宝箱の中身
暗黒竜というのは、どうやらこの世界では忌むべき存在らしい。
大昔、先代暗黒竜レヴニルには人間の友人がいた。
だけどその友人は乱心し、レヴニルから借りた力を使って数多くの国を滅ぼした。
レヴニルはそれを自分の手で止めたのだけど……世界中に暗黒竜=悪という認識が広がってしまった。そのせいでレヴニルは力を失い、消滅することになったのだ。
(うーん、でも身分を偽るのもなんか違うし……)
暗黒竜は、レヴニル――大切な家族から受け継いだ称号だ。
堂々と名乗りたいし、かと言って相手を無駄に怖がらせるのもよくない気がするし。
どっちの方がいいのかなあ。
なんて悩んでいると、ポカンとしたままだった船長さんがぽつりと言う。
「じゃあ、あの噂は本当なのか……?」
「うわさ?」
「新しい暗黒竜様は心優しい神様で、曲がったことの大嫌いな傑物だって噂です」
「なんですかそれ!?」
いったいどこからそんな噂が……?
僕は訝しみつつもきっぱりと言う。
「僕はただのんびり静かに暮らしているだけですよ。大袈裟です」
「じゃあ、シュトラントの悪徳司祭をぶちのめしたっていうのも嘘ですかい?」
「……それは本当ですけど」
「じゃあやっぱり……!」
船長さんたちが一斉にぱあっと顔を輝かせる。
何かと思えば、船長さんは僕の手をぎゅうっと握って涙ながらに語る。
「俺たちシュトラント近くの漁村の者どもなんですが……あの悪徳司祭には年貢が少ないだのなんだのって難癖を付けられて、ずっといびられていたんです! だからその……やつの結末にはスカッとしました!」
「「「ありがとうございました!」」」
「は、はあ。どういたしまして?」
僕は目を白黒させるしかない。
先日、僕はひょんなことから神竜教の司祭をボッコボコにやっつけた。
あの司祭はリタたち亜人村の人たちを苦しめていただけでなく、他にも相当あくどいことをやっていたらしい。本部で数多くの罪が追及され、私財没収の上で、遠くの監獄に送られたと聞いている。
どうやらこの人たちも、その被害者だったというわけだ。
涙ながらに感謝を口にする彼らに、僕はおずおずと問う。
「えっと、みなさん普通の漁師さんたちなんですか?」
「ええ、そうですけど。なんでですか?」
「てっきり海賊さんか何かかと……」
「とんでもない! 俺たちゃただのしがない貧乏漁師です!」
船長さんは慌ててかぶりを振ってから、気まずそうに頬をかきながらぼやく。
「お恥ずかしい話ですが、俺たちは魔物に襲われて迷い込んでしまったんです……本当にお騒がせいたしました」
「いえいえ。みなさんが無事ならよかったです」
「やっぱ噂通りにお優しい神様だなあ……よかったら今度神殿の方に魚を届けます! ぜひともお礼をさせてください!」
「本当ですか!? うれしいです。ありがとうございます」
船長さんならびに船員たちは、一斉に頭を下げた。
僕はヴォルグの顔をうかがって、こっそりと笑う。
「ほらね。情けは人のためならず。親切が早速かえってきたでしょ?」
「むむむ、さすがは坊ちゃま。感服でございます」
「レインはすごいなあ。もうお友達になっちゃった! ところで海のお魚っておいしーの?」
「もちろんです。たくさん届けるので、魔物の皆さんも召し上がってくださいね」
「やったー! チビニルもいっぱい食べようねー」
「ぴぃー!」
ご機嫌で旋回するチビニルに、船員さんたちが歓声を上げる。
ふう。これで万事解決かな。
僕はほっと胸を撫で下ろしてから、仕留めたばかりのクラーケンを見やる。
「それにしても、海にはあんな魔物がいるんですね。漁も命がけじゃないですか?」
「そんなことありませんよ。俺ぁ海に出て三十年くらいですが、あんなの初めて出くわしました。このあたりの海は魔物が少ないことで有名なんですよ」
「えっ、じゃあどこかから迷い込んできたのかな?」
「さあ……俺たちにはなんとも……あっ」
船長さんがとたんにハッとして声を上げ、神妙な顔になる。
「ひょっとして……あいつが原因か?」
「あいつ?」
「ほら。あの宝箱です」
船長さんが指さす先には、大きな宝箱が置かれていた。
きらびやかな金の意匠で飾り立てられた、いかにもって感じの代物だ。人ひとりくらいならすっぽり収まりそうなサイズ感で、お宝が入っていれば大金持ち間違いなしだろう。
「漁の最中に、海に浮かぶあいつを拾ったんです。こいつはラッキーだってみんなで浮かれてたら、突然あのクラーケンに襲われて……」
「……あれが原因かもしれませんね」
「ひいいっ! やっぱりですか!」
船長さんたちは、そろって甲板の隅へと避難する。
大量の投網に埋もれて身を守りつつ、船長さんは小声で言う。
「暗黒竜様……その宝箱、いりますか?」
「ええっ!? もらっていいんですか!?」
「というか、引き受けていただけると大変助かるというか……なあ?」
「そうっすね。村に持ち帰って、また魔物が出ても困りますし……」
「暗黒竜様が不要なら、また海に返すだけですけど」
「いや、海にゴミを捨てるのはよくないですよ」
「うっ……正論すぎる。さすがは神様だぜ」
「神様っていうか一般常識です」
しかし宝箱かあ。
剣と魔法のファンタジーなら当然あるよね。今世だと初めて見たかも。
ゲームや漫画でお馴染みの形だし、ちょっとテンションが上がるけど……問題は中身だ。
魔物に襲われた原因がそれなら、十中八九曰く付きなのは間違いない。
「とりあえず中を確かめてみた方がいいかもね」
「そうですな。この近海でクラーケンを見るのは非常に稀です。何かに引き寄せられたとすれば辻褄が合います」
ヴォルグはくんくんと鼻を鳴らし、怪訝そうな顔をする。
「おかしな臭いはしませんが……どうも胸騒ぎがします」
「奇遇だね。僕もだよ」
鬼が出るか、蛇が出るか。
しっかり確認しておくべきだろう。
「ちょっと開けてみますね。船長さんたちはそこにいてください」
「は、はい! お気を付けて!」
船長さんたちからのエールを受け、僕はそーっと宝箱に向かう。
ヴォルグの言うとおり、気配みたいなものは一切感じられない。
だけど近付くにつれて肌がぞわぞわするような不思議な感覚があった。
(なんだろう、この感じ……)
とうとう宝箱の前にたどり着いた。
僕は意を決して、その蓋に手を掛けてゆっくりと持ち上げる。幸か不幸か、鍵はかかっていなかった。やがて太陽の光のもと、その中身が露わになって……僕は目を丸くした。
「ううん……」
中にいたのは女の子だった。
年の頃は十代半ば。
薄水色の髪はとても長くて、たぶん立ったら地面に着くか着かないか、ギリギリだろう。
肌は透けるように白くて、ふんわりした衣服から伸びる手足は枯れ枝のように細い。
ほっそりした顔はとても整っているけれど、なんだか色素が薄すぎて現実味が薄かった。
そんな女の子が、宝箱の中で手足をぎゅっと縮めて丸くなり、すやすやと眠っていた。
やがて彼女はまぶしげにまぶたをピクピクさせて、目を開く。
ぼんやりした瞳が焦点を結び、その唇に薄い笑みが浮かんだ。
「あなたが……開けたの……ね?」
「うわあっ!? お、おねえさん、大丈夫!?」
僕がギョッとして叫ぶと、背後でもどよめきが起こった。
「女の子だって!?」
「そんなバカな、あの宝箱は海水まみれだったぞ!?」
「ふつうなら溺れ死んでるはずだよな」
船長さんたちは大いに動揺する。
そんななか、僕は大慌てでおねえさんを気遣うのだけど、当の本人はまるで夢から覚めたばかりみたいなぼんやり具合で、とろんとした目は僕を見ているようで見ていない。
なんだか不思議な雰囲気だ。
(あれ、でもこのおねえさん……どこかで会ったことがあるような?)
そんな予感がして、僕はじっとおねえさんを見つめる。
うーん……やっぱり知らないひとだ。
だけど既視感がどうしても拭えない。
そんなふうに悩んでいると、小さな影が猛スピードで突っ込んできた。
「ぴゅーい!」
「ひゃあ……う」
「チビニル、どうしたの?」
すっ飛んできたチビニルがおねえさんに抱き付いて、甘えるように頬をスリスリする。
人なつっこい方だけど……初対面の人に、ここまで懐くことなんてあったっけ?
おねえさんはとろんとしたまま、チビニルになすがままになっている。
そのせいで、次第に服がはだけてきた。
僕は慌ててチビニルを抱き上げる。
「こら、チビニル。おねえさんが困っちゃうでしょ」
「ぴぃ?」
「ごめんなさい。びっくりさせちゃって……って、ヴォルグ、どうしたの」
「そ、そんな……」
振り返って見れば、ヴォルグがあんぐりと口を開けていた。
ガタガタと震えながら、その名を呼ぶ。
「慈水竜オケアニル様!?」
「ってことは、水のスピリット・ドラゴンさん!?」
「そうだ……よー」
「「「ええええええっ!?」」」
船長さんたちの悲鳴が上がる中、女の子はふらーっと手を振って応えてみせた。
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次回は明日の夕方ごろ更新予定です。
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