聖女にざまぁは難しい【連載版、始めました】
聖女なのに、『ざまぁ』されました――――。
幼い頃から女神教会で真面目に働き、なにが女神様に認められたのかは分かりませんが、聖女の力が顕現しました。それからはや十年。
新たに力が顕現したという聖女によって、私は偽物だと言われました。
聖女の力は様々で、私は側にいる人を徐々に元気にするという癒しの能力。
現段階で聖女は六名。それぞれが違う能力で、祈った相手の戦闘力を一時的に高める能力や、冷気を発する能力など、言ってしまえば『ちょっと便利』くらいのものが多いのです。
ところが、新たに顕現した聖女は、真実を見抜く能力でした。
歴代の聖女の中で、能力の有益さが飛び抜けていたこともあり、『真の聖女』とすぐに崇め奉られるようになりました。
「真実を見抜く『真の聖女』が言うのであれば、信じるしかあるまい。そのほうの今までの働きに免じて、王都追放とする。また、これよりのちに聖女の名を騙り何か騒動を起こした場合は、死刑とする」
「……承知しました」
国王陛下がそう決定を下したのであれば仕方ないかと思い、教会で荷物をまとめて旅に出る準備をしました。
ありがたいことに、女神教会では全てを自分でこなせるようにというか、花嫁修業のようなことも行われているので、ある程度のことは自分で出来ます。
教皇様が何かの間違いのはずだと言いますが、真実を見抜く聖女が言うことに表立って反論もできないようでした。
「オリビア」
「教皇様、長い間お世話になりました」
「せめて…………」
教会の入口で別れの挨拶をしていると、教皇様がこっそりと渡してくださったのはお金の入った革袋でした。たぶん慎ましく生きれば数年は持つであろう量。
もう一度感謝を述べて、歩き始めました。
ざまぁされ、追い出されたのは正直悲しいですが、実はワクワクもしているのです。
王都を出てさてどこに向かおうかと歩いていると、ふと騎士の方々が『荒廃の砂地』という場所があると言っていた事を思い出しました。
南に二日ほど歩き続けると、国の最南の村があり、その少し先は何処の国にも属していない砂漠地帯があるのだとか。そこには昔の小さな村の跡があり、綺麗な建物もかなり残っているのだとか。
盗賊などが拠点にしていないかと確認に行ったものの、そこはあまりにも人の住める環境ではなかったため、完全な無人だったそうです。そして近くにはいくつも村があることから、わざわざそこで暮らす意味もないのだろうとのことでした。
私の能力は人の側に居続けると発揮されてしまうので、荒廃の砂地が一番平穏に暮らせそうな気がしました。
乗合馬車を何度か乗り継ぎ、最南の村に到着しました。思っていたよりも大きな村だったので、そこで必要最低限のものを買い込むことにしました。
旅人に慣れているようで、野宿の可能性があるのならと、買うべきものを教えてもらえました。
荒廃の砂地を拠点に様々な村で順番に買い出しをしていれば、ちょこちょこ旅する人くらいの認識でいけそうです。
荒廃の砂地に着き、驚きました。
砂地の中に家が数軒あるのですが、どれも廃墟ではあるものの、普通に住める建物ばかりでした。百年も前からこの状態だと聞いていたのですが、こんなにも崩れないものなのでしょうか?
ただ、辺りには一切の植物が生えておらず、井戸は涸れて水気も感じられないので、長く暮らそうと思うと、厳しいのだろうと思いました。
廃墟の中から井戸に一番近い、少し狭めの家を選びました。
リビングダイニングがひとつになっていて、テーブルとイスがちゃんとあり、寝室にはベッドの木枠もありました。どの家具にもしっかりと保護布がしてあり、かなり砂っぽくはあるものの、掃除すればすぐに住めそうです。
家にはお風呂もあるものの、水がなければどうにもなりません。また、王都のトイレは水洗だったのですが、ここではそういうわけにもいかないのでしょう。持ち運べる桶のようなものが置かれていました。
ここは騎士様たちから聞いていた方法の出番ですね。
怪我を治療するために側にいたときに、騎士様とよくお喋りをしていました。まぁ、能力的に側にいるだけなので、お喋りするしかなかった、というのが大きな理由なのですが。
家から少し離れた場所に穴を掘り、そこを破棄場所と決めました。たぶん、荒廃する前はそういった専用の場所として使われていたような形跡もありましたので。
「ふぅ」
掃き掃除を終わらせ、多めに買っておいた飲み水を使って拭き掃除も済ませました。
ここから一時間ほど歩いた場所に別の村があるとのことなので、買い出しに行ってみようかと思います。
暫くは周囲の村を頼って飲み水を確保しなければいけませんが、数日で解決すると思います。
誰にも気づかれていなかったのですが、私の癒しの力は人以外にも効果があります。教会の裏にあった、あまり使われておらず濁っており、水位もかなり低かった井戸は、私が聖女の力を得た数日後には、透き通った水が溢れんばかりに溜まるようになっていました。
たぶん、あの涸れ井戸も復活するような気がするのです。
三日に一度、近くの村で食料や水、薪などを手に入れて、砂漠に戻るという生活を二週間ほど続けていました。
「あっ!」
朝起きて外に出ると、井戸の周りの砂地が少し土っぽく変化していたのです。もしやと井戸に桶を垂らしてみると、まだ少し濁りはありましたが、水が溜まっていました。
これならもう一週間程度で飲める水になるだろうと予測して、買い出しに出かけることにしました。
今回は、農作物の種なども一緒に買ったので流石に怪しまれるかと思ったのですが、特に気にされることもありませんでした。
なぜに? 結構不審な気がするんですけどね? まあいいですが。
「育て方でなんか困ったら、あそこの爺さんに聞くといいよ」
「ありがとうございます!」
なぜかこういった気遣いまでもしてもらえます。ここらへんの村の方々は優しい人たちばかりで、とても心が温かくなります。
一週間ほどして、井戸の水が完全に飲めるものへと変化していました。それと同時に、砂地の地面がかなり土の様になっており、うっすらと草も生えだしていました。
教会で雑草が生えるのが早すぎるとか、よく聞いていました。何となくそんな予感がしていましたが、やはりあれもこれも私のせいでしたね。ちょっと申し訳ないです。
水が常時手に入るようになったことで、湯船に浸かることが出来ました。
「ふぁぁぁぁ、気持ちいい」
両手両足を伸ばして、温かいお湯に浸かる。身体は濡れタオルで拭いていたし、髪もちゃんと洗っていたけれど、やっぱり湯船は格別でした。
水を運んでお湯を沸かすのは一苦労だけど、これからは毎日でも入りたいです。
徐々に土も安定してきたようなので、家の裏に畑のように畝を作り、種を植えてみました。
種を植えた二日後、周囲にある村の一つで食材を買い込んで荒廃の砂地に戻ると、井戸の手前で血まみれの人がうつ伏せに倒れていました。
琥珀色の髪と騎士服、とても嫌な予感がします。
とりあえず横向けにせねばと身体を動かすと、見覚えのある凛々しいお顔。
「えっ、セシリオ、さま? え……大丈夫ですか…………え……セシリオ様っ!」
「せ…………じょ……」
「っ! 死んではなりませんよ!」
騎士様の胸には、袈裟斬りされた深い傷があり、夥しい血が流れていました。素人が無理矢理に縫った跡も見受けられます。なぜ、こんなことに? 王都の医療技術はもっともっと進歩しているはずです。
本当は直ぐにでも室内に入れたい。ベッドに寝かせたい。だけど、いま動かしてしまえば、彼の命が消えそうなほどにギリギリの状態に見えました。
家の中に駆け込み、毛布と綺麗な布を引っ掴み、井戸へ急ぎます。
騎士様の身体の下に毛布を入れ込み、井戸の水で布を濡らして、傷口の周りを何度も拭いました。
痛みにうなされる騎士様の頭や頬をそっと撫でると、少しだけ柔らかな表情になりました。
――――効いてるわよね?
聖女の力は、触れていると少しだけ効果を増します。
こんなに酷い傷で放置された人を見ることは初めてで、どう対処していいものか悩みます。
何時間経ったのか、騎士様の息が少しずつ落ち着いて来たように思えました。
「騎士様、少し痛むと思います。ごめんなさい」
毛布にしっかりと騎士様を乗せ、頭側の毛布の両端を掴み、ズルズルと引っ張って騎士様を家の中まで運びました。
鍛えられた成人男性の身体は驚くほど重く、少しずつ少しずつ引っ張り、十分も掛かってしまいました。騎士様の傷が酷くなってしまったのではないかと思いましたが、騎士様は穏やかな寝息を立てていたのでホッとしました。
家の中に入ったとて、安心は出来ません。
血を流しすぎています。内臓にまでは達していないようなので、食事は取れるのだとは思いますが、意識がない内はどうしようもないといったところです。
流石にベッドに持ち上げることは出来ないので、予備の毛布を出して、騎士様に掛けました。
「床でごめんなさいね」
意識のない騎士様の頭を撫でながら、独り言ちていると、騎士様の口がわずかに動きました。
「どうしました!?」
「……ず………………み……ず」
「水ですね!」
騎士様の頭を少しだけ抱え、コップから飲んでもらおうとしましたが、口の横からダラダラと流れ出てしまいます。
「っ、失礼します――――」
「…………ん……んく……」
「ぷはっ」
自分の口に水を含み、騎士様の口を塞ぐようにして水を少しずつ流し込みました。騎士様の喉がコクリと僅かに動き、少しずつ嚥下していっているのが分かります。
ゆっくりゆっくりとそれを繰り返し、コップ一杯分の水を飲ませると、苦しそうだった騎士様がほうっとした柔らかな表情になり「あまい」と呟きました。
――――普通の水ですが?
もしかしたら、何かしらの癒しの効果が出たのかもしれませんね。自分でも自分の能力がいまいちわかっていませんので、なんとも言えませんが。
「もっと……」
「え……あ、はい」
意識を取り戻しているようなのに、口移しする必要があるのかわかりませんが、騎士様が飲みたいと言うので、再度口移しで水を飲ませました。
「っ……ぬあっ!?」
「んん……ふぁ……おふぁようございます…………」
身体のあちこちがギシギシします。床で寝るものではありませんね。
何やら喚いている騎士様を見ると、パックリと開き血が溢れていた胸の傷は、ほぼ塞がりかけていました。
寝そべったままで騎士様の胸に手を添え、傷口を指でそっとなぞりました。どうやら膿んでいる場所はなさそうです。
「っ! く……」
「あ、痛かったですね。すみません」
「いや、痛くはないが……その、格好は…………というか私は…………」
その格好と言われ、自分が肌着姿なことに気が付きました。
昨晩、気絶するように眠っていた騎士様が、ガタガタと震え出し「さむい」と何度も呟かれました。血を流し過ぎたのでしょう。温める目的もありましたが、素肌が近ければ近いほど癒しの効果は高いようなので、肌着姿で上半身裸の騎士様に抱きつくようにして眠っていました。
「あぁ、血はセシリオ様のものです。ご心配はいりません」
「いや、そこじゃない……肌を隠してくれ…………」
「あ。これは失礼いたしました」
治療の一環だと思って気にしていませんでしたが、他人の素肌が苦手な方は多いですからね。
見苦しいものを見せてすみませんと謝りつつ、とりあえず騎士様の傷口の乾いた血を拭うため、お湯と布巾を用意しに台所に向かいました。
後ろで騎士様が「そういうことじゃない」とか「夢じゃなかった……」とかボソボソと呟いています。話せるまでに元気になったようで良かったです。
騎士様の身体の血や汚れを拭いながら、何があってこんなことになっているのか聞きました。
どうやら真実を見抜く聖女が、かなり暴走しているようでした。
「あらまぁ」
「貴女が王都を去って数日で、教会の草木が枯れ始め、井戸は濁り出しました。そして、緩やかではあるものの、教会の建物が風化し始めています」
――――やっぱり。
「それら全てが、貴女の呪だと真実を見抜く聖女が言い、貴女を討伐するための隊が騎士たちで組まれかけたのですが、他の聖女や見習いたちによって阻まれました」
「え……討伐…………もしかして、セシリオ様の怪我はその時に!?」
「あ…………いえ。これは盗賊の集団に襲われて」
騎士様たちで編成された討伐隊、セシリオ様の怪我、もしかして、セシリオ様は私を討伐しに来たのかと、一瞬だけ疑ってしまいました。
ですが、セシリオ様いわく、真実を見抜く聖女に加担する騎士団に違和感を覚え、一人で私を探しに出たのだとか。
その道中で村を襲う盗賊の集団と出くわしてしまったそう。ほとんどの盗賊は倒したものの、この大きな怪我を負ってしまったのだとか。
村人に助けてもらいギリギリ一命を取り留めた時に、その村人から私のことを聞き、ここまで来たとのことでした。
普通は、そんな都合の良い話は疑うべきなのだと思います。真実を見抜く聖女の手先ではないか、と。
でも私にはそれが出来ませんでした。
琥珀色の髪の騎士――セシリオ様は、私の初恋の人なのです。
彼は、いつでも空色の瞳を真っ直ぐに向けてきます。怪我の治療後にはいつも「ありがとう、貴女が側にいてくれるだけで、心が安らぐ」なんて真顔で言ってくださっていました。
私の力は、何となく怪我の治りが早いかも? くらいにしか認識されていませんでした。治療院で、ただのんびりと過ごしているほぼ無能な聖女だと、大半の人には思われていたんだと思います。私もそれを望んではいました。
だからこそ、セシリオ様の言葉は私を勇気付けてくれていたのです。能力の有無に関わらず治療院にいていいのだと。僅かでも人の役に立てているのだと。
「村人さんは私のことを何と仰っていたのですか?」
「…………最近、王都を追い出された聖女様が荒廃の砂地に住んでいると」
――――え?
よくよく聞いてみれば、末端の村にも私の似顔絵と追放の知らせが届いており、殆どの人に知られていたそうです。
ただ、村の人たちの中に王都の治療院を訪れたことがある人はわりといたらしく、私は間違いなく本物の聖女だというのが皆の認識だったとか。
何より、買い込むものが怪しすぎて、明らかに旅人ではなかったと。
「っ……恥ずかしい…………」
完全に生暖かい目で見守られていたようです。
「最近は野菜の種を買って、にこにこしていたと聞きましたよ」
「っ! なんで大怪我してるのに、そんな事をちゃっかり聞いてるんですか!」
「貴女のことなら、何でも知りたいからだ」
――――へっ!?
セシリオ様がこちらをジッと見つめてきました。空色の瞳があまりにも鋭くて、後退りしたかったのですが、パシリと手首を掴まれてしまいました。
「遠征に出て戻ったら、貴女が追放されていた。大切な人を庇えなかった。護れなかった。気持ちを伝えたかったのに、出来なかった」
「っ……」
「聖女……いや、オリビア。好きです」
真っ直ぐに見つめられて、好きだと言われて、嬉しくないはずがありません。でも、それを能天気に受け取っていいのかわかりません。だって、私は追放されたただの人間です。聖女と名乗ることも力を使うことも、本来なら許されないのですから。
国王陛下に、『死刑』だと言われていますから。
「っ! 汚名を雪――――」
「嫌ですよ」
「え……」
名乗ることは許されていませんが、私はいまでも聖女としての矜持があります。
聖女が争ってどうするのですか。
人々を巻き込んでどうするのですか。
無駄な血を流させてどうするのですか。
聖女は人々の生活の安寧を支える存在なのです。脅かす存在になどなりたくはありません。
「貴女が悪だとされてもですか?」
「私がいなくなって困るほどの医療体制ではないはずです」
教会の建物や井戸に関しては、ちょっとごめんなさいな気分ですが。
「私が消えて、誰かが治療が間に合わずに亡くなられましたか?」
「それは……いいえ」
「でしょう? 私は少しだけ手助けする程度の存在のはずです」
だからこそ、王都を去りました。
真実を見抜く聖女の考えはわかりません。最近入って来られたばかりだったこともあり、あまり顔を合わせたことがありませんでしたので。
「もう、戻らない?」
「はい」
「……それなら、私も戻りません」
「は?」
「ここにいる」
「え?」
「貴女とここで暮らす」
「はい?」
セシリオ様が話している言葉が、分かるけれど分からない。何とも不思議な気分です。
「復讐も報復もしないのですよね?」
「はい。聖女にざまぁは難しいかと」
自分で言っておきながら、ダブルミーニングだなと思いました。
でも、それで正しいのです。
他人を貶めてまで自分を元の位置に戻したいとは思えませんし、相手は確かに聖女なので復讐も報復も難しいでしょう。
「聖女にざまぁは難しい……か。ますます貴女が好きになった」
「はぃぃぃ?」
セシリオ様がにこりと深く笑った。
「私も聖女にざまぁは難しいと思いましたので、私は私の聖女の側にいることにします」
「いえ、意味が分からないのですが――――」
気づけば、セシリオ様を助けて一ヵ月。
怪我が全快した彼は、楽しそうに家の裏の畑を耕しています。
当たり前に私の家に住み着いています。
「そろそろ、ナスが収穫できそうですよ」
「ナスですか。何を作りましょうね?」
「グラタンがいいです」
「はいはい」
聖女にざまぁは難しいので、どうやらもうしばらくこの状態が続くようです。
まぁ、なんだかんだ楽しいし、穏やかに幸せに暮らせているのでいいんですけどね。
―― fin ……
「っ、あの女の能力が覚醒して真の聖女として君臨する未来が見えたから追放したのに、なんで見えた未来より幸せそうなのよっ! むかつくぅぅぅっ!」
読んでいただき、ありがとうございました!
こちらのタイトルはクサバノカゲ様(https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/549692/)からいただき、妄想が捗った笛路がわひょひょひょひょと書きまくったものになります。
クサバノカゲ様、素敵なタイトルをありがとうございました!
ブクマや評価などしていただけますと、創作のモチベーションに繋がりますです。そして笛路が喜び小躍りしますですヽ(=´▽`=)ノわひょぉ♪