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暗黒竜と海遊び

3/8(金)に二巻発売決定です!それまで毎日更新予定。

 暗黒竜神殿から海までのアクセスが急に改善された数日後。

 太陽が照りつける浜辺で、僕は海パン姿でみんなに手料理を振る舞っていた。

 影を無数の半球が並ぶ巨大鉄板に変化させ、その上で焼くのは……もちろん決まっている。


「うまあい! これがタコ焼きでございますか!」


「ふふふ! そうでしょう、そうでしょう!」


 ヴォルグの唸るような声が海辺に轟き、僕はご満悦だ。

 彼の皿には茶色く丸っこい品がいくつも並んでいる。

 関西のソウルフード、タコ焼きだ。


 そして、中身はあのとき仕留めたクラーケン。


 そのままではアンモニア臭がひどくてとても食べられたものではなかったのだけど、そこは僕の魔法の出番だ。能力減衰魔法を使ってアンモニア臭を綺麗さっぱり消し去った。


 その結果、潮の香りがかぐわしい、ぷりっぷりの身ができた。


 それを小麦粉と卵、昆布のだし汁を混ぜた生地で包んで焼けば、タコ焼きの完成だ。


 いやあ、影がどんな形にも変えられてよかった。一からタコ焼き用の鉄板を作るとなると、また別の苦労があっただろうし……闇魔法様々だ!


 そんな感慨に浸りながら、タコ焼きを影のピックで刺して、ぽいぽいぽいっと大皿へと放り込んでいく。


「どう、気に入った?」


「わたくし、タコを舐めておりました。完敗にございます」


 ヴォルグは深々と頭を下げる。

 そうしてちらっと僕を見上げて、ぺろりと舌なめずりをしてみせた。


「ひょっとすると、海には他にもまだまだ美味いものが眠っているのですかな……?」


「そのとおり、珍味美味だらけだよ。絶対にたくさん食べようね」


「是非に!」


 ヴォルグは目を輝かせて勢いよく頷いた。

 ふっふっふ……この調子なら、どんなに常識外れのものでも食べてくれるだろう。

 いずれお刺身とかお寿司の布教ができちゃうかも……!


「おいしー! 丸いっておいしいんだね!」


「ぴゅーい!」


 ネルネルとチビニルも、夢中になって皿ごとかぶりついているし。


「さあさあ、まだまだ焼くよ! 暗黒竜様のおすそわけ、心していただこうじゃないか!」


「おかわりが欲しい人はこっちだぞー」


 巨大鉄板の対岸では、マアドさんとフェリクスさんがせっせとタコ焼きを焼いてくれている。

 マアドさんはトカゲ獣人の肝っ玉お母さん。

 フェリクスさんはリタの父親で、亜人村の村長だ。


 ふたりとも見知らぬ料理に戸惑っていたけれど、今では熟練の手さばきだ。

 亜人村の人たちも大勢詰めかけて、お皿を持って順番を待っていた。ほかにも海辺で遊ぶ子供たちや、魚釣りに勤しむお爺さんだったり、とにかく浜辺は大賑わいを見せている。


 みんなそれぞれ水着をまとっていて、自由に海を楽しんでくれている。


(ふふ。気に入ってもらえてよかったなあ)


 そんな彼らを見守りながら、僕もタコ焼きに舌鼓を打つ。


 外はカリッと。中はふわっと。

 本場関西のは、もっと水分が多いんだけど。


 やっぱり初めて食べるって人にはこっちのがいいかなあ、と関東風にしてみたのだ。


 こっちはこっちで美味しいし、中のタコもぷりっぷりで最高だった。


「うん、おいしい。でもやっぱり、タコ焼きにはソースだよねえ」


 とろっと焦げ茶色の甘じょっぱい、例のソース。

 あれの再現が目下の課題だった。


 前世ではふつうに食べていたけど、その原材料がどうなっているかなんて知る由もない。

 ちゃんと再現できるかなあ。ま、醤油ができたんだからなんとかなるでしょ。


 僕は未来への希望を噛みしめながら、タコ焼きを頬張る。

 だけどふと、お客さんの様子が気になった。


「ヨハンさんもおかわりどうですか?」


「へっ? きょ、恐縮です!」


 僕の隣に座っていた、髭の男の人がぺこぺこと頭を下げる。

 先日クラーケンから助けた漁師さんだ。


 今朝早く、約束通りに魚を持ってきてくれたので、こうして食事会に招いている。

 だけどずーっとガチガチに固まっていて、口数も少ない。

 緊張しているのが目に見えて分かった。


「顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか? ひょっとして亜人村のみんなが怖いとか……?」


 亜人や獣人は、この世界で広く差別の対象だという。


 僕にとっては気心知れた隣人でも、普通の人間であるヨハンさんにとっては恐怖の対象かもしれない。そう危惧して声を掛けたのだけど、ヨハンさんは苦笑する。


「たしかに亜人や獣人とは付き合いがないもんだから、最初はビックリしましたけど」


 彼はそーっと僕の後ろに視線を向ける。

 白い砂浜の上では、僕の仕留めたクラーケンが丸焼きになりつつあった。


 このペースだと食べきる前に傷んじゃうし、エキドゥニルに残りを焼いてもらっているのだ。彼女が口から炎を噴き出すたびに、ジュウジュウという音とともに醤油の焦げる芳ばしい香りが浜辺に漂う。


 まわりでは魔狼族やその他魔物たちがワクワクしながら完成を待っている。

 そこにそーっとオケアニルが手を出そうとして、エキドゥニルがキッと目を吊り上げた。


「ああもう触るな! まだ焼いてる途中だっつーの!」


「だったら……もっと、火の勢いを強くしたら……どう?」


「こういうのはじっくり炙るのが基本なのよ! 素人は黙ってチビどもと遊んでなさい!」


「はあい……ぷしゅー」


「わー! オケアニル様すごーい!」


「ちっちゃい虹だー!」


 オケアニルが手を翳すと、細かい水滴が子供たちの上にシャワーのように降り注ぐ。

 大はしゃぎする一同を眺めつつ、ヨハンさんはどこか遠い目で続けた。


「スピリット・ドラゴン様が三柱もお揃いになる場に、こうしてご一緒している方が……生きた心地がしないといいますか」


「すみません、騒がしくって……」


「とんでもないです! 貴重な機会をいただき、感謝します!」


 ヨハンさんは慌てて頭を下げてみせた。

 ううむ、感覚が麻痺してたけど、スピリット・ドラゴンって六柱しかいないんだよね。


 そのうち半分――ひと柱は分身だけど――が、ここに集結しているわけで……ひょっとして僕が思っている以上に、うちってとんでもないことになってない?


「レインくーーーん!」


「あ、リタ」


 そんなふうに悩んでいたタイミングで、リタが元気よく手を振ってやって来た。


 真っ赤なワンピース型の水着をまとっていて、お尻のあたりを多めのふりふり布地で隠している。めちゃくちゃ似合ってるし、かわいいな……。


 リタはタコ焼きを入れたお皿を手に、興奮気味に語る。


「あんな見た目なのに、タコってすっごくおいしいんですね! リタ、びっくりしちゃって……あっ」


 そこでふと、僕の隣にいるヨハンさんに気付いたらしい。

 少しだけ怖じ気付いたようにして、ぺこりと頭を下げてみせる。


「レインくんのお客様ですか? こんにちは」


「ああいや、ご丁寧にどうも。こんにちは」


 ヨハンさんもまたぎこちなく頭を下げる。

 亜人は差別される存在で、住む場所も制限されるという。


 だからリタにも人への苦手意識があって当然だ。ヨハンさんもあんまり関わることがなかったというし、ふたりの間にどこかぎくしゃくした空気が流れる。


 そんな中、僕はそっとリタへと問いかけた。


「リタ、そのワンピースはどう? 問題なさそう?」


「あ、はい。ぴったりです」


 リタはくるりと回ってみせる。スカートの裾が花のようにふんわりと広がって、リタによく似合っていた。


「レインくんのおかげで、これからたくさん海で遊べます。ありがとうございます」


「気にしないでよ。僕も自分の分がほしかったしさ」


「あのー……すみません」


 そんな話をしていると、ヨハンさんがおずおずと手を挙げる。


「そちらの子が着ている服はいったい何なんですか? ここの皆さんが似たようなものを身に付けているようですが、普通の服とはなんだか違うような……」


「これですか? これは水着です」


「なるほど、水着……水着ぃ!?」


 ヨハンさんは目を丸くしてすっとんきょうな悲鳴を上げる。


「それってもしかして、水を弾く生地でできた服ってことですか!? お貴族様が水遊びのときに着るっていう、あの!?」


「ああ、こっちの世界じゃ高価なものらしいですね」


 僕はのほほんと答えてみせる。


 事の発端は三日前、海ができた次の日のことだった。

 かねてからの約束通り、僕はリタを含む亜人村の子供たちと泳ぎに出かけた。


 澄み切った水はほどよく冷たく心地よく、顔を浸ければ海底を泳ぐカラフルな魚たちが観察できた。大人もちらほら見物に来ていて、よく賑わう海水浴場って感じだった。


 僕は子供たちと一緒に競争したり、魚を追いかけたりして盛り上がっていたのだけど……なぜかリタを含む女の子たちは水に入ろうとせず、ずっと砂浜で遊んでいた。


 だから僕はそっちに声を掛けてみたのだけど。


『リタ、一緒に泳ごうよ!』


『えっと……リタは遠慮しておきます』


 返ってきたのは、気まずそうな苦笑で。

 僕は小首をかしげてみせた。


『なんで? 水が怖いの? だったら僕がちゃーんと守ってあげるよ!』


『それはうれしいんですが、その……』


 リタはもじもじとして、そっと目を逸らしてぽつりと言った。


『濡れると服が透けてしまって、恥ずかしいですし……』


『あれ? 水着は持ってないの?』


『あるわけないです。あんなのはお貴族様が着るものですよ』


 どうやらこっちの世界じゃ水着は一般的ではないらしい。


 よくよく観察してみれば、女性はおおむね水を避ける傾向にあった。


 波打ち際でぱしゃぱしゃしたり、貝を拾ったり、おしゃべりしたり……それはそれで楽しそうだけど、海の醍醐味といえば海水浴だ。


 性別の区分なく、みんなに楽しんでもらいたいなあ。


(なにより僕がリタと一緒に泳ぎたいもん!)


 僕の中でメラメラとした炎みたいな決意が生まれた。


 頭を高速回転させて計画を樹立。そばのトカゲ亜人少年に確認を取った。彼はレプタといって、亜人村の肝っ玉お母さんことマアドさんの息子なのだ。


『あのさあ、レプタ。ちょっと聞きたいんだけど……マアドさんってお裁縫は得意?』


『裁縫? それなら母ちゃんの右に出るやつはいねえよ。俺の服だって母ちゃん作だ』


『よーし! マアドさんは今どこ!? 探してくる!』


『ええっ! ちょっと待てよ、レイン様! 母ちゃんに何の用だよ!』


『仕事の交渉! 期待しててね、リター!』


『は、はあ。がんばってくださいね?』


 戸惑い気味のリタに見送られ、僕は意気揚々と砂浜を飛び出していった。


 水着用の特別な生地を用意する宛てなんてなかった。

 そのかわり、僕には便利な魔法があった。


 穿いている海パンをつまんで、ヨハンさんに説明する。


「服に撥水力を高める魔法をかけたんです。生地自体は普通のものですよ」


 打診したところ、マアドさんをはじめとする亜人村の女性が、元となる服を急ピッチで作ってくれた。ちょうど農閑期で、みなさん仕事を探していたらしかった。僕の相談にふたつ返事でうなずいてくれて、デザインから布地の調達まで全部引き受けてくれたのだ。


 それで作ってもらって服に片っ端から魔法を掛けて水着を量産した。

 おかげでリタだけでなく、ほとんどの人の手に行き渡ったのだ。


『なんだいこの動きやすい服は……! すごいよ、暗黒竜様!』


『でも、お貴族様が着る服なんか、俺たちが着てもいいんですか……?』


『そんなの関係ありませんよ。みんなで使ってもらえた方が僕も嬉しいですし』


『ありがとうございます! 暗黒竜様!』


 そんなわけで、みんなすっかり水着を気に入ってくれている。農作業もそれでこなす人だっているくらいだ。


 エキドゥニルとオケアニルも当然水着だ。

 両名とも大胆なビキニスタイルで、健康的な体を太陽のもとで惜しげもなく晒している。


『濡れない服ですって!? なにそれ! 我ちゃんにも作りなさいよ!』


『水用の服……レインはおもしろいものを考える……ね。ひとつ、ちょー……だい』


『分かった! 分かったからそう迫ってこないでよ!』


 そんなふうに迫られて、急遽二着作ってもらったのは記憶に新しい。

 そう説明するとヨハンさんはぽかんとした。


「暗黒竜様は、信徒たちのためにそこまでするんですか……?」


「え、当然じゃないですか? だってみんなで楽しみたいですもん」


「ははあ……暗黒竜様は慈悲深いお方だなあ」


 ヨハンさんはしみじみとうなずく。

 納得してくれたみたいだけど、慈悲深いっていうのは過剰評価だと思う。

 僕は本当にただみんなで海を満喫したいだけなんだから。


「見ず知らずの俺たちのことも助けてくださったし……本当、邪竜なんて誰が言い出したんだかなあ」


「あれ、おじさんもレインくんに助けてもらったんですか?」


「そうなんだよ。先日、海であそこのクラーケンに襲われてね」


 ヨハンさんは身振り手振りを交えて、例の事件をリタへ語って聞かせた。

 思い出がかなり美化されていて、僕の活躍が五割増しくらいだったけど……野暮なツッコミはしなかった。リタが目を輝かせてヨハンさんの話に聞き入ったからだ。


「そういうわけで、貢ぎ物を持って巡礼にやって来たってわけなんだよ」


「さすが! レインくんは正義の味方ですね!」


「そんな大袈裟なものじゃないってば」


 僕は照れくさくなって頬をかく。

 だけどリタは興味津々だった。


「そこで慈水竜様と出会ったなんて、なんだか一大スペクタクルですねえ。宝の地図ってどんなものなんですか?」


「うん。見る?」


「わあ! これが、あの……!」


 例の地図を取り出してみれば、リタの目がキラキラと輝いた。


「リタは慈水竜の宝探しを知ってるの?」


「はい。有名なおとぎ話です」


 リタはこくりとうなずく。

 ヨハンさんも相好を緩めつつ、感慨深げにあご髭を撫でた。


「しっかし、まさかあの宝箱の中身が慈水竜様の地図だったとは……売れば一生困らないだけの金が手に入るって聞きますけどねえ」


「えっ、売ってもいいの!?」


 僕はギョッとして叫ぶ。

 地図にはもれなく、オケアニルの分霊体が付いてくる。

 本人の目の前で売り払うのって勇気がいるし、何よりバチとか当たらないんだろうか。

 そう心配するのだけど……子供たちと遊んでいたオケアニルがこっちを振り返り、ゆるーく笑う。


「全然おっけー……なぜならば、それもまた……人の営み……貨幣という、不確かなシステムに振り回される哀れな存在……じゅうぶん、かわいい……よー」


「判定がガバガバすぎるでしょ」


 人間のやることなすこと全部可愛いのか?


(やっぱりハムスター扱いなのかも)

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