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暗黒竜のお忍び外出

 暗黒竜神殿から、最も近い人間の街。それがシュトラントだ。


 馬の足だと半日くらいの距離にあり、暗黒竜の翼だと小一時間で到着できる。北側に港があって、外周を立派な城門に囲まれた大きな街だ。


 その入り口にあたる市門では、多くの商人や旅人たちが列を成していた。

 みんなここで検問を受けて、その結果次第で街に入れるかどうかが決まるらしい。


「うう……緊張してきた」


 その列に並びながら、僕はガチガチに固まっていた。

 いつも通りの服装に黒いローブを重ねたお忍びスタイルだ。


「大丈夫ですか、レインくん」


「そういえば街に来るのはあの騒動以来二度目でしたっけ」


 一緒にいるのはリタとフェリクスさん。

 ふたりも僕と同じような出で立ちだけど、僕とは対照的に慣れたものだ。の街には何度も行商で訪れたことがあるらしい。


 フェリクスさんは腕を組んでしみじみと言う。


「いやあ、あのときはすごいご活躍でしたよね。悪徳司祭を容赦なくボッコボコにして」


「街中の人たちが見てましたよね。リタもスカッとしましたよ!」


「だから緊張してるんだよ!」


 うっとりするリタに、僕は小声で抗議する。

 先日、僕は神竜教の司祭をギッタギタにして懲らしめてやった。


 神竜教というのはスピリット・ドラゴンを信仰する宗教だ。ただし暗黒竜のことは邪竜認定しており、その司祭も僕のことが気に食わなかったのか最初から喧嘩腰だった。


 それだけならまだしも、その司祭は僕を貶めるためだけに、リタとフェリクスさんを捕らえて危害を加えようとしたのだ。


 これには温厚な僕もさすがにブチギレてしまい、全力で叩きのめさせてもらった。


 かなりスッキリしたのだけど……問題なのは、その成敗劇を演じたのが、他でもないこの街のど真ん中だということ。


 あのときは、悪徳司祭を懲らしめる僕のことを大勢の人々が目撃していた。

 当然、面相も割れていることだろう。


「一応、ジュールさんが兵士さんの一部に話を通してくれているみたいだけど……街の人たちに暗黒竜だってバレたら絶対パニックになるよ……どうしよう」


「大丈夫ですって。あのときは拍手喝采だったじゃないですか」


「でもなあ……初めて名乗ったとき、ヨハンさんは初手命乞いだったし……」


「そんなことをリタに言われましても」


 リタは肩をすくめつつ、隣のフェリクスさんをチラ見する。


「だいたい、それを言うならリタたちの方が緊張していますよ。ねえ、お父さん」


「そうだなあ……一生目にすることのないようなお宝を背負わされているんだもんなあ……」


「それに関しては本当にすみません!」


 遠い目をしたフェリクスさんが担ぐのは、金銀財宝の入った特大リュックだ。

 オケアニルの宝探し、その一回戦の戦利品である。


 今日はその換金のためにはるばる街までやって来たというわけだ。すごい大金になるだろうから、ふたりが犯罪に巻き込まれたりしないよう、僕もついてきた。

 ヴォルグたちも一緒に来たがったけど――。


『目立つからダメ。留守番しててね』


『ガーーーーン』


 そんなわけで、今日は珍しくお供を連れずの外出となっていた。


 ちなみに宝とは別のもうひとつの戦利品、氷漬けのカッツォグロは神殿地下に作った巨大氷室の中に安置してある。宝探しが終結して落ち着いたら、みんなでパーティする予定なのだ。


 オケアニルの氷は魔力以外で溶けないらしく、鮮度保存も抜群……らしい。

 いやあ、いいお願い事の使い道だったかも。


 そこまで考えて、僕はふと思い返すことがあった。


(そういえば……アンさん、大丈夫かな)


 宝島で出会った、女海賊(?)のアンさん。

 オケアニルに願い事を叶えてもらったあと、僕は彼女に話しかけたのだ。


『アンさん。お仲間さんたちの怪我は……アンさん?』


『……』


 アンさんは押し黙り、僕のことをじっと睨んでいた。

 その目には静かな怒りの炎が燃えていて、それを必死に抑えようとしているようだった。


 彼女の仲間たちも僕とアンさんのことを交互に見やって、どこかハラハラしたような面持ちだった。かすかな緊張が流れるなか、アンさんは自嘲気味な笑みをこぼしてみせた。


『坊主は恵まれているんだろうな。貴重な願い事を、使い捨てられるほどに』


『えっ? それってどういう――』


『いいさ。それも勝者の選択だ』


 アンさんはかぶりを振ってきびすを返し、背中越しに告げた。


『礼はいつか必ずする。だが……次は絶対に、あたしが宝を手に入れるよ』


 それは紛れもない覚悟と決意の乗った宣戦布告で。

 アンさんはそれだけ言い残して洞窟を後にした。


 お仲間さんたちも慌てて僕に頭を下げてそれを追った。遠ざかって行くアンさんの小さな背中はなんだかひどく寂しそうで、僕は黙って見送ることしかできなかった。


(ひょっとして無神経だったかなあ……でも、あれ以外に使い道なんてなかったし)


 宝を見つければ、オケアニルが水に関する願い事をなんでも叶えてくれる。

 領土の豊漁だったり、無限に水が湧く湖だったり。使い道は無限大だろう。


 そんな貴重な権利を僕はカッツォグロの冷凍保存に使ったのだ。

 宝探しに本気の人ほどムカついたっておかしくはない。


 いやでも、僕にとっては死活問題だったんだけどな……ううむ、価値観の相違だ。


(……アンさんのお願い事って何なんだろ)


 今度機会があったら聞いてみよう。教えてもらえるかは分からないけど。

 そんなことをぼんやり考えていた、そのときだった。


「……だろ」


「くくく……だな」


「うん?」


 悪意を多分に含んだ忍び笑いが、僕を思考の海から引っ張り上げた。


 そっと背後を覗ってみる。そこには二人組の男が立っていた。どちらも剣や鎧を身にまとっていて、口の端には底意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべている。


 傭兵とか冒険者とか、そんなところだろう。どっちかって言うとチンピラだけど。

 そして彼らの不躾な視線は、僕の隣にいるリタとフェリクスさんに注がれていた。


(はあ? なに、この失礼な人たち)


 ムッとして睨み付けると、彼らは目配せし合って下卑た笑みを深めてみせた。


「なあ坊主。そいつらはおまえの連れか?」


「……それがなにか?」


「いやなに。坊主は見たところ普通の人間だろ?」


 男のひとりは両手を頭の上に翳し、獣耳を作ってみせる。


「亜人を二匹も飼うなんて物好きだよな。臭くてかなわんだろ?」


「家畜と一緒で、糞尿だって垂れ流しだって聞くしなあ」


「……はあ!?」


 最初何のことだか理解できず一瞬だけフリーズして、僕はすっとんきょうな声を上げてしまう。それは間違いなくどストレートな侮辱だった。


 眉間に青筋を浮かべて一歩前に出かけたところ、ガシッと腕を掴まれる。

 振り返ってみれば、リタが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 チンピラたちから視線を外しつつ、小声でこそこそと耳打ちしてくる。


「レインくん。そんな手合いにかまってはダメですよ」


「リタ。でもさ……」


「騒ぎを起こしたら向こうの思うつぼです。ここは我慢あるのみです」


「……ひょっとして、こういうのって日常茶飯事?」


「あはは……」


 フェリクスさんが困ったように苦笑する。

 それが言外の肯定であることは間違いなくて。


 亜人や獣人が差別の対象だってことは、知識として知っていたけれども……その場に実際出くわすのはこれが初めてだった。僕は静かにブチ切れる。


「はああ!? ふたりともいっつもこんな目に遭ってるの!? 亜人とか人とか関係なく……ただもう単純に不愉快なんだけど!?」


「言葉だけならまだマシですよ。なにせ実害がありませんから」


「泥や生ゴミを掛けられるのに比べたらなあ……あ、大丈夫ですよ、レイン様。俺が毎回庇ってるんで、リタはまったく食らったことがありません。ひそかな自慢です!」


「そんなのを自慢にしないでください……」


 やけに爽やかに笑うフェリクスさんに、僕はこめかみを抑えて呻くしかない。


 うん……確かに生ゴミに比べたら見た目の実害はゼロだけど。ふたりの心が受けるダメージは計り知れない。表情が浮かないことから察するに、傷付いていることは間違いないだろう。


 もやもやを持て余して渋い顔をする僕に、リタはくすりと笑う。


「もう慣れましたよ。お気になさらず」


「慣れるべきじゃないよ。少なくとも、僕はめちゃくちゃムカついてるもん」


「はは、レイン様はお優しいですね」


 リタもフェリクスさんも、目を細めて笑った。

 それはどこか寂しげで……僕の心はぎゅうっと締め付けられた。


 ともかく僕はふたりの忠告を受け入れて、後ろのチンピラを無視することに努めた。彼らは僕が何も反論しないものだから、好き放題に喋り続けた。


「そういや昔所属したパーティにも亜人がいたよな。パーティの金を盗んで追放されたけど」


「あったあった! あのときパクった金で飲んだ酒、美味かったよなあ」


「泥を被ってもらって助かったわ。そういう意味じゃ、亜人様々だよなあ!」


「……」


 僕はリタとフェリクスさんの手を握りしめながら、チンピラふたりの人相を頭にしかと焼き付けた。次に会ったらただじゃおかない。暗黒竜の恐ろしさ、その薄汚れた魂にしかと刻んでやる!


「レインくん、レインくん。顔が怖いですよ」


「正真正銘の邪竜って感じです。どうどう……」


「ぐぐぐ……」


 ふたりに宥められるうちに、ようやく僕らの順番が回ってきた。


 市門の中に通されれば、大勢の兵士さんたちが忙しそうに仕事をしている。


 その奥の簡素な机には、ピカピカの鎧を着た男の人が書類の山に埋もれるようにして座っていた。たぶん兵士さんの中でも一番偉い人だろう。


 まだ若く見えるけど、精悍な顔つきからは相当な経験を積んだことがうかがえた。


「さて、次の者たちは……っ!」


 鎧の男性が顔を上げ、僕を見てガタッと席を立った。

 おかげで周囲の兵士さんたちもざわっとする。そのまま、男の人が大きな歩幅で距離を詰めてくるものだから、僕は思わずリタたちを庇って臨戦態勢を取ってしまった。


(まさかこの兵士さんも亜人を敵視して……?)


 さっきのことがあったばかりだし、最悪の展開が想像できた。

 ……次こそ我慢できないかもしれないな。


 そんな予感を薄ら抱いた、そのときだ。とうとう僕の目の前までやってきた鎧の人は、剣を抜くこともなく、なんとその場で恭しく頭を下げた。


「ようこそいらっしゃいました! 暗黒竜様!」


「「「兵士一同、歓迎いたします!」」」


 他の兵士さんも一斉に綺麗なお辞儀を披露してくれた。


「「「……へ?」」」


 これには僕だけでなく、リタたちも目を丸くするばかりだった。

 言葉を失う僕らに、鎧の人は人なつっこい笑顔を浮かべて顔を上げる。


「またお目にかかることができて光栄です。長旅お疲れではありませんか?」


「いや、飛んですぐなので疲れてはいませんが……」


「それはそうか、暗黒竜様ですもんね。お付きの方々もご苦労様です」


「は、はあ……どうも?」


 おまけにフェリクスさんたちにもにこやかに話しかけるものだから、ますますわけが分からなかった。


(え……なんでこんなにフレンドリーなの?)


 僕は戸惑いながらも、彼におずおずと尋ねてみる。


「えっと……どこかでお会いしましたかね?」


「分からなくても無理はないですね。あのとき俺は火だるまでしたから」


「……あっ! こないだの兵士さんか!」


 先日の騒動で悪徳司祭が暴走して、兵士さんがひとり火焔魔法の餌食になった。

 それを僕が間一髪で助けてあげたのだ。


 あのときは顔なんて見る余裕はなかったから、全然気付かなかった。

 彼は背筋を正し、礼儀正しく名乗ってみせる。


「セルバンと申します。どうかお見知りおきを」


「ご丁寧にありがとうございます。お元気そうで何よりでした」


「ええ。暗黒竜様からいただいた回復薬がよく効いたようで、火傷の跡も残りませんでした」


 セルバンさんはまた深々と頭を下げる。


「あれはさぞかし貴重なものだったはず……そんなものをいただき、恐縮です」


「お気になさらずに。ただの市販品のポーションですよ。魔法で効果を高めたんです」


「なんと! 暗黒竜様は多才なお方だなあ」


 セルバンさんはからりと笑って立ち上がる。すっごく背の高い人だけど、親愛の籠もった瞳からは見下ろされているような威圧感を全く受けなかった。


 彼は優雅な手つきで門の向こう、賑わう市街を指し示す。


「話は伺っております。どうぞお通りください」


「あのー……本当にいいんですか? ご存知のとおり、僕って暗黒竜なんですけど」


「もちろんかまいませんよ。だって――」


「私が許可を出したからね」


「ジュールさん!」


 耳心地のいいハスキーボイスに振り向けば、ジュールさんが立っていた。

 この人も神竜教の神官さんなんだけど……例の悪徳司祭と違って、まだ話の分かる気さくな人だ。とはいえ只者じゃないのは確かだろう。声を掛けられるまで、全く気配を感じなかった。


 ジュールさんは軽く頭を下げて会釈する。


「出迎えが遅れてすまなかった。仕事が少し立て込んでいてね」


「そういえばここの司祭になったんでしたっけ」


「そうとも。暗黒竜監視の名目でね」


 僕が悪徳司祭をボコボコにしたせいで、シュトラントの教会は司祭が不在になってしまった。


 そのため、元々本部からその司祭のことを調べに来ていたジュールさんが、新司祭として収まることになったらしい。僕の監視任務もそのまま継続中のようだ。


 ジュールさんはいたずらっぽくウィンクして笑う。


「つまり私は分かりやすい左遷を食らったわけだ。少年のおかげだな」


「すみません……」


「今のは本気の謝礼だぞ? 田舎暮らしの方が気楽でいい」


 ジュールさんは飄々と肩をすくめて、棒付きキャンディをぱくりと咥える。

 やっぱり食えない人だ。その真意がどこにあるのか、僕はいまだに推し量れずにいる。


「亜人のきみたちも息災のようだね。先日は教会のものが迷惑をかけてすまなかった」


「い、いえ……恐縮です」


 フェリクスさんはぎこちなく頭を下げる。リタは彼の後ろに隠れて、じっとジュールさんの顔を覗っていた。悪徳司祭に捕らわれたときのトラウマを思い出しているようだ。


 ジュールさんは少し肩をすくめたあと、セルバンさんに目配せする。


「出迎えご苦労様。あとは私が彼らを案内しよう。きみは仕事に戻ってくれたまえ」


「ええっ!?」


 それにセルバンさんは目を向いて驚いて、慌ててジュールさんに訴えかける。


「暗黒竜様をご案内するため、馬車の手配は済んでおります。ぜひとも私をお連れください」


「いやいや、きみはここの責任者だろう。自分の仕事はどうしたんだ」


「かまいません! 部下たちが上手くやってくれます! なあ、おまえたち!」


 セルバンさんは他の兵士さんたちを振り返る。

 すると彼らは顔を見合わせ、口々に文句をこぼす。


「それを言うなら俺も暗黒竜様をご案内したいんですが……」


「あっ、ズルいぞ俺だって!」


「俺も俺も! 暗黒竜様とお話ししてみたいっす!」


「ダメだ! 暗黒竜様にお目通りするために、俺は三日も前から禊ぎをして準備してきたんだぞ! こればっかりは絶対に譲れん!!」


「「「ええーーー!!」」」


 強気で言い張るセルバンさんに、兵士さんたちの間から大きなブーイングが上がる。

 ……いったいなんだろ、この状況は。


「あのー……ジュールさん」


「なんだい、少年」


「この街って神竜教が治める宗教自治区だって前に言ってましたよね。じゃあ、セルバンさんたちも……」


「無論、彼らも神竜教の信徒だよ。それがどうしたんだい」


「だったらなんでみなさん、僕に好意的なんですか? おかしいじゃないですか」


 暗黒竜は神竜教が定めるところの邪竜だ。

 それを忌避するどころか、アイドルめいた扱いをするなんて絶対に変だ。

 何かの罠かと勘繰る僕に、ジュールさんはにこやかに笑う。


「そりゃそうだろう。この街のみんなはカルコス司祭……いや、元司祭のやり方に、ほとほと嫌気が差していたようだからね」


 ジュールさんは冗談めかして、だけど力のこもった口調で断言する。


「失脚のきっかけを作ったきみに、みんなとても感謝しているのさ」


「でもいいんですか? 僕ってば邪竜なんですけど?」


「ふっ。こんな可愛い邪竜がいるものかよ」


 ジュールさんは人差し指でぴんっと僕の鼻先を弾いてみせた。

 手慣れたお姉さん仕草にドキッとしつつも、僕は彼女にジト目を向ける。


「邪竜だって言い張ってるのは、ジュールさんとこの宗教なんですけど……?」


「ははは、これは一本取られたな」


「笑い事じゃないですからね」


 僕のツッコミをさらりと受け流し、ジュールさんはあごに手を当てて思案する。


「しかしどのみち馬車は必要かな。仕方ない。セルバンくん、同行してもらえるだろうか」


「っっ、ありがとうございます! 誠心誠意、安全運転で勤めさせていただきます!」


「そんな泣くほどのことですか……?」


 涙をボロボロ流して頭を下げるセルバンさんに、僕はうろたえるしかない。


「でも、そんな特別対応悪いですよ。業務に支障が出たりしませんか?」


「特別ではなく妥当な対応です。暗黒竜様が下手に街を歩くとパニックになりますので」


「あっ……それはそうですよね」


 僕はドキッとして、頬をかいて苦笑する。


「暗黒竜の僕が出て行ったら、市民のみなさんを怖がらせるだけですもんね」


「はい?」


 それにセルバンさんはきょとんと目を丸くした。

 しばらく視線を泳がせて、うーん……と考え込んだあと、ジュールさんにこそっと尋ねる。


「ジュール様……暗黒竜様に街の様子をお伝えしていなかったんですか?」


「ああ、そういえば失念していたか」


「何の話ですか?」


「見れば分かるさ。さあ、行こうじゃないか」


 こうして僕らはジュールさんに促されるまま市門を抜けた。


 その先には大通りがずっと向こうのほうまで伸びていて、それを挟むようにして多くの建物が並んでいる。大勢の人がいて、とても活気があった。どうやらこの街のメインストリートらしい。


 馬車は門を出てすぐのところに停まっていた。

 二頭の馬が引く立派な車体は、以前悪徳司祭が乗っていたものだ。

 中は四人が足を伸ばしてゆったり座れるほど広く、座席のクッションもふかふかだった。


 これには恐縮するばかりだったリタとフェリクスさんも大興奮で、中に足を踏み入れるなり歓声を上げた。


「箱形馬車なんて初めてです! しかもこんなに広い!」


「お、俺たちなんかが乗ってもいいんですか?」


「もちろんかまわんとも。それじゃあセルバンくん、出してくれ」


「はい! 少々揺れますので、みなさんお気を付けください!」


 僕らを乗せて、馬車はゆっくりと出発する。

 人通りが多いから、ゆったり歩くのと変わらないようなスピードだ。

 外を覗きながら、リタははしゃいた声を上げる。


「窓も透明なガラスだなんて贅沢ですねえ。ほら、レインくんも見てください」


「ぼ、僕はいいよ」


 僕は馬車の隅に縮こまって、必死に隠れようとしていた。

 そんな僕に、ジュールさんは小首をかしげるのだ。


「どうしたんだい、少年。そんなに窮屈そうにして」


「いやだって、僕だってバレたらパニックになるんでしょう?」


「それはそうだが。この景色は一見の価値があると思うよ」


「まあ確かに、大きい街だとは思いますけど――」


「「えええっ!?」」


 そこで大きな声が上がった。


 振り返って見てみれば、リタだけでなくフェリクスさんまでもが窓の外を覗いて、あんぐりと口を開けて固まっている。何か変なものでも見えたんだろうか。


 不思議に思って見守っていると、リタがばっと振り返って僕をぐいぐいと引き寄せる。


「れ、レインくん! 早く外を見てください!」


「なあに? そんなに面白いものでも……は?」


 そっと外を覗いたところで、僕も言葉を失った。

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