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暗黒竜の最期

「ほんとうに僕にそんな才能が……?」

「千年……いや、一万年にひとりの器だ。汝以外に我輩の後継は勤まらん」


 首を捻る僕とは対照的に、レヴニルは声を弾ませる。

 暗黒竜自ら太鼓判を押すほどなのだから、僕には高い能力が備わっているのだろう。


 だがしかし、僕はそれに半信半疑だった。

 右手の平をじっと見つめて首をかしげる。


「たしかに、赤ん坊のころに一回だけすごい魔法を使えたけど……あれから全然できないよ?」


 僕は神殿の天井……があったはずの場所に広がる青空を見上げる。

 あそこに大穴を開けたのは赤ん坊の僕だ。


 だがしかし、あれから一度も魔法らしき魔法を使えていない。

 そう抗議するも、レヴニルは当然だとばかりにかぶりを振る。


「汝の魔力量は膨大ゆえ、人の身で扱うには少々コツがいるのだろう。継承ついでに魔力回路を調整してやる。それで上手く使えるはずだ」

「それって改造ってやつなんじゃ……でも、ほんとに? ほんとに魔法が使えるの?」

「もちろんだとも。暗黒竜後継者になればの話だがな」

「うっ……」


 いたずらっぽくウィンクするレヴニル。それに僕は言葉に詰まる。

 魔法が使えるのは魅力的だ。

 だがしかし、神様の跡継ぎなんて荷が重い。

 ふたつの天秤に揺れる僕の心中を見透かしたように、レヴニルは優しく目を細める。


「のう、レインよ。ここは好きか?」

「な、なに。急にどうしたの」

「好きかどうかと聞いている。難しい問いではあるまい」

「……好きだよ。レヴニルも、魔狼のみんなもいるし」

「我輩もそうだ。だから守りたいと願っている」


 レヴニルはそう言って疲れたように目を閉じる。

 五年もの付き合いだが、こんなにたくさん自分のことを話してくれたのは初めてだ。


 いつもいつも僕のたわいもないお喋りに耳を傾け、驚いたり、笑ったりしてくれた。

 何万年と生きるレヴニルにとって僕と過ごした時間なんてちっぽけなものかもしれない。


(それでも僕にとっては――)


 僕はしばし口を噤んで考えた。

 その間、レヴニルは目を閉じたままじっと待っていてくれた。


 穏やかで、まるで世界が止まったように安らかなひと時だった。

 僕は考えに考え抜いたすえ、そっと口を開く。


「……レヴニル。僕、前世の記憶があるって話したことがあったよね」

「うむ。覚えておるよ」

「僕の前世はろくなものじゃなかった。生まれたときから家族はいなかったし、働いても働いても、暮らしは楽にならなくて……そのままあっさりと死んじゃった」


 誰が悪いというわけでもない。

 ただ絶望的に運が悪かっただけなのだ。


「そんな僕だけど、この世界に生まれて初めて幸せだって思えたんだ」


 ここに来て、僕は初めて家族を得た。

 いつでもそばに誰かがいて、みんなが僕を大切に思ってくれていた。

 たったそれだけで安らかな気持ちになれるのだと、僕は初めて知った。


 ふかふかの魔狼たちも、僕を優しく見守るレヴニルも、山の景色も、全部が全部、かけがえのない僕の宝物だ。


「だから、僕もここの暮らしを守りたい。レヴニルと同じ気持ちだよ」


 僕の決意に、レヴニルはそっと目を開く。

 初めて会ったときと変わらない、優しい宝石のような瞳の中に僕が映る。

 神様の跡継ぎなんて務まりっこない、ただのか弱い五歳の子供だ。

 それでも僕はまっすぐに口にした。


「僕、暗黒竜を継ぐよ」

「……ありがとう、レイン」


 レヴニルは深々と頭を下げる。その目尻には大粒の涙が浮かんでいて、頬を伝って床を濡らした。

 レヴニルが泣く姿なんて初めて見た。

 それだけ僕は重要な決断をしたということなのだろう。


(言っちゃった……僕なんかに務まるのかなあ、神様なんて)


 せっかく決断を下したというのに、その舌の根が乾かないうちに僕はじわじわとした後悔に襲われる。五歳の子供に暗黒竜なんてご大層な職(……なのか?)が務まるのだろうか。

 そんな僕の不安を見透かしたように、レヴニルはくつくつと笑う。


「そう気負うでないよ。楽しめばよいのだ」

「楽しむって、僕が? 暗黒竜を?」

「さよう。王が不幸な国は、早晩滅びる定めにある」


 レヴニルは訳知り顔でうんうんとうなずく。

 何万年もの間人々の衰勢を見守り続けた竜の言葉は重い。

 レヴニルは鼻先を僕へと近付けて、そっと柔らかな声で言う。


「汝のやりたいようにやるといい。さすればきっとすべてが上手くいく」

「……ありがとう。レヴニル」


 僕はその鼻先をそっと撫でる。

 鉄のように冷えきった鱗の下に、確かな体温と鼓動を感じた。

 レヴニルはゆっくりと首を持ち上げて、少し声を弾ませる。


「それでは善は急げだ。さっそく継承の儀を始めようではないか」

「えっ、もう今からやるの? 特別な準備とか必要じゃないの?」

「なあに、儀式自体はさくっと終わるとも。少し待っておれ」


 そう言ってレヴニルは爪で直接床に複雑怪奇な模様を描き始める。

 円と直線、それと僕には一文字たりとも読めない謎の文字を何重にも重ね合わせてゆき、やがて出来上がったのはひと目でそれと分かる魔法陣だった。


「よし、できた。その陣の中に立つといい」

「このへん?」

「うむ。しばし動かずじっとしておれ」


 それからレヴニルは唸り声にしか聞こえない呪文を延々と唱えた。

 呪文が進むにつれて魔方陣からは闇色のオーラが陽炎のように立ちのぼり、僕の体を包み込み、皮膚を通して体の中に染みこんでいく。どこからどう見ても邪教の儀式だ。


 それなのに僕は羽毛たっぷりの布団に包まれるような心地よさを覚えていた。

 もうあと三分も儀式が続いていれば、がくっと寝落ちしていたと思う。


『ガウルォオオオオオオオ!』


 呪文の最後、レヴニルは天に向けて大咆哮を上げた。

 それは天地を揺るがすほどの衝撃で、ただでさえボロい神殿が一部倒壊したほどだ。


 大咆哮と同時、魔法陣からまばゆい光が放たれて大空を貫いて雲を散らした。

 暗黒竜の領土から放たれた謎の光は世界中で目撃され、多くの者たちが大混乱に陥った……らしい。当事者の僕は、ただただぼーっと「きれいだなあ」と物見気分でいたのだが。


 光が消えたあと、レヴニルはあごに手を当てて満足げにうなずいた。


「これで継承の儀は終了だ。汝には我輩の持つ神技すべてが受け継がれた」

「ほんとに? 何にも変わった気がしないんだけど」

「あとで確かめてみるといい。ヴォルグがいろいろと教えてくれるだろう」


 しげしげと自身の手のひらを見つめてみるが、何の変化も見られない。ぐっと力を込めてみても変化なし。突然まばゆく光ったり、謎のパワーがあふれ出したりもしない。


(これで本当に神様になったのかなあ?)


 とはいえ、レヴニルが言うならそうなのだろう。

 呑気にそんなことを考えていた、そのときだ。

 レヴニルがふと気付いたとばかりにつぶやいた。


「おや……時間が来たようだな」

「え……――!?」


 何の気なしに顔を上げて、僕は言葉を失った。


 レヴニルの威風溢れる肉体が崩壊しつつあったからだ。

 尻尾の先からゆっくりと光の粒子となって空気に溶けて消えていく。その速度はカタツムリの歩みのように、嫌味なまでに遅々としていた。それでも崩壊は確実に、レヴニルの体を蝕んでいく。


「レヴニル! か、体が崩れて……!」

「言っただろう、もう限界なのだと」


 うろたえる僕とは対照的に、レヴニルは静かなものだった。

 きっとこの結末を受け入れる覚悟があったのだろう。崩れ落ちる自身の体など気にもとめず、ただ僕のことだけを見つめて慈悲深く微笑む。


「後継の儀式が間に合ってよかった。これでもう、思い残すことはない」

「待ってよ! そんな満足していかないで!」


 僕はそんなレヴニルの体にしがみついた。

 いつも確かに感じられていたはずの鱗の冷たさや心臓の鼓動が、薄霧の向こうに隠されたように曖昧なものになっていた。指先に伝わる感触ですらおぼろげだ。


 それでも僕は声の限りに叫んだ。そうしないと後悔すると思ったから。


「僕が守りたいのはここでの、みんなとの暮らしなんだ! レヴニルだって僕の家族だ! 家族がいなくなるなんて……そんなのダメだよ!」

「案ずるな。またすぐ会えるとも」


 レヴニルは首をゆっくりと下げて、僕の額にそっと口付けを落とす。

 体のほとんどを失いながらも、その顔に浮かんでいたのは晴れ晴れとした笑顔だった。


「我輩はいつでも汝を見守っておる。どうか幸せにな、我が子よ」

「レヴニル……!」


 僕の叫び声が響く中、とうとうレヴニルは跡形もなく消え去った。

 あとにはただ、主を失った巨大な神殿が遺されるだけだ。


 僕はその場にたったひとりで立ち尽くすしかない。


 唇をぎゅっと噛みしめて耐えようとするが、鼻の奥がつんとして視界がぼやける。

 前世では物心付いたときにはすでに天涯孤独だった。だから家族を失う痛みが、こんなにも苦しいものだと初めて知った。


「こんなお別れ、あんまりだよ……うん?」


 涙を拭った拍子に顔を上げ、僕は目を丸くしてしまう。

 レヴニルがいたはずの場所に不思議な物体があったのだ。

本日はここまで。次回は明日の18時10分です。

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