第88話・法は大体において敵になりがちでして
「大丈夫?佳那妥」
えほえほとむせながら飛び散った元プチトマトの残骸をティッシュで回収してると、一応莉羽も心配してくれたのか、背中をさすってはくれたんだけども。
「あ、あのぅ……それはどういった意図からの冗談だったのか、具体的なプレゼンを求めても……いすか?」
「ぷれぜん?」
一通り後始末も済んで釈明っちゅーかこちらに混乱をもたらした発言の意図の説明っちゅーか、要するにいつぞや卯実の言ってた、突拍子もない発言をする人ランキングであたしをぶち抜いたとかいうことを痛感するハメになってるというか。
要するに。
「いきなり結婚とか何不思議ちゃんみたいなこと言ってくれてんですかハルさん情報処理おっつかなくてフリーズしてるじゃないですかっ!」
「かなたー、敬語敬語」
「ととっとと……」
卯実に指摘されて他人行儀モードに切り替わっていたのを修正。ていうか卯実は卯実で、莉羽がぶっ飛んだこと言ってるのにナニ冷静になってんの。
「だってその辺はもう私と莉羽の間ではコンセンサス取れてるもの」
「こんせんさす?」
ミニサイズペットボトルの紅茶を両手で持って口元で傾けつつ、卯実もなんか聞き捨てならないことを言う。
同意て、なんのこっちゃ。
ジト目でお澄まし顔の卯実を睨み付けても我関せず、的にしれっとしてる。これはもう、何言っても答えるつもりなさそーだな。
となれば莉羽の方を問い詰め……。
「ごめーん、ちょっと呼ばれたから先行くねーーー!」
ようとしたら、とっとと逃げていた。しかも呼ばれた、て。自分で言うのもなんだけど、あたしと卯実といるのにそれを捨て置いて呼ばれてそっちに行く相手なんかおらんでしょ。
まあその後は、再起動が完了したハルさんと一緒に残ってた弁当を黙って平らげて終わった。特段会話らしきものはなかったけれど、探り合いみたいな空気になっていたことだけは確かだ。
にしても、結婚とかなあ……。
・・・・・
「同性婚はまだしも重婚だけはどんな法律が出来てもねーだろ」
「んだな」
結局お昼休みの後は卯実たちとはまともな会話が成立しなかった。あからさまに避けられてた……って程ではないにしても、お昼の時の話についてはあんまり触れたがらないようではあったから、あたしの方もそれ以上は追求せず、たまったま帰りに用事がなかったハルさんと一緒に下校する途中、話に出してみただけである。
「となると……あたしは卯実と莉羽と、どっちと結婚すればいいのだろう?」
「おめー頭の悪さに磨きがかかってねーか?受験勉強なんて慣れない真似してっからか?」
「そこまで言わなくてもいいじゃんよう」
ぶーぶー喚いたら頭を上から押さえつけられ、その上髪をぐちゃぐちゃにされた。何すんだ。
「まあまあ。カナもなかなかに可愛いことを言うようになったもんだ、と思ってな」
「可愛いか?」
「可愛いだろ」
「そーかー」
乱れまくった髪を直しつつ、下校路をハルさんの一歩前に出る。まったく、くしゃくしゃになったじゃないか。最近は毎朝そこそこ時間かけてセットしてるというのにハルさんめー。
「……ははっ、照れてんのな、カナ」
「照れてない」
「だったら顔見せてみ?」
「照れてないからそんな必要はない」
「そーかそーか。じゃあその真っ赤になってる耳でも堪能させてもらおーか」
「照れてないと言うてるだろーが」
強弁はしたけど、不意打ち的に「可愛い」とか言われたノデ、しかもあたしを精神的にボテくりこかすことでは定評のあるハルさんから、となると余計にそのー。
「ん?カナっぺかわいー顔してどしたの?」
「だからなんでちーちゃんがここにいるの」
「なんで、って。そりゃあ三号としては愛しいご主人さまの愛情を少しでも向けてほしいもの。時間の許す限り側にいようとするいじましい努力を認めてくれないかなあ」
「そーいうことを自分で言うのはあざとすぎないかい?」
「おめーもツッコむのはそこじゃなくて三号云々の方じゃねーのか」
一言であたしとちーちゃんどっちにもツッコめるハルさんのツッコミ芸人っぷりが半端ない。
「そんなもんになった覚えはねー。というか、チアキもなんでこんなとこに顔出してる。おめーの学校もテスト休みか?」
「んー、ボクは早退して病院行ってきたトコ」
「何だかんだ言っておめーも大変だな……」
まあそこはマジメに、心配そうに言うハルさんだった。
「でも二人に会えたからね。今日は一号先輩と二号先輩は一緒じゃないの?」
心配された方は心配する気が失せるよーなことを言ってるけど。
「品槻たちなら今日は別行動だな。おい、チアキ。カナを籠絡すんなら今のウチだぞ。なんせ品槻たちとはちょーっと微妙な空気ンなってるらしいし」
「おいハルさん」
ムチャクチャ言うなー、と思って流石に止めたんだけど。
「えっ……う、うそ……」
なんでか知らんけども、ちーちゃんの反応は想定外だった。
「え……あ、あのカナっぺ……?ぼ、ボクそんなつもりじゃ……あの……」
想定外、どころかこれまで見たことも無いような顔になっていた。
なんていうか急速冷却されて真っ青になってるちうか。
子ども時代含めてもちーちゃんのこんな顔見たことない、って子ども時代はあたしをいぢめてニッコニコしてたからこんな顔するわけないんだが。
「いや待てちーちゃん。一体どうした」
挙げ句、がくがく震えて押されるように二歩ほど後ずさりする段になって、流石にこれは冗談とも思えなかったので腕を掴んで落ち着けと言ったのだけど、それで震えが止まるようなこともなくって、唇まで振るわせながら辛うじて、って態でこんなことを言った。
「だ、だってボクが……カナっぺのしあわせ邪魔しに来たワケじゃなくって……」
「いやだからワケが分からん。一応言っておくけど、卯実たちと微妙とか言うのはハルさんの寝言だぞ?」
「寝言て。せめて悪い冗談とか言え」
「そうそう、悪い冗談。別に卯実とも莉羽とも仲違いしたわけじゃないって」
「……ホント?」
ほんとほんと、とハルさんと並んで首を縦にカクカク振る。こくこく、というよりはカクカク。そんだけちーちゃんの顔色が悪かったからってことになる。
この辺の学校で今日生徒が早く放校されてんのはウチくらいのもんだから、周りにいるのは無関係な大人ばっかりなんだが、そんな無関係の大人のうち通りすがりの知らないおばちゃんが「あんた、大丈夫かい?」と心配して声をかけてくるくらいには、ちーちゃんの様子はアレだったことになる。
「とにかくちょっと落ち着けって。カナ、この辺に座れるとこあるか?」
「座れるとこ、言うたらあたし的には不穏なイベントが発生しまくってる近所の公園しかないが」
どうせあたしン家が近いんだから、そっちに連れてった方がいいんじゃないか、という主張を込めてそのようにあげつらったところ、いい感じに無視されて「よしそこに行くぞ」ということになった。
えー……、ってあたしの声を無視したハルさんは、ちーちゃんの肩を支えるようにして、ほれ早く案内しろ、とせっついてくる。
まあこういう状況で逆らってもあたしが悪者になるだけだし仕方ないけど、どうせまた不穏なイベントが発生するんだろーなあ、と思いつつ、二人を先導する他無いのである。




