表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

8.好きな人

 碧さんは吹っ切れたのか、帰宅するとまた仕事の話をしてくれるようになった。


「最近アフレコ慣れてきたからか、演技がパターン化してた気がする。もっと役のことを考えて理解して、セリフに書いてあるもっと奥のことを理解してやらないと」

 

 前よりも真摯で、前よりも生き生きとしている気がする。

 どんなに少ないセリフでも、台本を読んで考えている時間が増えた。


 声優としての碧さんの黎明期。傍で応援することができて嬉しい。このまま帰れなくてもいいような、そんな気の迷いを起こしてしまいそうになる。


 今日の碧さんは、いつも以上に長いこと台本を読みふけっていた。

 深夜をまわっても、布団に潜って三色ボールペン片手にずっと台本を見ている。


「あ、ごめん。電気消していいよ」


 寝ようとした俺に気づき、ケータイのライトをつけようとしている。目が悪くなりそうだ。


「いいですよ、まだ電気つけときます。でも寝なくていいんですか?」

「うん、もうちょっとだけ。今回の役、気持ち作るの大変でさ」


 碧さんが台本を置いて起き上がった。俺も並べた寝袋の上に座り込む。


「どんな話なんです?」

「パニック映画。俺は人類滅亡の危機の中で、恋人をどうにか助けようとする役なんだけど」


 ふと俺を見つめて、からかうように笑う。


「言っとくけど、恋人って男じゃないよ。普通に女の子」

「わかってますよ。でもそんなに悩んでるってことは、重要な役なんですね」

「映画全体からすると、出番は多くないけどね。けど、愛を囁いたりするのとか意外と初めてなんだ。BLだと俺って受けじゃない? だから恋愛に対しても受け身で、好きだとか愛してるとか言われる側だったから。どう言ったらいいのかわかんなくて」


 碧さんがそっと目を伏せた。


「俺、人のこと……そういう意味で好きになったことなくてさ。女にも男にも恋愛的に興味ないっていうか。だから恋をしたり、大切な人がいる役の気持ちがよくわからなくて。恋愛するのも役者には必要だって聞くけど、そのためだけに恋愛するのも違うというか。ってか、無理に誰かを好きになれるわけないし」


 一呼吸置いて、碧さんがゆっくり、でもはっきり呟く。


「でも最近、わかってきた気がする」


 胸の奥が小さく疼いた。


 13年後も碧さんは独身だ。だからといって、こんな素敵な人にずっと彼女がいないわけがない。

 学生の頃とは比べ物にならない、魅力的な女性とたくさん出会える仕事をしているんだ。恋心が芽生えないわけがないだろう。


「誰か好きな人、できたんですか?」


 聞きたくない。けど、聞かずにもいられない。

 碧さんは膝に頬杖をつくと、ふふんと口角を上げてみせた。


「誰だと思う?」

「ぼ、僕の知ってる人なんですか?」

「さあ、どうだろうね」


 この時点で碧さんと共演してる女性声優って誰だ?

 俺はガチ恋じゃないという理性は吹っ飛び、いろんな名前がグルグルと頭を駆け巡る。


「やっぱり今日はそろそろ寝ようかな。電気消すよ~」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 電気と共に俺の問いかけもシャットアウトされてしまう。

 碧さんの寝息が聞こえてきても、なかなか寝付けなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ