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暗黒竜のしもべたち

 神殿の外に出ると、十数匹の狼たちがソワソワしながら待っていた。

 狼たちはどれもライオン並みの大きさで、しなやかな体つきは彫像のように逞しく、ふわふわの金の毛が風にたなびき揺れている。


 彼らは魔狼族と呼ばれる種族だ。

 かつてレヴニルに命を救われたとかで、長年従者を務めている。

 中でもひときわ大きく立派な一匹は艶やかに輝く銀の毛をまとっていて、僕を見るなりぱっと目を輝かせて渋い声で吼えた。


「坊ちゃま! お帰りなさいませ!」

「ただいま、ヴォルグ」


 他の狼たちも呼応するようにして尻尾を振る。


 彼は魔狼族の長で、ヴォルグという。

 僕をレヴニルの前に連れて来た張本人にして、この五年間片時も離れず面倒を見てくれた世話役だ。僕にとってはレヴニルに次ぐ第二の親みたいなものである。


 ヴォルグはソワソワを隠しきれないまま、僕の前に頭を垂れる。


「いかがでしたか、坊ちゃま。レヴニル様は……」

「……いっちゃったよ」

「っ……そう、ですか……」


 僕がそっと視線を外して答えると、ヴォルグが全身の毛を震わせた。

 他の狼たちも一斉に黙り込み、その場に重い沈黙が落ちる。


 しかしその沈黙を破ったのは当のヴォルグだった。苦しげにかぶりを振って、震える声を絞り出す。


「いいえ。このヴォルグ、けっして涙は流しませぬ。レヴニル様は覚悟の上でした。笑って見送ることこそが家臣の務めにございます」

「ヴォルグ……」


 その忠信に、僕の方がうるっときてしまう。

 しかしそうかと思えばヴォルグは顔をくしゃっとさせて、ぶるぶると体を震わせ泣きはじめるのだった。


「しかし、しかしでございます……! 坊ちゃまはとうとう暗黒竜の力を継承なさったのですね! 赤子のころより見ておりますが、立派になられて……うううっ! このヴォルグ、感涙でございますううう!」

「そこは泣くんだ……」

「これは感涙ゆえノーカンでございますれば!」

「堂々と開き直らないでよね……もう、みんなも遠吠えしなくていいから!」


 他の狼たちもヴォルグにつられたように吠えはじめ、あたりはちょっとした騒ぎになった。

 そんな彼らをなだめすかしてから、僕はふうっとため息をこぼす。


「だいたいね、立派って言うけど僕はふつうの五歳児だよ。持ち上げすぎでしょ」

「何をおっしゃいますやら。神殿に入る前と今ではまったく別人でございます」

「そうなの?」

「ええ。オーラがまるで違います」

「自分じゃ全然わかんないけどなあ」


 ためしに水たまりを覗き込んでみるが、丸っこい輪郭も、くりくりと大きくぱっちりした目もいつも通り。ふつうに可愛い五歳の少年だ。神様らしきオーラなんて全くない。

 っと……そんなことよりも。


「それよりヴォルグ、ちょっと聞きたいことがあるんだ。神殿の中を見てみてよ」

「はあ、なんでございましょうか……むむ!?」


 僕の背後にそびえる神殿を覗き込み、ヴォルグが低い声で吠えた。

 神殿は主を失って静まり返っている。


 しかしその主が消えたはずの場所には、別の存在が鎮座していた。大きな闇色の卵だ。僕の身の丈をしのぐほど大きなそれを凝視したまま、ヴォルグは歓喜の声を上げる。


「間違いございません! あれなるはレヴニル様の転生卵にございます!」

「っていうことは、レヴニルは生まれ変わるの?」

「おっしゃるとおりでございます」


 ヴォルグはにこにことうなずく。


「しかしそれには坊ちゃまの……暗黒竜の信仰心が必要です。坊ちゃまが力を付け、人々に神として慕われるようになれば、きっと何十年後かには孵ることでしょう」

「僕の寿命との勝負だなあ……」


 苦笑しつつも、僕はふとした引っかかりを覚えて眉を寄せる。


(うん? 僕って神様になったんだよね? っていうことは、寿命とかってどうなってるんだろ。まさか不老不死……とか?)


 そのへん、ちゃんと聞いておくんだった。

 しかしとにもかくにも、分かったことがひとつある。

 卵を遠くから見つめ、僕は吐息をこぼすように言う。


「いつかまた会えるんだね、レヴニルに」

「ええ、ええ。会えますとも」


 ヴォルグは力強く断言した。

 他の狼たちも感極まったように低く鳴き、みなそれぞれの思いを噛みしめながらしばし神殿の卵を見つめていた。やがてヴォルグが小さく咳払いをして、そわそわと尋ねてくる。


「それで坊ちゃま。レヴニル様とは最期にどんな話をなさったのですか? 差し支えなければお聞かせ願いたく」

「それがねえ……」


 僕は神殿の中での対話をざっくりヴォルグに説明してみせた。

 すると彼はきょとんと目を丸くする。


「楽しめ、でございますか?」

「そういうこと」

「ふうむ、なるほどなるほど……」


 僕が鷹揚にうなずくと、ヴォルグは難しい顔で考え込む。

 しかしすぐに満面の笑みを浮かべ、牙を覗かせウキウキと進言することには――。


「それならば話は早うございます。まずは何からなさいますか? 暗黒山脈に我が物顔で棲み着く愚か者どもを根絶やしにしますか? もしくは近隣の国に攻め入ってもよいかと存じますが」

「……なんでそんな血なまぐさいことしか提案できないのさ」

「いやはや、獣の性と申しましょうか……ダメですか?」

「ダメに決まってるでしょ! いたいけなちびっ子に悪いことを教え込まないの!」


 ヴォルグの鼻先に人差し指を突き付けてびしっと叱りつける。


 僕がただの五歳児だったら今のに乗って、面白半分で悪事に手を染めてしまっていたかもしれない。だがしかし、分別のある人生二週目だ。そういうのはきっぱりとノーを突き付ける。


「では、どのようにして暗黒竜の力を使うおつもりで?」

「うーん……そうだねえ」


 僕は頭を悩ませる。今日はつくづく考える日だ。だったらとことんまで考え抜こう。

 レヴニルは僕に『楽しめ』と言った。

 とはいえ楽しいことなんてほとんど知らない。


 前世では生きるために必死で、死ぬまで働きづめだったからだ。

 今世になってようやく家族と過ごす平穏の尊さを知ったくらいだ。


(うーん、楽しいことって何なんだろ。趣味もなんにもなかったしなあ)


 そこでふと、周囲を見回してみる。


 古びた神殿の周りには平原が広がっていて、雨風をしのげるような大きな大木がどっしりと根を下ろしている。そのそばには泉があって、いつでも綺麗な水を飲むことができた。


 平原は半径五百メートルくらいの広さで、その四方には鬱蒼と茂る森が続いている。

 そしてその森がどうなっているのか、僕はまったく知らなかった。


「ねえ、ヴォルグ。僕ってレヴニルの力を受け継いだわけだけどさ、だったら土地も僕のものってこと?」

「そのとおりでございます」

「……レヴニルの土地ってどこからどこまで?」

「ご存じなかったのですか?」


 ヴォルグは意外そうに目を丸くするが、僕としては不服な反応だ。


「『危ないから』って森に入らないように言ったのはヴォルグたちでしょ。ちょっとでも近付いたらみんなが慌てて止めに来たじゃんか」

「おっと、そうでしたな……いやはや申し訳ございませぬ。改めてお伝えいたしましょう。実を申しますと、この暗黒山脈全体がレヴニル様の領域なのです」

「山脈? それってどれくらいの広さなの?」

「えー。ざっくり上から見た地形を描きますとこんな感じでして……」


 そう言ってヴォルグは前足を器用に使って地面に地図を描きはじめる。

 それによると、ここは楕円形の険しい山々がいくつも並ぶ山岳地帯で、僕らが暮らす暗黒竜神殿はちょうどその南東の山の端っこに位置するらしい。


「わたくしども魔狼族でも、ぐるっと一周するだけで丸一日かかります」

「えっ、けっこう広いね……えーっとえーっと」


 よく駆けっこして遊ぶので、魔狼族の足の速さはよく知っている。

 彼らの速度は自動車くらいだ。本気を出せばもっと速い。そんな彼らでも丸一日かかるということは……ざっと計算し、僕は歓声を上げる。


「四国くらいの大きさってこと!? すっごく広いじゃん!」

「シコク? 聞いたこともない土地ですな」

「そこは気にしないで。それで、ここ以外の山はどんな感じなの?」

「そんなに変わりませんぞ。四季があって山の恵みも豊富に採れます。あと、山脈の北側は海に面しておりますな」

「海があるの!? それも初耳だよ!」


 ヴォルグの口から明かされる領土の実態に僕は大興奮だ。

 山の資源に恵まれて、海も近い。それに気候も穏やかときた。


 すこぶる恵まれた領土事情を聞くうちに、僕の中でムクムクと湧き上がる欲求というものがあった。それをしっかり捏ねて成形して、僕の心は完全に決まった。ぎゅっと拳を握りしめてまっすぐヴォルグを見据える。


「ヴォルグ。僕のやりたいことが決まったよ」

「ほう! この領土をより一層広げたいと、つまりそういった侵略行為で?」

「違うってば!」


 血なまぐさくワクワクするヴォルグを一喝して、僕は堂々と胸を張って言ってのける。


「僕はね、この大自然の中でのんびり暮らすことにしたよ!」

「はい?」


 ヴォルグは意外そうにきょとんと目を丸くする。

 他の魔狼たちも訳が分からないとばかりに顔を見合わせる始末だった。

 しかし僕はというと、口に出したことでその想いが一層強くなっていた。

本日はあと一回更新します。18時20分更新予定です。

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