夏の夜
ミーンミンミンミーン
早朝からセミの鳴き声と暑さで起きる
8月 。今年は猛暑らしい、毎年猛暑って言ってないか?と思う
都会の暑さに干からびそうになる…
あれからDMを送り、オーディション応募したけど連絡無しと残念なお知らせ続きだ…
年齢で受けられないのも増えてきた
24歳はもう弾かれる歳なんだな…
あと俺が落ちた挿入歌のオーディションは18歳の大学生に決まったと、たまたま流れてきたニュースで知った。
あ、あの子だなってすぐ分かった。受けた人の中で1番若くて練習してる歌声が上手かったから覚えてる
悔しい気持ちはあるけど、納得せざるを得ない。
今日もバイト終わりに路上ライブに行く
真夏になった今は外で長時間は無理だから短めに…夜でも暑いから長居は禁物だ…
行き交う人みんな早く涼しい屋内に入りたいし帰りたいから足早だ。もっともだよ
誰も耳を貸さない 見向きもしない
ただただ虚しく歌声だけが響いてる…
何年たっても全く慣れない
数だけこなしてるだけ
自分だけが取り残されてる感覚
現実に置いてかれているような…
…ダメだ負のループ。
今日はそろそろ切り上げよう
ポタリッ
ん?
頭に冷たい感覚
と同時に何かが頬をつたう
酒の匂い
「よ〜〜う!お兄ちゃん歌ってんの〜?これ俺の奢り〜〜♫」
酔っぱらったオッサンが俺の頭上から缶ビールをドボドボ流していた。最悪だ
「誰も聞いてねぇ~じゃん!!可哀想に!!アッハッハ!バイバ〜〜イ♫」
空き缶投げ捨てて去っていった
お前に言われなくても分かってんだよ…
ビールまみれで服もビチャビチャ
かろうじてギターは無事だ、良かった…
とにかく頭だけでも洗いたい
公園で水洗いする
ポタポタ頭から水滴が落ちる
路上で歌ってると、からまれるのは日常だ。面白がってからかわれたり、罵声浴びたり、夜は酔っぱらいが多いから余計だ。
今日みたいに酷いのは稀だけど
腹立つの通り越して虚無だ…
なんだよコレ
何やってんだろ…
…ちゃん!」
「ソウちゃん!?どうしたの大丈夫?」
ハルだ。なんでこんな時に…
今会いたくなかったな…
「酔っぱらいに酒かけられた…」
「え!!ひど!!私タオル持ってるよ。まだ使ってないから」
と言ってバックからタオルを出してくれた。
「ありがと」
タオルで頭を拭きながら
やるせない気持ちになっていた
情けないやら恥ずかしいやら…
「…自分のしてる事が無意味に感じる」
ついマイナスな言葉がつい出てしまう
「そんな事ないよ」
「…結果として実になってないから。…俺の歌は誰にも届いてないし、誰にも響いてない」
少しの沈黙のあとハルは
「ソウちゃんにはソウちゃんにしか歌えない歌があるし表現があるよ。私には届いてる」
「…そうかなぁ」
「そうだよ。ソウちゃんの歌声は唯一無二だし、絶対人を感動させる力があるよ」
「嬉しいけど…なんでそんなに推してくれんの?根拠も無しに…」
「ん~~〜……直感!!私がそう思ったから!」
満面の笑顔…
しかも直感かよ…
よく分からないけどハルに言われると力貰うな…
「[ソウちゃん]って人はこの世界に1人しか居ないし、誰の代わりもない。感性は人それぞれ違う。ソウちゃんにしか書けない歌詞やメロディーがきっとあるよ」
凄い事サラッと言う…
そんな事初めて言われた…反応に困る
「ハルはさぁ、どんな時に曲が浮かぶの?詞が先?」
「私は自分の感情が言葉になって表れた時に曲作りしてる。だから大体は歌詞が先かな、その後メロディー。歌詞になぞってパッと思いつく時もあるし」
そのパッと思いつくのが才能なんだよな
「嬉しい想いも悲しい記憶も、その時自分で感じた感情が言葉にも音楽にもなってる。心の中で言い表せない気持ちをはき出せるのも歌だし。あと何気ない日常でも一瞬一瞬が大切だから忘れないように常にメモしてる」
「凄いなハルは…」
そんな風に物事見たことも考えた事も無かった
ボンヤリした生活し過ぎだ…
ハルの見てる世界は俺とまるで違う…
「私もいつだって思いつく訳じゃないし煮詰まったりしながら曲作ってるよ」
「そーなんだ。意外」
「そーだよ!部屋にこもって唸りながら考えてるし、何もアイデア浮かばなくて1日過ごしたり全然ある」
あっけらかんと笑いながら言うハル
「色々聞けて勉強になった。ありがと」
「参考になったか分からないけど」
「なったよ十分」
「今日は前行ったジェラート屋さんまた一緒に行こうかと思ったけど、また今度にするね。夏だけど風邪ひかないように家帰って早く洗って乾かした方がいいよ!」
確かにその通りだ。酒の匂い凄いするし、早く全身洗い流したい
「あ、タオル洗って返すから。」
「いいよあげる!あ、そうだコレ差し入れのお茶。」
「ありがと… ?」
渡されたペットボトルのお茶には付箋が貼ってあり謎の生き物が書いてあった。
「…何これネコ?」
「犬だよ!!」
ハルの絵は独特だな…
「じゃあまたね!ソウちゃん」
「気をつけて。ありがと」
家に帰って速攻シャワー浴びた。全身酒の匂いしてたから
今日は最悪の日だと思ったけど、ハルと話せたのが唯一の救いだ。
テーブルに置いてあるノートを開く。
色んな歌詞を書き留めてきたものだ。
新しい曲を作って自分の納得できる歌を歌いたい…
誰かのカバーじゃなくてオリジナルの曲を
ブーンブーン!スマホが鳴る
画面を見ると知らない番号
出なくていいや無視
ブーンブーン!
長!めっちゃ鳴るじゃん誰だよ…
…出るか
「…はい」
「あ!やっと出てくれたぁ〜!これソウヘイ君の番号であってる?」
大人の男の声だ
「…そうですけど、誰ですか?何で番号知ってるんですか」
「俺は音楽プロデューサーのカイドウって言います。」
……は??