第52話・ペシュメテ戦記(大盛り)
あたしの周囲で何かあった時に額付き合わせるために駆け込む場所。喫茶ペシュメテ……なのだが、今月はっ、進級したばかりで何かと物入りなため……吐血する思いで……一番安いブレンドコーヒーにせざるを得ず……ッ。
ミルクがコーヒーフレッシュじゃなくてちゃんとポットに入ってくるヤツで、美味しいけどね。
ただ、ちーちゃんと一緒に行ったところ、すっかり顔馴染みになった店員のおねーさんにこう言われたけど。
「また違う女の子連れてませんか?」
誤解ですお姉さんっ!……って、なんであたしの交友関係にまで眉ひそめられるんだろう。
それはともかく。
「落ち着いた?ちーちゃん」
「うん。カナっぺおしゃれなお店知ってるんだね」
「そうかなー……まあ高校生が入るにはちょっと敷居高いかもだけど」
あんまり人通りの多いとはいえない場所の、老舗の喫茶店だしね。
ただその分、同じ高校生とかはあんまり出入りしないから落ち着けるけど。
「お待たせしました。これオマケね?」
「ありがとー、お姉さん」
「……あんまり罪なことしちゃ駄目よ?」
断じて違いますっ、と言葉強めに反論したかったものの、あたしにだけ聞こえる声でそっと言ったのと、明らかにからかう様子だったので頬をふくらませて抗議の意を示すだけにとどめた。
「ふふっ、ごゆっくり」
だからそんなんじゃないんですってば、という本意は……まあ次来た時でいいか。
大人しくコーヒーに砂糖とミルクをそこそこ入れ、オマケでいただいたクッキーが美味しくなくなるちょっと前くらいにまで甘くしたコーヒーをアチアチ言いながらすすると、テーブルの上の二人分のコーヒーカップをじーっと……というよりぼんやりと眺めてたちーちゃんに声をかける。
「そんであたしに何か話したいことでもあったんかい?」
「うっ……な、なんでそう思う……?」
「いや思うも何もあからさまだったじゃんよ。どうして今になって顔出したのか訊かないのか、とかって」
下向きだった視線を窓の外に移すちーちゃん。そういえばこの席っていつも四人とか三人で来た時に案内される席やなー。ハルさんと二人でしてた時に卯実と莉羽が窓に貼り付いてたんだっけ。あれはビビったなあ……まさか今日も同じことしとらんだろな、と思って一応外を確認したけれど、流石にそーいうことはなく……いやよく考えたらあの状況でペシュメテにちーちゃん連れ込んだらヤバくね?あの三人に見つかるとまた面倒なことに……おーいおねーさーん!席変わってもいーですかー?……って呼びかけようと思ったところで、ちーちゃんが口を開いた。
「あのね、カナっぺ。まずそのー……えーと、子供の頃の話なんだけどー……ごめん。わるかった」
悪かった?何が?
「だから、そのー、仲間はずれみたいなことしてて……カナっぺを泣かせたこととか……」
「………」
……正直若干うんざりしてた。
だって昨日も四条さんに似たようなこと言われて少し腹立ってたんだもん。
いじめっ子はいつだって、簡単にいじめて簡単に謝れば、それでいじめられっ子が許してくれると思ってる。
そういう分かりやすくて単純でキレーなストーリーを大人も欲しがる。ただ面倒くさがってる大人もいるけど。
でもさ、それっていじめられた子の気持ちとか、誰が救ってくれるんだよ、って話だ。
自分たちが気持ち良くなって、それでいいのかもしれないけど、それでいじめられた子の気持ちが良くなるはず、ないじゃんか。
いじめられた子の気持ちがどうすれば救われるか、なんてそんなの人によって違う。もしかしていじめた子を八つ裂きにするとか、放置してた先生を屋上から突き落とすとか、それくらいしないと気が済まないのかもしれない。
本当にそんなことをしたら犯罪だ、っていうくらいのことがないと、いじめられた子の気持ちが救われないのだとしたら、一体誰がそれをしてくれるんだろう。
いじめっ子が、先生が、大人が、勝手にいじめられた子の気持ちを無視して気持ち良くなるだけの世の中で、本当に救われないといけないのは誰なんだろう。
「いいよ」
「え?」
……って、思ってはいたんだけどね。
たださー……今のあたしはもう救われてるし。
いろいろあった後に、ハルさんが一緒にいてくれて、あたしのいーとこも悪いとこもどん引きしつつも否定だけはしないでくれて、そんできっとそのお陰で、卯実と莉羽っていう素敵なコたちと仲良くなれた。
だから、あとはちーちゃんの顔を見て、何考えていたのかなー、って折り合い付けば、もういいかな、って。
そう思って、なるべくやわっこく優しく聞こえるように、「いいよ」と言ったならば。
「なにが?」
だって。いや待て、なにが?じゃなくて!
「ええっ?!だ、だって、ごめんね、って言ってもすぐに許してもらえるとか思えないじゃん?!泣き喚くとかものぶつけられるとかされていー感じに修羅場ってそんでようやく仲直りするものじゃないのっ?!夕日をバックに」
「それどこ知識なのよー……」
記憶の中のちーちゃんは、あたしが泣いたり怒ったりすると笑いながら「本気になりすぎワロスwwwww」……みたいなふざけたおちょくりかます子だったんだが。一体どこで何を間違えたらこんなしおらしい子に育つんだ。
「そんなこと言われても……ボクが悪い子だったのはずぅっと後悔してたし……」
「なんか話が長くなりそーねー……端的に言ってくれない?」
「たんてき?というと?」
「そのー、つまり……ああもう、とりあえずこっちから聞きたいこと聞くからそれに答えて!いい?!」
「お、おーけー……」
……一体全体、幼女ハルさんと一緒になってあたしを泣かしてたあの小悪魔ちーちゃんはどこに行ったんだろう。そろそろ「ちーちゃんを返せこのニセモノっ!」とか言うタイミングなんじゃないだろうか。
……で、まあ、終業と同時に教室を脱出した甲斐あってか放課後としては時間もそこそこあり、ちーちゃんの方の詳しい話を聞くことは出来た。
というか、衝撃的な出来事が多かった。
まず、急に転校してった理由は、もともと体が弱かったちーちゃんは(とてもそんな素振りなかったんだけど)、体のこともあってお父さんの実家のある長野の方に引っ越すことになり、そういうことになった。
困ったことにちーちゃんやハルさん、うちは家族ぐるみの付き合いだったとかではなくてその辺の事情が伝わってきてなかったらしい。
で、なんで急にこっちに戻って来たのかというと、体が悪い理由というのがようやく分かって治療するためということもあって、大っきな街の病院に通う必要が出来たから、ってことらしい。
そしてそっから先があたしにとって一番衝撃だったんだけど。
「……留年?」
「そ。一年生の時には通学しながらお薬で治療してたんだけど、二年生になってから本格的に手術とか治療が出来るようになって、入院したり退院したりを繰り返すようになってね。二年生の時はほとんど学校の行けなくて、留年しちゃったんだ」
「そっかぁ……」
話はいろいろあったからとっくにコーヒーは冷めてしまってて、でもあたしたちの深刻な様子に声をかけることも出来なかったっぽいお姉さんとかてんちょーさんは、一段落ついたタイミングでお水を替えてくれてたんだけど。
「……あのー、場所変えた方がいいですか?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。さっき店長にも確認しましたけど、大事なお話してるみたいだから……あとでココアでも出してくれるそうですから」
「ええっ……そんなお金ないですよぅ」
「店長の奢り、だそーです」
流石にこれには恐縮してしまったあたしとちーちゃん。うう、また四人でケーキ食べに来ますからねぇ……。
「いーお店だねぇ」
「うー、ハルさんと……常連扱いしてもらってるからねぇ」
「ハルっちかぁ……元気?」
「彼ピも出来て乙女してるよー。会ってないの?」
「うーん……まずカナっぺに会ってからかな、と思ったからさ」
「そか………いや待て待て。そういえばまだ肝心なこと聞いてなかった」
「ほえ?」
そう。ちーちゃんの事情は分かった。分かったけど、あたしとの間での一番重要な情報を得ていない。
「そもそもだよ。なぁんであの時、ハルさんとベタベタしてあたしを仲間はずれにしたんだよぅ」
「………それ言わないとダメ?」
ダメも何も、そこが一番大事でしょーが、と短いもみあげのトコを指でくるくる回してるちーちゃんを睨む。
夕焼けに染まる街の照り返しを受けて、なんだかちーちゃんの頬も朱く染まっているよーにも見える。
なるほどこうしてみると、ちーちゃんもいっちょまえの乙女に見えなくもない。いやまあ、体が弱かった、なんて話もにわかには信じがたい、健康的な勝ち気系美少女の係累だとは思うけど。あとはボクっ娘でさえなければあたしの趣味に……いやいや待て待て、今さら友だちを百合趣味でもって透かし見るなんてのはヤメロっての。
……と思ってハタと気がついた。
「……あのー、もしかして子供ながらにマジでハルさんに恋とかしちゃってた……とか?」
「へ?」
考え事をしてる最中に小声で尋ねたもんだから、聞こえなかったのだろうか?
あたしはテーブル越しに顔を近づけて、ちーちゃんの右側の耳に口を寄せるようにして、もう一度訊く。
「ちーちゃんさ、子供の時ってハルさんのことマジで好きだったりした?」
「ハルっち……を?なんで?」
「なんで、って……そりゃあ、ちーちゃんがハルさん好きで、そこに挟まってくるあたしが邪魔で、あたしを邪険にしてた……って話じゃないの?」
で、ハルさんがあたしも構おうとするからあたしに嫉妬してたとか?って言ったならば、ちーちゃんなんかいきなり挙動不審に。
お外見ながらもみあげ弄る指の回転上げて、髪が指に絡みついて「いててっ?!」とか面白いことになったかと思ったら、こっちをチラチラ見て店内の様子に焦点合わない視線を向けたかと思ったら空のグラスを口にして「え、なんで?」みたいな顔になったり。
あと「あのー、大丈夫?」とかってもう一度顔を寄せたら急に真っ赤になって体を反らし、「ちっ、近い近い!」とかって。意味が分からん。
そんなにあたしズレたこと言ってしまったんだろうか?もしかしてまた「嫉妬」の意味間違えて気を悪くした、とか?
おかしいな、ちゃんと辞書で調べて今は正しく使ってるはずなのに……あ、いやちーちゃんが間違えてる可能性はあるのか。しょーがないなーもー。
「あのね、ちーちゃん」
「な、なに?」
「そのー、嫉妬するっていうのは、例えば今の例で言うと、ちーちゃんがハルさんを好きで、あたしのことが邪魔な場合は『あたしに嫉妬する』と表現するわけ」
「……?」
なんかよく分かってない風。説明ヘタか!あたしは。
「えとその、つまりね?ちーちゃんはもしかして『あたしに嫉妬した』っていうことを、ハルさんじゃなくてあたしの方が好きだから、って意味で捉えちゃったんじゃないか……」
「そそそそそんなことあるわけねーべっ?!」
「わっ」
な、なんかいきなりちーちゃん立ち上がって喚き始めた。どゆことだ。
「ボボボボボクがカナっぺのことをすすす好きぃっ?!な、なぁに言うてるんだべかなあっ!じっ、じいしきかじょおもいーとこよソレっ!」
「う、うん」
な、なんか言わずもがななことを妙な訛りでマシンガンみたいに連射するちーちゃん。というかどこの訛りだコレ。長野?
「ととっ、とにかくっ!……その、またこっちに引っ越してきたからっ!ハルっちと一緒にそのうち遊びに行こっ!ね!」
「それは別にいーけど……」
「よし!じゃっ!」
「あっ、ハイ」
勢いに圧倒されてタマシイが抜けてるあたしのことなんか目もくれず、ちーちゃんは鞄を抱えてドテドテとお店を出て行ってしまった。あ、お会計……は、まあいーか。
「あ、あのう……ココア入れてきたんですけど……どうします?」
そして取り残された格好のあたしの元に運ばれてくる、奢りのココアが二杯。
もちろんありがたく二杯とも頂戴して……その日は晩ごはんがお腹に入らず、母にセッキョー喰らったあたしなのだった。




