第49話・帰ってきた女 中編
「少女の危機を救うため……参上!」
いや二度もいわんでいいから。ところで少女と乙女てどう違うんだろ。後者の方が大和撫子な和風味を覚えるんですけど、その辺どう思います?
「そんなこと私に聞かれても。それにどっちだって私には関係ないわ。私の下であがいてる女の子がいいってだけだし」
ブレない人だなあ。自分が被害者になってなければ「あ、そすか」で済ますつもりだったけど。とりあえず。
「えーとそこのひと?見ての通りテーソーの危機ってやつなので助けていただけると、はい」
「情緒がないわね。私の色に染められる寸前、とでも言って欲しいわ」
「いえどう考えても犯罪加害者と被害者の図です傍から見たら」
ちらっ、と上下二人揃って闖入者に目を向ける。なんだか寸刻前のキンパクした雰囲気がどっかに吹っ飛んでいた。卯実と莉羽に知られたらすんごいヤバい気分を抱いていたこともどっかに吹っ飛んでいた。ていうか吹っ飛ばしておいた。自分をいじめてた相手に指舐められてちょっと気を遣ってたなんて知られたら末代までの恥!……って、末代どころか次代も怪しいけど。
「なかなか言うわね。お友達から始める、って手もあると思うけど?」
「出来たらお友だちから始めて最後までお友だちのまま、っていうのが理想の展開なんデスガ」
「…………」
やおら四条さんは口を尖らせ、あたしの上から降りた。正直「助かったぁ……」て気分だったけど、一体何が四条さんの気に障ったのやら。
「……私はね、私の言葉とか行動であたふたしてる女の子がいいなあ、って思うの。簡単にポンポン口答えしてくる今のあなたには興醒めだわ」
さいですか。
体をむくりと起こして帰るためにか身支度をしている彼女の背中をじーと見る。
うむ、いー感じにあたしへの興味を削ぐことが出来たようだ。偶然だけど。
さよーなら、四条さん。出来たらお互い遠いところで幸せになれたらいーですねー……なんてほくそ笑んでいたならば。
「………ふふっ」
ぞぞくぅっ?!
いきなり振り返って吊り目系美人の本領発揮、みたいなキッツい笑みを浮かべてた。や、やっぱりあたしこの人苦手やぁ……。
「……とはいっても可愛い女の子、私好きだわ。あなたにはそそるものがたぁっくさんあるし、また声をかけてあげるわね。楽しみにしてて」
ぶんがぶんがと半泣きで首を振る。
寸前にゲッツした余裕なんかどこへやら。
やっぱり一杯一杯になってまたベンチから落っこちそうになってるあたしを満足そうに見やると、今度こそこちらを振り返りもせずに四条さんはゆっくりと立ち去っていったのだった。な、なんなんだあの人は……。
「…………」
ま、まあいいか。とりあえず解放されたんだから家に帰って大人しくしてよ。
地面の上に転がっていた鞄を……あれ?どこいったマイバッグ。
ベンチの側に落っこちていないかと見回していたあたしの目の前にスッと差し出された手に、鞄は握られていた。
「あ、ども」
もちろんその手の主は、闖入してきて妙な一言二言で四条佐代子嬢のいー感じに……いや、悪い方向に萌え上がっていた炎を鎮火せしめた、奇妙な少女。
顔を見上げてみると、背の高さはそんなに違いは無い。やや赤毛よりの栗色の髪をいわゆるポニーテールにまとめ、目付きはどちらかというとキリッとした凜々しい系。同じ吊り目系でもキツさだけが前面に出てる四条さんとは大分違う。
顔立ちなんかは美人とか可愛いとかいうよりも幼い感じ。あたしもそんな背は高い方じゃないから、中学生かしら。あんまり見慣れない制服着てるし。
しかし、いかにもアクティブで元気な物言いにして、スカート短めなのよこのコ。大丈夫かしら、いろいろと。あ、スカートの裾からなんか足にピッチリした布地が見えてる。スパッツ着用なら問題ないか……とかバレないように観察しながら拾ってくれた鞄を受け取ると。
「ふふふん、ボクのお陰で助かったみたいね。感謝するといいよ!」
……だって。
いやまあ、あのなんかぶっ飛んだというか素っ頓狂な台詞で四条さんを思いくそ醒めさせたのを功績と数えるならそれでもいいんだけど。
ただなあ……ボクっ娘かあ。百合オタの中でもボクっ娘否定派閥に属する身としてはちょっとなあ。あとなぁんかイヤなことを思い出しそうな、そうでもないような……。
「どうかした?」
「はひゅっ?!」
考えこむあたしをヘンだとでも思ったのか、ボクっ娘は下から覗き込んできた。い、いやあんま近くで見られると妙な動悸が……うう、心臓止まれぇぇぇ……って心臓止まったらダメじゃん。落ち着けあたし。
「うん、大丈夫みたいね」
「そそそそうだねっ?!……と、とりあえずお礼は言っておいた方が無難な気がすゆので言っておく……あ、ありがとう……?」
「なんで疑問形?」
んなこと言われたって、なんかこう、あたしの中のタマシイ的な部分が「はよ逃げれ」と警告発してるんだもん。
尻込みしながら後ずさり去ろうとするあたしを、ボクっ娘は怪訝な目で見下ろす。つまりあたしは腰が引けて頭の位置が下になってるわけで……うう、なんかやっぱり苦手だよぅ、この子。
「……えーと、キミなんかどっかで……」
「じゃっ、これで!」
また何か言い出しそうだったので、慌てて「しゅたっ」と右手を掲げてアイサツすると、あたしは「さよぉならぁぁぁぁぁ!!」と遠吠えのように長く響く声を残してその場を後にした。
なんか去り際にボクっ娘が「あ、キミの名前……」とか言ってた気がするけどもう会うこともないだろうし知ったことかーい!
・・・・・
で。
その日はフツーに家に帰って何ごともなく過ごした。
卯実や莉羽とはDiscordでちょっと話をしたけど、ほんとちょっとだったので夕方の出来事なんかは特に話題に上らなかった。
ハルさん?恋人同士のピロートークの最中に連絡するなんて不粋な真似出来ますか、っての。あたしはこれでも友だちには気をつかう方なのだ。
そして翌日のお昼休み中。
「今日は帰りどうする?」
「うーん……最初の模試もあるしそろそろ落ち着いて勉強した方がいいんじゃないかしら」
「もっともだねー……ってなんで三人揃ってあたしを睨むの」
それぞれのおべんとを前に囲んだ卓の前で、あたしは銜え箸で不満を示す。
ちなみに場所はあたしと卯実のクラス。莉羽とハルさんがやってきて、昼食を一緒にしてるトコ。久しぶりに教室で昼食してるので、なんだか周囲の視線が刺さる。まあいつも通り卯実と莉羽に集まる視線の流れ弾がこっちにも刺さってるってトコだろうけど。ハルさん?そこそこいー男といー関係になってるハルさんには、男子の不逞の視線なぞバリヤーで防がれるのだ。雪之丞バリヤー、はんぱない。
「この四人の中で成績が一番心配なのがおめーだからだろ。他人事みたいに言ってんじゃねーっての。あとその生ぬるい視線ヤメロ」
「何度か言った気がするんだけど、これは温かく見守る視線といって後ろめたいところのあるものにはチクチクと心に刺さる……あーっ?!」
「きゃっ!」
「な、なにいきなり叫んだりして、佳那妥?」
は、ハルさんがハルさんがぁぁぁ……最後にとっておいた海老フライをパクッと、パクッと……。
「うるせー。どうせまたいつもアレなんだろ?おめーの考えてることくらい分かるっつーの」
「あれ?……って、なに?」
「あ、えとね莉羽。ハルさん昨晩は雪之丞んとこに……」
「え?え?」
なんか聞きたがり姉妹が両隣から顔を寄せてくる。あのね、あのね……とひそひそ話を始めようとしたならば。
「させるかっ!あのなぁ、カナ。別に雪之丞とは何もなかったっつぅの」
「昨晩は?」
「……ふつーに会いに行って話しただけだよ」
「とても清らかな夜だった、と」
「清らかも不純もねーっつーの!」
なるほど。顔を赤くしてはいるけどその言に偽りはなさそーである。それ以上のコトがあってあたしに隠しごとしてる場合、言ってることがイミフメイになることあるからな。
「……割と頻繁なの?」
「どっちのことかで返事は変わるけど、ハルさんから雪之丞に会いにいくのは、わりとしょっちゅう」
「ふわぁぁぁ……」
卯実が目を丸くして驚いていた。ふふふん、ハルさんこー見えても現役の乙女なんだぞ。
「いやもう、意味が分からん。あーしのことよりおめーの方はどうだったんだよ。ちゃんと真っ直ぐ家に帰ったのか?」
「別にあたしには逢い引きするよーな相手……いるけど」
両隣から向けられる視線がだいぶ厳しめになったので言い換えておいた。ただ何かと耳目を集める三人なもんだから、そーゆーことを大声で言い散らかすわけにはいかんわけで。
あ、でも。
「ん?どした?」
「いや、ハルさんと別れたあとに四条さんに待ち伏せされた」
「ぶっ?!」
「へ?!」
「はあっ?!」
三者三様、でもなくほぼ同じ反応だった。珍しい。
「っ、ていうかおめーなんでそれを先に言わねーんだよっ!!………ぐ、お、おいみんなちょっと教室出るぞ!」
なんか穏やかじゃない空気を醸し出しつつ、ハルさんは率先して弁当をかっ込んでいた。あたしの海老フライ……。
「そんなもん後でロッテリアでエビバーガーでも奢ってやるからさっさと食え!」
品槻たちも、と急かされて卯実と莉羽も同じように弁当箱を空にしていた。
ちなみに話題に出た四条さん、他のお友だちとご一緒のよーで、今日は教室にはいなかった。
「で、何があった?」
「うん、家に帰る途中の公園に寄り道したら四条さんがいて、押し倒されかけた」
「お前はなんでこう、次から次へと女絡みの厄介ごとに……」
新年度になってからは始めての第三講堂の舞台裏。莉羽と卯実とあたしの馴れ初めになった懐かしい場所……なんて浸ってる場合じゃなく、割と遠慮無く声出せるようになったので、ハルさんは芝居がかってるくらい大仰に顔を手で覆って天を仰いでみせた。
というか女絡みの厄介ごとってなんなんだ。あたし一応女なのに。
「っていうか、わたしたちまで厄介ごと扱いして欲しくないんだけど、琴原さん」
「そうね。私たちは誠心誠意、心の底から佳那妥を大切に思っているわ」
「その本気っぷりが既に厄介ごとだと思うんだけどな。まあいいや。それでおめーのてーそーは無事なのか?」
「そうね。私たちの佳那妥の貞操が四条さんなんかに奪われてたら事だわ」
「そーだそーだ」
あのー、その『私たちの』って所有格はどこに繋がるんでしょう?『佳那妥の』ならともかく『貞操』にかかるよーだと若干付き合い方考えた方が良さそうな気がするんですが。
「そんなものどっちだっていいでしょ。で、どうなのよ佳那妥」
なんか卯実が妙にグイグイ来るなあ。いつもなら暴走する莉羽をなだめて話をスムースに進行する役なのに。
「いや、真面目な話同性でもそういうのは問題になるからさ。増して四条とおめーじゃあ、以前諍いがあって学校にも知られてるし。無理矢理何かされたってんなら釘くらい刺しておいたほうがいいだろ」
と、なんか話が長くなると察したかのように、ハルさんはそこらにあった椅子を引っ張ってきて腰掛けた。長いこと使われてない椅子だから座面に埃が溜まってるのに、制服が汚れるの気にした方がいいんじゃないかなあ。雪之丞の前だと乙女なのに、普段こーいうところはほんっとガサツな親友で困る。
「っていうか、押し倒されたってどーいう状況なのよ。本当に何もされてないのよね?佳那妥」
「あ、うん。なんかヤベー感じに盛られたあと……」
「何かされたのねっ?!」
されたとゆーか、指を咥えて舐られた、ってくらいだけど。あ、あと胸元に顔寄せられて匂い嗅がれた、って言ったら自分の分を取り返そうとでもしたのか、卯実と莉羽があたしの胸元に殺到しかけたのでハルさんが「やめんかエロ姉妹」と二人を引き剥がしてくれたのは、正直助かった。
「でもよくまあそこまでされて逃げてこられたな」
「そうね。四条のヤツ、けっこー歯止め利かない性格だと思ってたのに」
「あ、そこはなんか変な子がいて助かった」
変な子ぉぉぉぉぉ?……と、三人まとめて顔をしかめてた。美少女っぷりが損なわれて残念な表情だった。
「余計なお世話よ。それで、変な子って……男?女?」
「うん、女の子。中学生くらいの。なんかこお、あたしと同じくらいの背丈でポニーテールにしてて……」
その場を逃げ出した割には姿格好をしっかり覚えてたあたしは、ちょっと細かくその子の特徴を話してみたんだけれど、それにつれてハルさんがまた妙に黙り込んでしまっていた。そんで大して長くも無い話を終えると、今度は難しい顔になって、あたしの顔をじーっと見つめてた。
「な、なに?ハルさん」
「おめー……いや、ちょっといいか?」
「?」
また深刻な話でも始まるのだろーかと身構えたあたしだったけど、ハルさんはあたしにではなく卯実と莉羽を「ちょっとこっち来い」と手招きして席を外し、あたしには「おめーはそこでちょっと待ってろ」と告げて、舞台側の出口に二人を連れてってしまった。
なんなんだ。あたし除け者か。ちぇーっ。




