暗黒竜と亜人たち
そんなわけで小一時間後。
僕は大量のゴブリンを仕留めて、彼らの村へと戻ることになった。
「お待たせしました!」
「「「おおおお!!」」」
ゴブリンたちを広場に積み上げると、村人たちから大きな歓声が上がった。
緑色の皮膚をした子鬼で、僕よりちょっと低いくらいの身長だ。
しわだらけの顔に鋭い鷲鼻。それぞれ手には棍棒や木の槍などを持っていて、好戦的な種族だとひと目で分かる見た目だった。
マアドさんはゴブリンの山を見上げて呆然と言う。
「まさかこんなに大猟とは思わなかったよ……」
「やり過ぎちゃいましたか? 巣ごと駆除したんですけど」
マアドさんから聞いたとおり、村から少し離れた洞窟の中にゴブリンの巣があった。
彼らは非常に血気盛んで、僕を見るなり集団で襲いかかってきた。
普通の旅人なんかであれば一巻の終わりだったろう。しかし――。
『影よ、来たれ!』
『ゴブリンごときが坊ちゃまに叶うと思うなよ!』
『みんな溶かしちゃうよー! そーれ!』
僕とヴォルグ、ネルネルの敵ではなかった。
ゴブリン数十体とそれにボスらしき大きな個体が一体。
根こそぎ刈り尽くす気はなかったのだが、あちらが全滅するまで向かってきたので仕方ない。
マアドさんはニヤリと笑う。
「いいや助かったよ。こいつらにはずいぶんと迷惑してたんだ。本当にありがとうね、暗黒竜様!」
「どういたしまして。大豆のお礼です」
村を悩ませる害獣が駆除されたことで、村人たちは大盛り上がりだ。
どうやら村の畑が荒らされる被害の他に、怪我人も出ていたらしい。
駆除のために人を雇うお金もなくて、ほとほと困り果てていたという。
そんな話を聞いて、僕はフェリクスさんに問う。
「このあたりって魔物が多いんですか?」
「はい。俺たちで追い払えるような弱い魔物ばかりなんですが、いかんせん数が多くて……まあ、だからこそ住まわしてもらっているんですけどね」
「と、言いますと……?」
「俺たちはお上からこの土地を借りて暮らしているんです」
彼ら亜人や獣人は被差別民だ。
家や土地を借りることは一筋縄ではいかない。
そのため、最低限の生活を送れるように行政が土地を貸してくれる制度があるらしい。
とは言っても行政が管理する土地のうち、多少難のある場所を割り当てられることが多いという。
水はけが悪かったり、極端に交通の便が悪かったり、魔物が出たり。
おまけに税金も重く、食べていくのでやっとらしい。
福祉というのは表向きの顔。
盗賊にでもなられては迷惑なので、そうやって飼い殺しにする制度なのだと、フェリクスさんは諦めたように言う。
「魔除けのかがり火があるから村の中までは入って来ないんですが、効果はすぐに切れるし維持費もかかるしで……いっぱいいっぱいですよ」
「それは……大変ですね」
「ええ。大変なことばっかりです。でも……」
フェリクスさんは真面目な顔でかぶりを振ってから、大はしゃぎする村人たちを見やる。
その目はまるで少年のようにキラキラと輝いていた。
「苦楽を共にできる仲間がいるから耐えられるんです」
「……分かります。その気持ち」
僕もまたしんみりしてうなずいた。
最初は魔狼族だけだった僕の周りは、いつの間にか多くの種族が集まるようになっていた。
魔物に亜人、獣人。
彼らと接し、話すうち、僕の世界はどんどん広がっていく。
それはきっと万金を積んでも手に入らない尊いものだ。
そんな感傷に浸っていた僕だが、とんでもないことに気付いてハッと叫んでしまう。
「っていうか……そんな大変な中でおもてなししてくださったんですか!? この料理だってみなさんの貴重な食料なのでは!?」
「あはは、ご心配には及びませんよ。レイン様からいただいた金貨で、暮らしがずいぶんとよくなりましたから」
「でも――」
「れいんさま!」
あたふたしていると、背後から可愛い声がかかった。
振り返ってみれば獣人の子供が立っている。
犬に近い容姿でくりくりしたつぶらな目がとっても可愛かった。
子供はどこか緊張した面持ちで、両手を背中に隠している。
きょとんとしつつも、僕は子供に笑顔を向けた。
「えっと、なにかな?」
「あのね、これあげる!」
そう言って子供が差し出したのは一枚の羽根だった。
光を反射して七色に輝く、うっとりするほど綺麗な品だ。
「あたしの宝物なの。もらってください!」
「ええっ!? 宝物なんて受け取れないよ!」
「ううん。れいんさまに持っててもらいたいの」
子供はちらっと横手を見やる。
視線を追えば、椅子に腰掛けた獣人の女性と目が合った。少しやつれた様子の女性は僕に気付くと、深々と頭を下げる。
「れいんさまがお金をくれたから、ママのお薬が買えたの。だから、ありがとうのしるしなの!」
「……そっか」
そこまで言われては断ることはできなかった。
僕は羽根を丁寧に受け取って子供にお礼を言う。
「ありがとう。それじゃあ神殿に飾らせてもらうね」
「うん! またね、れいんさま!」
子供は顔を輝かせ、女性のもとへと掛けていった。
その背中を見送ってからフェリクスさんが静かに言う。
「彼女は足が悪くて、このところずっと寝たきりだったんです。でもレイン様のお金でポーションを買えたから、少しの間なら起き上がれるようになったんですよ。だから、みんなあなたに感謝しているんです」
「なんていうか……改めてそう言われると、ちょっと気恥ずかしいですね」
「ははは、神様がなにをおっしゃっているんですか」
頬を赤らめる僕に、フェリクスさんはからりと笑う。
(僕はただ、山でのスローライフを目指していただけなのに……まさか、こんなに感謝されるなんてなあ)
僕はただ、やりたいことをしていただけだ。
それだけで救われる人がいるというのも不思議な気がした。
ぽかぽかと温かくなる胸に手を当てしみじみしていると、急に目の前に人影が現れた。
「本当にありがとうございました、暗黒竜様!」
「うわっ!?」
獣人、亜人の若い女性たちだ。
彼女らは目をキラキラと輝かせて僕のことを取り囲む。
「暗黒竜様のおかげで、もうゴブリンに怯えなくて済みそうです!」
「ほんっと、こんなに可愛いのに強いだなんてすごいわよねえ」
「お肌もぷにぷにだし! 抱っこしがいがあるわあ」
「あっ、ズルいわよ! 私だって抱っこしたかったのに!」
「うわああああっ!?」
「これ! そこな娘たち! 坊ちゃまを揉みくちゃにするでない!」
「あはは、レインってば人気者だねえ」
女性らに抱きしめられ、撫で撫でされ、僕は完全におもちゃにされる。
いわゆるハーレム状態で悪い気はしない。ただ、あいにく僕はただの五歳なのでお姉さんたちの勢いがちょっとだけ怖かった。
(どう宥めたものかなあ……うん?)
悩んだそのとき、少し離れた場所にひとりでいるリタが目に入った。
周りは完全なお祭り騒ぎだというのに、どこかつまらなさそうに口を尖らせて、つま先で小石を転がしている。
そんなリタだが、僕と視線がかち合うとハッとした様子で踵を返して立ち去ってしまう。
その小さくなっていく後ろ姿に、僕の心はざわついた。
(これは、もしかして……)
ちょっとした確信めいたものを抱きつつ、抱きしめてくる腕からするりと抜けだした。
「ごめんなさい! ちょっと席を外します!」
「ええ。どうぞ行ってらっしゃいませ」
「あーん、暗黒竜様ったら行っちゃうの?」
「早く戻ってきてね~」
見送ってくれる皆さんに手を振って、僕はリタを追いかけた。
次回は明日の十七時ごろ更新予定です。
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