第71話・第三次ペシュ……(いやもういいって)
さあどうしましょうどうしてこの場所が分かったていうか何よりマズいのはしじょーさんと二人でいるところを見られたことなんだがいやちょっとまてしじょーさんと一緒に出かけるのは伝えてあるはずだし何ももんだいなんかないつまりあたしにうしろめたいことなんかない何ひとつない故に怯えることなどなにもないなにもないなにもないなにもな……
「かぁなぁたぁ?」
「はいっ!全てクラミジアが悪いんですぅっ!!」
「くらみじあ?」
返答如何ではぶっ殺す、みたいな響きだった莉羽の声が、急にキョトンとしたものになった。よし誤魔化し成功っ!あとはこのまま力で押し切るッッッ!!
「クラミジアっていうのはあまり大っぴらに出来ない病気の原因になる細菌のことよ。病気の名前そのものにもなってるわね」
だが失敗した。
いつもれいせいちんちゃくおねーちゃん、の卯実が一緒だったのだ。ていうか四条さんと一緒なの卯実にしか伝えてないんだからいないわけがない。抜かった。
「……そして、性感染症の一種よ。佳那妥ぁ?あなた四条さんと……コトに及んだというわけね?」
失敗したぁっっっ?!の、脳に浮かんだ単語を特に吟味もせんと口にしたばかりにとんでもないところに飛び火しおったあたしのアホぉぉぉぉぉぉっっっ!!
「待ちなさいようーみ。別に椎倉さんと私の間には何も無いわ。あと飲食店でする話でもないでしょう?座ったら。お店の人を怯えさせるだけで何も頼まないなんて迷惑でしょう?」
だが、狼狽したあたしの動転っぷりが表面化するより先に四条さんが助け船を出してくれて、お陰で無表情の卯実と鼻息をフンスフンスと荒げる莉羽は一先ず大人しくなって、席に着いてくれたのだった。
「……あ、あの……二人とも?」
何故か、あたしを挟むよーに、両隣に。
「だってこうしておかないと、佳那妥逃げるじゃない」
あたしが逃げるよーな形相に自分がなってるって自覚のある莉羽さんでした。
「ご、ご注文は……?」
もとい。あたしだけじゃなくておねーさんまで怯えさせてました。
そういえばさっき悲鳴みたいなのが聞こえたんだよなあ。店に入ってきた莉羽を見てビビっていたに違いない。
スミマセン、あたしのカノジョがご迷惑おかけしますー……って言ったら逆に喜ばれそうな気がしたので何も言わなかったけれど。
さて。
「……っていうか、どうして二人はここに来たの?」
テーブルの上の、あたしと四条さんの分のケーキを恨めしげに見やりながらコーヒー(しかも一番安い本日のブレンド)を注文していた二人にそう訊ねると、グラスの水をひといきで呷った莉羽が、口をとがらせながら言った。
「どうして、も何もないでしょ。四条と二人で会うなんて話聞いちゃったら心配でいてもたってもいられないわよ!」
「莉羽……」
ああ、なんて恋人思いの彼女を持ったのだろう……あたしは三国一の幸せものだよ……魏呉蜀で一番とか言われても三國志って大体どの登場人物も悲惨な最期迎えてる気がするけど。
「過保護もいいところね、うーみ。いいえ、四条ちゃん」
「……どういう意味?」
とっと、アホなこと考えてる場合じゃなかった。名指しで悪し様に言われて大人しくしてる四条さんではない。処女だけど。
「えー、四条ってば処女なの?」
「なっ?!」
あ。
「しししし椎倉さんっ?!あ、あなた言うに事欠いてなんてことを口走ってるのよあなたどっちの味方なの?!」
「ご、ごめん、口に出てるとは思わなかったけど悪気は無かったんだってばっ。というか別に生まれてこの方あーたの味方になったことなんか一度も無いんですケド……」
「そんなの空気読めば分かるでしょっ?!」
そんな無茶言われても。
どーする?と隣の莉羽の顔を見たら、「にちゃぁ……」って擬音がしてきそーな湿った笑みを浮かべてて、若干引いた。うわあ、むしろこっちの方がいじめっ子みてぇ。
「……あのー、莉羽?四条さんいじめるのも程々にね?」
「え、何よ佳那妥。あなたの仇討ってあげようとしてるのに」
「仇っていうかむしろ莉羽の方がいじめっ子みたいだよぅ……大体さー」
「何よ」
あひる口で抗議の意を示す莉羽はこんな状況じゃないなら思わず抱き締めたくなるほどかぁいいけれど。
「自分だって人のこと言えないでしょ。処女のくせに」
いくらなんでも最大級に声を潜めて、ソコは指摘したけど。そこまで混み合ってないとはいえ、他のお客さんもいるんだから少しは控えなさいー、って。
「失礼ねー、わたしはとっくに処女じゃないわよ」
……だのに、莉羽ってばあたしにとっても聞き捨てならないことをいきなり口にした。
「え、誰と?」
明らかに動揺するあたし。ま、まさか卯実とそーゆー関係になる前にどっかの男子と……?
「佳那妥がそれ言う?わたし、佳那妥とおねえちゃんにとっくに捧げたつもりでいるんだけど」
あ、そっちの意味か、とかなり安堵。ふうっ、よかったよかった……いやあたしとの認識に差があるのも甚だしくて、そこら辺一度すり合わせした方がいいんじゃないかしら、とこれからの方針に思いを致した時だった。
「…………どういうこと?」
「へ?……あ」
掠れた呟き声が聞こえて、そういえばこの人がいたんだっけ……あれ?なんかマズいこと口走ってなかったかあたしたち、と今し方の短い会話を反すうする……
「椎倉さんに処女を……って、じゃ、じゃあもしかして椎倉さんの処女も………とっくにりーこのもの………」
おい。いいから落ち着け。ていうか他に人もおるところで処女だの捧げただの現役のじぇいけーが口にしていい単語じゃないだろーが、と立ち上がった四条さんの口を塞ごうとしたならば。
「そうよ?佳那妥の初めては……とっくにわたしたちがいただいたわ」
「そ、そんな………はっ、話が違うわよ!」
「ちょっ……あ、あのなんであたしに食ってかかるので……」
「だって約束したじゃない!」
「にゃ、にゃにを……」
「わたしと一緒に大人になろう、って……」
「佳那妥っ?!」
「あ、あなたなんてことを……」
知らん知らん。そんな約束したどころか話の出所からして不明だっつーの。莉羽も卯実もそんな与太本気にしないで助けてぇ……。
そんなあたしの懇願も虚しく、テーブル越しに肩を掴んであたしを揺さぶる四条さん、両隣から「これどういうことよぉっ!」てな具合に食ってかかってくる姉妹。
地獄絵図というものがこの町内に現出したのならば、今喫茶ペシュメテの店内にあるものが正にそれなのだろう………いや、ペシュメテには我が救世主がいませり。へい、いつも優しいおねーさん、カムオン!
「………………お客様?」
よし来たぁっ!おねーさんこの不埒な三人の少女に正しき常識の鉄槌を今ここに!
「………当店は公序良俗に反する行いには厳しく対応する方針ですので、そろそろ他のお客さまの耳の毒になる話は店の外で行っていただきやがらないといい加減出入り禁止にしますよっ?!」
「「「「はいっ!」」」」
ハモった。四人分。つか、なんであたしまで叱られるんだ。一方的な被害者ぞ我。
「……事情はよく分からないけれど、あなたがはっきりしないのが一番悪い気がするのよね」
なんでやねん。
注文を持ってきたのでもなく、あたしを救いに……じゃなくてあたしたちを注意しに来たおねーさんは、お小言の後呆れ顔でそんなことを言っていた。
腹立たしいことに、品槻姉妹と四条さんが揃って「そうだそうだ」みたいに腕組みをして頷いていた。キミら誰のせいで叱られたと思ってん。
でもおねーさんの一喝のお陰であたしたちも落ち着いたし(美少女二人プラスツーが処女だのなんだの店内でほざいてたという事実はキレイに忘れた)、最終的には久しぶりに落ち着いてペシュメテのケーキを堪能出来たもんだけど。
「奢るわ」
「あ、ありがとーございますぅ」
ふつーの高校生的にケーキ談義なんかして時間を過ごし、そして夕方に差し掛かった頃にそろそろ帰るか、って話になると、四人分の注文が記されていた伝票を引っさらって、四条さんは一人でレジの前に立った。
「佳那妥ぁ、四条にそんなことされると後が怖いわよ?」
「そうね。今日は大人しく自分の飲み食いした分くらい払いましょう」
「いいわよ、別に。それくらいで恩に着せたりしないし、うーみとりーこの分も出してあげるわ」
「どういう風の吹き回し?」
「別に。今季は配当が結構良かったから、お小遣いにも少し余裕があるだけ。友達と遊ぶくらい別にいいじゃない」
はいとう?なんだそれ。
「株でもやってるのかしら、四条さん」
「まあね。口座の名義は親だけど、動かすのは私の判断でやってるわ。ごちそうさまでした」
「ありがとうございました。また来てくださいね」
さっさと支払いを済ませ、お金のことを口にしたことを多少後悔してる風でなくもない様子で、四条さんは先に店を出て行った。
それを見送るみたいな格好のあたしたちだったけれど、顔を合わせて頷く。まあ意味としては「癪に障るけど奢られっぱなしは面白くないからそのうち礼はしましょ」てところか。
「まちなさいよ四条」
で、店を出て夕方の傾いた日差しが駅前の喧噪を照らす中、莉羽が先に追いついて声をかける。
あたしも卯実も、なんかすっきりしない気分でいたから、莉羽がそうした気持ちもなんとなく察せて後を追い、二人に追いついた。
「あのさ、四条って佳那妥のこと、本気なの?」
その追いついた先で始まった会話はなんともアレだったのだけど。
莉羽の、やや剣呑な声色でもって糾弾される風だった四条さんは、振り返りもせず、というよりもどこかしら寂しさも感じされる背中を微かに震わせながら、絞り出すように言う。
「……そうね。本気、と表現するのが結構近いかもしれないわ」
本気。あたしなんかのことを本気で好き……なのだろうか。
卯実に莉羽も、最近だとちーちゃんも、一体どうしてあたしなんかのことを……いやこれ言ったら二人が怒る。ちーちゃんも怒る……かもしれない。なんとなくだけど。
最近ミョーにモテるあたしだけれど、何かと諍いのあった四条さんだけに、また考えこむことも多くなるのかもしれない……けど。
「本気なのよ。本気で、椎倉さんの……」
「は、はい」
今度は振り返り、はかなげな笑みを浮かべた顔でこちらを見る。それは夕焼けに染まり、だから余計に壊れてしまいそうだ、って不安をかき立てるのだろうか…………………………って、思ったんだけれど。
「……椎倉さんの、私に屈服して何もかも依存しまくってる泣き顔を見たいのよっっっ!!本気で!!」
「変態だーーーーーーーっっっ!!」
……うん、やっぱしじょーさんはしじょーさんだわ。
「し、四条……あのね……」
「四条さん、あなたね……」
慌てて卯実と莉羽の後ろに逃げ隠れると、二人とも流石にどん引きしたよーに腰が引けていた。
「あてっ」
で、莉羽の背中に顔が当たって思わずそう声を上げると、二人は振り返って鼻を押さえてたあたしの顔をじーっと見つめる。
「な、なに……?」
その視線に何やら不穏なものを覚えて二歩後ずさる。いやその、なんか恋人に抱くにはちょーっとアレな気持ちではあるんだけど……。
「ねー、おねーちゃん……」
「うん……まあ、分からないでもない、かも……」
じりじり、からガバッと飛び退く。
おい待て。あたしの顔を見てキミら一体何を考えた。
まさか、とイヤーな予感に襲われて、四条さん、卯実、莉羽……の順で、顔をみる。何故か、同じ顔に見えた。
「……ちょっとだけど、四条さんの気持ち分からないでもないかも」
「ねー、佳那妥ぁ……?後で、すこぅしでいいから……いじめても、いい?」
いいわけあるかドアホっ!
返事をするより先に回れ右して家まで走って帰ったために、本日摂取した甘味によるカロリーはキレイさっぱり消費出来てしまったのは、果たして乙女的には慶事だったんだろうか。




