第51話・戸惑いの再会
速瀬千晶。
小学生の頃、あたしとハルさんと友だちだった女の子。ハルさんは彼女をチアキと呼び、あたしはちーちゃんと呼んでいた。
あたしたちは三人でいつも一緒にいたけれど、そのうちちーちゃんはハルさんとだけ特に仲が良くなって、まだそういうことのよく分かんなかったあたしたちは、ハルさんとちーちゃんがあたしをハブにする、という、やっぱりなんだかよく分からない状況になって、あたしは泣きながら二人に「どうして?どうして?」って何度も訴えかけていたんだけれど。
……そのうち、ちーちゃんはどっかに転校していって、ハルさんは一人になっちゃって、あたしはずうっと泣いていて、それに気付いたハルさんはあたしを守ろうとするようになった、のだけれど……。
「チェンジで」
「どういう意味っ?!」
……だって、あたしの知ってるちーちゃんじゃないんだもん。
少なくともあたしとハルさんと遊んでた頃のちーちゃんは、あくまでも小学生レベルだけどもっと大人っぽくて、ハルさんももとから背は高い方だったから、二人と一緒にいると自分もおっきくなったみたいに思えたものだけど。
「それはボクが昔と変わってない、ってこと?」
「そーいう風にもとれる。むしろ変わらなさすぎてちーちゃんだって気付かなかった」
「……それでカナっぺは微妙な反応だったのか」
というかカナっぺはやめて欲しい。確かに昔はそう呼ばれてたけど、小学生の頃のあだ名を高校生になっても使われると恥ずかしいを通り過ぎて聞かなかったことにしたくなる。
「ま、いいよね。久しぶり、元気だった?」
「そんなん見れば分かるでしょ。ていうかそろそろどいて。帰る途中だったんだから」
「つれないなあ、カナっぺはー」
だからカナっぺやめれと言うてるだろがい。
「そっちだってボクのことちーちゃんと呼んでるじゃない」
口を尖らせながらもちーちゃんは後ろ頭のおっきな尻尾を揺らしながらあたしの上から降りた。というかポニーテールって普通はもっと小さく「結ぶ」ものじゃないのか。前から見て顔の輪郭はみ出すくらいにおっきいのって、どんだけ髪の量が多いんだか、というより顔が小さいのか、ちーちゃん。
「……どうしたの?」
「いやあ……改めて、おっきくなってないよね、と思ってた」
「……気にしてるんだから少しは気をつかって欲しい」
傷ついたらしい。少し意外だ。
「それよりもう子供じゃないんだから、ちーちゃんは止めてよ」
「じゃあそっちもカナっぺはやめて。そしたらあたしもやめる」
「やだ」
「じゃああたしもイヤ」
どちらかというとあたしの方がダメージ大きい気もするけれど、やめてくれないならこっちだってやめる理由はない。
てことで、しばらくはちーちゃんカナっぺ呼びは続きそうだ……って。
「……なんでついてくるの?」
鞄を拾って公園の外に出ようとしたら、ちーちゃんが後からついてくる。
よくよく見ると、見慣れない制服に男物のリュック、決して大きくはないんだろうけど印象的にちーちゃん小柄なもんだから、それが不釣り合いに大きくて、そんな格好でとてとてと追いかけてくるもんだから、走って逃げるのもなんだか忍びなくて。
……っていうか、あたし昔この子にいじめられてたんだけどなあ。転校してから何があったんだろ。
「んー、久しぶりに会ったのにカナっぺなんかつれないなあ、と思って」
「……自分をいじめてた相手に『わーひさしぶりー元気してたー?』もないと思うんだけど」
「そだね」
「………」
「………」
あっさり認めやがった。その割には悪気もなさそーだけど。な、なんかやりにくいなあ。
「……じゃ、あたしは帰るから。ちーちゃんも早く家に帰った方がいいよ。誘拐されてもしらないよーそのナリだし」
せめて憎まれ口の一つくらいたたいてもバチはあたらないだろー、と思ってなるべく悪く聞こえるように言ってみた。うう、なんか小さい子供いじめてるみたいでなんか罪悪感が……。
「……別にカナっぺだってボクと大差ないじゃん」
まあ背丈だけはそうなんだけど、みょーに華奢な印象があってだなあ。触ったら折れそう、というか儚いというか……うう、いくら昔のいじめっ子だからってこれは反則だ。
なんかどうしようもなくなったので、無視して歩き出す。家に帰らないといけないのは事実だし、それに家の場所くらいちーちゃんも知ってるだろーから付いてきたって構うもんかい。
そんな気分で歩き出したんだけど。
「……ねー、昨日のあの女の子って、カナっぺの彼女?」
「ちょっと待てーっ?!」
い、言うに事欠いてなんちゅーこと言うかな、このコは。
慌てて振り返って見ると、自分の後ろ頭の尻尾を上下にふさふさと振ってしれっとした顔をしてた。
「だってなんか怪しい雰囲気だったじゃん。迫られてたっていうか、カナっぺも割とまんざらじゃなさそうだったけど」
「そんなワケあるかーっ!あれはただのいじめっ子!あたしいじめられてたの!」
「えー。指しゃぶられて融けそうになってたじゃん」
「ひ、人が聞いたら誤解するよーなことを言うでないっ!……あ、あれは、そのー……うう…」
正直、どう反論すりゃいいのか分かんなくなる。いや確かになんか危機感覚える出来事だったけどさ。その危機感てのがどーいう理由から生じてくるものの説明がつかなくて。
「カナっぺってさー」
「……なんだよー」
しゃがみこんで頭抱えて悶絶するあたしの上から、なんか呆れたような声がかけられる。何だってのよ、もう。
「もしかして女の子が好きなひと?」
「ひぅっ?!」
ところが降ってきた声は、なんか意外なことを聞いてくる。
女の子が好きかどうか、て。いやその……なんていうか……。
「………え、……そんなわけ、あるかー……と……」
……頭の隅で卯実と莉羽がぶーたれてた気がする。でも仕方ないじゃん……なんかこう、一般的なことに擬して誤魔化しておかないとえらいことになる、っていうか昔馴染みとはいえ久しぶりに会った相手にこんなこと訊くか?フツー。
「んー、ハルっちともそーいう風にも見えたんだけどなあ、昔は」
「あるかあ?小学生やぞ。そんなん意識してるワケが………」
「……どしたん?」
「いや、何でもない」
そーいやつい最近までハルさんのこと好きだったんだなあ、って理解したのもこないだのことだっけか。
そのことを思い出すと、「女の子が好き」と言われても強く反論出来ない気がする。っていうか、否定するとなあ……実際、二人も女の子の恋人おるんやし。よく考えたらあたし結構な外道じゃないか?うーむ。
「……とにかく、あたしは昨日見たあの子とあーだこーだなんてことはないの。それじゃね」
「ボクがどうしてカナっぺやハルっちの前に現れたのかとか、訊かないんだね」
「それは……」
多分、この時あたしは自分のことしか考えてなかったんだろうと思う。どこか心細そうに見えたちーちゃんに、どれくらい酷いことを言えば大人しく帰ってくれるのかって、そればかり考えていたんだから。
「……あたしのことハブにしていじめてた子のことなんか、どうでもいい」
「…………そだね」
立ち上がって振り向かずにそう言い切ったあたしに、背中の側にいたちーちゃんはぽつりと呟くように、そう言った。想定したとおりの反応、だとも言えるけれど……思ったよりも心細そうにも思えて、やるせなくなる。
でも、なんだってあたしがこんな引っかかるものを抱えなきゃならないんだ。あたし被害者ぞ。……でもちーちゃんにも事情があって……ああもう、そうじゃない。けど、やっぱり、あたしの言葉で誰かが傷つくとか、そんなのはイヤだ。
ハルさんには「このお人好しめ」とかって呆れられそうだけど。
卯実に「仕方ないわね」って困った顔させそうだけど。
莉羽を「佳那妥がそこまでする理由ないじゃない!」って怒らせそうだけど。
「ちーちゃん」
「う、うん」
前を向いたまま後ろに腕を伸ばしたものだから、戸惑わせたかもしれない。それでも一応ちーちゃんは、あたしの手を怖々と握ってくれていた。
結局、そうして正体不明に突っ走るのも、あたしらしいんじゃないかな、って。
ここ半年くらいで、自分にそう思わせてくれるようになった親友と恋人たちの顔を思い浮かべながら、あたしは自分にとってもどういう存在なのか、まだよく分かんない女の子の手を握ったまま、家とは反対方向に向かって歩き出していた。




