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暗黒竜と火焔竜

 こうして三日後。

 僕は厨房小屋の前で快活を叫ぶことになる。


「完成だーーー!」


 目の前の壺は、明るい赤褐色色の液体をなみなみと湛えていた。

 もう一度、ひと匙すくって舐めてみる。

 つんっとしたしょっぱさが味蕾を刺激し、やさしい後味が残る。

 忘れもしない懐かしの味だ。


「これだよ! 間違いなく醤油だ!」

「よかったね、れいん……」


 大はしゃぎする僕の隣で、ネルネルがか細い声で言う。

 いつもより溶け気味で、どこかぐったりしていた。

 無理もない。この三日間ずっと僕の醤油作りに協力してくれたのだ。

 僕は労いも込めてネルネルをぎゅうっと抱きしめる。


「本当にありがとう、ネルネル! 醤油ができたのはきみのおかげだよ!」

「役に立ったのならうれしいけどさ……」


 ネルネルは満更でもなさそうにくふくふと笑いつつ、小さくため息をこぼす。


「この三日間で、何回失敗作を食べたのか分かんないよ。さすがにもう飽きちゃった」

「本当にごめんね……?」


 ネルネルに稲穂を食べさせて、麹菌を残して消化してもらう。

 そうしてネルネルの中の麹菌に能力向上魔法をかけて、成長速度を大幅アップ。

 それを用いてこれまで通り醤油作りに取り組んでみた。

 だがしかし、それでもやっぱり失敗続きだった。


 大豆を煮て、小麦を炒る。

 それらを混ぜて麹を投入。

 塩を入れて熟成させて、絞った液体に火を入れて濾過。


 醤油作りの行程はざっくり言うとこんな感じなのだが、適温や時間がまるで分からなかった。

 ステータスを見ながら試行錯誤を繰り返し、失敗作を量産しまくり、異臭に苦情がわんさか来て、それでも諦めずに努力して……ようやくそれが実ったのだ。

 僕も大変だったが、ネルネルも相当大変だったと思う。


「もうコツを掴んだから、今日からは美味しいものが食べられるよ」

「ほんとに? ぼく、お肉がいいなー」

「ふふふ。そう言うと思ってチャーシューを作る準備をしてるからね」

「ちゃーしゅー?」

「お肉の塊に焼き目を付けて、柔らかくなるまで煮るんだよ」

「ええっ? 焼いただけもおいしいのに、さらに煮るの? なんで?」

「料理っていうのは手間をかけた分だけ美味しくなるんだよ」


 たしか焦げ目を作ることでメイラード反応が云々、みたいな話だったと思う。

 チャーシューを作るのも初めてだから、全部動画の受け売りだが。

 とはいえメインは他にある。僕はいたずらっぽい笑顔を浮かべて続ける。


「それでそのチャーシューをね、最後にはラーメンに載せるんだ」

「らーめん?」

「スープに麺を入れて、チャーシューやネギなんかを載せた料理だよ。すっごく美味しいんだから!」

「ふうんー?」


 熱っぽく語る僕とは対照的に、ネルネルは生返事だ。

 当然ながら、どうもピンとこないらしい。スープだってこのまえ初めて飲んだみたいだし。

 それでも興味はあるのか、目(?)をキラキラさせて言う。


「食べてみたいかも! 早く作ってよ、レイン!」

「うん。そのためにはまず……あ、噂をすればかな?」


 ドンドサドゴッ!


 僕が空を仰いだところで、大きな影がいくつも落ちてくる。

 山のように積み上げられるのは巨大な魔物たちだ。

 先日、僕らが倒したコラリック・ボアやミノタウロス、それに尻尾が蛇のニワトリ――コカトリスなどなど。すべて完全に息の根を止められていてピクリとも動かない。


 その山の真上にすたっと降り立つのはヴォルグだ。

 どこか胸を張って堂々と宣言する。


「お申し付け通り、めぼしい獲物を狩って参りました」

「最高のタイミングだよ、ヴォルグ! ありがと!」

「ふふん、坊ちゃまのお望みとあらば例え火の中水の中でございますれば」


 全力でねぎらうと、ヴォルグはドヤ顔のままで優雅な足取りで獲物の山を下りてくる。

 ラーメンにはどうしても肉と骨が必要だ。僕とネルネルは醤油作りに忙しかったので、ヴォルグには狩りと畑の水やりなんかを頼んでおいたというわけだ。


 これで無事、ラーメンの準備が整った。

 僕は獲物の山を見上げてびしっと指示を飛ばす。


「さてと。それじゃあまずはこいつらを解体しよう。その次はスープとチャーシューを仕込んで、麺打ちに取りかかるよ」

「麺、とは細長いあれですかな。以前人間が食しているのを見たことがございます」

「そうそう。ラーメン用の中華麺を作ろうと思うんだ」


 原材料は塩と小麦粉。

 それだけだとうどんになってしまうので、かん水や重曹なんかを使って生地をアルカリ性に近付けてやる必要があるらしい。昔、南極での料理人を描いた映画で見たことがある。

 しかし、ここはそんなに苦労せずにできるだろう。


「pH値とか固さなんかは魔法でどうとでも弄れそうだし、醤油作りよりずっと簡単なはずだよ」

「坊ちゃまはいろいろご存知なのですなあ。して、そちらはわたくしにも手伝えますか?」

「もちろんだよ! 麺打ちに必要なのは力だからね。かねがねヴォルグの屈強な前足は、生地を捏ねるのに最適だろうなって目を付けていたんだよ!」

「坊ちゃまはわたくしの足をそんなふうに見ていたのですか……」

「しかたないよ、ヴォルグ。レインは料理のことになるとバーサーカーになるからね」


 複雑そうに前足の肉球を見つめるヴォルグのことを、ネルネルがそっと慰めた。

 ううむ……醤油作りにかまけすぎて、眷属ふたりからの評価がちょっと怪しくなったような気がするぞ……?


(いいや、ふたりもラーメンを食べたらきっと気に入るはずだ! 僕への評価も持ち直すに違いないぞ!)


 そんな根拠のない自信を胸に、僕は腕を高く突き上げる。


「よーし、これからラーメン作りをはじめるよ! お手伝いよろしくね、ふたりとも!」

「もちろんだよ! らーめんってどんな味なんだろー♪」

「致し方ありませぬな。ここまできたらとことんまでお付き合いいたしましょうぞ」


 僕ら三人、ラーメン作りへのやる気を燃やした――そんな折だ。

 腕を突き上げた空が、突然茜色に輝いた。夕暮れにはほど遠い時間だというのに。


 思わずバッと頭上を見上げれば、茜色の光源がヒリつくような熱を伴ってまっすぐここまで落ちてくるところだった。


「っ……ふたりとも! 僕の後ろに!」

「何事です!?」

「うわわわわっ!?」


 僕は咄嗟に影を広げて壁にして、ふたりと小屋を守った。


 ドゴオオオオオオオオオン!!


 次の瞬間、凄まじい轟音とともに何かが神殿前に降り立った。

 山全体を揺るがすほどの衝撃が襲いかかり、辺りの木々がなぎ倒される。まるで太陽が落ちてきたようだった。


 僕は恐る恐る影の壁に隙間を作り、外をうかがう。

 そうして目を丸くした。


 そこに立っていたのが太陽でも隕石でもなんでもなく、ひとりの女の子だったからだ。

 少女は苛烈な眼差しで僕をじっと見つめている。


「あんたが新しい暗黒竜ぅ?」


 年のころは十代半ば。

 白を基調とした服は布地が非常に少なくて、下はお尻が出そうだし胸も大胆に開いている。


 寒そうな格好だが、実際はそうでもないのだろう。

 なぜそう分かるかというと、彼女はその身に熱気をまとっていたからだ。


 腰まで伸ばした髪も瞳も、茜色と金色が入り混じって淡い光を放っている。周りの空気だけが蜃気楼のように揺れているし、けっこうな距離があるっていうのに熱さを感じた。


 まるで炎の化身と呼ぶべき彼女は、戸惑う僕におかまいなしで肩をすくめる。


「ふうん。レヴニルが選んだっていうからどんなものかと思ってきたけど……普通の人間じゃない。なんだかパッとしないし期待外れね」

「えっと……どちら様ですか?」

「はあ? この我ちゃんを知らないわけ?」


 怖々と声をかけてみると、少女はムッとしたように眉を寄せる。

 どうやらそれが一人称らしい。独特だ。

 少女は胸に手を当て、堂々と名乗った。


「我ちゃんは火焔竜エキドゥニル。よーく覚えておくことね」

「か、かえんりゅう、えきど……にる……?」


 僕は彼女の言葉をオウム返しにしてしまう。

 すぐには理解が追い付かなかったからだ。


 しかしゆっくりとその言葉の意味が体中に染み渡り、体温が一気に下がった。

 スピリット・ドラゴンのひと柱。

 僕に接触を図ろうとしているらしいという、神様だ。


 念のため、こっそりと彼女に鑑定魔法を使ってみると――。


(ほんとに火焔竜って書いてあるし……しかもレベル九百九十九だって!?)


 慌ててヴォルグを振り返ると、無言のまますごい勢いでうなずかれた。

 以前、レベルは種族によって基準が異なると教えられた。

 ならば同じ土台にいる神様同士、僕と彼女の間には絶望的なまでの実力の差があることになる。

 パッとしないという悪口にも納得だった。


「っていうか、女の子!? 竜じゃないじゃん!」

「小さいといろいろ便利なのよ。他の連中だっていろんな姿に変身するんだから。ずっと竜の姿のままでいた物好きなんて、あいつくらいのものだわ」


 エキドゥニルは呆れたように肩をすくめる。

 あいつ……とはレヴニルのことだろうか。

 その口ぶりには親しみを感じるが、刺々しい眼差しは変わらない。


(親戚が顔を見せに来た……って感じじゃなさそうだな)


 シリアスな空気にごくりと喉を鳴らして、僕は改めて彼女に問う。


「えーっと……その火焔竜さんが僕にいったいなんの用ですか?」

「決まってるでしょ。腕試しに来たのよ」

「は?」


 さも当然とばかりに発された言葉に、僕は言葉を失うしかない。

 腕試し?

 こんなタイミングでイベントバトルだって?


 僕がぽかんとする間にも、エキドゥニルと名乗った少女は値踏みするような眼差しで僕を射貫く。

 敵意が刃の形を取ったのなら、あっという間にみじん切りにされていたことだろう。


「あんた、あのレヴニルから力を受け継いだんでしょ。それをどれだけ使いこなせるか見てあげるって言ってるの」

「それは……スピリット・ドラゴン皆さんの総意ですか?」

「いいえ。あいつらはのんびりと出方を考えているようね」

「じゃあ、どうして……?」

「決まってるじゃない」


 エキドゥニルは真っ赤な舌で唇をぺろりと舐め、目を細める。


「ちょうど死ぬほど退屈してたのよね。新入りなんて久々だし、おもちゃは新しいうちに遊ばないと損でしょ? だから戦いに来たあげたってわけ」

「そんな理由!? もっと暗黒竜の後継者として相応しいかどうか見定めるとか、そういうのじゃなくって!?」

「そういう真面目なのは他の奴がやるでしょ。我ちゃんは楽しければいいのよ」


 エキドゥニルは悪びれることもなく堂々と言ってのける。

 完全にガキ大将みたいな理屈だが、言っている本人が神様なのが厄介すぎた。

 僕の後ろで震えながら、ヴォルグが小さな声で呻く。


「そう! こういうお方なのです! はた迷惑にもほどがある享楽主義! 二百年お会いしておりませんでしたが、まるで変わっておりませぬ!」

「ごめん、ヴォルグが慌てた理由がよく分かったよ」


 そりゃ、こんなのが会いたがっているなんて噂を聞いたら気が気じゃなかっただろう。

 げんなりする僕だったが、すぐにそんな暇はなくなった。


「なにをごちゃごちゃ言ってんのよ! 行くわよ、とーう!」

「うわわっ!? 影よ、来たれ!」


 エキドゥニルがいきなり地面を蹴り、猛スピードで突っ込んできたからだ。

 慌てて影を出したところで、もろに跳び蹴りを食らって吹っ飛ばされる。

次回は明日の十七時ごろ更新予定です。

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