた。
『システム復旧。“オウカ”機、砲身冷却開始。砲撃用コンデンサ蓄電開始。次弾発射まで、残り三百秒』
リルの報告が、俺を現実へと引き戻した。冷水を浴びせられたような感覚に、はっとする。そうだ、俺たちには感傷に浸っている時間なんて無いのだ。
機体の再起動に五分、砲撃再開にさらに五分。合計十分のインターバルの内、既に半分が過ぎてしまった。
遙か前方、膝をついていたクローディア機が、陽炎のような排気を上げながら緩慢な動作で立ち上がる。その巨人の姿に、もはや俺たちの知るヴァレンタイン・クローディアの意思は宿っていない。
刻限を突きつけられた俺は、あっさりと説得という選択肢を投げ捨てた。声が届かないのでは、彼女にしてやれることは何もない。今は別の手段で、レールガンの砲撃を止めなくては。
「やはり諦めちゃくれないか。そうだ“ハンマーヘッド”、こうなったら力ずくだ! “オウカ”を後ろから組み伏せて、レールガンの給電ケーブルを引っこ抜けないか? 動けない今が最大のチャンスだ!」
動かない身体の代わりに、思考を加速させる。俺は公用回線を開き、リュオンへ矢継ぎ早に指示を送った。
だが、彼が反応する前に返してきたリルの答えは、俺の悪あがきを無慈悲に撥ね退ける。
『不可能です、“ドルフィン”。“オウカ”機は現在、再起動と同時に自動迎撃モードへ移行しています。半径二百メートル以内に接近する動体は、敵味方の識別なく、内蔵機銃による飽和攻撃の対象となります』




