第6話「豊田の記憶」
七月の声を聞いたころから、あかりは夢を見るようになった。
決まって同じ夢だった。
薩摩川内の通学電車の中にいる。車窓から海が見える。光の粒が海面に散らばっていて、眩しくて目を細める。隣に誰かが立っている気配がして、振り向こうとすると、そこで目が覚める。
毎朝、隣の誰かの顔を見る前に、目が覚める。
見なくても、わかっている。
あかりは目を覚ますたびに、しばらく天井を見ていた。窓から入る七月の朝の光は、もう夏の色をしていた。白く、強く、容赦がない。
隣で健一が寝ている。
あかりは静かに起き上がって、台所へ向かった。
愛知県豊田市に来たのは、十八歳の春だった。
薩摩川内から新幹線と在来線を乗り継いで、五時間かかった。初めて降り立った豊田市の駅前は、自動車の町らしく、道が広く、工場の匂いがした。あかりはスーツケースを引きながら、空を見上げた。鹿児島の空と、空の色が違った。愛知の空は少し低く、白みがかっていた。
勤め先の自動車部品メーカーは、市内の工業団地の中にあった。寮は工場から徒歩十分の、古い四階建てのビルだった。部屋は六畳一間。窓から見えるのは、向かいの寮の壁だった。
最初の夜、あかりは六畳の真ん中に座って、部屋を見回した。
何もなかった。
スーツケースと、段ボール箱が二つ。それだけが、この部屋にあるあかりのすべてだった。鹿児島に置いてきたものが、あまりに多かった。家族。友人。海の匂い。そして——誠司。
あかりはスーツケースの中から、一枚の封筒を取り出した。
薩摩川内を出る前日、誠司から渡されたものだった。「向こうに着いてから読んで」と言われた。あかりは五時間の移動の間も開けなかった。この部屋で、一人で開けようと決めていた。
封を切った。
便箋が二枚入っていた。
誠司の字で、こう書いてあった。
遠くに行くのが寂しいとか、会いたいとか、そういうことは書かない。お前はそういう言葉に弱いから、書いたらお前が泣くと思うから。だから書かない。ただ一つだけ言う。俺はここにいる。薩摩川内にいる。何かあったら連絡してこい。何もなくても連絡してきていい。返事は必ず書く。
それだけだった。
あかりは便箋を膝の上に置いて、泣いた。
書かない、と言いながら、全部書いてあった。
工場の仕事は、最初の三ヶ月が辛かった。
ラインに立ちっぱなしで、同じ動作を繰り返す。腰が痛くなった。手が荒れた。休憩室で弁当を食べながら、先輩の女性社員たちの話を聞いた。地元の話、家族の話、結婚の話。あかりは相槌を打ちながら、頭の片隅で誠司への手紙の文面を考えていた。
今日あったこと。工場のこと。寮の食堂のメニューのこと。
書くことは、たくさんあった。
でも本当に書きたいことは、いつも最後の一段落になった。会いたい。声が聞きたい。あの電車に乗りたい。そういう言葉を、あかりは最後の一段落に押し込んで、それ以上膨らまないように、封をした。
誠司からの返事は、必ず来た。
遅いときは二週間かかったが、必ず来た。約束通りだった。誠司の手紙は、大学の講義の話、バイトの話、東京の街の話が中心だった。鹿児島とは違う街の様子を、誠司は丁寧に書いた。あかりはその文章を読みながら、見たことのない東京の景色を想像した。誠司が歩いた道。誠司が見た空。
三ヶ月が過ぎて、あかりは仕事に慣れた。
慣れたころから、手紙の往復が、あかりの生活の中心になった。
半年が経ったころ、誠司から「行っていいか」と電話があった。
ゴールデンウィークに、東京から新幹線で豊田まで来ると言った。
「来る」とあかりは即座に答えた。
電話を切ってから、寮の自分の部屋で、一人でしばらく笑っていた。嬉しいというより、張り詰めていた何かがほどけた感じがした。
誠司が来た日、あかりは朝から落ち着かなかった。
名古屋駅まで迎えに行った。新幹線の改札から誠司が出てきたとき、あかりは一瞬、誠司だとわかりながら固まった。会うのは卒業式以来だった。誠司は少し背が伸びた気がした。髪が短くなっていた。薩摩川内にいたころと、少し違う顔をしていた。東京の空気が、何かを変えたのかもしれなかった。
「遠かった」と誠司は言った。
「来てくれてありがとう」とあかりは言った。
二人で並んで歩き始めたとき、誠司が自然にあかりの荷物を持った。その動作が、何でもないことのようで、あかりには大きかった。
二日間、豊田を歩いた。
特別な場所へは行かなかった。工場の近くの川沿い。市内の小さな公園。チェーンのファミリーレストラン。どこも大したところではなかった。でも誠司と並んで歩くと、見慣れた風景が違って見えた。
二日目の夜、名古屋駅で別れた。
誠司が新幹線のホームへ消えていくのを見送りながら、あかりは泣かなかった。泣いたら次に会えないような気がして、泣かなかった。
帰りの電車の中で、泣いた。
そのあと、誠司はまた来た。
あかりも東京へ行った。
半年に一度か、三ヶ月に一度か。新幹線代が高くて、どちらも節約しながら会いに行った。誠司は「俺が行く」と言ったが、あかりも「私が行く」と言い張った。同じ距離を、同じ回数だけ、交互に越えたかった。
東京で会ったとき、誠司は街を案内してくれた。
多摩川は、そのころから誠司の好きな場所だった。川沿いを二人で歩きながら、誠司が「いつかこの辺に住めたらいいな」と言ったのを、あかりは覚えている。
まさかその言葉が、二十年後に現実になるとは、あのとき思いもしなかった。
すれ違いが始まったのは、誠司が大学二年生になったころだった。
手紙の頻度が、少しずつ落ちた。
最初は気のせいだと思っていた。バイトが忙しいのかもしれない。講義が大変なのかもしれない。でも一ヶ月が過ぎ、六週間が過ぎても返事が来ないことがあった。
あかりは待った。
待ちながら、考えた。
考えたくないことを、考えた。
そのころ、誠司の手紙に、新しい名前が出てくるようになった。
三宅由希、という名前だった。
最初は「同じゼミの友達」として登場した。次の手紙では「由希と図書館で勉強した」とあった。その次は「由希たちと映画を見た」と。
あかりは、その名前が出てくるたびに、手紙を読む速度が落ちた。
三宅由希は女性の名前だ。同じゼミで、一緒に勉強して、映画を見る。それだけのことだ。友人だと誠司は書いている。疑う理由は、どこにもない。
ないはずなのに、あかりの胸の中で、何かが小さく、しかし確実にざわついた。
豊田の工場のライン作業の間、そのざわつきは消えなかった。同じ動作を繰り返しながら、あかりは考えた。誠司は今、何をしているか。誰といるか。東京という大きな街で、誠司は少しずつ変わっていくのではないか。あかりの知らない誠司になっていくのではないか。
その不安を、手紙に書けなかった。
書いたら、みっともない。書いたら、信じていないことになる。書いたら、誠司を追い詰める。
だからあかりは、不安を書かなかった。
いつも通りの手紙を書いた。工場の話、寮の話、食堂の話。最後の一段落に、会いたいと書いた。
でも、由希という名前のことは、書かなかった。
その年の秋、誠司からの手紙が、二ヶ月途絶えた。
あかりは二通、手紙を出した。返事は来なかった。
電話をした。誠司は出た。少し疲れた声だった。「最近忙しくて」と言った。「手紙、出せてなくてごめん」と言った。
「大丈夫」とあかりは言った。
本当は、大丈夫ではなかった。
電話を切ってから、あかりは寮の自分の部屋で、窓の外の工場の壁を見ていた。
何かが、変わり始めている。
その予感を、あかりは言葉にできなかった。言葉にしたら、本当になってしまう気がして。
翌年の春、あかりの工場に、一人の男が来た。
地方銀行の担当者として、融資の話で訪れた男だった。総務部の窓口で対応したのは、たまたまあかりだった。
藤本健一、と名刺に書いてあった。
三十歳前後の、落ち着いた男だった。背は高くないが、姿勢がよかった。話し方が丁寧で、声が低く、穏やかだった。特別にハンサムというわけではないが、信頼できそうな顔をしていた。
用件が終わって、男は帰った。
それだけのはずだった。
数週間後、健一から電話があった。
「総務部の坂元さんでしょうか」と確認してから、「先日の件で確認したいことがありまして」と言った。用件が終わってから、少し間があって、「もし、よろしければ」と言った。
あかりは電話を持ったまま、窓の外を見た。
誠司からの手紙は、もう三ヶ月、来ていなかった。
健一との食事は、市内の落ち着いた和食の店だった。
あかりは、これがいわゆる「誘い」だとわかっていた。わかっていて、断らなかった。断らなかった理由を、あかりは自分に問いかけた。
答えは、出なかった。
いや、出たくなかった。
食事の間、健一は穏やかだった。仕事の話、地元の話、趣味の話。押しつけがましくなく、かといって無口でもなく、ちょうどいい距離を保ちながら話した。
あかりは相槌を打ちながら、心のどこかで別のことを考えていた。
誠司は今、何をしているだろう。
誰かと、どこかで、笑っているだろうか。
デザートのアイスクリームが運ばれてきたとき、健一が「また食事でも」と言った。
あかりは少し考えた。
ほんの少しだけ、考えた。
「はい」と言った。
それから三ヶ月が経ったころ、誠司から手紙が来た。
久しぶりの手紙だった。
あかりは封筒を見て、胸が痛くなった。「永瀬誠司」という差出人の名前を見て、手が震えた。
開けた。
便箋が一枚だけ入っていた。
誠司らしくない、短い手紙だった。
最近のこと、話せていなくてごめん。俺の方でいろいろあって。落ち着いたら、電話していいか。
それだけだった。
あかりは便箋を何度も読んだ。
いろいろあって。
その「いろいろ」が何かを、あかりは聞けなかった。聞いたら、聞きたくないことを聞くかもしれなかった。
あかりはその夜、健一と電話をした。
長い電話だった。健一はよく笑い、よく聞いてくれた。電話を切ってから、あかりは誠司への返事を書こうと便箋を出した。
書けなかった。
一行目が出てこなかった。
何を書けばいいか、わからなかった。
結局その夜は書かなかった。
翌日も、書かなかった。
その翌日も。
見合いの話が来たのは、それから半年後だった。
あかりの母からの電話だった。「いい人がいる」と言った。「銀行員で、まじめで、薩摩川内の出身だよ」と言った。
あかりは電話を持ったまま、考えた。
今のあかりに、誠司との未来を信じる根拠が、どれだけあるか。遠距離で、手紙が途絶え、「いろいろあって」という言葉一つで済まされた。三宅由希という名前が、時々、頭をよぎる。
信じたかった。
信じる根拠を、探していた。
でも見つからなかった。
「一回だけ会ってみる」とあかりは言った。
見合いは、薩摩川内に帰省したときに、地元の料亭で行われた。
相手は、藤本健一だった。
あかりは席に着いたとき、少し笑いそうになった。あの銀行員だった。世間は狭かった。
健一は、料亭でも変わらなかった。穏やかで、丁寧で、押しつけがましくなかった。会話の間、あかりを急かさなかった。
食事が終わって、帰り際、健一が「また、お会いできますか」と言った。
あかりは、その言葉を聞きながら、誠司のことを考えていた。
誠司は今ごろ、東京で何をしているか。三宅由希と、どこかにいるだろうか。あるいは、全く別の何かをしているだろうか。
あかりにはわからなかった。
わからないことが、一番つらかった。
「はい」とあかりは言った。
言いながら、胸の中で何かが静かに割れた。音もなく、痛みもなく、ただ静かに。割れたそれが何なのか、名前を知っていたが、今夜は考えないようにした。
結婚を決めたのは、その年の秋だった。
健一に返事をする前夜、あかりは誠司に電話をした。
今から思えば、最後の確認だった。
誠司は出た。
「久しぶり」と誠司は言った。声は元気そうだった。
「うん、久しぶり」
しばらく、他愛のない話をした。お互いの近況。仕事の話。
あかりは本当に聞きたいことを、聞けなかった。
私たちは、これからどうなるの。あなたは私を待っていてくれるの。東京と豊田の距離を、いつか縮めるつもりがあるの。
聞けなかった。
聞いて、もし誠司が迷ったら——迷う顔をしたら——あかりは耐えられなかった。
だから聞かなかった。
「元気そうで、よかった」とあかりは言って、電話を切った。
その夜、長い時間をかけて泣いた。
泣き終えてから、決めた。
翌日、健一に電話をして、「よろしくお願いします」と言った。
健一は「ありがとうございます」と言った。その声が、穏やかに、確かに、あかりの耳に届いた。
現在に戻る。
七月の朝、台所に立ったあかりは、お湯が沸くのを待ちながら、窓の外を見ていた。
夏の朝の光が、白く、強く、台所の床に伸びていた。
あの夜の電話から、十五年が経った。
誠司に聞けなかったことを、今でも時々思う。聞けばよかったのか。聞いていたら、何かが変わったのか。
わからない。
ただ、十五年経った今、あかりは誠司と同じ町にいる。同じ川沿いに住んでいる。そして毎日、LINEで言葉を交わしている。
人生というのは、わからないものだ。
お湯が沸いた。
あかりはカップに湯を注ぎながら、今日の誠司からのメッセージを待っていた。
待っていることに、気づいていた。
気づいていて、待っていた。




