第50.5話・きみ去りし後、みたいなー
「ちょ、ちょっと。私佳那妥に内緒話なんかいやだからね?」
莉羽と二人で琴原さんに引っ張っていかれたのは講堂の舞台裏部屋の端だったから、普通の声で話せば佳那妥に全部筒抜けになりそうな場所だった。
というよりも、佳那妥に聞かれたくないのならこの場は適当にお茶を濁して後で三人で集まればいいのだから、よほど急がないといけない話なんだろうか。
チラと佳那妥の方を見ると、すごく面白くなさそうな顔をしていた。彼女にそんな顔をさせておきたくなくって、私は琴原さんを急かして早く話を始めようとさせる。
「こんなことしなくても後でいいんじゃないの?」
もしくは莉羽の言う通り、後からにするとか。
でも琴原さんが浮かべた、どこか辛そうな表情に私も莉羽も息を呑んで黙り込んでしまう。一体何の話をするつもりなのだろう。
「……あのな、前に小学生の頃の話しただろ?あーしと一緒にカナをハブにしてた同級生がいたって」
「あったわね。でも転校して遠くにいったんじゃなかったの?」
「いや、さっきの話だけど……多分四条と絡んでた時に会ってる」
「「?!」」
莉羽と二人揃って息が止まった。だって、そんなこと……分かるの?
「ちょっと前に駅の辺りで見かけたんだよ。むしろ変わってなさ過ぎて驚くくらいだった」
「ね、ねえそれってさあ、佳那妥は気付いてないの?」
「ないみたいだな。まあアイツいろいろあってその頃のこと忘れようと心がけてた時期があったし」
「それにしたってね……琴原さんは佳那妥にどうしてそのこと教えなかったのよ」
「んなこと言われてもなあ……知らないで済めばそれに越したことないだろ。おめーらだって昔のこと思い出して青くなってるカナなんて見たくねーだろうが」
「そうだね……なんかさ、佳那妥にはほにゃ、って笑ってて欲しいもの」
「で、それを見てふにゃふにゃになっていたいと思ってる私たちは……とんだ天性ののんき者、ってわけね」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない、お姉ちゃん。今は真面目な話してる時でしょ」
「違うの?」
「……違わないけどさ」
「とにかく」
脱線し始めたのを、鋭く潜めた声で、琴原さんが締める。
「今やらねーといけないのは、チアキとカナを接触させたらダメだ、ってことだ」
「チアキさん、っていうの?その人」
「んなことはどうでもいいよ。後で特徴教えとくから、それっぽい奴を見かけたらカナがそっちいかないように自然に誘導すること」
「難しい話ね……それなら私たちで佳那妥を家まで送っていった方がいいんじゃないかしら」
「……おめーら家の方向逆だろ?」
「別にそれくらいいいよ。佳那妥のためなんだし」
「んだな。それにしても次から次へとまた厄介なことを……アイツ女難の相でもあるんじゃねーの?」
「私たちを見て言わないで欲しいわね、そういうことは」
「だね。わたしたちにとって佳那妥は天使みたいなものだもの」
「あのなあ………」
なんとなく、睨み合う格好になる。けれど三人とも佳那妥をいやなことから守りたい、という念においては寸分も異なることはない。
その守るべき存在の方を見る。相変わらず、所在なさげに、どこか心細そうにしている。そんなところも可愛い。愛しい。大好き。愛してる。
ふと隣を見たら、莉羽も蕩けたような表情で佳那妥の方をチラチラと見ていた。きっと私と同じことを考えているのだろう。そんな妹のことも、佳那妥と同じくらいに、大好きだ。
思わずため息がもれる。莉羽と、私の……いやどうして琴原さんまでため息ついてるの。なんだか私たちとは湿度の異なるため息だったけれど。
「おいおいお三方よぅ、いくらなんでも人の顔見てため息とか失礼なんじゃないのかよぅ」
そうしたらなんだか佳那妥は誤解したみたいで、憤懣遣る方無い……という表情にはほど遠い、おっかなびっくりというか彼女には似合わない、凄味を利かせようとして完全に失敗しているおかしな顔で迫ったきたのだった。
・・・・・
授業が終わると、わたしは新しいクラスメイトからのお誘いを片手拝みでお断りして、お姉ちゃんと佳那妥のクラスに向かう。
お昼休みに四人で決めたのは、琴原さんと一緒に昔佳那妥をいじめてた……いじめてた、っていうのかなあ。なんだか気のせいかもしれないけど、そこまで緊迫してるようには思えないんだけれど、とにかく佳那妥と琴原さんの幼馴染みでなんやかんやあったコと佳那妥がはち合わせしないよう、当面の間佳那妥を家まで送り届けること。
もっとも佳那妥にはその幼馴染みのコとの遭遇じゃなくて、四条から守る、っていう名目で納得させてあった。琴原さんが言うには、昨日偶然出くわしたのが佳那妥をいじめてたコだっていうことは佳那妥自身では気付いていないから、ってことらしーけれど。
「お姉ちゃん、迎えに来たよー……って、佳那妥はどうしたの?」
「逃げられたわっ!」
珍しくおねーちゃんが地団駄踏んでてもいいくらいに悔しそうな顔をしていた……逃げられた?
「そうよ。もうっ、授業が終わってすぐ振り返ったらもう扉に手が掛かっていたのよ!慌てて呼び止めたら、何て言ったと思う?」
「うーん……ごめーん、とか?」
「子供じゃないんだからやってられない、よ!あの子にあんな生意気なところあるなんて思ってなかったわ!」
「わぁ………」
あは、佳那妥もなかなか思い切ったことを言う。お姉ちゃんには悪いけど、ちょっと痛快に感じてしまった。
結局、今から追いかけても追いつけるとも思えなかったし、四条だって出し抜かれたみたいに手持ち無沙汰っぽかったので、あたしはお姉ちゃんとのんびり帰ることにした。
途中、琴原さんには事の次第を報告したところ、呆れて「わーった。今晩精神的にボテくりまわしとく」だって。明日の朝は佳那妥の泣き顔が拝めそうだなあ。
「……にしたってあの言い方はないじゃない」
帰路、お姉ちゃんは佳那妥に反抗?されたのがよっぽど面白くなかったのか、いつまでたってもぷりぷりしてた。わたしはそんなお姉ちゃんの愚痴みたいな繰り言に「あはは」と笑って応じるしか出来なくて、それでもお姉ちゃんは「まったくもう、佳那妥はほんっとにもう!」って、何度も繰り返していた。
でもきっと、わたしもお姉ちゃんもそんな佳那妥の姿に本気で腹を立ててたわけじゃなくって、怖いことを知ってる分優しくもあって、親しくなればイタズラっぽいところも魅力的に思える、本当にかわいい女の子だと思ってるんだ。
だからずうっと一緒にいたいと思ってるし、守りたいとも思ってる。そんな気持ちから勝手に守ってやる、みたく思ったんだけど、よく考えてみたら佳那妥だって迷惑……とまでは言わなくても、一方的に守られてるみたいで面白くなかったのかもしれない。
お姉ちゃんが喋り疲れてか、ようやく静かになった時にわたしはそんなことを話してみた。
「……それは分かってるわよ。佳那妥も私たちと同じ歳の……って今は私が一つ上だけど。とにかく、私たちから守られてるだけの子供なんかじゃないわ。だからあんなことを言った佳那妥の気持ちだって……いや、やっぱり腹が立つわね」
うちの姉も大概子供っぽいなあ、と思いつつ、流石にもうつき合いきれないのでほっといて前に一歩出る。
ちょうど向こうから学校帰りの小学生と思われる女の子二人がやってきたので、わたしたちが並んでいるとすれ違えないからだ。
「こんにちはー」
「うん。こんにちは」
「気をつけてねー」
なんだかそういう運動があるっぽく、女の子たちはわたしたちと並んだ時にそんなあいさつをしてきた。もちろん無視なんかせず、わたしたちも笑いながらあいさつを返すと、子供たちもきゃぁっ、て賑やかに笑って小走りで駆けていった。驚かせたのかな?
「ふふ、年上のキレイなお姉さんにお返事してもらって嬉しかった、ってところじゃない?」
「そんなものかなー。ていうかわたしもおねーちゃんもまあキレイな方だとは思うけど、小学生にもそーいうのって通じるのかな?」
「自分が小学生の頃って、高校生はすごい大人だと思ってなかった?」
「まあ、そうかも、ね」
「でしょ?」
そこから特に話は発展することもなく、会話もなく、わたしたちは黙って家に向かった。
その間何を考えていたのかっていうと……まあ、さっきの小学生の女の子二人の姿で、佳那妥と琴原さん、それから二人と仲が良かった時もあったという、もう一人の女の子のことを、だ。
佳那妥は気付かなかったらしいけれど、小学生だった佳那妥たちの関係に影を落とすことになった出来事の主人公の、コ。
一体なんだって、転校していったとかいうそのコが今になって佳那妥の前に現れたのか。偶然なのか、何か意図があったのか。後者だったらまた面倒なことが増えたことになる。四条のことだけでもけっこー頭が痛いっていうのに。っていうか、あいつ特に女の子が好き……ってこともなかったと思うんだけど。バイ、ってやつ?それとも佳那妥に何か………あーもう、やめやめ。ただでさえ佳那妥の身辺に女の影が増えてめんどーだってのに。それこそ琴原さんが言ったみたく、女絡みの厄介ごと、だったりしたらコトだ。
そこんとこだけは、多分佳那妥一人じゃあなんにも出来ないだろうと思う。わたしたちが力になれることなんだと。
だからまあ、今日のところは勘弁してあげるけど、相談くらいさせなさいよ、佳那妥。
そう決意を新たにした、夜のことだった。
『あんのやろー、早速チアキと遭遇しやがった……』
ため息七割、って感じの知らせが、琴原さんから、あったのだ。




