【BL】僕は妹のストーカーに恋している。
その人はいつも窓際に座る。
ブラックコーヒーを頼んで、香りを楽しんだ後、ごくんと一口飲む。
いつも、苦いって渋い顔をして、それでも最後まで飲み干す。
飲みながら、彼はいつも本を読んでいる。
もしかして、コーヒー苦手なのかな?
いつも頑張って飲んでるみたいだけど、辛そうな顔がちょっとかわいそうかも。
「あの、ミルクとか入れられますか?砂糖も」
「大丈夫です」
彼に申し出を断られた。
なにか彼の中で取り決めでもあるのかな?
あんなに美味しくなさそうに飲むのに。
でも香りは物凄い好きそうなので、ちょっと悲しい。
☆
僕の妹にはストーカーがいるようだ。
彼は藍色のパーカーを身に着けていて、妹の後をつけていた。
最初は僕の勘違いかと思ったんだけど、彼は家までついて行き、妹が家に入ると、足を止めた。
それから電柱に身を潜め、見上げた。
視線は妹の部屋がある二階だ。
その日は満月で、僕には彼の顔がはっきり見えた。
サラサラの黒髪に、ほっそりとした顔。
黒縁に眼鏡で……。
彼は僕の職場である喫茶店の常連客だった。
その事実は衝撃的で、僕はその場に立ちすくむしかなかった。
彼はしばらく部屋を見ていたが、闇の中に消えていった。
翌日、妹の通勤時間に合わせて家を出る。
妹と一緒に家を出ようかと思ったけど、それじゃあ、ストーカーさんが見えない。
だから妹が家を出てしばらくしてから、その後ろ姿を追った。
大学までついて行ったけど、ストーカーは出なかった。
僕のほうがストーカーかよって思うんだけど、ストーカーさんがいつ出てくるかわからなかったので妹に張り付いた。
年頃は僕より上に見えたので、大学生ではないだろう。
それなら教授?助教授?
1日妹に張り付いていても、ストーカーさんに会えなかった。
「お兄ちゃん。今日ずっと後付けていたでしょ?気持ち悪い」
妹が家に入ってしばらくしてから、玄関をくぐると妹が仁王立ちで待っていた。
「えっと。いや、心配で」
「嘘。そんな性格じゃないでしょ?何かあったの?」
「何もないよ」
ストーカーがいる。
伝えたほうがいいのに、なんだか言葉を濁してしまった。
もしかしたら、昨日だけだったかもしれない。
翌日は仕事もあったので、妹を見送ってから出勤。
今日も彼は来ていて、コーヒーを苦そうに飲んでいた。
やっぱりラテとか甘い系のコーヒー勧めたいなあ。
コーヒーは好きみたいなんだけど。
っていうか、何で妹の後をつけてたんだろう。
色々聞きたいことがあったけど、聞くこともできず、彼が店を出ていくのを見送った。
家に帰る途中、友達と遊んだ帰りなのか、妹を見つける。
声を掛けようか迷ってるうちに、ストーカーさんが登場した。
背格好が同じなので、同じ人だと思う。
ドキドキしつつ、二人の後を追った。
ストーカーさんはフードが被ったままなので、かなり怪しい。
やっぱり彼なのか。
そうだよね。
自問しながら後を追う。
そうして妹は帰宅。
彼は物影に隠れ、二階を見上げた。
顔が見えた。
やっぱり彼だ。
髪はサラサラで、黒縁眼鏡が良く似合っている。
僕は性的嗜好は男性だ。
それは家族にもカミングアウトして、認められている。
彼氏もいたことがある。
妹はいわゆる腐女子なので、面倒だった。
どうしよう。
このまま、また見逃す?
だけど、これって犯罪だよね。何も起きてないけど。
後なんで彼が妹をストーキングしているか、聞きたい。
だから、勇気を出して聞いてみよう。
「あの……」
「はっい?」
肩をトントン叩いて呼びかけると、物凄い驚かれた。
その上、僕の顔を見て、さらに驚いたみたいだ。
「……え?店員さん」
「店員?僕のことわかるんですね」
喫茶店で店員として言葉を交わしたことはある。
でもそれだけだ。
覚えてもらっていたのは嬉しい。
妹のストーカーだけど。
「もちろんです!あの、俺、あの」
ストーカーさんは僕より上のはずだ。だけど狼狽えていて可愛い。
「何?あ、お茶でも一緒に飲みます?奢りますよ。美味しいコーヒー屋さんも知ってます」
「コーヒー?いえいえ、あの」
「この機会に美味しいコーヒーをご紹介します。もちろん、カフェ・モグエのコーヒーが一番なのですけど」
うちのお店のコーヒーは一番おいしい。
だけど彼が好きそうなコーヒーを試してほしい。
あんな苦そうにコーヒーを飲まないでほしい。
妹のストーカーであるという事実を忘れ、僕は彼を誘う。
「あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にしてそう言われ、カフェで見た彼とのギャップの沼に堕ちる。
お店にいる時はコーヒーを渋そうに飲むから、どっちかという落ち着いている大人のイメージ。
今の彼はちょっとおっちょこちょいな感じの可愛い大人だ。
彼の言質もとったので、僕と彼は近くの喫茶店に入った。
メニューをざっと見て、甘めのコーヒーを頼もうと決める。
「カフェモカ、これ、僕のお勧めです」
「カフェ?モカ?」
「コーヒーに温めたミルクを加え、チョコレートソースで仕上げるものです。あったまるし、美味しいです」
「じゃ、それをお願いします」
お願いしますと言いながらも、不可思議な顔をされたので、とりあえず嫌いだったことを考えて、カフェモカと普通のコーヒーを頼む。
苦そうにして飲んでいるけど、案外ブラックコーヒーが本当に好きかもしれないから。
流石に店内ではまずいと思ったのか、フードを外して、その顔が晒され胸がきゅんとした。
黒縁眼鏡はおっきめで、だけど度は高くないから、レンズが薄め。目は裸眼と同じ大きさだと思う。
耳を少し髪が覆っていて、少しだけもっさりしている印象。
こんな可愛い感じだったっけ?
「俺は、青柳キヨシと言います。ストーカーしてしまってすみません」
「ストーカーって自覚はあったんですね。あ、僕の名前は四詩野マコト」
「四詩野マコト……。可愛い名前ですね」
可愛いのはキヨシさん、あなたですよ。
「あ、ちなみに妹の名前はアカネ。もちろん知ってますよね?」
「いえ、しらなかったです。アカネさんという名なんですね」
「青柳さん。名前を知らなくて追いかけていたのですか?」
「はい。一目ぼれでした。そのために喫茶店にも通って」
「え?」
「実はコーヒー、香りは好きなんですけど、苦手で。だけど、ほら、カッコいいい大人ってブラックコーヒー飲んでるイメージあるじゃないですか。俺はそれを目指したくて」
うん。それはわかる。
だけど、さっき、何て言った。
一目ぼれだから、喫茶店に通う?え?
「あの、青柳さんは妹のストーカーなんですよね?」
「え?妹さん?なんでですか?あなたのストーカーです。俺は」
そう断言された。
いやいや、ストーカーは誇ることじゃないし。
え、でも僕のストーカー?
「青柳さん。……あなたが追いかけていたのは妹です」
「え?妹さん?あなただと思ってました!すみません」
「えっと、謝られるポイントがよくわからないけど。妹と僕は双子だから、間違うのはわかる気がする」
「今日声をかけてもらってよかったです。そうじゃないとずっと妹さんをストーカーしているところでした」
ずっとって、いやいやいや。
「あの、ストーカー自体、よくないことです」
「そうですね。はい!気持ち悪いですもんね。すみません」
うん。ストーカーは気持ち悪い。
だけど、残念なことに僕は青柳さんにストーカーされても気持ち悪いって思わないけど。
それだけ好かれてるってことでしょ?
「……今度からちゃんと僕にストーカーしてもらえますか?」
「はい?」
「僕、青柳さんにストーキングしてもらいたい」
「ええ?」
そうしてその日、僕と青柳さんのおかしな関係が始まったけど、長くは続かなかった。
僕と青柳さんが正式に付き合うことになったからだ。
忘れていたけど、あの後、青柳さんにカフェモカを飲んでもらったら感動していた。
だから勤務先のカフェ・モグエに来たらカフェモカを飲むようになった。
香りを嗅いだ後、飲んで、幸せそうな顔をするので、僕も嬉しい。
(おしまい)




