護衛対象にドキドキなんてしてない。決して。…多分。
僕の名前はリューカ・ヴァルト
4月からレオンハルト王太子殿下の専属護衛を務めている。
自分で言うのもなんだが優秀な騎士である。
訳あって、本来の性別を偽り男として働いている。
バレたら解雇はもちろん、最悪王族詐称で処罰の対象だ。
しかし就任1ヶ月で、護衛対象の殿下に男装していることがバレてしまった。
解雇されると思いきや、「罰として婚姻を結ぼう」だって?!
冗談じゃない、騎士として出世して家族に楽をさせねばならないと言うのに。
なんとか絞り出した苦肉の策で1年の猶予が与えられたが、私に幻滅するどころか求愛がエスカレートしている。
そのうち季節は夏になった。
短編シリーズの「俺の護衛騎士がこんなにかわいいのが悪い」「護衛対象がキラキラしてうざい」の続きみたいになってます。
専属護衛就任から早いもので3ヶ月が経ち季節は夏になった。
蝉の声が、頭に響く蒸し暑い午後。
リューカは変わらずいつものように剣の稽古をしていた。彼女が専属護衛に任命されたのはこのひたむきな努力あってこそである。普段は騎士団の訓練場で稽古をしているが、夏の暑さで水場が一部故障してしまったため、王太子殿下と共用の稽古場をお借りしてる。
自分の剣技には自信のあるリューカだが、レオンハルトのそれも非常に洗練されていた。
剣先の軌道に無駄がなく、魅せるためではなく必要のためにつけられた筋肉が美しくレオンハルトを飾っている。一国の王太子がここまで強くある必要があるのかと思うが、武に魅せられているリューカとしては強い男性には思わず惹かれてしまう。
汗すら光に反射してまるで演出のようにレオンハルトを輝かせている。
思わず見とれてしまったリューカだが、ブンブンと首を振って自分の稽古に集中した。
脳裏に焼き付いたレオンハルトの剣技を思い浮かべながら、どうやって対処するか、どの部分なら盗めそうか自分の中に落とし込みながら鍛錬する。
そんな様子のリューカをみてレオンハルトは満足そうにしている。
「俺の剣技を取り込んでくれているのか。随分意識してもらえているようだ。やはり一緒の訓練場はいいな。」
剣の稽古を終えて、庭の井戸で顔を洗った。額を滴る水を手で拭っていると、気配もなくすぐ後ろから声が降ってくる。
「リューカ? 顔が赤いようだが、もしかして照れているのか?」
「……日射しのせいです。殿下は……その、上着をお召しになってください」
振り返ったそこには、剣の稽古後のラフなシャツ一枚姿の殿下。鍛え上げられた肩と腕、胸板に汗が伝っているのが、目に入った。しまった、見たくて見たんじゃない。破壊力が高すぎる、目に毒だ。目のやり場に困ってしまう。
「ふむ、君の視線は誠に鋭いな。……よく鍛えられた、魅力的な身体だと思ったか?」
「……よく鍛えられた魅力的な身体だと思います」
返してから、自分の口が動いていたことに気づき、リューカはぎゅっと唇をかんだ。心臓が早鐘の如く動くのを感じる。顔に熱がこもるのを感じる。今顔を上げてはダメだ。
「好きに見て良いが……年頃の女性には、いささか刺激が強すぎただろうか?」
やや心配する声色で殿下が言う。
「いえ。騎士団でも、こういった場面はよく見ていますから」
――そう。騎士団に男として入隊して生活してきたのだ。男の鍛えられた裸なんて見飽きるほどに見てきた。こんな、こんな反応はしたことがない。
「その度、こんなに頬を赤らめているのか?」
「……知りません! 殿下だからじゃないですかね!」
勢いで言ってしまったあと、顔から火が出るかと思った。
レオンハルトは一瞬だけポカンと目を見開く。
だがすぐに、彼の口元が、音もなく、ゆっくりと綻ぶ。
「……なるほど。なるほど、ね」
リューカは顔を上げられない。これ以上見上げると、彼のその微笑みに飲み込まれそうで怖い。
ジャリ、と殿下が近づく音がして、影がこちらへ伸びるのが地面越しに見える。
次の瞬間、顎をクイと持ち上げられて強制的に殿下を見上げさせられた。眩しくて思わず眉間に皺がよる。この眩しさは夏の日差しのせい。きっとそう。顔に熱がこもるのも夏の暑さのせい。
「俺の護衛騎士はなんでこうも可愛いんだろうな?こんなに顔を赤くして照れて。」
「....夏って...暑いですから。」
自分でも苦し紛れだとは分かっているが、認めたくない。自分の中のちっぽけなプライドが、胸の奥に芽生えた気持ちを無いものにしようと必死になっている。
「ああ、夏は暑い。だが俺のリューカへの愛はこの夏の暑さにも負けない自信がある。目一杯夏を楽しもうな。」
...こんなにストレートな殿下の求愛を受けて、平然としていられる女性がいるなら見てみたい。
婚姻なんて恐れ多いが、この人に嫌われようとしてる自分が、この先本当に嫌われてしまったら、今みたいに立っていられるのだろうか。
もしかして、もう引き返せないところまで、きてしまっているのでは無いか。
私は、レオンハルト王太子殿下のことを、愛してしまっているのではないか...?
いざ自覚してしまうと、今までどういうふうに接していたのかわからなくなってしまった。
普段ならしないミスをしたり、声が上擦ったり...
このままでは護衛を外されてしまう。
より一層気を引き締めなければならない。
リューカは両頬をパチンと叩いて気合を入れようとした。しかしいつまで経っても母に来るはずの刺激が来ない。
「ダメじゃないか、リューカ。綺麗な顔に傷をつけてはいけないよ。」
誰よりも綺麗な顔を持つレオンハルト殿下に両手を掴まれていた。綺麗な顔の人間に、綺麗な顔と言われても嫌味にしか思えない。と強がりたいが、素直に照れてしまう自分が恥ずかしい。自分じゃ無いみたいだ。殿下に握られた手が熱を持って、一刻も早く井戸水で冷やしたい。
「...その、距離が近いと、護衛の任務に支障が出ます。」
「護衛するには近い方が良いのでは?」
ニヤリと笑うレオンハルト。
「非常に不本意ですが、殿下に近づかれると心臓がうるさくて、集中できないんです...。」
「俺の護衛が可愛すぎる。しかしまあ俺のアプローチの成果は出てきていると言う訳か。よきかな、よきかな」
満足そうなレオンハルト。
この夏、リューカ・ヴァルトは己の恋心を自覚した。
レオンハルトは婚姻に一歩駒を進めたのである。
でも殿下に惹かれているのが分かったところで、ここからどうやって素直に思いを伝えていけばいいの…!?
素直になれない恋愛初心者の苦難は続く…。
いけ!リューカ!素直になれ!リューカ!