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姉妹百合にはさまる女は罪!  作者: 河藤 十無
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第89話・公園会談(何回目?)

 幾多の出来事と共にあたしを悩ませてきた自宅最寄りの人気の無い公園……ここで今、あたしの物語はクライマックスを迎えるのだった。


 「ほれ、ここに座れって。気分良くなったら帰るぞ。歩いていけそうか?」


 ……なんてこともなさそうだった。ハルさん空気読め。


 「……いや空気読むのはおめーの方だろ。チアキのやつマジに顔色わりーし、大体病気だったの忘れてねーか?」

 「あ……そうだった。ごめんちーちゃん」

 「ん、いーよ。ありがとね、カナっぺ、ハルっち」


 いまだに若干辛そうだったけど、途中でハルさんが買った冷たい水のペットボトルを頬に当てて、なんだかほんにゃり微笑むちーちゃんは、やっぱり実年齢よりは少し幼げな可愛い女の子なのだった。


 「ふう……」


 いつものベンチでちーちゃんは横になり、あたしは少し離れたところでちーちゃんの鞄のお守り。

 ハルさんはちーちゃんの頭側の地面に腰掛けて、時折その様子をうかがっていたりする。どーでもいいけど制服のスカートよごれるぞ、と言っても多分気にしなさそうなのがハルさんでもある。


 「……こないだそこで野良猫がおしっこしてたぞハルさん」

 「ぬぁにぃっ?!………おいこらバカカナ!早く言えそういうことは座る前に!!」


 前言撤回。普通に気にするみたいだ。

 ちなみに野良猫云々は嘘だ。猫は決まった場所でおしっこするので、もしそこが猫のトイレだったらもっとクサくなっているはずである。


 「まあ臭ってないなら大丈夫っしょ。で、ちーちゃんそろそろ復活しそうか?」

 「んー……まあ、具合が悪いわけじゃないからいつでも大丈夫だけど」

 「そか」


 うげぇ、とか、ちくしょー、とかぶつぶつ言いながらハンカチを濡らしてきてスカートのおしりんとこを拭いてるハルさんは涙目になっているようだ。うーん、後で真実を教えておいた方がよさそうだな。ボコられそうだけど。


 「んでまあ、ちーちゃんの顔色悪いまま家に帰したらおばあちゃんが心配しそうだから誤解をといておくけどさ。別にあたしと卯実たちは仲違いとかけんかとかしてないから安心おし」

 「ほんと?」

 「うん。微妙な空気になったのは事実だけどさ、別にけんかとかじゃなくてまーた莉羽が妙なこと言い出したせいでさー……」

 「妙なコト、というと……結婚しよう、とか言われたり?」

 「…………」

 「…………」


 ダブルで絶句した。

 二度目の濡れハンカチを絞ってたハルさんは、ぽたぽたと垂れ堕ちる雫をローファーに直撃させていた。これまた後で涙目になるやつだ。


 「え。もしかして当たり?」

 「いや、当たりというか示しあわせていたとしか思えないんだけど……もしかしてちーちゃん、そーいうこと莉羽に言ったりした?」

 「まさかあ。莉羽ちゃんが言いそうなことをテキトーに言ってみただけだよ」


 言いそう……か?いやまあ、莉羽が割とぶっ飛んだ性格なのは流石に把握してるけど、そーいう冗談で済まなそうなことを気軽に言う程じゃないと思うんだが。


 「ちなみに卯実ちゃんが言って佳那妥が固まりそうなコトっていうと……」

 「いやいわんでいいから。そんな怖い台詞二つも三つも聞かされてたまりますかい。つーかまたハルさんフリーズしてっからまず起こすところから始めよか」

 「らじゃー」


 もしかしてハルさんて「結婚」て単語がウィークポイントなのかしら。まあ雪之丞絡みであれば、ありえん話ではない。ハルさんはまだ雪之丞と恋人としてラブラブファイアーな独身生活を謳歌したいのに雪の字のトコのじーさまが卒業と同時の結婚を二人に迫ってるとかな。




 「んなわけあるかっ!」


 なかったらしい。我ながらありそうな話だと思ったんだが。

 ともあれ、「落ち着いたか?ハルさん」「だいじょぶ?ハルにゃん」「あーしが『にゃん』てガラかよ……」とゆー、当初この公園にちーちゃんを連れ込んだ時を思うととても考えられない展開を経て、ようやくハルさんの再起動に成功した。日に二度も再起動の手間を掛けさせるとは、ハルさんも存外打たれ弱いところがある……という慨嘆からの流れで、結婚という単語に何か弱みでも握られているのか?という話をしたら、斯くの如しの反応だった、というわけだ。


 「高校生の身で現実感のねー単語を友人の口から聞けば誰だってそうなるだろうがよ……」

 「それくらいでいちいち固まってたんでは迂闊に冗談の一つも言えないじゃんか、ハルさんよ」

 「アレが冗談に聞こえたのかあ?」


 どういう意味だ、と首を傾げたあたしの手から水のペットボトルを奪ってキャップを開けると、ひと息で空にしてしまうハルさんだった。

 ちーちゃんの頬を冷ました後のペットボトルだからいい加減温くなっているだろうに、ぐびぐびと飲み干す様はよっぽど喉が渇いていたんだろうなあ、とあたしに生暖かい視線の一つでも注がせる仕草だったと言えよう。


 「そうじゃなくて、要らんことを口走ってしまわねーように水で口を塞いだだけだよ」

 「それ既に余計なコト口走ってるよね、ハルっち」


 選りにも選ってちーちゃんに指摘されるハルさんだった。


 「……まあいーよ。こればっかりはカナっぺに自分で気付いてもらわないといけないし」

 「また思わせぶりなことを言うな、チアキ。言っておくけどこののんき者がおめーの考えてるようなこと自分で気がつくと思うか?」

 「おいおい失礼なこと言うじゃないか親友よ。あたしはこれでも……」

 「気付くのか?」

 「………前向きに検討します」


 だめじゃん、というのはハルさんでなくて呆れ顔のちーちゃんの口からだった。


 「いや言うてもちーちゃんよ。そもそもちーちゃんがここんとこ起こってるあれやこれやの元凶やないかい。思わせぶりも大概にしてヒントの一つくらいくれてもバチは当たらないとおもうんだが」

 「そーいう開き直ったことを言う佳那妥はあんまり好きじゃない」


 カナっぺ、でなくて佳那妥、と来たか。てことは、幼馴染みのイジメ被害者に言うんでなくて、マジメに言ってんだろな。イジメとマジメて韻を踏んでないか?


 「でもまあ、佳那妥を悩ますのがボクの本意でもないんだし。ほんの少しでも先に進んでほしいから……ちょっと体を張ることにするよ」


 カナっぺ、とまたも呼び方を変えてこっちに手招きする。手の甲を上にして小さく手を振るかわいーヤツじゃなく、手の平を上にして指四本でクイクイとする、洋画でよく見る方だった。あんまりちーちゃんぽくはないが、言うことを聞いて近付く。そういやちーちゃんの鞄持ったまんまだったな。ついでに押しつけとこ……。


 「ん」

 「ん?」


 最後の一歩はむしろちーちゃんの方から近付いて、そんで手の塞がっていたあたしに抵抗を許さず、ちーちゃんは両手であたしの頬を両側からはさむと、またかわいい唇を押しつけてきた。言うまでもなく、あたしの唇に、である。ていうかハルさん見てるんだけど、いいんかい?


 「ん。ハルっちまた止まっちゃったから、後で起こしておいてね」


 ただそれもほんの一瞬のことで、すぐに顔を離したちーちゃんは、ついでのようにあたしの手から自分の鞄を引っ剥がすと、早くも帰り支度のようにそれを肩から下げる。

 あたしは一瞬ぼけーっとなったけど、いや待て待てこのまま帰したら今までの繰り返しにしかならないじゃん、と踵を返したちーちゃんのしっぽを捕まえた。後ろ頭の。


 「あいた」


 幸いにしてそこまで大した勢いで歩き出したわけじゃなかったから、咄嗟に手が出てしまったにしてはちーちゃんの首もカックンしたりしなかった。振り返った時に「うー」って唸りながら睨まれたから無傷じゃないだろうけど。


 「何するんだよぅ、カナっぺ」

 「いやなんか掴むのにちょうどよさそうだったから?」

 「今になって子どもの頃の仕返し?言い返せる立場じゃないのは分かってるけど、どうせならもう少しかわいいお仕置きにしてよ……はい」

 「だから目を瞑って上を向くな。大体ちーちゃんあたしと大して背丈変わらないじゃん。その角度ならハルさん連れて来てそっちに任せるぞ」

 「ボクは別にどっちでもいいけど」


 いいんかい。てか、雪之丞が気の毒だからそれはやめとく。


 「で、ボクの後ろ髪引いて何がしたいのさ。もちろんボクはいつもカナっぺに後ろ髪引かれてるけど」

 「十人に聞いたら九人くらいは言いそうなネタはさておいて」


 あたしの返しには不満げだった。


 「あからさまーに誤魔化してこの場を去ろうとしてるのは分かってんだよ、ちーちゃんや。あのさ」


 そんなに高さの違わない幼馴染みの目には、割と真剣な光が宿ってはいたように思う。

 むしろそんな様子に気圧されてしまってか、あたしの方でなんだか言いたいことも言えなくなってしまったような、そんな空気の中。


 「ごまかすつもりなんかないよ。ただ、カナっぺにはボクのことを好きになってもらいたいだけ」

 「……のべつ幕無くくっついてりゃあ好きになるとか、そんな単純なものなじゃないと思うんだけど」

 「ねえ、佳那妥」


 なんだよぅ、と腰が引けつつ返事する。

 実際ちーちゃんのこの迫力はなんなんだ。


 「ボクはボクのやってしまったことを取り返すために、今ここにいる。それはそれとして、佳那妥のことは好きだよ?そのためにすることが一つしかないから、ボクはこうしているんだ」

 「だからいい加減、その煙に巻くよーな物言いはやめなさい、っての。最初っから呪いだ実は好きじゃないだのと、そろそろ嫌がらせの域に達してないかや?もしかしてちーちゃん、仲直りとかじゃなくてまーた暇つぶしにあたしのことからかいに来たのか?もしそうなら………」

 「…………」


 ……マズった。流石にこれは言い過ぎた。ちーちゃん本っ気で……その、なんだ。怒りだしそう、っていうのも違うし、かといって泣き出しそう、っていうのも微妙にずれてるというか……。


 「あ、あのなちーちゃん……あたしゃ別にあでっ?!」

 「流石に言い過ぎだ、アホ」


 なにすんだ、と自発的に再起動を完了してたハルさんに振り向く。チョップの形の左手が、あたしの目の前にあった。


 「別にチアキに恨み言の一つや二つ言うくらいはかまわねーけどよ、立場を笠に着て追い込むとかおめーらしくねえよ」

 「あたしらしいとか、どういうのがあたしらしいんだ」

 「そんなもん、チアキに言い寄られたらあたふたしてそれ見てあーしがケタケタ笑ってる、ってのがいつもの光景ってもんだろが」

 「不名誉極まるわ。あたしにだって人権くらいあるっつーの。形を変えたイジメじゃん、それ」

 「純粋な好意を示されただけだろ。少なくとも今のチアキの言動でからかわれてるとか感じるのは流石に僻みってもんじゃん。それくらい分からないでもねーおめーだろうが」

 「そりゃあ……」


 ……分かるんか?子どもの頃、ちーちゃんがあたしをからかってたのを、その意味が分かんなくて混乱してたあたしが、他人の好意とか悪意とかそんなもん判別つくんか?子どものちーちゃんの行状が実は好意からでしたー、なんて本人の口から聞いただけだしな。実際そこんとこどうなのかちーちゃんに確認する必要が、って……。


 「……逃げた」

 「だな」


 あたしとハルさんが微妙な?言い争いをしてる間にちーちゃんは姿を消し、いつの間にか公園の入口のとこに立っていた。


 「あははー、なんか難しい話になってきたからボクは退散するねー!またね二人ともー!」


 そんで、こっちがそれに気付いたと見るや、右手をぶんぶん振ってから、去って行った。

 病気の療養中、にしてはそこそこ元気そうなのは良いことだけど、結局今回も答えが見つからないし。

 あたしは一体いつまでこんな、宙ぶらりんな心持ちのまま過ごせばええんだろーか。

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