暗黒竜と大切な友達
村人みんなが広場に集まっているせいか、村の中はしんと静まり返っている。
洗濯物が風にはためく音だけが響くなか、キョロキョロしながら歩くと、リタはすぐに見つかった。
村はずれに立つ大木の根本だった。
リタはその盛り上がった根にちょこんと腰掛け、足元をじっと見つめていた。
僕が来たことに気付くと、気まずそうにそっと顔を上げる。
「……レインくん」
「ひとりでどうしたの。みんなのところに戻ろうよ」
手を差し伸べると、リタはその手をじっと見つめてかぶりを振る。
「お気遣いなく。少し疲れたので休んでいるだけです。レインくんは行ってください。主役がいないとみんなガッカリしますよ」
「まさか。僕が消えたことにほとんどの人は気付いてないって」
現に祭りの喧噪は続いていて、ここまで風に乗って聞こえてくる。
「僕も疲れたし、ちょっとゆっくりしたいかな。隣に座ってもいい?」
「……どうぞ」
リタは少し迷った末に、ほんの少し横にずれて僕の場所を空けてくれた。
僕らはふたり並んで空を仰ぐ。
枝葉の揺れるさわさわした音と、遙か頭上を飛んでいく鳥たちの長鳴きだけが僕らを包む。
つまりはまあ、沈黙状態だ。
膝が触れそうなほど近くにいるというのに、彼女と僕の間には見えない壁があるようだった。
前世は天涯孤独だったし今世はまだ五歳。こんな場合に最適な話題なんて知るよしもない。
(うーん、どんな話ならリタと楽しくおしゃべりできるかな……あっ、そうだ!)
そこでピーンと閃いた。僕は意気込んで話しかける。
「ねえねえ、リタのお母さんを紹介してよ」
「お母さんですか?」
「うん。今日はまだ会えてないでしょ。パーティの中にはいたの?」
ここに来てからずっとリタに似た女性を探していたのだが、まったく見当が付いていなかった。
友達のお母さんにはぜひとも挨拶しておきたかったのだ。
しかし僕の期待に反し、リタは困ったように眉を寄せてぎこちなく笑う。
「……いません」
「へ」
「リタのお母さんは、リタが生まれてすぐにお星様になったんです」
また静寂が僕らの間を支配した。
喉が急速に渇いて、思わず僕はごくりと生唾を飲み込んでしまう。
その音がやたら大きく響いてしまった気がして、ますます居たたまれない気持ちになった。
僕はただ頭を下げるしかない。
「…………ごめん」
「どうか気にしないでください。お顔も覚えてませんから」
そう言ってリタは苦笑する。その言葉に嘘はなさそうで、どこかさっぱりした声色だった。
どうやら彼女もまた、僕の反応に気まずい思いをしているようだった。
そこでふと僕自身もまた同じ境遇であることを思い出す。
「実はね、僕もお母さんの顔を知らないんだ」
「えっ、レインくんもですか?」
「うん。生まれてすぐにあの山に捨てられたからね」
「じゃあ……リタと一緒ですね」
「うん。一緒だね」
僕がふんわりと微笑むと、リタもまた同じように笑ってくれた。
見えない壁がなくなったのを感じた。僕は意を決して、膝に置かれた彼女の手にそっと自分の手を重ねる。リタは身じろぐこともなく受け入れてくれた。
「リタはさ。僕がみんなと仲良くしたから、取られたみたいに感じて不安になったんでしょ。違う?」
「……不安になんてなってませんよ」
「嘘はダメだよ。友達なんだから」
僕が顔を覗き込んで釘を刺すと、リタは観念したらしい。
うつむき加減でぽつりぽつりと打ち明ける。
「村のみんなはいい人だし、レインくんと仲良くなってほしいって思っていたんです。なのに本当に仲良くなったら……なんだかさびしくなっちゃって……こんなの、リタのわがままですよね」
「ううん。そんなことないよ」
僕にもそんな経験がある。
前世の僕は身寄りがなく、養護施設で育った。
そこで特別やさしくしてくれた、とある女の先生のことが大好きになった。
先生がほかの子と遊んでいるのを見ると、まるでたったひとり世界に取り残されたような思いがして胸がぎゅうっと締め付けられたものだ。
だがしかし、しばらくして気付いた。先生にとって僕は大勢の子供たちのうちのひとりでしかなく、特別でもなんでもないのだと。
その事実は幼い僕を打ちのめすのに十分だった。
リタにはそんな思いをしてほしくない。だから彼女の手をぎゅっと握る。
「僕の友達は大勢いるけど、それでもリタは人間の友達一号だ。特別なんだよ」
「……ほんとうですか?」
「うん。困ったことがあったらいつでも飛んでいく。約束するよ」
気休めの言葉なんかじゃなかった。
彼女とフェリクスさんがいてくれなかったら、僕は暗黒竜であることを気にして人間との交流を断ってしまっていたかもしれない。この村のみんなと笑い合うこともできなかった。
彼女は僕の人生を切り開いてくれた、大切な友達だ。
僕が言葉を尽くすと、リタは顔を上げ、じっと僕の目を見つめてくる。
やがて彼女はどこか硬い面持ちで口を開いた。
「……だったらお願いがあります」
「なに? なんでも言ってよ、なんならまた魔物を狩ってこようか?」
「そういうのではなく……」
リタは少し躊躇したものの、僕の手を握り返して真っ向から言う。
「リタも、レインくんの眷属にしてほしいです!」
「へ?」
僕は思わず目を丸くする。思ってもみなかった申し出だったからだ。
しかしリタとしては真剣なお願い事だったらしい。ぎゅうっと握る手に力を込めつつ、顔を近付けて畳みかけてくる。
「お父さんはお祈りすればレインくんとお話しできるんですよね? お父さんばっかりズルいです。リタも眷属になればお話し放題ですし、困ったときにも呼べます。合理的です」
「わ、分かったから。でも、それにはフェリクスさんの許可が――」
「すでに念書をもらっています。サインと血判もありますよ」
「なんでそんな周到に準備してるのさ!?」
ばっと出してきた念書は細かい文字で埋め尽くされており、難しい単語ばかりが書かれていてほとんど読むことができなかった。その最後にはフェリクスさんのものとおぼしき震えたサインと血判。友達に突き付ける品ではないと思う。
(でもまあ、リタが眷属になってくれたらたしかに助かるんだよね)
お金の管理を任せているわけだし、身の安全に気を配るには眷属になってもらうのが手っ取り早い。
欲しいものがあればすぐに連絡できるし、寂しい夜のおしゃべり相手にもなってくれるだろう。
そう考えるといいこと尽くめだ。
「わ、分かったよ。眷属にする」
「本当ですか!」
「うん。あっ、ついでにほかの人も眷属にしていいかな?」
「もちろん。リタの次ならいいですよ」
「お許しありがとね」
こうして僕は可愛い眷属を手に入れて――。
「はい。魔法でポーションの効能を高めました。どうでしょうか?」
「歩けます! もう二度と立てないと思っていたのに……!」
「ありがとう、れいんさま……! おかあさんの足をなおしてくれて!」
「ううん。どういたしまして」
病気のお母さんを歩けるまでに回復させたのだった。
前世で特別だった先生は、僕のことを特別だと思っていなかった。
その事実を知ってしまってから、僕は『特別』を作らないように努めて生きた。
友達も恋人も、誰ひとりとして作らなかった。また傷付くのが怖かったからだ。
その結果として得られたのは、孤独な人生だけだった。
だったら今世は『特別』をたくさん作ってみよう。
抱き合い喜びを分かち合う親子を見つめ、僕はそんなことを考えていた。
次回は明日の十七時ごろ更新予定です。
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