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暗黒竜の初仕事

 僕はヴォルグとともに、生まれて初めて森に足を踏み入れることになった。

 他の魔狼たちには神殿周辺の片付けと、転生卵用の巣作りを頼んだ。いくらなんでもあの殺風景な神殿内にそのまま放置というのは可哀想だと思ったからだ。


「全力でふかふかの巣をこしらえます!」

「どうぞ俺たちにお任せくださいっす!」

「若はボスと行ってらっしゃいませ!」

「お土産よろしくですー!」


 彼らはそんな意気込みとともに僕たちを快く送り出してくれた。

 そんなわけで数分ほど森の中を進んだところでヴォルグが不意に立ち止まった。鬱蒼と茂る森の中、そこだけ少し開けていた。


「うむ、このあたりで良いでしょうな」

「うう……けっこう暗いなあ」


 僕はあたりを見回して縮こまる。


 森はひどく薄暗かった。

 はるか頭上では木々が大きく枝葉を広げ、陽光のほとんどを遮っている。


 おかげで春先だというのにどこか肌寒く、吹き抜ける風に首筋を撫でられてぞわっとした。


 そんな環境だというのに、地面には僕の膝くらいある雑草が元気に生え伸びていた。

 これまで見たこともないような、おどろおどろしい色の花も咲いている。


 こんなに暗い森じゃ光合成も満足にできないだろうに、どうして彼らはここまで元気なのか。

 異世界の植物は、僕の知る地球のものとは仕組みがちょっと違うのかもしれない。


 ビクビクしながら周囲を窺う僕を見て、ヴォルグが呆れたように言う。


「坊ちゃまは暗黒を司る神になられたのですぞ。こうした暗闇は配下も同然。それに怯えてどうされるのですか」

「こ、怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ」


 前世の記憶があると言っても、今生の僕はまだ五歳の子供だ。

 気持ちや感覚は年相応だし、薄暗い森の中はひどく不気味に映った。

 そこかしこで小動物が茂みを揺らす音がするし、遠くの方では狼の遠吠えが……って、これは多分身内だ。巣作り班がいい巣材を見つけたらしい。


「ではでは早速ですが、力の使い方をお教えいたしましょう。まずはご自身に鑑定魔法をお使いください」

「えーっと……具体的にはどうやるの?」

「簡単でございます。対象物に《鑑定》と念じるだけです。さすれば坊ちゃまが継承されたレヴニル様の御業が判明するでしょう」


 ヴォルグはあっさりと言う。

 対する僕は半信半疑だ。


(ええ……魔法ってもっと精神修行とかが必要なんじゃないの。そんな簡単にできたら誰も苦労しないでしょ)


 とはいえ先生の言葉には素直に従っておこう。

 僕は自分の胸に手を当てて、できるだけ気持ちを落ち着けてから唱えてみる。


「えーっと《鑑定》……って、うわっ!?」


 すると瞬間、目の前に多くの文字が浮かび上がった。

 それらはすべてこの世界の文字だ。ヴォルグたちがどこからか持ってきてくれた絵本によって、僕は最低限の読み書きができるようになっていた。


 文字は半透明で向こうの景色が透けて見える。試しにそっと触れてみるが、僕の指は文字を突き抜けてしまう。どうやら立体映像みたいなものらしい。


 最初の方は僕の個人情報だ。

 個体名・レイン。

 種族・暗黒竜。

 レベル・1。


 その後には数多くの魔法が並んでいた。

 それを見て、ヴォルグが感嘆の声を上げる。


「素晴らしい。きちんとレヴニル様の力すべてを継承できているようです」

「ってことは……これが全部レヴニルが使っていた魔法なの!?」

「そのとおりでございます。坊ちゃまもレヴニル様の偉大さが分かったようですな」

「偉大さっていうかさ……」


 僕は戸惑いつつも、浮かび上がった文字を読んでいく。


 影操魔法。

 能力上昇魔法。

 能力減衰魔法。

 状態異常魔法(毒・麻痺・石化・魅了・病魔)。

 鑑定魔法。


 以上である。


「なんか物騒な魔法ばっかりなんだけど!? ラスボスが使うやつじゃん!?」

「『らすぼす』とやらはよく分かりませんが……全盛期のレヴニル様はこんなものではございませんでしたよ」


 ヴォルグが自慢げに胸を張る。


「あの方はもっと多くの魔法を駆使して、数々の戦場を制圧しておりました。懐かしいものでございます。ふぉっふぉっふぉ」

「人……いや、竜は見かけによらないなあ」


 僕の知ってるレヴニルは、日向ぼっこでまどろむご隠居さんだ。

 それがまさかこんなヤバめの力を持っていたなんて……暗黒竜の名は伊達じゃないようだ。

 しかし、そこでふとした疑問が浮かぶ。


「ねえねえ、それじゃあレヴニルって昔は強かったんだね?」

「ええ。今よりもっと信徒も多く、眷属の数も千を下らぬほどでした」

「じゃあどうしてあんなに弱ってたの? レヴニルは人々からの信仰心が失われたからだって言ってたけど」

「……いろいろあったのです。いろいろと」


 饒舌に語っていたヴォルグが急に口を噤んだ。

 思い出に浸る優しい笑顔から一転、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 それで分かった。今の質問は完全に地雷だったのだと。


「坊ちゃまにもいつかお話しいたしましょう。今はそのときではございませぬ」

「う、うん。分かったよ」


 ヴォルグが苦々しく言うものだから、僕はおずおずとうなずくしかなかった。

 気にはなったが、楽しい話ではなさそうだ。だったら無理に聞く必要もない。

 思考を切り替え、僕は再び物々しい文字の羅列へと向き直る。


「とりあえず、これが僕の使える魔法なんだね。なんだかたくさんあるなあ」

「ええ。坊ちゃまが暗黒竜としてレベルアップしていけば、使える力はさらに増えていくことでしょう」

「それは楽しみだけど……僕はこの物騒な魔法でスローライフを目指すのか。なんだかスローの対極な気がするんだけど」

「なにをおっしゃいますか。坊ちゃまに不可能はございませぬ! 世界征服だろうがスローライフだろうが、万事思うがままです!」

「やっぱり極端なんだよねえ」


 ヴォルグはやけに張り切りつつ、文字の羅列の最初――影操魔法とやらを前足でてしてしと指し示す。


「坊ちゃまは神殿の周りを広げるため、木を切りたいのですよね。でしたらこちらの影操魔法がおすすめですぞ」

「これって影の魔法ってこと?」

「ええ。自身の影を自在に操る魔法です。戦闘以外にも様々な用途にお使いいただけます」

「ふうん……あっ、一回だけレヴニルが使うのを見たことあるかも」


 あれは初めて神殿に連れて来られたときのこと。

 僕はうっかり天井を壊してしまって、大きな瓦礫が降ってきた。

 それを弾き飛ばして助けてくれたのはレヴニルの影だった……と記憶している。


(あのときの魔法が使えるって、けっこうすごいことかも?)


 僕は少しワクワクしながらうなずく。


「それじゃ試しにやってみるよ。さっきとやり方は一緒?」

「ええ。念じるだけでけっこうですが……イメージしづらいのであれば『影よ来たれ』と唱えていただいても大丈夫かと」

「分かった」


 僕は昂ぶる気持ちを抑えきれず、どこか上ずった声でその呪文を口にする。


「か……影よ、来たれ!」


 ぐわん。


 唱えた瞬間、軽いめまいが僕を襲う。

 同時に足下からぐわっと起き上がる気配があった。


 それは僕と同じくらいの身長の、真っ黒くてのっぺりした何かだ。

 触ってみるとひんやりしていてゴムみたいな質感だった。

 しかもそれは僕が思った通りの動きをした。左右に揺れたり、伸びたり縮んだり。


「本当に影が動かせる!」

「お見事にございます」


 ヴォルグが尻尾を振って満足げにうなずく。


「そちらの影は坊ちゃまの意のままに動くだけでなく、形を変えることもできますよ。どうぞお試しあれ」

「えーっと、それじゃあ……鎌になれ!」


 念じたとおり、影は大鎌の形に変化した。

 ぶんぶん振ってみると、空を切り裂く鋭利な音がする。


 試しにその影の鎌を、手近な大木へと向けると――。


 シュッ!


 太い幹に斜めの線が走る。やがて大木は線に沿ってずずず……とずれていき、轟音とともに地面に倒れた。豆腐に包丁を入れたときみたいに、まるで固さを感じなかった。


 その凄まじい威力に、僕はぴょんぴょん跳んで大はしゃぎしてしまう。


「すごいすごい! あんなに太い木なのに、簡単に切れちゃった!」

「ふふん、そうでございましょう。それこそが暗黒竜の力なのです」


 ヴォルグはにこやかに笑いつつ付け足す。


「力を付ければ、もっと大きな影を操ったり、同時にふたつのことをこなしたり、他にも色んなことができるようになるでしょう」

「なるほど。便利なものだねえ」


 昔のレヴニルもかなり巨大な影を扱っていたのかもしれない。

 僕は自身の影をじーっと見つめて、ほうっと吐息をこぼす。


「僕も早く大きくならなきゃね」

「ふふふ。坊ちゃまが暗黒竜として力を付ければ、いつかは竜に転じることも可能かと」

「ほんとに? そうなったらヴォルグを乗せて空を飛んであげるね!」

「身に余る光栄です。楽しみにしております」

次回は明日の18時10分更新予定です。

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