第68話・うみでデート! 後編
「ねー、もう少しぶらぶらしない?」
そして、受験の話なんかが出て少し醒めた空気になったのを察してか、莉羽が不自然に明るい声でそんなことを言い出す。
察しのいいおねーちゃんたる卯実は、そうね、と軽く応じてあたしと莉羽を先導するみたいに、立ち上がって歩き始めた……って、どこに行くつもりなんだろ。
「折角の遠出してるんだもの。もう少し思い出になることしたいわね」
思い出……かあ。
プールで泳ぐのは却下するとして、海に来て海眺めて、んでショッピングモールで水着売場できゃーきゃー騒いだだけだもんなー。確かになんか物足りない。
「卯実には何かいい案あるの?」
「うーん……思うんだけどね」
「うん」
相変わらずの清楚系な長めのフレアスカートを軽やかになびかせるように歩く姿は、立ち上がった時よりも随分と楽しそうだ。何か良い案でも思い浮かんだのかな?
「これって、デートよね?」
「でぇと?」
何のこっちゃ、と思って隣を歩く莉羽に「はて?」って感じの顔を向けたら、納得したー、みたいに手を打ち合わせていた。
「そうだね。そういえば佳那妥とおねえちゃんと一緒に遠出ってしたことないもんね。うんうん、これは立派なデートだよ、佳那妥」
デートに立派も立派じゃないもあるんだろーか。というかデートの定義ってなんなんだ。
不意にテツガク的疑問に囚われたあたしは、スマホを取りだして答えを求める。哲学とは考えること自体が目的なのではないんかい、とかツッコんではいけない。現代の電子機器の申し子たるあたしは使えるものは何でも使って効率を最大化したいのだ。
「別にわざわざ調べるものでもないでしょ。恋する仲の三人で、遊びに行って楽しければそれでデート、ってことでいいんじゃない?」
「それだと結果的にデート、って呼ぶだけで、定義とは違うんじゃないかなあ」
「佳那妥も細かいこと気にするんだね」
呆れられてしまった。相変わらず先行くおねーちゃんはどうお考えなんだろう?と思ってツツツと忍び寄るよーに背中についたら、待っていたように振り返る。
「わっ」
「佳那妥はこれをデートだと思いたくないの?」
そんで、キレイな顔に少し不服っぽい感情を込めて、かわいく首をかしげる。うう、こんな場所じゃなかったらしがみつき……もとい、抱きつきたい顔だよぅ。
「私は三人で遊んでいるだけでとても楽しい。話すごとにどんどん大好きになっていくわ。莉羽と二人の関係だった時とも違う、三人だからこそ深まっていく何かがあるって思えるもの。だからこれをデートと呼ばないで何と呼べばいいのか、逆に聞きたいくらいよ」
それで、一気にまくし立てるようにそう言うと、マジメにそう言い切ったことに気後れでも覚えたみたく慌て気味に、あたしの反応を待つこともなく再び前を向いて、さっきよりも幾分足早に歩みを再開する。
……っていうか。
「おねえちゃん、照れてるね」
「だよねえ」
長い黒髪の間から覗き見える耳は赤みを帯びて、その内心がどーなっているのかを後ろを歩いてるあたしたちにバラしてくれているのだ。
「てっ、照れてないわよ!」
「照れてるぅ~。おねーちゃんかぁいいなあ、もー!」
「きゃっ?!」
ダッシュして距離を詰め、背中から姉に抱きつく莉羽。
こうして見ると仲のいい姉妹がじゃれついてるだけにしか、傍目には見えないだろうけど……その関係を知ってるあたしなんかにはもお、こう言うほか無いよね。
「尊い」
「あはっ、またそれ?でも佳那妥だって一緒だよ。ほらほら、こっち側よろしく!」
と、莉羽は卯実の背中側から右側にまわり、おねーちゃんの腕にぶら下がるような格好のままあたしにウインク。
もちろんその意を完璧に解して、あたしも卯実の左側に回って反対側の莉羽と同じように、体重を預けるのだ。
うんまあどうでもいっか。デートがどーのこうのとか難しいことなんか。こうして三人でいることが、あたしにはとても大事で貴重で、何物にも代えがたい失いたくない時間と場所なんだから。
まあ結局そういう結論になったので、あとは三人とも何も考えないアホになって、周囲の迷惑顧みず(常識の範囲内で!)大はしゃぎして、モールの上から下、右から左までくたくたになるくらい歩き回った。明日から受験生としての生活に戻る、最後の休暇を楽しむように、惜しむように……っていうのは大げさだけど、三人ともそのことをなるべく思い出さないようにしていたのは、確かだろう。
で、そろそろ二人のお父さんが迎えにくる頃合いになって。
「んー!楽しかったぁ……これでもう、思い残すことはないよね……」
「そんな雰囲気出して言ったって明日は永遠にやってくるよ、莉羽」
もう一回海を見ておこう、って提案に従い、モールの屋上駐車場に出てみた。ここからだと海がそこそこ近くに見えるのだ。宵闇の紫に染まりつつある海を見てると少し不安になるのはやっぱり、明日からの生活に思いを馳せて気が重くなってるせいだろーけれど。気が重くなるなら馳せたりすんなや、まったく。
「うん。またこうして三人で遊びに来たいわね。受験が終わったら……なんて遠い先のことじゃなくて、時々はこうして、ね」
「少なくとも佳那妥の誕生日くらいは盛大に祝ってあげたいよ、わたしは」
「それはもちろんでしょ。その日くらいは立場忘れて大騒ぎしましょ」
「あはは……よろしくね、二人とも」
家路につく、あるいは遅めの買い物、それとも家族揃ってフードコートで夕食か。
屋上の駐車場は車の往来がひきもきらず、しんみりした空気に切なくなるようなことはない。ありがたいことに。
ただそれでも、今日という日が確かに楽しかった分、それが終わることに三人とも寂寥感みたいなものは覚えてしまうのだ。
そしてあたしは。
「三人で、かあ」
「ん?」
「どうかした?佳那妥」
フェンスの向こうの海を見つつ、ここに彼女がいたらどうなるのか、ふと考えてしまう。
「うん。ちーちゃんのこと」
「速瀬さん?」「千晶?」
タイミングは合ってた。二人でちーちゃんの呼び方違うからハモりはしなかったけれど。
「卯実と莉羽はさ、ちーちゃんのこといい子だよ、って言ってくれるけど……あたしたちの仲に一緒に入りたい、って言ってくれるちーちゃんのこと、二人はどう思うのかな、って」
「どう……って、どういうこと?」
「だから、三人じゃなくて、四人でこうして遊んでいても、三人で遊んでいた時と同じように、デートだって思うのかなあ、って」
「………」
「………うーん」
卯実は無言で、莉羽は考えこむように唸っていた。
ちーちゃんは、あたしと二人の間の関係と同じように、あたしのことを好きだと言っていた。
卯実と莉羽も、ちーちゃんのことは結構気に入ってるみたいではある。
けれど、だからといって、三人じゃなくて四人でも同じような関係になるのか……っていうと、なんか違う気もする。
あたしは、我ながらアレな趣味にかなうものとして二人を見つけてしまった。
二人は、到底許されない関係であることを許してくれたあたしに興味を持って、で、なんかあたしという個人を気に入ってくれた。
そうしてなんだかこういう不思議な関係になっている。
じゃあ、ちーちゃんは?
意味とか理由とか、そういうものは相変わらず納得いくものはないけれど、ちーちゃんはあたしのことを好きだとは言う。
そして、莉羽と卯実のことも好きになれる、と言っていた。
でも、それはあたしの側にいたいからそう思おうとしてるだけなんじゃないだろうか。
二人もちーちゃんのことは嫌いじゃないと言ったけれど、ほんの少しでも関係が深まれば、うとましく思うようになるんじゃないだろうか。
本気で考えるにはちょっとアレで、ただの考え過ぎだと思うには軽くない憂いというか心配というか、そんな感じのものは、なんだか二人との関係が進むほどに厄介ごとになっていくんじゃないか、って気がする。
「……だったら今度は四人で遊びにくればいいんじゃない?」
「へ?」
ところが、あたしのそんな思考のぐるぐる迷宮を何も無いみたいに、莉羽はあっけらかんとそう言ってのける。
「難しく考えることなんてないと思うわよ。千晶だってわたしたちとどう接すればいいかなんてまだ割り切れてないでしょ、きっと。だから四人で時間を過ごしてみればきっと何か見えてくるって」
「そんなものかなあ……」
あたしが心配性なんだろうか。いや、ちーちゃんに思うところのことが二人とは違うだけなんだろうけれど……卯実は?と思って莉羽の向こうにいた彼女に顔を向ける。
「そうね。私も莉羽と同意見、かな。直接話したことなんて数えるほどしかないじゃない。ただの友だちで終わるのか、佳那妥に抱く気持ちと同じようなものを速瀬さんにも抱くようになるのか。そんなの今結論出せるようなことじゃないわよ」
「……そんなものかなあ」
莉羽の提案へ、とはちょっと感情の色合いが違う返事になった。要するに、あたしのことが好きなのと同じような感情をちーちゃんに抱く卯実、なんてものを想像したら、結構ジェラしった心持ちになっただけのことだ。
「………ふふっ」
でも、そんなあたしの気持ちを正確に察したのか、卯実は莉羽の向こうでイタズラっぽく笑う。見透かされたようにも、子供みたいだと思われたようにも思えて、あたしは恥ずかしくなって顔を伏せる。うーん、昼間からかった仕返しを見事にやられて気分。
「でもおねえちゃんの言うことも分からないでもないかな。友だちが増えることは悪いことじゃないもん。ね、佳那妥」
「う、うん」
やおら明るい声になって、莉羽もやや鼻息荒くなる。うー、何を言い出すかは大体想像つくけど、やっぱりこういう陽キャと陰キャの差というかギャップを時々感じさせられるのは、少し困る。
「今度は四人で遊びにいこーよ。デートだのなんだのなんか気にすることはなくて、新しい友だちと一緒にどっか出かける。それくらいのつもりでいいんじゃないかな、佳那妥」
「………ま、そうだねえ…」
だから、あたしにはそれくらいしか言えることはなくって、そんでその場でちーちゃんに連絡とる手筈を取り始めた莉羽を、少しばかり羨ましくなるのだった。




