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姉妹百合にはさまる女は罪!  作者: 河藤 十無
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第79話・そこに答えはあったり無かったり

 「イベントが足りない」


 また莉羽がおかしなことを言い出した。

 時は六月に入ってすぐ。具体的には中間考査の真っ只中。世の中には前後期制だとかで定期考査が一回少ない夢のような学校もあるらしいが、我が校は古式ゆかしき三学期制。故に年間五回のユーウツな……いや今年は受験生だから五回目は無いんだっけ。その代わり特大級にアレなアレが間違い無く複数回あるのは間違い無くて、いやそれとは別に少なくとも四回はある定期考査の、要するに一回目に向けて鋭意努力中だというのに全くもう。


 「……また莉羽がおかしなことを言い出したわ。佳那妥、なんとかしてくれない?」

 「なんとかって、どうやって?チューして黙らす?」

 「あ、それがいいわね。はいどうぞ」


 って、冗談のつもりで言ったら莉羽が顔と唇を突き出してきた。いつもならとてもそそられる表情と仕草だけれど。


 「いくらなんでもご両親のいるお家でそんなこと出来ますかい。折角三人で勉強してるんだから、莉羽ももう少し有意義に時間過ごすこと考えたらどう?」

 「何よー。わたしといちゃいちゃするのが有意義じゃないっていうの?」

 「優先順位考えなさいって言ってるの。進級出来なくなったらどーするの。主にあたしが」

 「別に進級の心配するような成績じゃないでしょ、佳那妥も」


 まあそうなんだけど。

 総合得点で見れば問題なくても、特定教科に偏りがあって若干進級に不安が無いわけでもなかったあたしだけれど、卯実と莉羽の指導のお陰でそれはかなり是正されていて、まあ受験が万全とは言い難いとしても高校を卒業するのに不安はないくらいの成績は維持出来ている。ありがたやありがたや。


 「だったらそろそろ報酬の支払いを考えてもいい時期だと思うの」

 「時期的には適切で報酬の支払いにもやぶさかじゃないけど、今がその適切なタイミングかどーかは考えた方がいいってば」

 「佳那妥もタンパクになったものね……」


 なんでそこで卯実がツッコむの。

 あたしは不満たっぷりに鼻を鳴らして、格闘中の数学の問題集に顔を戻す。数学は得意な方とはいえ、国立を目指す身としては文系科目で落とす可能性の高い点を取り戻すためにもこっちで稼いでおく必要はあるのだ。油断するわけにはいかな……むぎゅ。


 「んー」

 「……なにすんの、莉羽」


 かまえー、かまえー、っていうアピールを無視してたら、右斜めにいた莉羽が隣にやってきて無理矢理顔を自分に向けさせると、これまた無理矢理……でもなく途中から迎えにいった感はあるけど、とにかくチューしてきた。


 「だぁって、休憩くらいは必要でしょ?はい、おねえちゃんも」

 「はいはい。じゃあ佳那妥失礼するわね」


 あーもう、しょうがないなあ。

 反対側で待ち構えていた卯実には、諦めて自分からしていった。莉羽が面白くなさそーだったけど、今度はあたしを挟んで卯実が莉羽にしにいってたからこれでいいのだ。いいのか?


 「休憩にしましょうか。莉羽、お茶もらってきて」

 「はぁい」


 勉強机に見立てたコタツの卓が鎮座する部屋から莉羽が出て行く。扉を開けたとこで振り返り、「わたしがいない間にしないでよ?」って言い放ったので、「休憩するってのに勉強なんかしないよぉ」とカマトトぶったらジト目で睨まれた。分かってるってば。


 「……ふう」


 なんだか気が抜けたため息がもれる。耳敏く、でもなくあたしの様子をしっかり見守っていた卯実(だから余計に気疲れもしたんだけど)が、こちらも気が緩んだ風に苦笑しながら訊ねてきた。


 「疲れた?勉強の方か、莉羽の相手の方かは別として」

 「莉羽の相手して疲れるなんてことはないよぉ。勉強だって自分のためにやってるんだし。ただまあ、最近はいろいろ考えることもあってね……」

 「そうね。速瀬さんの言っていたこと、でしょ?」


 あっさりお見通しだった。

 先日の、ちーちゃん家であった出来事は、その後さしたる進展も無く今に至っている。

 ハルさんに相談したところで新たな知見を得られることもなくテスト週間に突入したから、今は「それはさておき」てな具合なんだろう。


 「呪い、だなんて大仰なことを言った割には、速瀬さんからも特にアプローチ無し?」

 「うん。まあちーちゃんの方もテスト期間みたいだし、しばらくは保留かな、それについて考えるのは」

 「そうね。でないと保たないわ、佳那妥が」


 やさしいおねえちゃん、て声色と共に、そっと手を重ねてくる。

 えっちな気分になんかなったりもせず、頼り甲斐のある年上の女性に気をつかわれている、て感じだ。結構、嬉しい。


 「はあ……どーなんのかなあ、あたしたち」


 そしたら、普段だったら考えもしないようなことが思い浮かんだ。嬉しいのは確かだけど、それと同時に安心もしてしまったっぽい。

 どうなるのか、っていうのは言葉としては漠然とし過ぎている。

 ちーちゃんの言った「呪い」って言葉は思い切り過去に根差してるのだろうけれど、過去が連綿と続いて今、それから未来に繋がるというのなら、その言葉で未来への不安も引き出されてしまってもおかしくない。

 期せずして、確かに「呪い」めいたものが引き出されている気もする。未来への不安?あたしには似合わないよそんなの、って言い切れた春休みの最初の日からは、まだ三ヶ月も経っていないっていうのに。

 ……ああいかんいかん、別に忘れていいことでもないけど今その話題でネガティブになるのも良いことじゃない。大体テストだー受験だー卒業だー、と来年三月まではイベント山盛りなんだし、莉羽が言ってたイベントが足りない、なんて冗談にもなんねーや。


 「う……」

 「どうなると言ってもね……大学に通って将来のために勉強して、それから……私たち、どうなるんだろうね」


 ……忘れていいことでもないかもしんない。


 「卯実?」

 「うん、ごめんね。唐突にこんなこと言って。でも……莉羽とだけいるときにこんなこと言葉に出来ないのよ。前に言ったでしょう?私と莉羽が二人でいても、お互いや家族を巻き込んで、幸せになれない未来しかないのか、って」

 「まあ、言ってた気がする。そんであたしがいたから、って」

 「そう。佳那妥が、私と莉羽が一緒にいてもいい理由になってくれた。そう赦してくれた佳那妥のことを、私も莉羽も好きになった。それはいいの。でも、それだけでいいとも思えない。速瀬さんはそんなつもりで言ったんじゃないだろうけれど、彼女の話した『呪い』って言葉は、確かに私と莉羽と佳那妥と、三人にとって無視出来ないものかもしれないのよ」


 そうして卯実は、あたしの手に重ねた自分の両手に、ぎゅっと力を込める。


 「こんなこと莉羽には言えない。言ったらまた、あの頃の……二人でどこまでも落ちるしかない、って不安に陥ってしまいそう。佳那妥がいるから、って、でも私は時々思うの。佳那妥を、私たちの留め金にしてしまっていいのか、って」

 「そんなこと!」

 「佳那妥は優しい。私と莉羽がはまって藻掻いていた沼から、私たちを救い上げてくれた。でも、それで佳那妥の将来を引換にしてしまったんじゃないか、って………そう考えてしまう自分が、私は怖い……」

 「………」


 ……そりゃあたしが百合趣味で格好のお楽しみを見つけてしまったところから話は始まったワケで、そんなん卯実が罪悪感覚える必要なんか欠片もないのにな。

 でも、と、思う。

 冬の第三講堂で、あの日この二人を見つけた日、見つからずに教室に戻っていたら、あたしと卯実と莉羽はどうなっていたんだろう。

 あたしはもしかしたら、百合趣味は見るだけに留めてて、てきとーに行った大学とかで同じ趣味の男の子とかがいたりして、そんでいー感じになってフツーに結婚して子どもとか出来たり、当たり前の主婦とか母親とかやって、よくあるように年とって……・。


 でも。


 卯実と莉羽はどうなったんだろう。

 もしかして、二人と出会わなかったあたしみたいに、当たり前に男の子とかと一緒になったり。

 昔はベタベタしていたけど今は当たり前に中のいい姉妹ってだけになって、時々二人きりで会ったら「そんなこともあったよね」みたいに苦笑するだけの関係になっていたり。


 そうかもしれないし、そうでもないかもしれないし。

 そして、そうでなかったらきっと……激しく求めあった二人の関係はきっと、周囲をも焼き尽くす、激しいものになってしまったことだろう。

 だから、あたしは今の関係に後悔を持っていたりはしない、って。


 「あのね、卯実」

 「なに……?」


 「ねー、思いついたんだけどさー!」


 ……そう伝えようとしたときに、全く空気を読まない妹サマはお茶のセットを片手に、壊れんばかりの勢いで扉を開けて、雰囲気ぶち壊してくださったのだった。

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