第47話・モテにはモテの悩みがあるらしい(他人事)
新学期早々呼び出されました。
誰に?って。
「そろそろ私の気持ち、分かってくれてもいいんじゃない?」
(あわ、あわわわわ……ガタガタガタ)
一応、去年のクラスメイト、四条佐代子嬢に。
ぶっちゃけると、去年卯実たちとのことであたしに突っ掛かってきて、まー……我ながら情けないけどイジメみたいなコトをされてた相手だ。
そんな相手に始業式の日の登校直後に人影のない校舎裏に連れ込まれて、平気でいられるわけがない。今は四条さん一人だけ、というのが救いではあるけれど。
うう、前は助けてくれたハルさんも一緒じゃないし……自分で何とかするしかないとはいっても何とかする自信なんか無いよう……誰か助けて……。
「ねえ」
「ひんっ?!」
壁ドンだ。これが有名な壁ドンだ。でもいじめっ子にそんなことされたって怖いだけじゃん……。
校舎の壁に追い詰められ、縮こまってガタガタ震えてるあたしを、四条さんは舌なめずりするように見下ろし……。
「……ねえ、去年のことは悪かったわよ。本当に謝るから、目くらい合わせてもらえない?」
そそそそぎゃんこと言われましても……ただでさえコミュ障の引きこもり女がいじめっ子と目なんか合わせたら……今なんつった?
「本当に反省しているの。確かにりーこやうーみたちと仲のいいあなたに嫉妬してあんなことしてしまったけれど……二人ともあなたのこと友達だと思ってるのは本当みたいだし」
いえ、友だちどころかその一線完全に踏み越えちゃってますけど。
「そのりーことうーみが、あなたは良い子だって言っているし、あなたが二人に、私と仲違いしないように言ってくれたんでしょう?私、あなたのこと誤解してたの。だから、私とも仲直りしてくれないかな、って」
……うう、また勝手なこと言ってるよぅ。いじめっ子の方はそーして反省して見せればこっちが全部わだかまり解いてくれると思うんだろうけど、そんなん簡単に折り合いつくわけないじゃん……。
でもあたしには卯実と莉羽っていう存在があるし、二人に形だけでも四条さんたいと仲直りした方がいいよ、って言った手前、ここで突き放すわけにもいかなくって。
「う……は、はい」
ほんとーに怖かったけれど、背けていた顔でなんとか四条さんの顔を見て、向こうに伝わる程度に頷いてみせたのだった。
「うん。よかった。本当にごめんね」
そしたらまあ、にっこり笑ってこれで全部解決、みたいな顔になっていた。なんつぅか能天気というか自分勝手というか……でも初めて正面から顔を眺めて思ったけれど、この人まあ大人っぽい美人には入るんだよね。目付きがきつくてかなり印象下げてるけど。そういう意味ではあたしと似たようなものかなあ………て、そろそろ壁ドンの体勢、解放してくれません?
「……うん、思った通り。やっぱり可愛いよね、椎倉さん」
「ふぇへっ?!」
……その美人顔が、やや蕩けた風になっていた。目尻が下がり、その分キツい目付きが緩和されて普通に美人顔になってる。卯実とはベクトル違うからあたし好みではないけれど……ってあのちょっ?!その……あ、あたしのあごに手をかけてなんばしよっとですかっ?!
「ねえ、今度一緒にどっか遊びに行かない?二人きりで」
あまつさえその手を頬にススス…とずらしてなんか撫でてる風にわさわさしてんですけどっ?!
「あ、あう……」
「?!……ん、んー……やっぱり食べてしまいたいなあ…………ねえ、いいかしら?」
いいわけあるかぁっ!!……と突き放せれば良かったんだけどそこはもう常套句で言うところのヘビに睨まれたカエル状態、ってヤツであたしは震えることも忘れたまま、段々接近してくる四条さんの顔から目が離せなくな
「サヨー!どこにいんだよ!」
「ちっ」
校舎の陰から聞こえてきたもう一人の声。聞き覚えはある。四条さんと連んであたしを取り囲んでいた三人のうちの一人だ。名前は……知らん。
その声が聞こえると、四条さんは舌打ちを一つかまし、あたしから身を離した。ついでに「早く行きなさい」と肩を押して声と反対側の方に押しやる。
少し突き飛ばされるような格好になったけど、このままここにいたって良いことなんか一つも無さそうだし、あたしは「ありがと」って告げて一目散に逃げ出した……のだけれど、そもそも四条さんに礼を言う必要なんかいっこも無い気がするんだが。
・・・・・
「ほんっとにその通りよ!何よ四条のヤツわたしたちの佳那妥にちょっかいかけて!」
「あ、あの莉羽?もーちょっと声を抑え気味にしてもらえると……」
本日は始業式ってーことで、それが終わったらあたしと卯実と莉羽の三人は早速街に繰り出した……言うても春休みの間というか補習が終わった後はほぼほぼ毎日一緒にいたんだけど。
「何よ佳那妥。わたしとは一緒にいたくないってワケ?!」
「んなわけないでしょ。もー、莉羽がめんどくさい。なんとかしてよ卯実ぃ……」
「ふふ、今年は佳那妥とクラスが違ったから荒れてるのよ。少し我慢してあげて」
「それを言われるとなあ……」
三年の国立文系クラスは三つ。あたしと卯実は同じクラスになったけど、卯実は違うクラスになってしまったのだ。
姉妹だから同じクラスにならないのは仕方ない。となると、あたしが二人のうちどちらかと同じクラスになる、ってメしかないのだ。
で、敗れた莉羽はこーして大荒れになっている、という状況なのである。
いや別に大荒れの莉羽をなだめるくらいはお楽しみの一つ、って程度には余裕持てる関係だけどさあ。せめて家に帰ってからにしてくれないかしら。下校途中のしかも街に向かおうか、って状況だと人目を集めすぎる……。
「莉羽ー?琴原さんが同じクラスなんだから別に寂しくないでしょ?」
「それは別に嬉しくなくないけどさあ……わたし佳那妥とは半年も同じクラスで話してないのに、お姉ちゃんばっかりズルい!」
「そんなこと言われてもなあ……」
結局荒ぶる少女を大人しくさせるのは甘味しかないわけで、いー加減顔馴染みになってこちらが手元不如意で飲み物しか頼まなかったりするとクッキーをオマケしてくれるよーになった喫茶ペシュメテに入ると、ようやく莉羽も大人しくなった。
「機嫌直った?莉羽」
「もういいわよ、別に。でもさあ、わたしが心配なのはそっちじゃなくて四条のことよ……」
「そうねえ……」
三人で陰鬱、というかめんどくさそうな顔になる。
いやま、今日の態度的にはもうあたしに悪絡みしてくることは無さそうなんだけど、違う意味で悪絡みしてきたとゆーか、ぶっちゃけあの態度って。
「あれ、今年の初め頃も思ったけど、けっこー本気なんじゃない?」
「怖いこと言わないでよ莉羽っ?!」
「しかも私と佳那妥と同じクラスだものね……」
「だからそういう怖いこと言わないでぇ……」
前半は莉羽の感想だけど、後半は冷厳なる事実だ。そう、呼び出された時点であたしは知らなかったんだけど、先方は知っていたみたいで、なんかチャンスだとでも思われたっぽい。うう、関わり合いにならなければ別に悪い人じゃないんだけど……。
「そりゃあ関わり合いにならなければ誰だって悪い人ではないでしょ。ね、莉羽。最近四条さんたちとはどうなの?」
「どうって。お姉ちゃんと一緒だと思うけど。顔を合わせれば距離測りつつ会話くらいはするけど、一緒に遊ぶようなこともないし。あ、そういえば話してる時に佳那妥の話題になることは多いかなあ」
うぞぞぞぞぞっ!……な、なんか背筋に寒気が……。おかしいな、まだ四月なのに冷房効きすぎじゃね?
「現実逃避は程々にしなさいな、佳那妥。正直私も見誤ってたわ。四条さん、割と本気かもしれない」
「よねえ。それを前提に対策立てた方が前向きってものよ」
「あ、あの……決めつけるのはまだ早いんじゃないかと思う……んデスけど……」
「無いわ。あのね、佳那妥。あいつ、もんんんんん……………のすごい、メンクイなの」
「じゃがいもがどうしたの?」
「メイクイーンじゃなくて。っていうか普段料理しないくせになんでジャガイモの品種なんかで話逸らそうとするの。四条はね、可愛い女の子が好き、ってだけなの」
「そうね。私なんか莉羽のおまけみたいな扱いだったし。どちらかといえば莉羽の方にご執心だったもの」
「じゃ、じゃあ今さらあたしなんかにコナかけること無いんじゃないかなっ?!」
「だーかーらー、佳那妥はすんんんんん………………ごい、可愛いのっ。いい加減自覚しなさいってば」
四条さんの面食いっぷりと同程度のテンションで語られてもー。
でもなあ。それならあたしじゃなくて莉羽が四条さんを繋ぎ止めてくれないかなあ。あたしのために。
「いやよそんなの」
「即答はひどくない?」
「佳那妥こそ我が身かわいさで恋人を他の女に差し出すよーな真似する気?」
「それはそっくりそのまま莉羽にも言えるわね。佳那妥、あんまり本気にしないでいいわよ」
だといいけど。
まあでも大体事情は分かったのだ。莉羽に向いてた興味があたしに向かったんだろう、ってことらしい。ちうか顔の良さで言えばあたしより莉羽の方が上だと思うんだけどなあ。
「だから……」
「あーはいはい。じゃあ不本意ながらあたしは莉羽と同じくらいかわいいですぅ。で、その上でなんで四条さん莉羽じゃなくてあたしに乗り換えるよーな真似を?」
不本意ながらってどーいう意味よ、とぶつくさ言ってる莉羽を余所に、卯実はすぐに答えが出たらしい。
「多分だけど、いじめっ子気質っていうか、こう、気弱な子をなぶる……っていうと言葉が悪いけど困ったりあたふたしたりするのが面白いんじゃないかしら、彼女」
「今世紀一番納得いく答えでしたぁっ!」
嬉しくもなんともねーけど。
にしてもなあ……見てくれが多少マシになったくらいでこーも態度変わられるのも面倒というかなんというか……子供の頃は少女マンガとかに影響されて、かっこいい子に告白されるのが夢なの!……みたいなこと考えたこともあるけど、コミュ障の百合オタ転じて同性にモテモテですぅ、なんてのも有為転変が激しすぎて対応に困る。人間、そんなに急に立場が変わっても対処しきれないんだってば。
「うーん、佳那妥が相変わらず自分の良さに気付いてないのはともかく」
「良いとこなんかない、のとは違うのね」
「それじゃ佳那妥に惚れた私たちをバカにし過ぎでしょ。そうじゃなくてね、莉羽が千切っては投げしてる、佳那妥に言い寄る男の子だけじゃなくて四条さんみたいなのも今後増えるのかなあ、って」
え…?あのそのー、百合っ娘ってそんな人生で何度も出会うほどにいるもん……なの?
「そだね。あのね、佳那妥。わたしたちの従姉妹に女子高行ってた子がいるんだけど……なんか、凄いって」
「な、何が…?」
「女の子同士でつきあうとかなんとか、そーいうのが」
マジか。いやVTuber界隈見てるとそーゆーネタも確かにみるけど、あれをマジ話として捉えるほどあたしアホじゃないつもりだったし。
「そっちは分からないけど、まあ男の人同士で、っていうよりは例が多いのは確かだと思うわ。ほら、可愛いものを可愛いと思って好意を持つのに男女で違いなんかないんじゃないかな。だから、女の子が女の子を可愛いと思うのは不自然なことじゃなくて、その分女の子同士って男の子同士よりはそうなりやすい……のかなあ、って」
卯実がやや声を潜めながらそう語ったのを聞いて、莉羽は腕組みしてうんうんと頷いていた。というか、実際にあった話だとしても、どんな時や場所でもそうなるとは限らない。でも、それが本当だったとしたら、あたしはちょっと勿体ないことをしたのかもしれない。
「……だったら百合オタとしては女子高に行くべきだったかなあ」
って。見るだけで満足するのなら、そーゆー環境の方がしやわせな高校生活を送れていたかも……ってあの、卯実さん莉羽さん。なんでそんなジト目であたしを見るんですか。
「だぁって、今の佳那妥を女子高なんかに送り込んだら……ねえ?」
「そうね。ピラニアの群れに生肉放りこむようなものよ」
どーいう意味ですか、と強弁しようとしたけれど、実際に四条さんとゆー実例が出来てしまってる以上、あまり説得力のある反駁が出来ない。
で、四条さんのことを思い出したので結論を出すと、結局あたしがなるべく一人になったりしなければそうそうちょっかい出してくることもあるまい、って常識的な結論しか出せず、飲み物一杯で長居するわけにもいかなかったので早々に退散するあたしたちだった。
ちなみに会計の際にペシュメテのいつも親切な(怒るとこわい)店員さんに莉羽があたしを前に差し出し、「このコすごく可愛いですよね?そう思いますよね?」と尋ねたら店員さんに。
「ええ。三人ともとっっっても、可愛いですよ!」
……と食い気味に言われてあたしより莉羽と卯実の方が恐縮してたのにはちょっと笑えました。まる。




