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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第3話:こんなに大きなアヒルがいるもんか①

 戦争というのは、何も敵の銃弾や皇獣(おうじゅう)の爪牙だけが脅威ではない。時として、味方のあまりに真っ当すぎる論理が、平穏な朝を木端微塵に破壊することもあるらしい。


 俺が作戦室のドアを開けると、そこには頭を抱えて唸るクローディアと、その前で直立不動を保つリルの姿があった。


「おはよう。どうしたんだ、朝から葬式みたいな顔して」


 俺の問いに、クローディアが恨みがましそうな視線を向けてくる。


「ああ准尉、ちょうどいいところに。お前からも何か言ってやってくれないか? 私の手には負えない」


「リルがどうしたんだ?」


「どうしたもこうしたもあるか。こいつ、私に“リュオンの階級を二階級降格させてほしい”って正式に申請してきんだ」


 俺は思わず、持っていたコーヒーの缶を口に運ぶのを止め、リルの横顔へ視線を向けた。その表情からは、相変わらずいまいち考えが読み取れない。


「降格? 穏やかじゃないな。あいつ、今度は何をやらかしたんだ」


「少尉がやらかしているのはいつものことだろう。なんでも父親が軍のお偉いさんらしくてな、あれの独断専行は上層部のお目こぼしで、見て見ぬふりをされている。けど、今回のはそういうのじゃない」


 歯切れの悪いクローディアの物言いに、俺は首を傾げた。


「否定します、准尉」


 リルは瞬きもせず、至極当然とばかりに言葉を重ねた。


「端的に申し上げます。現在、リュオン少尉には深刻なエラーが発生しており、その原因の特定を急ぐ必要があると判断しました」


「なんだそれ。第一、エラーとやらとあいつの降格に、どんな関係がある?」


 エラーがあるのはお前の方だと言わんばかりのクローディアに対し、右手をかざして制止をかける。とりあえず聞くだけ聞いてみよう、という意図が伝わったのか、彼女は深いため息を吐き出した。いや、あれは“勝手にしてくれ”の意味かもしれないが。


 ともあれ、リルはどうやら大真面目のようだった。俺が促すと、彼女は手慣れた動作でデータログを空中に投影する。


「リュオン少尉の行動パターンに起きているエラーについて、説明します。少尉は私の警告を無視する一方で、准尉の命令には極めて高い受諾率を示しています。これは、私の警告が“格下のノイズ”として処理されている証拠です」


「格下か。まあ、あのお坊ちゃんは階級章の数で人の価値を決めるようなところがあるからな。けど、大なり小なり軍隊ってのは、そういうもんだろ?」


「肯定します。よって、少尉を二段階下の階級、曹長へ降格させることを申請しました。彼を私の一つ下の階級に据えることができれば、聴覚フィルタリングを無効化し、私の戦術案を正常に受諾させるための最短経路となり得ます」


 リルが真顔で提案したのは、とんでもないデバッグ手法であった。


「却下だ、リル」


 クローディアが、こめかみを押さえながら即答する。


「曹長は下士官、MAライダーになれるのは尉官以上だ。あいつをそこまで落としてみろ、MAライダーの資格は自動的に剥奪される。一機分の戦力をドブに捨ててまで、お前の言い分を通せと言うのか?」


「失念していました。ライダー資格を維持したまま、私の下位に置く必要があるのですね」


 リルは数秒、視線を落として沈黙してしまった。何やらよからぬことを考えているようだ。違う、そうじゃない、とツッコミを入れる暇もない。


「では、代替案です。中尉の権限で、少尉を私の所有物、あるいは見習いアンドロイドとして登録することを申請します。これならば階級はそのままでも、私の管理下にあるデバイスとして、論理的な支配が可能です。すべてが丸く収まります」


「おい、リル。それ、さっきのより酷くなってないか?」


 俺は思わず、噴き出しそうになったコーヒーを必死で飲み込んだ。


 当のリルは、自身の完璧な案がなぜこれほどまで執拗に拒絶されるのか、理解していないようだった。視線をわずかに泳がせたまま、沈黙を守っている。気持ちは分からないでもないが、あんまりだ。


「准尉。私の案は、どちらも現実的ではなかったということでしょうか」


「ああ、お前の案は、どっちも“リュオンを殺す”より残酷なものだからな」


 俺が呆れ半分に応えてやると、なるほど、とリルはと呟いた。だが、彼女の中の演算は、まだ止まっていない。


「承知しました。仮説①:階級の影響は、制度上の制約により検証不能と判断、破棄します。直ちに仮説②、実例の模倣からの検証に移行します」


「仮説②って、おい、待て――」


 俺の制止を待たず、リルは小気味よい動作で敬礼し、作戦室を後にする。リュオンには悪いが、どうやらドックの方も愉快なことになりそうだと考え、俺はいったん自室へ戻ることにした。



 自室の引き出しから、埃を被ったカメラを引っ張り出す。かつての戦友から『お前は戦場を斜めから見すぎだ、いっそ撮る側に回れ』と笑いながら渡された代物だ。


 その足で、すっかり通い慣れた第13独立整備ドックに向かう。重い防音扉を開けると、まず耳に飛び込んできたのは、いつもの整備音……ではなかった。喧噪と呼ぶには、いささか騒々しすぎる。珍しいこともあるものだ。


 騒ぎの中心にいるのは、愛機ギガントの足元で、逃げ場を失ったネズミのように顔を強張らせているリュオンだった。その背後、文字通り影のようにリルが張り付いている。


「少尉。脳の演算負荷増大、および義肢各部の冷却ユニットの異常駆動を確認。MA(マシーナリィアーマー)外部装甲の清掃効率を上げるため、私が補助を行います」


「離れろと言っている! なぜ僕がボルトを締めるたびに、お前がその上からオイルを拭うんだ! 作業の邪魔だ!」


「否定します。これは環境情報の最適化の一環です。私が少尉の動作を先読みし、物理的なサポートを常態化させることで、少尉の深層心理における私の優先順位を引き上げるプロトコル、検証フェーズ・レベル2です」


 リルは一切の無駄を排した最短の動きで、リュオンが手を伸ばすより先に工具を差し出し、彼が顔を上げれば即座にタオルを突き出す。その一連の動作はあまりに精密で、かつ執拗だった。


 隣接するドックの整備兵たちが、ニヤニヤしながらフェンス越しにその様子を眺めている。


「おいおい、"おチビさん”よ。そんなに世話を焼きたいなら、もっとそれらしい格好があるぜ?」


 一人の整備兵が、冗談めかして通路の奥から派手な紙袋を放り投げた。


「俺たちの小隊で余興に使ったやつだ。環境情報の書き換えってんなら、見た目から変えてみな。そいつを着れば、少尉さんも少しは素直に甘えてくれるかもよ?」


 リュオンの足元に落ちた紙袋に入っていたのは、黒い布地と白いフリルが重なり合った、戦場にはおよそ不釣り合いなメイド服一式であった。


 それを興味深そうに拾い上げるリルは、なるほどと呟く。彼女にとって、既存の軍事的・論理的アプローチがことごとく撥ね退けられた今、このメイド服という非合理の塊は、状況を打破し得る未知の外部パッチのように映ったのかもしれない。


 逆に、リュオンの顔が、怒りと困惑で土気色に変わっていった。


「なるほど、じゃない! いつもの広い視野はどこ行ったんだ! そんな低俗な連中の、子供じみた悪ふざけに乗ってどうする! 見ろ、あいつらのニヤついた顔を! 僕まで笑いものにされているのが分からないのか!」


 周囲の整備兵たちの野次は、もはやお祭り騒ぎの勢いだ。俺が“羊飼い”を追い返した時よりもヒートアップしていないか?


「いいぞ、奥さんにしちまえ!」


「少尉、顔が真っ赤だぜ!」


 無責任な歓声が上がる 。エリートを自負するリュオンにとって、この下品な注目は、どんな電子戦よりも耐え難い攻撃だろう。


 だが、リルは周囲の喧噪を意に介した様子もなく、既にその衣装のスキャンを完了していた。


「特殊偽装衣装を確認。視覚的インパクトによる階級意識の無効化、および対象の精神的防壁の物理的バイパス。論理的です。検証ブログラムに組み込みます」


「待て、プログラムに組み込むな! 冗談、だよな?」


 リュオンの絶叫がドックにこだまする中、リルは迷いのない手つきで衣装を手に取り、パーテーションの裏へと消えていった。

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