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暗黒竜の怒り

 静まり返ったただ中で、ジュールさんはへらりと笑う。


「それで、後継者様と接触するのはうちの教会としても初めてだからね。いろいろ贈り物を持ってきたんだよ」

「贈り物ですか……?」

「気になるかな? 見てもらえるだろうか」


 そう言ってジュールさんは荷馬車を守る兵士らに合図する。

 荷台の覆いが隠されて、とうとう荷物の正体が白日の下に晒された。


 それらを目にして僕は大きく息を呑む。

 なにしろここ数日ずっと恋い焦がれていた品々だったからだ。


(あれは人参にジャガイモ……それに麦だ! 麦もある! こっちの世界にも存在したんだ!?)


 色とりどりの野菜に果物、それに麦。

 僕のなじみ深い色と形をした品々が、荷馬車いっぱいに詰め込まれていた。


 他にも手触りの良さそうな織物や金銀財宝、樽の中身は酒だろうか。

 その他多くの捧げ物がごっそりと九台分。相当な量だった。


 干し肉と果物しか食べてこなかったので、この世界の食物事情がどうなっているのかまるで知らなかった。

 僕の知っている食材に近いものはあるのか、食欲を減退させるグロい見た目をしていないか等々ずっと不安だったが、どうやら地球とそれほど変わらないらしい。


 と、それはそれとして……。


(ほ、ほしい……! 料理の幅が広がるだけじゃなくて、上手くやれば栽培も可能じゃん!)


 ジャガイモはそのまま種芋にすることができるはずだ。

 失敗するかもしれないが、あれだけ量があれば試行錯誤も可能だろう。


 あんぐりと口を開けて荷馬車に食い入るような視線を向ける僕へと、ジュールさんはいたずらっぽくにやりと笑う。


「なにが後継者様のお気に召すか分からなかったから、手当たり次第にかき集めてきたんだ。あっちの馬車には胡椒もあるよ」

「胡椒って、あの胡椒ですか!?」

「ああ」


 ジュールさんは馬車まで行って、小さな革袋を持って戻ってくる。

 手のひら大の袋を覗かせてもらえば、小さな黒い粒がたくさん収まっていた。

 懐かしくも刺激的な匂いが目鼻を刺してクラクラしてしまう。


「すごい……黒胡椒だ!」

「ふん、そうだろう。これだけの量で豪邸が建つぞ」


 横で見ていたおじさんが得意げにふんぞり返る。

 ジュールさんもくすりと笑って、また別の馬車を指し示す。

 そっちには人が入りそうなほど大きな革袋がたくさん乗せられていた。


「急だったから胡椒はあまり確保できなかったけど、塩はあの通りたくさんある。必要なら定期的に届けさせるよ」

「ほ、本当にもらってもいいんですか?」

「もちろんだとも。ほら」


 ジュールさんが差し出す革袋を凝視して、僕はごくりと喉を鳴らす。


 イノシシを倒してから、僕はよく狩りに出かけるようになっていた。

 解体もネルネルに手伝ってもらえば手早く済むし、魔法で食べやすくもできる。

 その肉に塩とコショウをかければどうなるか。

 きっと天にも昇るほど美味しくなるに決まっていた。


 それに野菜があればスープが、小麦があれば麺が作れる。

 ラーメンを作るという荒唐無稽な野望に一歩近付くというわけだ。


(ほしい……けど)


 僕は熟考の末に手を伸ばし、その革袋を押し返した。

 ジュールさんをまっすぐに見て、きっぱりと言う。


「悪いけど受け取れません」

「はあ!? 貴様のような子供には聞いておらん! これらはすべて暗黒竜への供物であって――」

「どうしてだい?」


 騒ぎ立てるおじさんを遮って、ジュールさんは朗らかに問う。

 彼女もまた僕の目をしっかりと見つめていた。まるで何かを見通そうとするかのように。

 僕は懸命に考えて、自分の言葉で答える。


「贈り物をもらったら、あなたたちの言葉を聞かなきゃいけなくなる。僕はまだ子供だから分別がつかなくて、言いくるめられたり、騙されたりするかもしれない。だからもう少し賢くなるまでは、そういったものを受け取らない方がいいと思ったんです」


 僕はまだ五歳で、この世界のことをよく知らない。

 そんな中で得体の知れない相手に借りを作るのは悪手だと思えた。

 地球の偉いひとも言っている。

 上手い話には裏がある、ってね。


「ふっ、賢明な判断だな」


 ジュールさんはカラッと笑って、革袋をすんなり引っ込めた。

 まるで僕が受け取らないことを端から予想していたような反応だった。

 しかしおじさんはそうもいかなかった。顔を真っ赤にして声を荒らげ、ジュールさんを乱暴に押しのける。


「ええい、貴様になんぞ任せておけん! どけ!」

「おっとっと」


 ジュールさんはたたらを踏みつつ、おとなしく退いた。

 おじさんは僕に真正面から向き合って、人差し指を突き付けてくる。


「こちらが下手に出ておればいい気になりおって……貴様ら子供や畜生どもでは話にならん! 早く暗黒竜を出すがいい!」

「む。スピリット・ドラゴンはこの世界を創った神様でしょ、その言い草はないんじゃないですか」

「神様だと? バカを言え」


 おじさんはせせら笑い、顔を歪ませてこう叫ぶ。


「暗黒竜はかつてこの世界を脅かした、悪しき邪神なのだ!」

「は……い?」


 僕はきょとんと目を丸くする。

 レヴニルが邪神だって? あの穏やかで、ぼーっと昼寝するだけだった暗黒竜が?

 僕はおじさんの言葉を笑い飛ばそうとした。でも、できなかった。


「っ……!」


 その言葉を聞いた途端、ヴォルグの顔色がさっと変わったからだ。

 まるでこの世の終わりに直面したかのようにカッと目を見開き、唇を噛みしめている。


 そればかりかひと言たりとも発しなかった。レヴニルを悪く言われて絶対に黙っているはずのないヴォルグが、である。

 兵士らも無言で目配せし合い、怯えを孕んだ眼差しで僕をじっと見つめる。


 ただならぬ空気のなか、おじさんは鬼の首を取ったようにまくしたてた。


「それゆえわしは神竜教本部より、暗黒竜を監視する命を受けてここに参ったのだ。新たな暗黒竜が世界に仇なす存在かどうか見極めるためにな」

「そんなバカな……レヴニルが邪神だなんて、そんなの信じるもんか!」

「ふん。貴様は子供だから知らぬだけだ」


 おじさんは賢い大人の顔をして、諭すように言う。


「まだ間に合う。どんな事情があってここにいるか知らんが、暗黒竜などとは即刻手を切るべきだ。その先に待っているのは破滅だぞ」

「っ……!」


 僕は思わず言葉を失ってしまう。

 腹の底からふつふつと湧き上がるのは、何もかもを手当たり次第にぶち壊したくなるような、これまで感じたこともない強い衝動だった。


「僕の……僕の家族をバカにするな!」

「ほへっ?」


 叫んだその途端、影がぐわっと立ち上がった。

 いつものように呪文を唱えることもなかったのに、だ。影は蛇のような形に姿を変え、呆気に取られるおじさんの足をかぷっと噛んで、そのままおもちゃのように振り回す。


「ひぎゃいいいいっ! おっ、おたすけえええええ!?」


 兵士らにどよめきが走るが、誰も手出しできずにオロオロするばかり。

 僕はおじさんを大きく振りかぶってぽいっと投げ捨てる。ちゃんと怪我しないよう手加減したが、それでもおじさんは泥まみれになってしまった。上等な衣装も台無しだ。

 おじさんはよろめきながらも身を起こし、顔を真っ赤にしてぶるぶると震える。


「くっ……このわしをコケにしおって……もう許せん! 食らえ! ヘル・ファイヤ!」


 おじさんが杖を向けると、轟々と燃えさかる巨大な炎が撃ち出される。

 炎弾は紅蓮にまばゆく輝いて僕めがけてまっすぐ迫り来た。

 しかし、僕は動じない。


「邪魔だよ」

「なあっ!?」


 影の炎であっさりそれを払いのけると、おじさんの顔が原形を留めないくらいに歪んだ。

 だが、その程度で溜飲が下がるわけもなかった。


 火の粉が舞い落ちるなか、僕はゆっくりとおじさんのそばに歩み寄る。

 それに応じて自分の体から暗黒色のオーラが立ちのぼるのを感じた。

 オーラは次第に巨大な竜の姿を取り、目撃した兵士らから悲鳴が上がり、おじさんの顔がみるみるうちに恐怖で歪んでいく。ジュールさんも息を呑んで事態を見守った。


 僕はおじさんの目の前に立ち、人差し指を突き付けて言い放つ。


「今すぐ全員ここから立ち去れ! それ以上レヴニルを愚弄するのなら、おまえたちの命で償わせてやるぞ!」

「わ、分かった! 分かりましたあ!?」


 おじさんは半泣きで起き上がり、よたよたと馬車まで走っていった。

 兵士らもそれを見て慌てて撤収の準備をはじめる。

 そんな一連の流れを黙って見つめていたジュールさんだったが、深いため息をこぼして僕に頭を下げる。


「すまなかった。今のはどう考えてもあの人が悪い。弁明のしようもないよ」

「……ジュールさんも暗黒竜が悪者だと思っているんですか?」

「さあ。あたしは自分の目で見たことしか信じないたちでね」


 そう言ってジュールさんはひらりと手を振り、おじさんを追う。

 馬車の扉に捕まりながら、おじさんはこちらを睨み付けていた。

 ボソボソとつぶやく小声が、風に乗って僕の元まで届く。


「恐ろしい……あんな子供の眷属ですら暗黒魔法を使いこなすのか。新たな暗黒竜はよほどの危険分子と見える」

「まあまあ。今日のところは顔見せってことで帰りましょ。きみたちも撤退だよ」

「は、はい!」


 おじさんを馬車に押し込めて、ジュールさんも馬に乗る。

 兵士らの操る荷馬車が我先にと砂塵を舞い上げ走り出した。その荒い馬遣いから、ここに残る最後の一台になりたくないという思いがありありと読み取れる。

 そんな兵士らの馬車を見送りつつ、ジュールさんは僕へと大きく手を振った。


「少年! 日を改めてまた来るよ! あと、これを!」

「へ」


 ジュールさんが何かを投げた。

 慌てて影の腕で受け止めれば、それは小さな紙袋だった。

 何か軽くて小さなものがたくさん入っている。


「そいつはあたし個人からの手土産だ! いらなきゃ遠慮なく捨てておくれ! じゃあね!」


 ぽかんとする僕へ笑いかけ、ジュールさんは馬車を華麗に操って去って行った。

次回は明日の十七時ごろ更新予定です。

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