第74話・後からなら何とでも言える
「えーと、努力の跡は見られました」
「カナっぺ、それって褒めてないよね?」
あたしは目を逸らした。
なるべく忖度して穏便に感想を伝えたものの、どーも皮肉を言ったみたいにとられてしまったっぽい。
「しょーじきに言っていいんだよ。不味かったら不味かった、って」
う、うーん……いつもは人気がないのを大変重宝してるんだけど、今日は誰かしらいてくれて空気ぶっこわしてくれないかなあ、と祈る我が家から最寄りの公園。しかしこんな時に限って現れる気配も醸さない某ストーカーはほんっっっとに役に立たねーなっ!
「い、いや別に不味かったわけじゃなくて……」
「じゃあ美味しかったの?」
「そう言えるほどワタクシの味覚は洗練されてもおらず、そのー……」
「ああん?」
うう、メンチを切る、とかいう単語を脳裏に鮮やかに投影するよーな穏やかな笑み(当社比)をしてくださりはる……。
ちょお気まずい空気の中、ベンチに腰掛けたちーちゃんに睨め上げられておろおろするあたし。
だがちーちゃんは、そこで「ワレ不味いっちゅーんならそれ相応の誠意ってぇモンをみせてもらおやないかい、オウ」などとゆーキャラに似合わない挙動を示すようなこともなく、緊迫感をかもしていた眉間のシワをふっと解いて、しゃーないなあ、みたいに苦笑していた。
「……別に怒ってるわけじゃないよ、カナっぺ。ボクだって誰かのためにお弁当なんか作ったの初めてだから、美味しいか不味いかなんて分かんなかったし。ただ、よくないところはちゃんと言ってくれれば次から直すためにがんばるよ、ってだけ。なのにカナっぺは変な気を回すもんだからもー……」
なんか愚痴みたいになったけれど、ちーちゃんはそう言って返した弁当箱を自分の鞄に詰めていた。鞄に比べて弁当箱が大きかったから、ちょっと苦労してたけど。
「……その弁当箱、随分大きいね」
「これ?うん、お父さんがまだ学生だった頃にね、おばあちゃんがお父さんのお弁当作るのに使ってたみたい。他に弁当箱みたいなもの無かったら使わせてもらったけど、あはは、女の子のお弁当にしてはちょっとかわいくなかったよね」
「ううん、なんか珍しくて三人でつついてたから大丈夫だよ。あ、で結局味の方なんだけど」
「うん」
弁当箱を片付けると、ちーちゃんはあたしの隣に腰掛けた。肩がくっつくような、というか実際くっつく状態で。近い近い……っていやいちおー本人関係者は恋人を称しているからいい……のか?
「佳那妥?」
「あ、はいはい。感想っていうか、まあ見かけとそこから想像される味がかけ離れてて、なんか三人とも味覚がバグってた」
「?」
意味が分からないようだった。
「いや、大体言いたいことは分かるんだけど、バグって、ってどういう意味?」
「あ、そっちか。えーと、まあ脳内処理がなんか追いつかずに混乱する状態……みたいな?」
「随分な言われ様だなあ……」
落ち込んでいた。慌ててとりなそうとするけど、すぐにちーちゃんは起き直ってにぱーって感じの明るい笑顔になる。
「でもいいよ。ボクだってちゃんと料理なんかしたの初めてみたいなものだし。今度はおばーちゃんに聞きながら作ってみる」
「うん。あたしだって母親と一緒じゃないと味付けの方向性が迷子になるし、そーいう意味では似たようなもんだよ」
「ふふん、どっちが先に美味しいって言わせるか勝負だね」
「あはは」
……なんか若干趣旨が違ってきたよーな気もするけど、ちーちゃん元気だからいいか……あ、いやそうじゃない。本題があるんだった。
「それでね、ちーちゃんよ」
「はいはい、なんですかかなちゃんや」
じーさんとばーさんか。この場合どっちがじーさんでどっちがばーさんかで拳の語り合いになりそ……ああもう、いちいち妄想で脱線すんな、あたし。
「えとね、莉羽が言い出したことなんだけど、四人で集まって、なんかいろいろ食べるもの作ったり食べたりするパーティしないか、って」
「ぱーてぃ?……ボクも?」
なんかキョトンとしてた。後ろ頭のおーきなしっぽを揺らしながら目を開いてこっちを見てるとこなんか、また卯実や莉羽とも違った可愛らしさというか愛らしさをたたえているんだけどそれはともかく、気にするのはそこ?
「ボクもいいの?佳那妥だけじゃなくて、卯実ちゃんや莉羽ちゃんと一緒でもいいの?二人はなんて言ってるの?」
「むしろあの二人が言い出したことだよぅ。というか、あっちは料理出来るのに、料理出来ない組のあたしとちーちゃんにマウントとるつもりですぜ、姉貴」
「あ、姉貴って……」
だからなんでそこで照れるのだちーちゃんよ。
頬のトコにしっぽ引っ張ってきて指二本でねじってもじもじ。
うーん、ふつーにイベントスチルにでもなりそうな絵だったり。
「そういうわけで、じぇいけー四人で集まって料理作ってきゃあきゃあ騒ぐ、ってイベントを行う予定で、ちーちゃんもご参加いただきたい。おけ?」
「もちろんおっけーだよ。むしろ呼ばれなかったら後でどうしてボクを呼ばなかったの!って暴れるレベルだよ!」
「あはは……」
なんか微妙なことを思い出して笑い方ば乾いたものになる。昔ちーちゃんがハルさんとだけで遊びにいって、後であたしにそのことを話して羨ましがらせたり…………あれ?そんな覚えねーわ。というか、ちまちまとあたしをハブってハルさんと楽しげにしてる様子なんか見せられてたけど、どれもこれもあたしのいる場でだったし、本当にあたしのいないところでハルさんと親しげにしてたか?っていうと、そんな話聞いた記憶がない。
なんなんだ。イヤなことだからあたしが無意識的に忘れてしまっていたのか、それとも本当に無かったのか。
「佳那妥?」
「うい。聞いてる」
「そのパーティってどこでするの?」
「会場、かあ……」
実は決まってない。
今現在彼女らしき影の無い兄がおるウチでやるわけにいかないし、二人の家で、っていうと何度もお邪魔してるから若干気が引けるし。
かといってパーティスペース借りるよーなお金があるわけでもない。
いっそカラオケルームに持ち込みでもするか?って考えてるくらいだし。
「カラオケはやめといた方がいいよ……友だちがバイトしてるんだけどさ、女の子ばっかりだと乱入しよーとしてくる男の子が結構いるっぽくて」
「それはまたウチの姉妹の毒にしかならないお話で。うーん……」
万策尽きる。まあ品槻さん家はお伺い立てて「ごめんなさいね」って言われたわけじゃないし。というか、品槻のお父さんにお願いすれば話する前に許可が出そうではあるけれど。
だからといってあたしがなあ……こお、卯実と莉羽のご両親に顔向け出来ない立場なんじゃないかー、って薄々感じてて、罪悪感みたいなもんがむくらこくらと……。
「じゃあ、うちでする?」
「ほえ?」
と、首を右に左に捻っていたならば、そんなこたあ知ったこっちゃねえ……とは言ってないけどちーちゃんが新たな提案を示してきてくれたのだ。
「ちーちゃん家で?おばあちゃんいるけど大丈夫?」
「日によるけど、ばーちゃんお外出歩くの好きで、友だちとあちこち行くこと多いから。事情話しておけば多分空けてくれるよ」
「それはそれで悪い気がするけどなあ……」
「ばーちゃんさ、ボクが留年して友だちとかいないんじゃないかって心配してるから、友だち連れて行く、っていう話ならよくしてくれるよ」
そういうもんかしら。あたしが友だち家に連れて行くとか言うたらウチの母はとうとう幻覚見るようになったのか、ってガチ顔で心配してたもんだが。所変われば品変わる、ってヤツかしら。
「心配の仕方が違うだけで、別にカナっぺのおかーさんも心配してくれてるとは思うよ?」
「うちの母は心配の方角が明後日なんだよー。まあいいや。そいじゃあご厚意には甘えることにして、おばあちゃんの都合とか聞いてくれる?」
「おっけー」
こっちはこっちで卯実たちに報告。土日なら大体問題は無いだろうけど、二人にも都合はあるだろうしね。
何がどうなるのかは分かんないけど、友だちと四人で遊ぶ、ということが具体的な話になってくると、あたしは単純にわくわくというか浮き足立つというか、とにかく立場とか状況とか考えずにただ楽しみになるだけだったのだ。その時は。




