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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第3話:こんなに大きなアヒルがいるもんか⑦

 ――それは、何の意味もない行動であった。いかに理不尽であろうとも、軍人にとって上官の命令は絶対である。


 加えて彼女は、修理パーツの確保すらままならない、使い潰されるだけのアンドロイド。無駄な問答を切り上げ、合理的解決手段を実行することこそが、道具である自分の役割。そう、彼女は考えていたはずだった。


 今まさに、この瞬間までは。


(……? ……!? そんな、信じられません。あり得ません。軍用センサーが完全に無効化されているこの座標で、家庭用の、こんな低性能のセンサーが……反応を……!)


 驚愕に震えるリルの独白。その直後、俺のモニターの端に、たった一つの青い光点が灯る。まさに、俺の盾が次の攻撃に晒されるその寸前のことであった。


『見つけました。“私”の目は節穴でしたが、"Little lady”の目は節穴ではありません。土煙の向こう、私より二時の方向、距離四百八十。そこに、小さな“不健康な反応”があります。敵神官です』


『はぁ!? 何でだよ!!』


 リルが戸惑うのも無理はない。それはまさに、ウィル・オ・ウィスプの攪乱によって発見できなかった、神官――すなわち、敵指揮官の生体反応だったのだ。


 高感度を追求したMAの複合センサーは、過剰な情報に翻弄され、その目を塞がれていた。対してリルが用いたのは、生命活動のみを対象とする、極めて狭い指向性のバイタル・スキャンだ。一般家庭用の拙い健康管理システムが、皮肉にもその存在をかすかなノイズとして捉えていた。


 しかし、この場で一番驚いているのはリュオンであった。いや、本当に何でだよ。お前が命令したことだろう、などと言っている時間も惜しい。


 俺は即座に、タワーシールドの裏側にマウントされているサブマシンガンと右手のカットラスを持ち替えていた。一拍遅れてリュオンはニードルガン、クローディアはスナイパーライフルを、それぞれ構える。


 どうやらリュオンの滅茶苦茶な熱弁のせいで、クローディアは逆に頭が冷えてしまったようだ。少しだけ安堵する。


「よくやった、“ノーチラス”! “オウカ”、“ハンマーヘッド”、座標は届いているな!」


『お、おうよ! さすが僕、何とかなるもんだな!』


『……後であの恥ずかしい口上の音声記録を、他の隊にも共有しておいてやるから、楽しみにしておくんだな』


『止めて!? 姐さん、鬼っスか!?』


 馬鹿なやり取りをしながらも、ほぼ同時に俺たち三人はトリガーを引く。座標目掛けて弾丸の嵐が吸い込まれていった。


 着弾と同時に、鋭い噴気音が響く。風景を完璧に模倣していた空間が、古い映像が乱れるように激しく明滅し、硬質でひび割れた鱗の質感が露わになっていた。


「……姿を現しやがったな、幽霊め!」


 そこにいたのは、観測塔から少し離れた場所に鎮座する、岩肌のような皮膚から銃弾の雨を受けて血を流す巨大なカメレオン――皇獣(おうじゅう)レイスであった。



 集中砲火が止み、立ち込める硝煙が風に流される。そこに晒し出されたのは、あまりにも異様な光景だった。


 皇獣(おうじゅう)レイス。それはカメレオンの変異体である皇獣(おうじゅう)につけられた名前だ。リルから転送されてきた情報によれば、その表皮は保護色を作り出すどころか、皇核胞(おうかくほう)の働きによって肉眼では判別不能なレベルでの光学迷彩を形成することができるらしい。


 さらに体温も周囲の地形と完全にシンクロすることでサーモグラフィでも識別が難しく、あまり大きく動かないために動体反応も察知し辛いときた。特徴的な凹凸を持つ肌は電波を適度に乱反射し、全長が二十メートルに達する大型にもかかわらず、レーダーにも映らないのだとか。


 加えて、各種センサーを攪乱するこのウィル・オ・ウィスプの大群のせいで、さらに隠密性に拍車がかかっており、光学迷彩が適用されない舌はウィル・オ・ウィスプの自爆攻撃による爆炎と土煙に紛れ、予測不能な方向から伸びてくる。


 おそらくCCC(戦術管制室)の方でも、まさか“幽霊”が潜んでいるなどとは想定していなかったはずだ。


 擬態の維持能力を失ったレイスの皮膚が、周囲の岩肌と本来の毒々しい緑色との間で激しく明減し、故障したモニターのようなモザイク模様を晒している。


 レイスの背後、岩影から一人の男が飛び出した。法衣を翻し、血相を変えて斜面を駆け下りていく。皇獣(おうじゅう)を操っていた神官だ。


 彼が手にしていた指向性の音響装置と思われる杖は、一斉射撃時の衝撃でへし折れていた。あれで皇獣(おうじゅう)に指示を出していたのだろう。これで件の不快な祈りの言葉も、もう俺の聴覚デバイスには届くことはない。


『逃がすかよ!』


 リュオンがニードルガンの銃口を向けるが、それより早く、塔の内部からも数人の工作員が飛び出し、用意されていた隠蔽用の車両へと転がり込んだ。


「深追いはするな、“ハンマーヘッド”! 塔の奪還が先だ!」


『ちっ、腕がイカレてて狙いが定まらねえ! 仕方ねえな……うわ、神官がいなくなった途端、皇獣(おうじゅう)どもが!?』


 リュオンの言葉通り、戦場の空気が一変していた。指揮官が逃げ出したことで、それまで精密な機械のように一定間隔で俺たちを追い詰めていたウィル・オ・ウィスプたちの動きが、目に見えてバラバラになったのだ。


 統制を失った光の群れは、ただ目の前の熱源に群がるだけの羽虫へと成り下がっていた。獲物を狙う見えない暗殺者もまた、傷を負って暴れ回るだけの巨大なトカゲへと退化している。


『目標、組織的行動能力を喪失。ええと、この状況は……』


『馬鹿、もう自爆の必要なんて無いってことだ! 通常兵装で片付けられる敵に、でっかい花火なんて勿体ねえだろ! それくらい分かれよ!』


 リュオンの声には、もう先程までのような怒りはない。子供じみた言いがかりを並べ立てただけにもかかわらず、彼は見事に状況を覆すことに成功したのだ。


 まさかこの状況でなお、CCC(戦術管制室)はまだリルに自爆しろとは言うまい。その方が“効率的”なのだから。


CCC(戦術管制室)、さっきの命令は却下だ! “オウカ”、いけるな?」


 俺の声に、フェイスウィンドウに映るクローディアが小さく頷いて応える。まだ迷いは消えていないようだが、この様子なら戦闘はこなせるだろう。


「俺は、レイスを抑える、トドメは任せるぞ、“オウカ”! “ハンマーヘッド”は左翼から回り込んでウィル・オ・ウィスプの群れを散らせ!」


『いや、僕のギガントはさっきの射撃で左腕もダメになった。もう引き金を引くこともままならねえや。命令だ、“ノーチラス”。これで終わらせて来い。今日の得点王はお前くれてやるよ』


 リュオン機が無造作にニードルガンを放り投げる。それは重く鈍い音を立てて、ハミングバードの足元へと滑っていった。


 それが射出するのは、通常規格の弾丸ではない。細長い釘のような、あるいは矢のような弾体は、その重い質量によって極めて高い貫通能力を有する特殊なものである。


 いくら的が小さいウィル・オ・ウィスプであろうとも、あれだけの数が集まっていれば、精密に狙わずとも次々と爆破できるだろう。既に操り手である神官は、この場にもういない。器用に回避されたり、誘爆の規模をコントロールされるようなこともないのだ。


『“ノーチラス”、了解。プランA:自爆攻撃を破棄し、作戦を完了させます』


 そう答えた彼女の声もまた、もう困惑を含んではいなかった。


 トリオンの出力を全開にし、暴れ狂うレイスの懐へと飛び込む。神官の祝詞という指揮を失ったレイスの攻撃は、ひどく単調だ。視認できてさえいれば、あの舌はただの長いだけの鞭に過ぎない。


 タワーシールドを斜めに構え、振り下ろされる舌の打撃を受け流しながら、至近距離からサブマシンガンの弾丸を、その眼球へと叩き込んだ。


 皇獣(おうじゅう)は太陽光がある限り、自己再生を続けるという厄介な性質を持つ。負傷させ姿を見せた今、確実に倒しておかなければいけない。


『敵皇獣(おうじゅう)、殲滅します』


 リュオンから受け取ったニードルガンの雨が空に向かって駆け上がり、統制を失ったウィル・オ・ウィスプたちを次々と爆破していった。回避行動を取らないため、これまでと違って面白いほど爆発が連鎖していく。その炎と爆風が周囲の敵を焼き、先刻まで俺たちを苦しめた光の壁が、今はレイスの退路を断つ檻となっていた。


『チャージ完了……これで終わらせる!』


 クローディアの合図に反応し、俺は高機動モードのバックダッシュで、レイスから距離を取る。彼女のギガントが構えているのは、先程のスナイパーライフルではなく、右肩に設置されている大型のレールガンであった。


 電磁力が生み出す、圧倒的運動エネルギーによる暴力。指揮官機用の高性能なエンジンを搭載していないと稼働できないほど、大電力を要する超兵器だ。なるほど、あれなら一撃でレイスを木っ端微塵にするだけの威力が出せるだろう。彼女の機体でなければ装備できない代物である。


 それは落雷か、あるいは地震か。そう錯覚してしまうほどの轟音が轟く。あっという間に音速を数段飛ばしで超えた弾丸は、衝撃波をまき散らしながらレイスの胴体の中心を正確に撃ち抜いた。残った頭部と尾部も、遅れてやってきた衝撃波が粉砕していく。


 断末魔を上げる暇もなく爆散していく巨大なカメレオン。あれでは皇核胞(おうかくほう)が体内のどこにあっても、破壊し尽くされているだろう。


 静寂が戻った。空に漂っていた残光が、意志を失った塵のようにゆっくりと風に溶けていく。

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