14.ブルームーン
2024年8月20日。
不思議なタイムトラベルをしてから、1年が経った。
今日は『魔法少女☆スノードロップ ~青い月のメモリーズ~』第1話先行上映会に来ている。
無印は2010年10月から2年間放送され終了から12年経ったが、声優陣は全員続投。当然、君島さんもだ。
あの日以来、君島さん出演のイベントはどうしてもチケットが取れず惨敗していた。
今日のイベントも上映前にキャストトークショーががあるということで、倍率は恐ろしい程だった。俺は奇跡的に先行抽選に当選し、観覧の権利を得た。
後から知ったことだが、今日の満月はブルームーンらしい。
このチケットが取れたのも、またブルームーンが起こしてくれた奇跡なのかもしれない。……と、勝手に思っておこう。
会場には俺と同年代かそれ以上の男女で埋め尽くされている。
男性は圧倒的にスノードロップであるまひろのグッズを、女性はブルームーンのグッズを身に付けている。
座席は最後列ひとつ前。とんでもなく広い会場ではないが、それでもステージは遠い。
とはいえ、チケットが取れただけ運が良いんだ。贅沢は言ってられない。
スノードロップは当時無名の新人や若手が多くキャスティングされていたが、今や豪華キャスト。その中でも特に出世頭として名前が挙がるのが君島さんだ。
wikiを見ればスノードロップ出演前後でその差がわかる。スノードロップ後はメインキャラを表す太字の役名ばかりだ。
12年分の熱量が充満する中、いよいよキャストトークショーが始まる。
司会の女子アナウンサーは俺と同年代で、小学生時代にスノードロップに熱中していたという。
「それでは、キャストの皆さんにご登壇いただきましょう! 拍手でお迎えください!」
下手から現れる声優さんたちに、大きな拍手と歓声が飛ぶ。最後に君島さんの姿が見えると、一際拍手が大きくなった気がする。
君島さんは昔より短く切り揃えた黒髪で、スーツを着用している。
黒いスーツにブルーのポケットチーフが覗き、中にはブルーのシャツ。もちろんブルームーンをイメージしてくれているのだろう。
34歳になった君島さんは落ち着いた大人の雰囲気だが、それでも13歳も年上だなんて思えない。良い意味で昔と変わっていない、周りとは違う独自の時間を生きているようだ。
「ブルームーン役の君島碧です。本日はよろしくお願い致します」
短く自己紹介を済ませ、一礼した君島さんが椅子へ腰かける。
その地声は昔よりも低く、でもトークが進むにつれ時折子供のように透き通る声で笑う。一緒に過ごしたあの日々に聴いた声と何も変わらない。
「今回のサブタイトルはなんといっても『青い月のメモリーズ』ですからね。君島さん、これはやはりブルームーンの活躍を期待してもよろしいのでしょうか?」
「どうでしょうね~?」
ニヤッと笑う碧さんに、共演者からツッコミが入る。
のらりくらりと質問をかわす碧さんは掴みどころがなく、それこそブルームーンのキャラクター通りだ。
話題は当時の思い出話に変わり、オーディションや収録の裏話が語られていく。
ブルームーンのオーディションを受け、他の役にまわされた声優さんは男女共に多かったらしい。この辺りの話は過去のファンブック等でもよく語られていた。
「そこを見事射止めたのが、君島さんということですね!」
「僕、最初はブルームーン受けるつもりなかったんですよ」
碧さんの発言に、会場が少しザワつく。
今まで、インタビューでも碧さんがオーディションについて語ることはほとんどなかった。ここにきて初出しのエピソードだ。
でも、俺は知ってる。
「今でこそこういう役も多いんですけど、当時は全然やったことなくて。イメージ違うから絶対無理だと思ったんですけど、当時一緒に暮らしてた人が……あ、男友達ですよ。絶対に受けた方がいいって。それで説得されて受けたんです」
「素晴らしい慧眼のお友達ですね! では、オンエアも一緒に見ていたんですか?」
「いや、オーディション受かった日に彼が実家に帰ることになって。それ以来、音信不通なんですよ。どこかで見ていてくれたらいいんですけどね」
君島さんが遠い目をして微笑んだ。
胸が詰まって、服を握りしめた。
見てましたよ、君島さん。ずっと、遠い場所から。
上映開始の時間が迫り、一人ずつ挨拶が始まる。
最後にマイクがまわった碧さんが、静かに立ち上がった。
「僕にとってブルームーンは今でも、恐らく生涯大切な役になると思います。あれから日本にいろいろなことが起きて、自分がやってることに何か意味があるだろうかとか、そうやって悩むこともたくさんありました。でも僕の背中を押してくれた彼が、僕の声には力があると。僕の声に支えられてる子が必ずいると言ってくれました。その言葉を思い出して、僕は今もこうしてまたブルームーンを演じることができています」
君島さんが顎を上げ、少し上を見つめた。
「今夜の月はブルームーンです。ずっと応援してくれた皆様、どうぞこれからもスノードロップを、ブルームーンを愛していてください」
拍手が鳴りやまないなか、俺だけは手を止めてしまった。
溢れる涙を拭うのに精一杯だったから。