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暗黒竜のラーメン祭り

 そんなこんなで僕は頑張って二杯。ネルネルとヴォルグは四杯ずつ。

 エキドゥニルに至っては、なんと十杯という驚異的な量を平らげてしまった。


 スープは一滴も残らず、チャーシューも、お釜いっぱいに炊いたご飯も空になった。

 みんなすっかり満腹で気怠い午後のひとときが訪れる。


 エキドゥニルはゆっくりと水を飲み干してから、僕に真剣な顔を向ける。


「レイン。悔しいけど我ちゃんの負けよ。完敗だわ」

「いいからまずは口を拭きなよね」

「むにゅにゅう……」


 脂まみれになったエキドゥニルの口元を、かわりにぐいっと拭ってあげる。

 手のかかるお姉ちゃんだ。

 なすがままになったあと、エキドゥニルはビシッと僕へ人差し指を向ける。


「ラーメンに免じて、あんたを暗黒竜として認めるわ! 光栄に思いなさい!」

「うん。ありがとね」


 僕はにっこり笑う。試験イベントは無事にクリアできたらしい。

 ホッとしつつも、頬をゆるめて続ける。


「でも、ラーメンが美味しかったのはエキドゥニルのおかげでもあるんだよ」

「我ちゃんの? なんで?」

「だってスープを担当してくれたでしょ。火加減が絶妙だったからだよ」


 スープはラーメンの命ともいうべきものだ。

 ボコボコと勢いよく沸騰させてしまうとえぐみが出てしまうので、火加減が重要になってくる。そこでエキドゥニルが多いに役に立ってくれた。


「さすがは炎を司る火焔竜だよね。あんなに自由に火の勢いを変えられるんだもん。お米を炊くのだってうまかったしさ」


 自由気ままなはずの炎が、エキドゥニルの指先に従って燃え上がったり、小さく縮こまったりした。

 おかげで綺麗で澄んだスープが作れたし、ふっくらつやつやのご飯も炊けた。


「まさに今回一番の功労者だよ! 本当にありがとう!」

「ふふん、そうでしょ。そうでしょ!」


 エキドゥニルは得意げに胸を張る。


「だったらまた手伝ってあげようじゃない! 我ちゃんにかかれば、どんな料理も思うがままよ!」

「『また』って……もしかしてまたケンカを売りに来る気?」

「うぐっ」


 ジト目を送ると、エキドゥニルの肩が大きく跳ねる。

 両手人差し指の腹をすり合わせながら、うるうるした上目遣いで僕を見てくる。


「も、もう問答無用でバトルを強要したりしないわよ。ただラーメンが食べたいだけだし……ダメ?」

「ううん、そんなことないよ」


 そんな彼女に僕は苦笑しつつもかぶりを振る。

 最初は『なにこの人』と思ったものだが、丸一日付き合ってみて案外楽しい人だと分かった。

 ラーメンも気に入ってくれたわけだし、そんな彼女のことを僕はけっこう好きになっていた。


「友達のためだもん。いつだって作ってあげちゃうよ」

「ほんとに!? あんたってば最高の暗黒竜だわー!」

「うわわっ」


 エキドゥニルは感極まったように僕に抱き付いてくる。

 豊かなバストに溺れそうになるが、なんとか顔を出して呼吸を確保することに成功した。


 お日様のような匂いに包まれて、なんだか眠くなってしまう。

 エキドゥニルはそんな僕を見つめてにっこりと笑う。


「次はいつ作る? お米も食べたいわ!」

「僕も食べたいのはやまやまなんだけどね。もう材料がないんだよ」

「えええーっ!?」


 僕は苦笑し、そっと厨房小屋を見やる。

 あれだけあったはずの小麦や各種野菜がすっからかんだ。

 そうなるとまた一から作らなければならない。


 すでにもう最初に作った三倍くらいまで畑の面積は増えていた。

 いくら成長速度にバフをかけることができると言っても、水やりや雑草抜きをしたり、過剰になった実を取り除いたり、そういった細かな仕事はどうしても人力でこなす必要がある。

 魔物たちも複雑な仕事が難しいようで、完全人任せとはいかないのが現状だ。


 おまけに米も尽きたときた。

 新たに水田も作って、水耕栽培に取り組まなければならない。

 昔、ちょっとだけ米作りのゲームをやったことがあるから手順は分かるけど……実践はもちろん初めてなので上手くいくかどうか自信はない。


(うーん……そもそも魔法があるにしても、この量の作物をひとりで作るのって無理があるよね。誰か雇うかなあ……?)


 そんなことを考えつつ、僕は苦笑してかぶりを振る。


「しばらくは畑仕事かな。材料が揃ったら呼ぶから、エキドゥニルは帰っていいよ」

「そんなこと言わないでよ。我ちゃんも畑仕事を手伝うわ! なんならここに住んじゃうし!」

「エキドゥニル様、ご自身の領土はいかがなされるので……?」

「そんなのあいつらで適当にやるでしょ。固いこと言いっこなしよ、ヴォっちん」

「ヴォっちん!?」

「ねえねえ、それじゃあぼくは? ぼくはなんて呼ぶのー?」

「あんたはネルネルだっけ? それじゃあネルっちね!」

「ネルっちだって! おもしろーい!」

「あはは! ネルっちもスライムのわりにおもしろいじゃーん!」


 はしゃぐネルネルに合わせるようにしてエキドゥニルも無邪気にぴょんぴょん跳びはねる。

 なんて自由な神様だろう。他のスピリット・ドラゴンもこうなんだろうか。

 それはともかくとして僕はラーメンに思いを馳せる。


「せっかくだし、次ははもうちょっと凝ろうかな」

「えっ、凝るってどんなふうに? あれ以上の完成形があるっていうの?」

「スープの味とか素材とか、麺の太ささなんかを変えたりするんだよ。トッピングも増やせるしね」

「いろんなバリエーションがあるのね! ラーメンってば奥が深いわ!」


 エキドゥニルの言うとおり、ラーメンは千差万別だ。

 醤油ができたわけだから、味噌ラーメンにも手が届く。

 せっかくなら豚骨ラーメンにも挑戦してみたいし、だったら縮れ麺は欠かせない。

 可能性は無限大だ。


 その中でもトッピングは非常に重要なファクターだろう。

 メンマとかナルトとか、ノリとかニンニクチップとか……。

 あれこれ考えた末、僕の頭の中には丸っこいイメージが固まりつつあった。


「やっぱり煮卵は外せないかなあ。せっかく炎が使えるようになったわけだしね」

「ええっ、ラーメンに卵を入れるわけ? オムレツは我ちゃんも好きだけど……ラーメンに入れるのはなんだか邪道じゃない?」

「そんなことないよ。煮卵っていうのは味付けしたゆで卵のことでね。半熟の黄身がスープと絡まって、麺と一緒に食べるとすっごく美味しいんだから」

「ごくり……!」


 エキドゥニルの喉が分かりやすく鳴った。

 僕から体を離し、どんっと自分の胸を叩く。


「そういうことなら我ちゃんに任せなさい。眷属に言って、卵を持ってこさせるわ!」

「眷属をパシリに使うんじゃないよ」

「あら、あいつらは喜んで従うわよ」


 エキドゥニルは自慢げに言う。


「我ちゃんの眷属は世界中に何万人っているの。だからみーんな他の眷属を出し抜くために、血眼になって尽くしてくれるんだから。なんなら他の材料も持ってこさせるわよ」

「なんてバトルロワイヤルだよ……っていうか眷属もすごい数だね。来る者拒まずな感じ?」

「ちゃんと厳選してるわよ。我ちゃんへの貢献度合いを見るんだから」

「それじゃあお金持ちしか眷属になれないじゃん。不公平じゃない?」

「あら、心配には及ばないわ。貧乏人には一発芸って手もあるから」

「神様が嫌な飲み会みたいなことしないでよ」


 僕は渋い顔をして考え込んでしまう。


(眷属のみなさんに大挙して押し寄せられても嫌だなあ……)


 ちらっとヴォルグを見ると、同じように顔をしかめてうなずいた。思いは同じのようだ。

 僕は努めて明るく提案する。


「卵なら僕にも宛てがあるからさ、任せてよ。もしもーし、フェリクスさんにリター?」


 以前のようにふたりに話しかけてみる。

 しかし応答なし。何度繰り返しても同じことだった。

 僕は首をかしげるしかない。


「あれ、おかしいな。前はすぐに反応があったのに……?」

「あっ!」


 そこで声を上げるのはエキドゥニルだった。

 全員の注目を集めて、彼女はてへっと舌を出して笑う。


「思い出したわ。レインとの戦いを邪魔されたくなくて結界を張っていたのよね。眷属と連絡が取れないのはそのせいだわ」

「ひとの家で何を勝手なことやってるのさ!」

「ああ、だから魔狼族のみなが一向に帰ってこなかったのですな」

「能力のむだ使いってやつだねー」

「うううっ……ごめんってばあ」


 僕らに責められてエキドゥニルは小さくなって縮こまる。

 ちゃんと反省しているらしいが、やらかしが大きすぎた。僕はびしっと彼女に命令する。


「もう! 早くその結界っていうの消してよね!」

「わ、分かったわよ。えいっ!」


 たじたじになりながらもエキドゥニルは人差し指を天へと向ける。

 その瞬間、空を覆っていたらしい薄膜がパリンと割れた。


 その隙間からどこか爽やかな空気が流れ込んでくる。

 なんだか今日は風が少ないな……と訝しく思っていたのだが、こんなカラクリがあったとは。

 エキドゥニルは申し訳なさそうに頭を下げる。


「解除したけど……これで許してくれる?」

「今回は許すよ。でももう二度としないでよね」


 僕は腕を組んで、そんな彼女に説教モードだ。


「僕にだって外に眷属がいるんだ。もしも連絡できない間に、彼らの身になにかあったら――」

『レイン様!』

「うわあっ!?」


 突然、頭の中で大声が響いた。

 ドキドキうるさい心臓を宥めていると、声に噛みしめるような喜びが滲む。


『よかった……やっと祈りが通じた! レイン様だわ!』

「あれ? えーっと……ひょっとして、あのときのお母さん?」


 亜人村で、足を治してあげた獣人の女性だ。

 だが彼女を眷属にした覚えはない。

 不思議がっていると、横手でヴォルグが目をすがめて言う。


「眷属でなくとも、強く祈ればスピリット・ドラゴンに声が届くことがございます。となると、よほどレイン様の力が必要なのでは?」

「えっ、それは一大事じゃん!」


 僕は慌てて彼女に話しかけてみる。


「どうしたんですか? 足の具合が悪くなったとかですか?」

『と、とんでもないです。あれから毎日とても調子がよくて……って、そんな場合じゃないんです! どうか助けてください、レイン様!』

「へ?」


 目を丸くする僕に、獣人の女性は悲痛な声で叫んだ。


『フェリクスとリタが神竜教の司祭に捕まったんです!』

次回は明日の十七時ごろ更新予定です。

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