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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第3話:こんなに大きなアヒルがいるもんか④

 国境からほど近い、標高八百メートルの断崖にそびえる第1観測塔。俺たちシービースト小隊は、そこから約一キロメートル離れた地点に集結していた。


 本来そこは、基地周辺の皇獣(おうじゅう)の動向を監視するための静かな監視ポストである。だが今、その鉄塔は、基地全域を滅ぼしかねない死の増幅器へと変貌しつつあった。


 観測塔の周辺には、無数の発光体が忙しなく飛び交っていた。偵察部隊からの報告によれば、ホタルの変異体――皇獣(おうじゅう)ウイル・オ・ウィスプとのことだ。


 真昼だというのに、距離のあるここからでも分かるほど光をはっきりと捉えることができる。一匹一匹は先日の皇獣(おうじゅう)ミルメコレオよりさらに小さく、そして数が多い。


 さらに、連中の光は単に眩しいだけではなく、特有の電磁波が悪さをしているようだ。各種近距離パッシブセンサーが、狂った値を吐き続けている。これでは視界の大部分が閉ざされたようなものである。


『第1観測塔の占拠を確認。塔頂部の高利得アンテナが、ヘアツゥ司教国の通信波にジャックされています』


 コクピットの通信機より、CCC(戦術管制室)からの報告が届く。が、皇獣(おうじゅう)を操っているであろう肝心の神官の姿は、どこにも見当たらない。


 ヘアツッ司教国。彼らがMA(マシーナリィアーマー)を持たずして我が国と拮抗し続けられている理由は、その“祈祷”にある。彼らは独自の音響兵器、あるいは催眠暗示とも取れる祝詞や聖歌を用いることで、野生の皇獣(おうじゅう)たちを組織的な軍隊へと変貌させているらしい。


 縄張り意識が極端に強い皇獣(おうじゅう)という存在は、本来、人間には決して従うことはない。むしろ、人類にとっての絶対的脅威でしかないと言える。


 そんな皇獣(おうじゅう)の使役という奇跡は、スワスチム共和国の科学技術をもってしてでも、今なお解明できていない怪現象だ。が、連中が神へ捧げる祈りと言葉が皇獣(おうじゅう)を狂わせているのは、経験上、疑いようがない事実である。


 となれば、奴らの狙いは明確であった。占拠した観測塔のアンテナを使い、広域放送システムをジャックして、この一帯に眠る数万の皇獣(おうじゅう)に向けた大号令を発することだ。もし祝詞の音声が広域放送で拡散されれば、基地は文字通り怪物たちの海に沈むことになるだろう。


『なあ、要するに放送を止めればいいんだろ? 姐さんのスナイパーライフルでアンテナをぶっ壊しちまえば、それで終わりなんじゃないのか? あとは歩兵部隊を塔に突入させて、内部の工作員を捕まえちまえば任務完了だ』


『そうだな、やってみよう。“オウカ”、Silence(作戦)-Break(開始)


 敵に奪われるくらいなら、破壊してしまえば最悪の事態は止められるのでは、とリュオンは考えたようだ。短絡的ではあるが、猶予が無いというのならそれも有効な作戦と言えるだろう。


 クローディアのギガントが、機体背部にマウントされていたスナイパーライフルを構える。岩陰に膝をつき、長大な狙撃銃をバイポッドで固定した。銃身が微調整され、ライトブルーの装甲が陽光を反射して淡く輝く。


 静寂――しかし、数秒が経過しても、銃声は響くことがなかった。


『くっ、これは……!』


「“オウカ”、どうした」


『駄目だな。“ノーチラス”、全員に私のFCS(照準)データをリンクしろ。見ればわかる』


 クローディアの指示通り、俺の網膜にはクローディア機の視界が投影された。思わず顔をしかめる。リンクされた視界の中で、赤いロックオンマーカーが狂ったように踊っていた。


 無数のウィル・オ・ウィスプが放つデタラメな光量と、激しい明滅。それが発する電磁ノイズに、高性能なはずの火器管制AIが完全に翻弄されているのだ。狙うべきアンテナを捉えようとした矢先、手前を横切る光の粒にマーカーが吸い寄せられ、次々とロックが外れていく。


「これじゃあ、まともに狙えないな。補正なしのマニュアル操作でならどうだ?」


『さらっと難題を言ってくれる』


 クローディアは短く愚痴ると、光学サイトの倍率を上げ、指先でトリガーの遊びを殺した。重厚な排気音が鼓膜を震わせ、超硬合金弾が放たれる。だが、弾丸がアンテナに届くよりはるか手前、光の幕に接触すると同時に、世界がオレンジ色に染まった。


 一匹のウィル・オ・ウィスプが弾丸の衝撃で自爆し、それが周囲を巻き込んで連鎖的な爆炎の壁を作り出した。ワンテンポ遅れて、外部マイクが断続的な破裂音を拾う。まるで出来の悪い花火大会だ。


 まるで夏祭りの花火大会だ。弾丸はその膨大なエネルギーの濁流に呑み込まれ、本来の軌道を無残に逸らされて虚空へと消えていった。


『爆発しやがった……あの皇獣(おうじゅう)、衝撃に反応して自爆するのかよ』


 リュオンの驚愕の声に、クローディアが苦々しい声を重ねる。


『狙撃は不可能だ。下手な鉄砲は数を撃っても当たったりはしないらしいな。アンテナに到達する前に、爆風が運動エネルギーを食い散らしている。これでは弾が届かん』


『目標、依然として健在。効果は認められません』


 リルの声が淡々と事実を告げる。どうやら俺たちの見立ては甘かったらしい。とはいえ、もたもたしていたらあの忌々しい“神を称える聖なる言葉”とやらが、近隣一帯の皇獣(おうじゅう)をこの場にかき集めてしまう。


 皇獣(おうじゅう)を操る神官を叩こうにも、MA(マシーナリィアーマー)のセンサーでは奴らの姿を捉えることができていない。ウィル・オ・ウィスプの電磁反応が大きすぎるのだ。想像以上にまずい状況である。


「そういえば、“ノーチラス”はどうしてそんな機体に乗っているんだ?」


 ふと気になって、リルの乗るM-62EX“ハミングバード”にメインカメラを向けた。偵察用の軽量機をベースにした、高機動仕様のカスタム機だ。かなりの旧式で、確か既に生産は終了していたはずだ。


 普段の彼女が乗っているのは、全身に高性能センサーを増設した、歩く電子戦センターのような支援機仕様のトリオンである。先日のミルメコレオ戦でも、その索敵能力には世話になった。


『司令部からの命令です』


 淡々と返されたリルの答えに、思わず俺は眉を寄せた。


 いま彼女が乗っているのは、ハミングバードの背に巨大なブースターを増設した、継ぎ接ぎの急造機だ。偵察用を謳っているくせに、索敵用の装備はろくに積んでいないように見える。


「司令部から直々に? どういうことだ」


『説明は受けていません』


『なんだよ、そんなボロいのでいつも通りの仕事ができるのか?』


 先刻までの悲壮感はどこへやら、リュオンが茶化すような声色で割り込んでくる。しかし、リルは相変わらずの調子であった。


『“ハンマーヘッド”、“ドルフィン”。司令部は作戦行動に問題はないと回答しています。データ収集よりも、目標地点への迅速な到達が優先されたものと推測します。それより、あの皇獣(おうじゅう)にどう対処しますか?』


 確かに、今はリルの機体の事情を詮索している場合ではない。道草を食っている間に任務に失敗した、なんてことになっては洒落にならない。俺たちは速やかに敵戦力を駆逐し、観測塔の制御を奪取しなければならないのだ。


『なあに、狙撃できないなら直接叩き潰すまでさ。“ドルフィン”、光の薄い箇所から一気に観測塔の基部までねじ込もう。あの光のカーテンの内側に入っちまえば、アンテナなんて狙い放題だろ。もちろんいけるよな?』


 リュオンが不敵に笑う気配が通信越しに伝わる。


「了解だ、それしか無いようだな。やれやれ、北の戦場はこんな厄ネタばかりなのか」


 文句を垂れながらも俺はレバーを倒し込み、トリオンを加速させた。隣り合うリュオンのギガントが、重厚な排気音を上げて並走する。


 クローディアは、返答しなかった。公用回線から聞こえるのは、彼女の乱れた呼吸音だけだ。狙撃が失敗し、セオリーが通じない戦場で、彼女は次の指示を出す術を失っているらしい。

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