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姉妹百合にはさまる女は罪!  作者: 河藤 十無
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第48話・帰ってきた女 前編

 「卯実ー、莉羽ー、んじゃーねー」

 「さよなら、佳那妥」

 「まったあっしたー!」


 ……なんだか小学生みたいな声をかけあって、あたしたちはそれぞれの帰路につく。

 品槻家と椎倉家は学校を間に完全に正反対の方角にあるので、本来であれば学校を出ればすぐ分かれることになるんだけど、諸々の事情によりしばらく寄り道をしてからそれぞれの家に帰る、という行動をとっている。

 と言っても、新学期が始まって半月経っても「諸々の事情」が発動する気配も無いし、あんまりこれからは無理しなくてもいいかもね、という空気にはなりつつある。要するに四条さんも始業式の日以来は顔があったら挨拶するくらいのもので、別におかしなこともおこってないのだ。


 「……てことなんで、別にハルさんもあたしと一緒でなくてもいいんよ?」

 「んなこと言われてもなあ……」

 「あたしに引っ付いてるヒマあったら雪之丞に引っ付いてる方が建設的なんでない?」

 「……んなこと言われてもなあ」


 わずかに間を置いて頬を赤らめる。うわなんだこの乙女かっわいーお持ち帰りした……いでで?!


 「おめーひとをバカにするのも大概にしろよ?!雪之丞絡みでからかうのも程々にしとかねーと……」

 「わぁった!分かったから顔を片手でふん掴んで振り回そうとするのやめてぇぇぇぇっ?!」


 ハルさんが新技を会得していた。もしかして雪之丞の道場で新たなインスピレーションに導かれでもしたのかしら。


 「んなわけねーだろ。ったくおめーはひとの気も知らないで……」


 マジで痛かったので解放された顔面は半泣きになっていたのだけど、なんかハルさんのぶつくさ言ってる内容はよく聞き取れなかった。心配してくれるんのかなー、とは思ったけれど、四条さんの件は問題無いと思うんだけどなあ。今のところ。


 「まーとにかくさ、あたしのことは大丈夫だよ。ここしばらく四条さんたちとも絡みねーべ?あたしも卯実たちもさ」

 「あーしの心配はそっちの……まあいいや。そだな、何ごともないのが一番だわ」

 「だろ?」


 十数秒前まであたしの顔を握ってた右手が、そのままアタマの上に乗せられる。

 そんで「なにすんだよぅ」と口を尖らしたあたしをニヤリと見下ろすと、ハルさんはおもむろにその手を前後にシェイクした。いやハルさんにしてみればアタマ撫でてるんだろーけど、勢いが猛烈過ぎて髪がメチャクチャになるんだが。

 実際、ひとしきりそーして満足したハルさんは、セットがぐちゃぐちゃになったあたしを見てケタケタ笑っていた。ええい、自分でやっておいてなんて態度だい。


 「あっはっは……わりーわりー。でもま、あーしにとっては可愛くなってもそういうカナタが一番カナタらしいよ」

 「そうか?……ま、ハルさんがそう言ってくれるんならあたしも嬉しいよ」


 自宅からそう遠くもない町内で、そんなコントみたいな真似をしてると通行人が何やら微笑ましいものでも見るような視線をくれて去って行く。なんだか流石に恥ずかしくなって、四月の夕焼けの中を「ほいじゃ帰るかい?」とハルさんに声をかけたんだけど。


 「あー……わり。ちょっと約束があって……だな」

 「おぅけぃ、全て察したゼ親友よ。口裏合わせはしてやっから……今晩は熱い夜を過ごすんだヨ……」

 「てめぇは人の耳のあるところで誤解を招くよーなことを口走るんじゃねえ!」

 「あででででっ?!」


 ……さっきより一段階出力を上げたアイアンクローを見舞われたのだった。正に口は禍の元。口禍滅身の理、再び。あうあう。




 「……うう、ハルさん照れ隠しにしてもちょっと力入れすぎぃ……」


 なんかまだこめかみの辺りに違和感があるぅ……。

 結局さっきの騒ぎは、通りすがりの女子大生と思しきおねえさんがあわてて割って入ってくれたのでトドメを刺されずに済んだんだが、ハルさんのもやっとしたオトメ的なナニカに火を点けたのか、真っ赤な顔をして立ち去ってしまった。家と反対の方角に。というか雪之丞の家の方角に。

 だからまあ、そゆことなんだろう。今晩は恋する乙女の為によき壁となってやろうと思うあたしであった。いやそんなことはどうでもよく、こっちはこっちで家に帰らないといけないわけで。そういや我が家のくそ兄貴が最近あたしに対する干渉を強めてて、家には早く帰れだのどっかに行くときは行き先を知らせろだの実にうるさい。家族大事ならあたしの顔面手術成功する前から言えっつーの、と文句を言ったら「程度の差はあっても前から言ってるだろうが!」と心にも無いことを言われたのでただいま絶賛絶交中である。そんなこと言われた覚え無いっつーの……無いよな?いやあったかなあ……うーん、あたしが気にもとめてなかったせいなんだろうか。


 「あいだだだだ……」


 と、考え事しながら歩いていたら、首をひねったためかまたこめかみ辺の痛みがぶり返してきた。うう、ちょっと休憩……と家に帰る途中にある公園に寄り道。そういえばこの公園卯実と初めて会話したトコだったっけ。

 あの時、あたしに向かって「ばいばい」って心細そうに手を振ってた卯実は、なんか頼りなさげだったけど今となってはギャップ萌え……じゃねえや、莉羽とのことで不安とかに押し潰されそうだったんだろうなあ。

 そんな風に少ししんみり。あの時とは違ってまだ夕方だけれど、思い出のコンクリのベンチに腰を下ろす。


 「にしてもハルさんめー、顔の形変わったらどうしてくれんだ。いやまさかホントに変形したりしてないだろな?鏡持ってくりゃよかった」


 流石に学校に本格的な化粧品など持ち込むわけにもいかないから鏡の類を常備などはしてないけど、ちょっと確かめないといけない気がしてきた。普段のハルさんなら心配ないとしても、雪之丞が絡むと力の加減忘れるしなあ。


 「えーと鏡、鏡、と……あ、スマホアプリに鏡みたいなのってないかな?」

 「あら、鏡が欲しいのかしら。どうぞ」

 「あ、うんありがと」


 横からコンパクトを差し出されたのでありがたく拝借してパカッとひらく。コンパクトとしても少し小さめだから、少し離したり近づけたりして顔の様子を見る。うむ、まあブサイクとも美人とも言い切れない、最近やっと見慣れてきた顔である。


 「何があったかしらないけれど顔は大事にしなさい」

 「そうだねーありがと、これ返すね、って…………うひゃはぱらっ?!」


 ……いやおかしいとは思ってたんだよぅ。卯実や莉羽とは分かれたし、ハルさんもぷりぷり怒ってたからしばらくは話もしないだろーに、一体どこの誰なんだこんなに都合良く鏡貸してくれるのは、とか思ってコンクリベンチの隣を見たならば。


 「ししししし四条さンっ?!」

 「あっはっは!そこまで驚かれると脅かし甲斐があって楽しいわ!」


 思わず飛び退ったらベンチから転がり落ち、しりもちついた格好のあたしに指を指されてるのは、言わずもがな四条の佐代子ちゃん。いやちゃん付けするよーな関係ではないけれど……うげぇ、選りに選ってみんなと離れた後に襲ってくるとわ……。


 「ふふっ、琴原とこの辺で分かれるのは知ってたし、待ち構えてて正解だったわ。さー、邪魔者もいないし……私と遊びましょう?こないだ約束したでしょ」

 「しっ、してないしてない!約束とかしてないしっ!!」


 待ち伏せとかもっとタチが悪かった。

 半泣きで首をぶるんぶるん振るうけど、そんなもんにお構いなく四条さんは……というかビクビクしてるあたしをむしろ楽しそうに、あたしの腕をとって立ち上がらせる。ドSや。ドSの降臨や……。


 「別に取って食おうなんて思っちゃいないわ。展開次第では食べたいけど。はむっ」

 「ひんっ?!」


 そして、掴んだままのあたしの手を口元にもっていき、まだ自分を指していたあたしの人差し指を口にくわえる。あうあう……莉羽にも卯実にもここまでされたこと無いのにぃ……でもひとりじょーずの時は上の口どころか下の口……あわわ。


 「あらぁ……?これくらいでそんな蕩けた顔になるなんて……ふふふ、少しは脈があるということでいいかしら?」


 ちゃいますちゃいます今のは人にバレたらアカン類の妄想上の出来事を思い返して思わずえってぃな気分になたからで……。


 「れろん」

 「ひぎぃっ?!」


 咥えるどころか舐められた。いや舐られた。佐代子ちゃんの口の中で。あたしの指が。

 もう半泣きどころかマジ泣き三歩手前くらいの有様で必死にイヤイヤをするあたし。それがまたなんというかサドッ気の炎に油を注ぐのか、爬虫類みたいな目で睨め上げながら、指の第二関節に門歯を通過させる。あ、あわ、あわわわ……ヤベェ……何がヤベェって……だんだん気持ちよくなってくるぅ……ごめん、卯実……ごめん、莉羽……あたし、こんなんで気持ち良くなってきちゃうぅぅぅぅぅ………。


 「……んっ………ふふっ、やっぱりいい反応してくれるわ。思った通り。私の何かこう、ハートのところにあるものをクイって良い感じに煽ってくれるのよね、椎倉さんは……」

 「しししっ、知らない知らないっ?!そんなの知らねッス!お願いだからもう勘弁してぇ……」

 「あははは、泣きながらの懇願も心地いいわ。こうしてね、困ってるあなたをこう、追い詰めて……」

 「は、はわわわ……」


 昼日中……ではないけどまだ明るい時間帯なのに、コンクリベンチに押し倒され……いや誰か通行人とかおらんのか助けんかいっ!


 「無駄よ。二、三日下調べしたけれど……この公園のこのベンチ、道路側からは死角になってて気付かれにくいのよね……」

 「用意周到の変態だーっ?!」

 「今日日女の子同士でこれくらいのこと、別に珍しかないわよ。なんなら新しい世界に導いて……あげましょうか?」


 いえ、その世界既に知ってますあとは体の関係だけ……とかって言ってやればどーなるかと少しでも考えただろうかいやずぇんぜん思い浮かびもしなかった。

 何せあたしを押し倒したいじめっ子は、なんだか怪しい光を帯びつつある瞳でこちらの目を射貫き、そのまま視線は下に向かい、唇のトコで舌なめずりをして危機感マックスになったけどほんとーのピンチはその先にあったーっ?!


 「……ふぅん。椎倉さん、さ。女の子を誘う匂い、するのね?」


 しないしないそんなもんするわけがないっ?!ていうかどこ見てるのそんなとこにあるの胸元に鼻寄せてくんかくんかとかしないでひぃぃぃぃぃぇぇぇぇぇぇっ?!………と、ガタガタ震えること、しばし。


 「ほぅ……」


 なんか満足しましたみたいな呆けた顔で、あたしの(大して膨らんでない)胸から顔を上げると、これでやっと解放されると思って泣けてきたあたしの顔を見てまたなんか感情を改めたっちゅーか収まってきたものがむっくらこっくらと湧き起こったようなそんな危なっかしさ……いや、アブなっかしさを漂わせつつ、ベンチで横になったあたしの上に跨がってきて、あなたスカートずり上がって太ももあらわなんですけどいー加減大声上げて助け求めた方がいいのかしらでもそれってあたしの名誉的にどーなんだ四条さんの将来とかは知ったこっちゃねえけどな!……とか流石に危機感から回り始めた頭で思った時だった。


 「ふっふっふ……乙女の危機にぃぃぃ……ボク参上!」


 ……………………は?

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