暗黒竜と地底湖の怪物
木々の隙間を縫うようにしてジャングルを駆け抜け、やがて少し開けた場所に出る。
かすかな陽光が差し込むなかに、女の人が倒れていた。それを取り囲むのは例の魚人三匹だった。魚人は槍を掲げていたが、突然現れた僕に一瞬気を取られて動きが止まる。
ううう……心は痛むけど、仕方ない!
「影よ、来たれ!」
「「「ギョギョ魚ォ!?」」」
心を鬼にして、魚人たちに影で鮮烈な一打を浴びせかけた。
とはいえきちんと手加減した。魚人たちはあっさり気絶して地面に沈んで、まばゆい光を放って消えてしまう。
ふう、と息を吐いてから僕は女の人に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか、お姉さん」
「こ……こども?」
女の人は目をぱちくりと瞬かせる。
二十代に差し掛かったばかりくらいの、赤毛のお姉さんだ。
目はどんぐりみたいに丸くてくりくりしていて、小さな唇が可愛らしい。ちょっと幼い感じの美人さんなんだけど……出で立ちが変わっていた。
白いシャツに黒のロングコートを重ね、髑髏の描かれた黒の三角帽子を被っている。
右目には黒の眼帯まで付いているしで……。
(どこからどう見ても女海賊船長だ!?)
その典型的な出で立ちに、僕はちょっと感動してしまう。
そんなことを考えていると、お姉さんはきれいな眉をきゅっと寄せてみせた。
「坊主……なんで、あたしを助けたんだ?」
「へ?」
訝しげな彼女の問いかけに、今度は僕が目を白黒させる番だった。
「何故って、お姉さんがピンチに見えたからですけど」
「いやだって……ここであたしが脱落すれば、ライバルがひとり減っただろ」
「あっ!」
見れば隅の方にオケアニルがいる。このお姉さんに付いている分霊体だ。
つまりこの人も宝探しの参加者だから……やられても参加資格を失うだけで、命は助けてもらえる。ついさっきまでそんな話をしていたのに忘れてた!
僕は気まずくなって、頬をかいて苦笑する。
「あはは……悲鳴を聞いたら体が動いちゃいました」
「変な坊主だなあ。おまえも宝探しの参加者か?」
「はい。お姉さんと一緒です」
「……ふうん」
お姉さんは僕が差し出した手をじっと見つめたまま、怖い顔で黙り込んでしまう。
しばらく待っても沈黙は続いた。余計なお世話だったかな……?
僕は差し伸べた手を引っ込めて、踵を返そうとする。
「それじゃ、僕はこれで――」
「っ……待ってくれ!」
そこでお姉さんが弾かれたように動いた。
僕に縋り付くようにして手を掴み、必死の顔で問いかけてくる。
「なあ、坊主。おまえ強いんだな。それでいて驚くほどのお人好し。そうだろ」
「そう評価されることも多いですけど。それがなにか?」
「だったら……頼みがあるんだ」
お姉さんは居住まいを正し、額が地面に付くほど頭を下げた。
「頼む! 助けてくれ! 仲間が……あの魚人どもに捕まっちまったんだよ!」
それからすぐにヴォルグたちがやって来た。
喋る魔物たちの出現に、お姉さんが悲鳴を上げたので、僕は彼らのことを従魔だと説明した。
するとお姉さんはあからさまにホッとして相好を崩してみせた。
「坊主はテイマーなのか。その年ですげー魔法も使えるし……ひょっとしてあれだろ。高名なお貴族様の嫡男ってとこか?」
「えへへ、そんなところですね」
「むむう……」
僕が笑って誤魔化すと、ヴォルグは不服そうなうなり声を上げる。
暗黒竜だって名乗らないのが不満らしい。
僕はそっちにこっそり耳打ちしてフォローしておく。
(ビックリさせちゃうから、僕が暗黒竜だってことは一旦内緒にしておいてね)
(承知いたしました……ですが!)
ヴォルグはギンッと眼光を強め、お姉さんを睨め付ける。
「おい、小娘。坊ちゃまは高貴なお方だ。ゆめゆめ失礼のないよう心せよ」
「はあ? なんだこの生意気な犬っころ」
「犬ではない! 気高き魔狼であるぞ!! 舐めるでないわ!!」
「ひいいいっ! ごめんなさい!」
ヴォルグの一喝に、お姉さんは涙目で僕の後ろに隠れてしまった。
女海賊とは思えない情けない姿に、僕はつい最近見た光景を思い出してしまう。
(こないだのヨハンさんと同じ反応だな……)
あの人も確か初対面でヴォルグに吠えられて半泣きになっていた。
遠い目をしつつも、僕はお姉さんを宥めてみせる。
「それで、仲間が捕まったっていうのは?」
「そ、そうなんだよ!」
お姉さんはハッとして顔を上げ、懸命に訴えかけてくる。
「うちはあたしを入れて三十人の大所帯なんだけどさ。この島に着いてすぐ、あの魚人どもに襲われたんだ。みんなで応戦したけど手も足も出なくて……仲間たちはあたしを逃がすために捕まったんだ」
「その仲間たちを助けてほしいってことですか?」
「ああ。あっちの方角に連れて行かれたんだけどよ……」
お姉さんは南東を示す。
ここからだと山とは正反対の方角だ。
鬱蒼と茂る藪の向こうからは怪しい気配が漂っているような気がした。
お姉さんは肩を落としてうなだれてしまう。
「あたしひとりだけじゃ太刀打ちできねえ。他の参加者にも声を掛けたんだが、誰も耳を貸してくれなくってさ……もう手詰まりなんだよ」
「でも、危なくなったらオケアニルが助けてくれるんですよね。お姉さんだってさっき言ってたじゃないですか。助ける必要はあるんですか?」
「……助けてもらえるのは命の危機が迫ったときだけさ」
お姉さんは沈痛な面持ちでかぶりを振る。
そっと視線を投げるのは、自身に付いているオケアニルだ。
こてんっと小首をかしげた彼女から慌てて目を逸らし、お姉さんはボソボソと続けた。
「仲間たちはちょっと怪我しただけらしい。オケアニル様は助けちゃくれねえ。でもよ……想像してみてくれよ。あの魚人どもがうようよいる巣に何時間も捕らわれて、生殺しになる状況をさ」
「ああ……それはトラウマ間違いなしですね」
「あれはわたくしどもでもダメでしたからな……」
「ダメダメだったよねえ……」
「ぴぃー……」
僕らは心をひとつにしてしみじみとうなずく。
右も左もあの魚人がいる空間なんて、SAN値直葬間違いナシだ。
だけど納得する僕らの後ろで、オケアニル二人は首をかしげて不満そうだった。
「あの子たちも、まあまあかわいいのに……ねー?」
「人間ほどじゃないけど……ねー?」
どうやら彼女基準だと、あの魚人たちは人間と同じく『かわいい』の範疇らしい。
おや……? そうなると人間もあれと同じように見えているってことでは……?
聞いて確かめるのはちょっと怖かった。
素朴な疑問をぐっと飲み込んだところで、お姉さんがまたもがばっと頭を下げる。
「だから頼む! 仲間たちを助けてやってくれ!」
「何を言う。坊ちゃまは宝探しの最中なのだぞ」
それにヴォルグはしかめっ面を返す。
前足で高くそびえる山を指し示し、横柄に続けることには。
「地図に書かれた宝の在処とは、まるで逆の方角ではないか。つまり完全な時間のロスだ。付き合う道理はひとつもないな」
「そこをなんとか……! 必ず礼はする!」
「くどい! それ以上坊ちゃまの邪魔をするようなら容赦は――」
「いいですよ」
「坊ちゃま!?」
僕がさらっと了承したので、ヴォルグはひっくり返らんばかりに驚いた。
お姉さんもまさか本当にOKがもらえるとは思っていなかったらしい。あんぐりと口を開けて固まってから、おずおずと尋ねてくる。
「坊主、あたしらのために宝探しを諦めるのか……?」
「いいえ。もちろん宝も取りに行きますよ」
地図を取り出して、改めてそこに書かれた文言を確認する。
怪物を止めよ。さすれば頂の宝が手に入る。
うん。僕の推理が正しいのなら……。
「たぶん、そっちが本当の宝の在処だからね」
「「へ?」」
お姉さんだけでなく、仲間たちみんながきょとんと首をかしげてみせた。
◇
お姉さんはアンと名乗った。
彼女を伴って、僕らは南東の方角を目指してジャングルを進む。
道中、何度か他の参加者に出くわした。彼らはみんな険しい表情で、揃いも揃って島の中央にそびえる山を目指していた。みんな『頂の宝』を求めているのだ。
そんな彼らとはまったくの反対側に向け、僕らは懸命に藪漕ぎする。
目的地は山頂じゃない。山の麓をぐるっと迂回しつつ、僕はみんなに解説する。
「島の地図にはこう書かれていたよね。『怪物を止めよ。さすれば頂の宝が手に入る』って。島で『頂』といえば、あの大きな山だ。だけど……この字をよーく見て」
地図を広げて示すと、ヴォルグが顔を近付けてうーんと唸る。
「ふむ……『頂』だけ文字が完全に逆さまですな」
「そう。つまり、逆の意味を指しているんだと思う」
『頂』の反対ということは『地表』とか『地下』とか、そんなところだろう。
この島でそれに値する場所といえば、ひとつしかない。
ちょうどそこで藪が途切れて、開けた場所に出る。
目の前には断崖絶壁がそびえていて、その足元にはぽっかりと大きな洞窟が空いていた。
道は奥へと続いていた。壁には等間隔で松明が設置されていて、まるで獲物を誘っているかのような怪しい輝きを放っている。
じっとりと冷えて湿った空気が、少し離れた場所からでも感じられた。
僕らの他には誰の姿も見当たらない。まさに一番乗りってわけだ。
「だからお宝は、この先の地底湖にあるはずだよ」
「おおー!」
ヴォルグたちが感心したような歓声を上げる。
アンさんもまた目を丸くしたまま素直な尊敬のまなざしを送ってきた。
「すげえ……坊主は強いだけじゃなくて頭もいいんだなあ」
「ふはは! 当然であろう! 坊ちゃまは素晴らしい知見をお持ちなのだ!」
「あはは。たまたまだよ」
得意げなヴォルグに、僕は苦笑を向けるしかない。
(前世でこういう引っかけクイズみたいなの、よく解いてたもんなあ)
一問一問が短いから、さくっと遊べて楽しかったのを覚えている。
問題文をまず疑うのは定石だ。それに従って解いたまでのことなんだけど……皆の反応を見るに、こっちの世界じゃ、あんまりクイズって一般的じゃないのかも?
僕は出題者を振り返って答え合わせを頼む。
「どうかな、オケアニル。合ってるよね」
「……ふふ。どうだろうね」
「ねー……」
ふたりのオケアニルはくすくすと笑い、明言を避けた。
どうやら答え合わせはお預けらしい。
そんな話をしているうちに、アンさんは洞窟の周りを調べていた。他の場所は乾いているのに、そのあたりだけ地面がぐっしょりとぬかるんでいて、多くの足跡が刻まれていた。普通の靴と、水かきの付いたカエルのような足跡の二種類だ。
それを見て、アンさんは忌々しそうに顔を歪めてみせる。
「あの魚人どもの足跡だ」
「よし、それじゃあ注意して進みましょう」
僕が音頭を取って、一行は洞窟へと足を踏み入れた。
中はゆるい下り坂になっていた。
どこもかしこもじっとりと湿っていてカビ臭い。ときおり天井から垂れた雫がぽたりと落ちて、大きな音を響かせる。おまけに奥に向かうにつれて、腐った魚のような生臭さが漂いはじめた。
そのせいでヴォルグは苦悶のうめき声をこぼす。
僕でも顔をしかめる悪臭だ。鼻がいい分、余計に堪えるらしい。
「ぐぐぐ……鼻がもげそうです」
「大丈夫? 外で待っててくれてもいいんだよ」
「いいえ! 坊ちゃまが行くところ、たとえ火の中水の中悪臭の中でございます! それに、段々と気にならなくなってまいりました!」
「それたぶん麻痺してきてるんだよ。あとでしっかり水浴びして、体の臭いを落とそうね」
「ぼくにはちょうどいいかも。適度なしめりけ、さいこー!」
「ぴうー!」
ネルネルとチビニルは洞窟に興味津々だ。
そろそろと歩を進める中、ヴォルグがこっそりと耳打ちしてくる。
(それより坊ちゃま。この娘の言葉を信じるのですか? ひょっとすると何かの罠では……)
(僕もそれを考えたんだけどさ。可能性は低いんじゃないかな)
僕らを罠に嵌めるため、何の関係もない場所に誘導している……なんて可能性も、もちろんある。だけどアンさんにそんなことをする理由がない。僕らを回りくどく嵌めるくらいなら、自分の宝探しに集中した方がずっと得るものがあるからだ。
それに……。
「頼む、みんな無事でいてくれ……」
アンさんは洞窟を進みながら、一心不乱に祈り続けていた。
その面持ちは真剣そのもの。邪念なんて一片たりとも混じっていなかった。
「アンさん、嘘は吐いてないと思うんだよね」
「むむう……しばし様子を見ますか」
ヴォルグも一応は納得したらしかった。
ともあれ、僕もアンさんの人となりが気になっていた。
洞窟はまだ続きそうだし、僕はそっと探りを入れてみる。
「海賊さんって仲間想いなんですね」
「はあ……?」
アンさんは眉をひそめ、立派な海賊帽子をくいっと持ち上げる。
「ああ、これか。こいつはただの仮装だよ。あたしらはただの漁師さ」
「えっ。なんでまたそんな格好を」
「うちは女所帯でね。他の連中に舐められちゃかなわんだろ」
アンさんはからりと笑う。この言葉にも嘘はなさそうだけど……。
僕もまたにっこりと笑って釘を刺してみる。
「そうですか、よかった。もし仮に本物の海賊さんだったら、あとで一網打尽にしてしかるべきところに突き出さなきゃって考えていたところだったんで」
「ほ、ほんとに無実だぞ! なんなら船を調べてもらってもかまわないし!」
アンさんは見るも分かりやすく怯えはじめた。
これじゃ海賊は務まらなさそうだ。
っていうか、荒くれ者ばっかりの宝探しも荷が重そう。
「ただの漁師さんでも宝探しに参加するんですね。僕の地図は知り合いの漁師さんから譲り受けたものなんですよ。『手に余る』って」
「はは。普通はそうだろうね」
アンさんは苦笑してから、どこか遠くを見つめる。
「でも、あたしは……待て」
「……何か聞こえますね」
僕らは静かに足を止めた。
ちょうど洞窟が右手に折れ曲がる、その手前だ。
曲がり角の向こうからは、ぴちゃ……ぴちゃ……と怪しい水音が響いている。地図に書かれていた地底湖があるんだろう。そして水音と合わせ、なにか大勢の生き物の声が聞こえてくる。
アンさんの顔からさーっと血の気が引いていった。
「魚人どもの声だ」
「それじゃあそーっと……うっ!?」
曲がり角を覗き込んで、僕は言葉を失った。
そこに広がっていたのは、予想していたとおりの地底湖だ。
対岸が見えないほど広く、壁の松明やヒカリゴケなんかがその全体を照らしている。水は暗く淀んでいて、まったく底が見えなかった。臭いの原因はこれだろう。
そしてその湖のただ中で、なんと巨大な魚型モンスターがすいすいと泳いでいた。
背中側は鮮やかな瑠璃色。お腹側はまばゆいばかりの銀。全身を隙間なく覆う鱗がピカピカと輝いて、丸くて真っ黒な目がぎょろりと虚空を見つめている。
その周りには例の魚人たちが大量に控えていた。
魚人はともかくとして、あの見た目はどこからどう見ても……。
「マグロじゃん!?」
「まぐ……なんだそりゃ」
アンさんがきょとんと目を丸くする。
その横手からヴォルグがひょいっと覗き込んできた。
「ほう、カッツォグロですな。大型の魚型モンスターで、水中では無敵の存在です」
「カツオ……? たしかに言われてみればマグロでありつつ、カツオっぽさもあるかも……」
「坊ちゃまは何をぶつぶつおっしゃっておいでなのですか?」
懸命に記憶を漁る僕に、ヴォルグはなんだか訝しげだ。
背びれは立派で黄色がかっているからマグロっぽい。
水面からちらっと覗くお腹側は少し黒ずんでいてカツオっぽい。
とはいえ他の特徴――上部が大きな尾びれや、ぽこっと大きく飛び出た目玉なんかは、僕の知っているマグロやカツオとかけ離れている。地球のものと見た目が似ていても、結局のところ僕の知識にない異世界生物というわけだ。
だけど僕の勘がハッキリと告げている。
たぶんあいつは美味しい赤身のお魚だ。こんなところでいい食材、発見!
逸る心を抑えつつ、僕は冷静に状況を整理する。
「魚人さんたちがいるし……あのデカいのもオケアニルの仕込みなの?」
「ううん……違う……よー」
僕の問いかけに、オケアニルふたりがゆるゆるとかぶりを振る。
「ここは我氏の領土……なのにいつの間にか、あの子が勝手に棲み着いていた……の」
「暴れん坊で、魚人たちも子分にされちゃってるし……だったら宝探しのついでに、退治してもらおーかな……って」
「ねー……」
「『ついで』で頼むブツじゃないでしょ、どう考えても。自分でやりなよ、オケアニルの領土でしょ」
「やだー……我氏は宝探し観戦で忙しい……もん」
オケアニルはぷいっとそっぽを向いてしまう。やれやれ。
ともかくあのカッツォグロはどう小さく見積もっても二十メートルはある。まるで鯨だ。
えっと、通常のマグロが一メートルだか二メートルでしょ。
前世で初競りのニュースを見たけど、マグロ一匹で二千人分のお刺身が取れるらしい。
その十倍とか二十倍……あ、いや、体積で考えるからその三乗? 最低でも一千倍?
つまりあの魔物からは膨大な量のお刺身が作れるということになる。じゅるり。あっ、兜焼きとかカマ焼きなんかもいいかも! 脂が乗ってて美味しそうだし、可能性は無限大だ!
皮算用に脳をフル回転させながら、僕は肝心なことをオケアニルに尋ねる。
「ちなみにもう一つ聞くけど……あの魔物、倒して持って帰っても大丈夫?」
「もち……ろん」
「お好きにどう……ぞー」
「やったあ!」
渾身のガッツポーズを披露する僕だった。
ヴォルグも僕の意図を察し、舌なめずりをして唸る。
「カッツォグロを食したという話は過分にして聞きませんが……坊ちゃまがそこまで歓喜する獲物とは。いったいどんな味がするのでしょう」
「気になるねー。タコ焼きみたいな感じなの?」
「ふふふ……あれはね、生で食べるのが一番美味しいんだよ!」
「魚を、生で……?」
僕がひけらかしたマル秘情報に、ヴォルグは思いっきり顔をしかめてみせた。
しばらくうーんと難しい顔で悩んでから、僕の肩にぽんっと手を置いて諭すように言う。
「坊ちゃま。人間は生肉を食べると腹を壊してしまいます。やめた方がよろしいかと」
「いや、新鮮な魚は平気なんだって。ヨハンさんも、そうする地域があるって言って――」
「いけませぬ! クラーケンのとき同様、ちゃんと火を通す! 分かりましたな!」
「はあい……」
そのあまりの剣幕に、僕はしぶしぶ頷くしかなかった。
ま、実際刺身を食べてもらえば、僕の言い分も分かってもらえるだろう。
そのためにはまず、あの巨大マグロ(?)を仕留めないとね!
やる気を燃やす僕に、アンさんが胡乱な目を向けてくる。
「あのさ、坊主も宝が目的なんだよな? 話を聞いてると、どっちかってーとあの怪魚の方にテンションが上がってるみたいだけど」
「当然ですよ! お宝よりあいつの味の方が気になります!」
「えええ……物好きな坊主だな」
形のいい眉をひそめて、アンさんは完全に呆れ気味だった。
お宝や神様へのお願い事権もいいけれど、久々にマグロが食べられるってことの方が、僕にとっては大きな興奮材料だ。ただ食いしん坊なだけかも?
アンさんはぽかんとしつつも、じっとカッツォグロへと視線を注ぐ。
「まあでも……あたしから見てもあいつは上物っぽいけどな」
「漁師って言ってましたけど、魚にお詳しいんですか?」
「ああ、目利きは小せえ頃から親父に叩き込まれて……ああっ!?」
そこでアンさんが飛び上がるほどに驚いた。
「あたしの仲間たちだ! ほら、あそこ!」
「あー。分かりやすく捕まってますねえ」
彼女が示すほうを見れば、大勢の女の人たちが海藻でぐるぐる巻きにされていた。
みんなアンさん同様、女海賊スタイルに身を包んでいる。魚人たちにエッサホイサと担ぎ上げられて、湖の岸辺に整列させられている最中だった。みんな声も出せないほど怯えきっている。
やがて彼女らがきっちり整列させられたあと。
魚人たちはその後ろに並んで跪き、揃って何やらうにゃむにゃと唱えはじめる。緩急に乏しい平凡な調子のそれはお経に似ていて、怪しいリズムが洞窟中に反響する。
カッツォグロはそのお経に吸い寄せられるようにして岸辺に近付いていった。
やがてお経がピークを迎え――。
「魚魚魚……ギョギョギョーー!!」
『ぎょおおお……』
「ひいいいいいっ!?」
魚人とカッツォグロの雄叫びに、女性たちの悲鳴が混じった。
なかなか壮絶な光景だ。夢に見そう。
アンさんはガタガタと震えながらか細い声をこぼす。
「まさかあいつら、あたしの仲間たちを生け贄に……!?」
「それっぽいですねえ」
どのみち食べらちゃう前にオケアニルが助けるとは思うけど。
さすがにあのシチュエーションに放り込まれるのは可哀想すぎるよね……。できれば一分一秒でも早く助けてあげよう。
僕はぐっと握った拳を突き上げて、やる気満々のみんなに宣言する。
「よし、みんな! あのカッツォグロを仕留めるよ!」
「「おーー!」」
「ぴーぃ!」
「あっ、チビニルは危ないから隠れててね」
「ぴぃー!?」
チビニルを除くみんなの心が一つにまとまったところで、作戦決行となった。





