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ファイフ公爵邸にて


「どういうことだ。まだ見つからないのか」

「…はい、どうも相手方の虚言ではないようでして。なんせ、相手にとってはメリットしかない縁談でございますので」


 クロスは深く椅子に腰かけながら、腕を組んだ。

婚約相手であるクラリスが失踪したと聞いて一週間が経過していた。

随時、報告は受けているが、未だ見つかっていないようだ。

当初は、クラリス側のハリージュ伯爵家の虚言だと思っていたのだがどうやらそういうわけではないようだった。

 クロスは顔半分を覆ってある仮面をしているため、使用人たちも未だにどういう顔をしているのか見たことがない。

 側近であるアルノですら、その素顔を見たのは幼少期のころまでだ。

額から顔半分を、仮面で隠していることから、周囲からは醜い顔をしているのではないか、顔に傷があるのではないか、と憶測を呼んでいる。

しかし、クロス本人は全く気にしていないようだった。

むしろそれを面白がっている様子だ。

掴みどころがなく、何を考えているのかさっぱりわからない時期公爵であるクロスは、顎に手をやり、窓の外に視線を向ける。


「どうせ逃げ出したんだろう。ここへ来るのは嫌だったんじゃないか」

「そうでしょうね。おそらく見つからないかと思いますが」

「どうする。ハリージュ伯爵には婚約はなかったことにすると伝えるか」

「そうしたいのですが、あちら側はそれはどうしても嫌みたいですね」


ふぅん、と興味なさそうに返事をした。

 様々な令嬢が公爵邸にやってきては逃げ出した。

それはクロスの態度のせいだろう。クロス本人に結婚意欲は全くない。

相手を思いやる気持ちもなければ、むしろファイフ公爵に嫁ぎたい欲だらけの女に辟易していた。


 クロスの父親は現在病気を患っており、地方の別邸で暮らしている。

そのため、もう時期クロス本人が公爵を継ぐことになることから、結婚を急かされているのだ。

しかし、幼少期に“色々”とあった過去から人を信用しないクロスは、仮面を被るようになった。

そうしているうちに、醜い顔をしている、傷があるなど根も葉もないうわさが流れた。

 案の定、ファイフ公爵に嫁ぎたいというものは限られていた。


 クロスは心の中でほくそ笑んでいた。

それでもファイフ公爵に嫁ぎたいと申し出るものもいたが、どこも訳ありの令嬢ばかりで中には暗殺を試みるものもいた。

寝室にやってくるや否や、刃物を突き立てクロスを殺そうとしたその令嬢の名も顔ももう覚えていないが、すぐに暗殺に気付き、それを回避したことは漠然と覚えている。

殺してやっても良かったが、あまりに怯えたような表情を見せる為、そのまま実家へ帰した。

 当時はくだらない派閥やしがらみが多かったことから、このようなことも良くあった。


 王家派は特にファイフ公爵家に対して警戒していた部分も多かった。

現在は、何とか均衡を保ってはいるが、それもいつどうなるかはわからない。


「今回の令嬢もどうせ逃げたのだろう。黒い噂が多いこの家に来るのは誰だって嫌だろう」

「どれも事実ではございませんが」

「いや、俺にとってはその方が都合がいい。どうせ“目に見えるもの”だけで判断し、近づいてくる愚かな者しか寄ってこないのだから」


 不敵に口角を上げ窓の外に目をやりながら、そう言った。

だが、クロスは「何だ、あれは」と窓に近づき、外の様子を伺う。

それを見て、アルノも同様に窓に近づき、遠くに目をやる。

使用人数人が人を運んでいる光景が飛び込んでくる。

「何があった」

「急病人でしょうか。少し様子を見てきます」

「俺も行く」


 たまたま時間があったクロスは、この場にいるようにと制するアルノを無視して執務室を出た。

カツカツと革靴の音が響く中、外からざわつく声が聞こえた。

中央中庭に出ると、「意識はあるのかしら」「ないのよ。酷い栄養失調よ」「どうしましょう」と声が飛び交う。


「どうしたんだ」


 クロスの声に反応するように立ち往生する数人の使用人が顔を上げ、お互いに目を合わせる。その表情には、狼狽の色が浮かぶ。


「実は、敷地内にこの女性が倒れておりまして。意識がないのです」

1人がそう報告した。

顔色の悪いその少女は薄着のワンピースを着ており、手足は棒のように細かった。

使用人に見守られるように中心に寝かされている。


「どうしましょう。息はありますが…」


 クロスは腕を組み、その少女を見下ろす。

使用人たちは、クロスの表情が仮面のせいで全く読めないことから(口元しか見えていない)両手を合わせ、狼狽えていた。

そもそもクロスに許可なく、ここへ運ぶことも本来であれば褒められた行いではないのだ。


「ここで見殺しにするのは流石に違うだろう。医者を呼んでくれ。すぐに治療を」

「わ、わかりました!」


 使用人たちの顔色が明るくなった。

直ぐに医師を呼び、治療をすることになった。

端的に言うと、その少女は栄養失調により倒れていたようだった。

加えて、短期間での脱水症状ということだった。

 医師は寝台に寝かされる少女を見ながら言った。


「しかし、元々栄養失調気味のようですね。倒れたのは脱水症状によるものでしょう。これはしっかり休養をとり、栄養のあるものを食べれば次第に回復するはずです。ただ気になることがありまして…」

白髭を生やした、ファイフ公爵専属の医師である男は首を捻る。


「背中や腹、足にもですが、傷があります。これは相当昔の傷でしょうが…」


語尾を濁してそう伝えた医師に、クロスは深く息を吐いて宙に視線をやる。


「なるほど。“訳あり”というわけか」

「まぁ、そういうことでしょう。どこかで使用人として酷い扱を受けていたのかもしれませんね。それかどこかの領地では未だに奴隷制度がありますし、そこから来たのかもしれませんね」

「……」


 医師はそう言うと、腰を上げ「それでは」と言って部屋を出ていった。

使用人たちの使用している部屋の一つを倒れていた少女の療養のために使っている。

目覚めたときに、聞きだせばいいと思った。

 赤みを帯びたブラウンの髪はとても状態がいいものではない。

長期間の栄養失調は本当なのだろうと思った。

この少女を今度どうするかは彼女が目覚めてから決める、そう側近であるアルノにも伝えた。

だが、状況は周囲の予想に反するものとなる。


その少女は、目覚めてすぐに言った。


「…すみません、私、記憶がないのです」


クロスだけではない、その場にいた全員が顔を見合わせ、口をあんぐりとさせた。

まさかこの少女が、クロスの婚約者としてやってくるはずだったクラリスだと誰も思わなかった。




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