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暗黒竜のちびっこ後継者

 この世界で最も大きな六竜大陸。

 その北部に連なるのが、暗黒山脈と呼ばれる場所だ。


 いくつもの俊山が連なり、鋭く尖った岩が剥き出しになった断崖絶壁が見渡す限りにどこまでも続く。

 天候も変わりやすく、さっきまで晴れていたかと思えばあっという間に大嵐に見舞われる。

 特殊な魔力が満ちているため、コンパスの針も狂ってしまう。


 魔物も多く棲み着いているため、立ち入る者は滅多にいない。


 その鬱蒼と茂る森のただ中に、寂れた大神殿がある。

 長年風雨に晒され続けてボロボロで、屋根も完全に崩落してしまっている。


 それこそが暗黒竜レヴニルの住まいであり、僕が育った実家でもあった。

 その神殿の床に、レヴニルは前足の爪を使ってなにやら複雑怪奇な模様を描き始める。


「沈黙、つまりは了承ということだな。それでは今から継承の儀を始めるゆえ――」

「ちょっ……ちょっと待ってくれる!?」


 勝手に話を進められて、僕は大声で異を唱えるしかない。

 それにレヴニルは片目をすがめて面倒臭そうに唸る。


「我輩は十分に待ったぞ。赤ん坊のころとは違い、汝はもう十分成長したではないか」

「まあ、昔よりは大きくなったけど……?」


 僕は頭をかいてぼやく。

 赤ん坊のころに捨てられた僕だったが、立派に五歳となっていた。


 身長はおそらく一メートルちょっと。髪も目も黒で、特に痩せても太ってもいない健康体。膝小僧には擦り傷という名の勲章が光る。


 対するレヴニルは巨大な竜だ。

 対話するために首をぐぐっと下げてくれているが、それでも声は僕のはるか頭上から降りかかる。レヴニルからしてみれば僕なんてちっぽけなアリにも等しい存在感なのだ。

 そんな小さな僕を見下ろしてレヴニルは横柄に言ってのける。


「それだけ大きくなったのならば暗黒竜を継げるだろう。ゆえに継承の儀を行う。なにか文句でもあるのか?」

「いやいや、文句しかないから」


 僕も僕で、きっぱりと首を振る。

 相手は巨大な竜でも赤ん坊のころからの付き合いだ。これっぽっちも怯えてやるものか。


「大きくなったって言っても、僕はまだ五歳だよ。それに普通の人間だから、竜なんて継げるわけない。誰にだって分かるよこんなこと」

「むう、ああ言えばこう言うな。小生意気に育ちよってからに」


 レヴニルはぶつぶつと文句を垂れる。

 その口ぶりに反し、目には笑みが浮かんでいた。


「ならば仕方ない。愚かな後継者候補のため、一から説明してやろう」


 そう言って、レヴニルは勿体付けて咳払いをひとつ。


「それでは始めるとするか。これより語るは創世の物語……」


 はるか昔。

 ここに世界はなく、ただ混沌だけが存在していた。


 やがて混沌から五つの命が生まれる。

 五つの命は話し合い、ここに世界を作ることを決めた。


 あるものは大地を。

 あるものは水を。

 あるものは火を。

 あるものは風を。

 あるものは昼を。

 あるものは夜を。


 それぞれ世界の基礎を作り上げ、最後に多くの生き物を作った。

 こうして新しく出来た世界に、彼らは竜の姿を取って降り立ち、今も人々の営みを見守り続けている。


 そこまで語り、レヴニルはどこか胸を張って言う。


「そして、そのうちのひと柱が我輩というわけだな」

「うん、それは知ってるよ。暗黒竜レヴニルでしょ」

「そのとおり。闇の力を司るスピリット・ドラゴンだ」


 混沌より生じた六つの命。

 竜の姿を取っている彼らのことを、スピリット・ドラゴンと呼ぶらしい。

 普通のドラゴンもこの世界にいるらしいが、それらとは一線を画す特別な存在だ。

 不老不死の不滅の生命体で、創世から何万年も生きている。


「そんなすごい竜なのに跡継ぎなんて必要なの……?」

「うむ。我輩の命はもう長くないからな」


 レヴニルはやたらとあっさりうなずいた。

 まるで明日の天気は晴れだとでもいうかのような、そんな軽さだった。


 僕は思わず目を丸くしてしまう。すぐには言葉が浮かばずに口をぱくぱくさせていたが、ぐっと拳を握りしめてから、レヴニルの顔を見上げておずおずと問う。


「……冗談、だよね?」

「汝も薄々気付いておっただろう。我輩の魂魄は限界が近いのだ」


 レヴニルは微笑んで尻尾の先を小さく揺らす。

 僕がここに来たときから、レヴニルは神殿の中に籠もりきりだった。


 たまに僕とおしゃべりするとき以外は、ほとんどの時間を丸くなって寝て過ごし、外に出ている姿を見たことは一度もない。


 レヴニルが寝ている姿はあまりにも静かで、老いた猫を思わせた。

 生きているのか死んでいるのか分からず、僕は何度もその寝息を確かめたものだ。


 だから改めて長くないと告げられても、すんなりと腑に落ちた。落ちてしまった。

 黙り込んでしまった僕をじっと見つめ、レヴニルは小さくと息をこぼす。


「我が輩たちスピリット・ドラゴンが何万年もこの地に存在していられたのは、生まれ持っての力が強いのと……人々の信仰心のおかげだ」

「信仰心?」

「うむ。言葉の通り、人々が我輩たちを崇め敬う心のことだ」


 炎に対する畏敬の念が、火焔竜の力となり。

 光に対する憧憬の念が、光輝竜の力となる。

 闇を恐れ崇める心がある限り、暗黒竜レヴニルの命は永遠のもの――となるはずだった。


「我輩が司るのは暗黒の力。だが、この力は災いを呼ぶと言われ忌み嫌われておってな。今ではほとんど信徒がおらんのだ」

「だからレヴニルはどんどん弱っていっているの……?」

「そのとおり。理解が早くて助かるぞ」

「だったら、今からでも暗黒の力は怖くないよってアピールすればいいんじゃない? 僕、レヴニルのことを怖いなんて思ったこと一度もないよ」

「……そうか。ありがとうな、レイン」


 レヴニルはそこで言葉を切って、軽く目を瞑ってかぶりを振る。


「だが、それには長い時間が必要だろう。そして、我輩にそんな猶予は遺されておらん」


 そう言って、すっと神殿の扉へと目を向ける。

 外に繋がる扉は固く閉ざされているものの、その先には鬱蒼と茂る森が広がっている。

 扉の先をじっと見つめながら、レヴニルは静かに言う。


「我輩がいなくなれば、この地を巡り争いが起こるだろう。小さな命が蹂躙され、多くが命を落とす。だから我輩は長年にわたり、後継者を探していた。そんなある日のことだ」


 レヴニルは前足の爪を僕へと向ける。


「汝が我輩の前に現れたのだ。とてつもない暗黒魔法の才能と、ずば抜けた潜在魔力を持つ汝がな」

本日はあと一回更新します。次は18時30分。

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