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暗黒竜と仲間たち

 フェリクスさんとリタを亜人村に連れ帰ることができたのは、その次の朝になってのことだった。ジュールさんから色々事情を聞かれ、教会に泊まったからだ。

 僕らが帰ったとき、村人たちは壊れた柵を直しているところだった。


「遅くなってすみません。ただいま戻りました」

「暗黒竜様!」

「おいみんな! フェリクスとリタが戻ってきたぞ!」


 声を掛けるとみんな手を止めて、一斉に駆け寄ってくる。

 中にはマアドさんの姿もあった。僕らを見てホッとしたように胸を撫で下ろす。


「ふたりとも無事でよかった。本当にありがとうね、暗黒竜様」

「神竜教の司祭はどうなったんですか?」

「なにがあったのか聞かせてください!」

「それがですね……」


 カルコス司祭は失脚して本部に移されること。

 彼はずっと亜人村に正規より重い税を課し、余剰分を自分の懐に入れていたこと。

 そんな顛末を僕は簡単にまとめて語って聞かせた。


「そういうわけで、皆さんの支払った税金は多くが戻ってくることになるそうです。ジュールさん……いえ、教会の偉い人がそう言っていました」

「そうかい、それは……よかったんだけどねえ」


 僕の報せに、マアドさんは苦笑してかぶりを振る。

 他の村人たちも概ね似たような反応だった。

 そんな煮え切らない反応に僕は首をかしげるしかない。


「嬉しくないんですか?」

「そりゃ嬉しいよ。あの腐れ神官にはずっと煮え湯を飲まされていたからね。破滅してくれてせいせいするってもんさ」


 マアドさんは冗談めかしたようにそう言ってため息をひとつこぼす。


「でもね……あの司祭がいなくなっても、また次あんなのが来ないとも限らないだろ?」

「この村に魔除けが必要なのは変わらないし……」

「まあまあ、それでも多少は楽になるだろ。レイン様に愚痴っても仕方ないさ」


 浮かない顔の村人たちに、フェリクスさんは励ますようにして笑いかける。

 とはいえ彼らの言うことも一理あるだろう。


 亜人、獣人である彼らには他に行くところもなく、どんなに理不尽なことも耐え忍ぶほかないのだ。

 ずっとそうやって生きてきたのか、愚痴をこぼす彼らの顔には諦めたような色が浮かんでいる。


 事態の収拾が付いてから、僕はずっとこの村のことを考えていた。

 そうしてとある結論を出したのだが……あまりに突飛な考えだと自分でも思う。

 それでも僕は意を決し、フェリクスさんに声を掛ける。


「あのー……みなさんにご提案があるんですけど」

「なんですか、レイン様」

「みなさんでうちの山に来ませんか?」

「は」


 フェリクスさんだけでなく、マアドさんをはじめとする村人みんなが言葉を失った。

 しんと静まり返る中、リタがおずおずと問う。


「レインくんの山で、暮らすってことですか……?」

「うん。そういうこと」


 僕は鷹揚にうなずいてみせる。


「うちの山なら土地は十分あるし、神竜教に税を払う必要もなくなる。だから、その……どうかな?」

「どうかな、と聞かれましても……うーん」


 リタは困ったように首を捻る。

 そんな彼女の手を僕はぎゅうっと握った。まっすぐ目を見て、心からの気持ちを伝える。


「今回、フェリクスさんとリタが狙われたのは僕と関わったからでしょ。またこんなことが起きないとも限らないし、近くにいてほしいんだ。今度こそ僕が絶対に守るから」

「レインくん……」


 リタは目を潤ませて、さっと視線を逸らす。


「そりゃ、リタはレインくんのそばで暮らせたら楽しいと思いますよ。でも……お父さんはどう思いますか?」

「そうだな……ありがたい申し出ではあるんだが」


 フェリクスさんは思いっきり首をかしげて考え込む。


「タダで住まわせていただくというのも申し訳ないのですが……」

「土地を提供する住むかわりに、僕の畑の管理を頼みたいんです。もちろんその分の報酬はお支払いいたしますよ? 現物支払いになると思いますけど」

「ううう……それは願ったり叶ったりなのですが……どうだろう、みんな」


 フェリクスさんは他の村人たちを振り返った。

 彼らは顔を見合わせてからおずおずと質問をぶつけてくる。


「えーっと、その山って魔物はいますか?」

「たくさんいますよ。でも、神殿周辺にいるのは僕の友達ばっかりです。悪さしないよう言いつけます」

「土の状態を見ないことにはなんとも……」

「すでに僕が畑を作ってたくさん野菜を育てているので大丈夫です! 魔法を使えば、畑ごとに土の質を変えることもできますよ」

「でも、住み慣れた家を離れるのはちょっと……」

「柵や畑もまた一から作ることになりますし……」

「うっ……それはそうですね」


 光明が見えたかと思ったところで躓いた。


 ここは百人あまりの小さな村だが、建物は民家や納屋など合わせて三十を下らない。

 そうした家々や広い畑は、彼らがここに移住した二十年ほど前にみんなで力を合わせて作ったらしい。


 当然愛着があるし、おいそれと手放す気にはならないのは理解できた。

 こうして行き詰まったのだが――そこに高飛車な声が響く。


「ふふん、レインったらお悩みのようね。そういうときはズバリ! スピリット・ドラゴンの先輩たる我ちゃんを頼るべきなのよ!」

「まだいたんだ、エキドゥニル」

「ずっといたわよ! 一緒に来たでしょうが!」


 エキドゥニルはぷんぷんと頭から湯気を立てる。

 なんだかんだ言ってずっと帰らず、僕らと一緒に教会に泊まったのだ。

 そんなエキドゥニルに、リタはひそひそと僕に耳打ちしてくる。


「あの、レインくん。ずっと気になっていたんですが、その人ってまさか……」

「火焔竜だよ。ただのダメなドラゴンだから気にしないで」

「そう言われましても……」


 リタはたじろぎ、他の村人たちも『やっぱりそうなんだ……』という顔でざざっと距離を取った。クマが出たと聞いたときみたいな反応だ。

 僕は首をかしげつつリタに問う。


「リタもエキドゥニルのこと知ってるの?」

「知っているもなにも……火焔竜様といえば暴れん坊の神様で有名なんですよ。供物が気に入らなかったからって、怒って火山を噴火させた昔話は子供ならみんな知っています」

「ふふん、我ちゃんは神様よ。ちっぽけな人の子なんて怖がらせてなんぼだわ」

「この人たちに何かしたら……どうなるか分かるよね?」

「はい! 我ちゃんはフレンドリーで無害な神様です!」


 僕が睨みを利かせると、エキドゥニルは元気よく返事をした。

 それでもリタを含め、みんな怯えている。話がややこしくなるだけだし帰ってほしいな……。

 ともあれ追い返す前に、彼女には聞きたいことがあった。


「それより、エキドゥニルには何か考えがあるの?」

「もちろんよ。レインは遠く離れた信徒から供物を受け取ったことある?」

「そういうときは持ってきてもらうか、取りに来てたけど……?」

「バカね。もっといい方法があるんだから」


 エキドゥニルは胸を張って小さな村をぐるりと見回す。


「スピリット・ドラゴンは信徒からの供物を自分のもとに転移できるのよ。このちっぽけな村を捧げてもらってレインのものにしちゃえば、村人ごと持って行けるはずだわ」

「そうなの、ヴォルグ?」

「レヴニル様は供物をあまり受け取りませんでしたので、なんとも……」

「なんでヴォっちんに確認を取るのよ! 先輩の言葉を信じなさい! できるってば!」

「まあ、確かめてみるくらいはいいかな。どうですか、フェリクスさん」

「そうですねえ……」


 フェリクスさんは困ったようにみんなの顔を見回す。

 どこからも異論は出ず、大人しく話を聞いていた子供たちは「暗黒竜様のお山に行くの?」「なんだか楽しそう!」なんてワクワクしてくれている。

 そんな一同をじっくり観察してから、フェリクスさんは頭をぽりぽり掻いて頭を下げた。


「それじゃあ……試しにお願いできますか?」

「はい! 暮らしづらそうだったらすぐに戻しますね!」


 こうして暗黒神殿のすぐそばに、そっくりそのまま亜人村が移転することになった。



 ◇



 それから約一ヶ月後。

 まん丸なお月様が見下ろすなか、暗黒竜神殿前の広場には多くの明かりが灯されていた。


 木でできたテーブルや椅子が数多く並べられ、たくさんの笑い声が溢れている。

 居並ぶのは亜人村の皆さんと、このあたりに住まう友好的な魔物たちだ。

 彼らはそれぞれ杯を手にして、期待の眼差しを神殿に向けていた。


 そんな彼らを代表するようにしてフェリクスさんが一歩前に出て、杯を高々と掲げる。


「それでは新たな村の発展と、暗黒竜様の繁栄を願い……乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

「あ、ありがとうございます」


 神殿前の特別席に座らされた僕は、それにおずおずと応えてみせた。

 隣のクッションにはレヴニルの転生卵が安置されている。

 せっかくの宴だから、参加してもらおうと思って持ち出したのだ。


 乾杯を合図にして本格的なパーティが始まった。あちこちで食うや歌えやの大騒ぎが繰り広げられ、ステージの上では獣人たちが楽器を奏で、魔物が飛び入りでその美声を披露する。


 中でも最も人だかりができているのは一台の屋台だ。

 暖簾にはカタカナで『ラーメン』と書かれている。スープ用の鍋と、麺を茹でる鍋。

 それにチャーシューや煮卵、メンマにもやし、ネギといった各種具材をコンパクトにまとめた一台だ。


 あれから何度もラーメンを作ってみたが、亜人たちにも軒並み好評だった。

 そんな彼らが移住を祝した大宴会を行うということで、急遽屋台を作ってみたのだ。

 見よう見まねでよく見ると不恰好なものだが、夜闇のなかぼんやりとした明かりに照らし出される姿はとてもしっくりきた。


 郷愁に浸りながら僕も醤油ラーメンを啜る。

 あれから味噌や豚骨も作ったけど、やっぱり最初に食べたこの味が一番好きかもしれない。

 そんなことを考えながら舌鼓を打っていると、甲高い金切り声が聞こえてくる。


「ちょっとヴォっちん! それは我ちゃんの替え玉よ! 抜けがけすんじゃないわよ!」

「順番です。エキドゥニル様もきちんと並んでくだされ」

「暴れたらレインに『めっ』てされちゃうよ。もうラーメン食べらんなくなるよ?」

「ぐぬぬぬぅ……」

「エッキーだいじょうぶー?」

「僕のお菓子あげるから、いいこに待ってようね?」


 鬼の形相で堪えるエキドゥニルを、子供たちがよってたかって慰める。

 最初はおっかなびっくりだった彼らだが、すっかりエキドゥニルに慣れてしまったようで今ではよき遊び相手になっている。どうも同レベルの存在だと認識されたらしい。


(ほんっといつまでいるんだろうな……)


 まあ、その分畑仕事や料理を手伝ってくれるんだけど。

 働かざる者、たとえ神でも食うべからずだ。

 それはともかくとして。僕はほうっと吐息をこぼす。


「みんなここが気に入ってくれてよかったなあ」

「ずいぶんと賑やかになったものだね」


 それに真隣から相槌が返された。

 レヴニルの転生卵……ではない。その反対側に、いつの間にやらジュールさんが腰掛けていたのだ。いつものように棒付き飴を舐めながら、宴席の盛り上がりに目を細めている。

次回は明日の十七時ごろ更新予定です。

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