第46話・おねーちゃんの誕生日 後編
なんかモヤモヤした夜を過ごしましたが明けて本日四月二日。品槻卯実の誕生日。彼女は、あたしや妹の莉羽より一足先に十八歳になる。そして十八歳といえば、成人。成人といえば。
「おねーちゃん、お誕生日おめでとうございます!」
「あたしたちより一足先に大人だねっ。はいこれ誕プレ!」
場所はいつもの品槻家、卯実と莉羽の部屋の中。あたしと莉羽が並んで正座。その対面にクッションに腰をおろした本日の主賓。いや品槻家で主賓言うのもなんだけど。
ともかく、居並んだあたしと莉羽が、二人一緒にすすっと差し出した、琥珀色の液体入りペットボトルに卯実は怪訝な顔になった。おかしいな、ちゃんと「祝・誕生日」ってのし紙も貼ってあるのに。
「……どういうつもりなの、二人とも……」
だけど、そののし紙に書かれた文字を指さしてこれが何かをアピールしたあたしに向けて卯実の放った声には、困惑から怒りに転じる三歩手前、という雰囲気が含まれていた。あれ、大人っぽい卯実にはぴったりだって、莉羽と意見一致したのに。いや一致したというか今考えるとあたしの主張に同意した莉羽の笑みは、どことなく乾いたものだったように思えるけど。
とにかく。
「うん。本日より卯実は十八歳。紛うことなき成人。大人です。大人ならもうお酒飲めるんだよね?だから、卯実が初めて呑むお酒はあたしたちが贈りますっ!」
どう?と可愛く(いやあたしに「可愛い」なんて表現似つかわしくないのは百も承知だけどだって卯実と莉羽が最近あたしにさんざん「かわいーかわいー美人さんすてき抱いてもいいっ?!」とか言うもんだから少しくらい勘違いしたっていーじゃんかよぅ)首を傾げてみても、卯実は渋い顔になるだけ。ちょっとー、予想してた反応と大分違うんだけど。
(おーい、莉羽ー?)
この姉の反応、どゆこと?と隣の莉羽に横目で問いかけても気がついてもらえない……というか、無反応じゃないから気付いてないフリしてんな。どーいうつもりなんだろ。まあいいか。とにかく誠意が伝わればいーんだし。
「きっと気に入ってもらえると思って、二人で一生懸命選びました。どう?」
「……あのね、佳那妥。これあなたの仕業?」
にこやかに、悪意ゼロパーセントですぅ、みたいな笑顔を向けたっていうのに卯実はこめかみに指を当てて沈痛な表情になっていた。むぅ、なんだかさっきからどんどん悪化してるような。
「あたしの仕業……というか、だから二人で選んだんだってば。ね、莉羽?」
「うーん………どっちかっていうと佳那妥が主導したというか首謀者というか……」
「首謀者ってなんだよ首謀者って。それじゃあたしが悪いことしてるみたいじゃん」
「……そういうことね。大体理解した」
はあ、とお姉様は深々とため息をお付きになり、痛む頭を振ってあたしたちの贈り物を手に取り遊ばされた。なんだこの部屋に漂うかすかな緊迫感。
「あのね、佳那妥。これ、お酒なの?」
「うん。ほら、ここにちゃんとアルコール度数……えーと、十二パーセント、って書いてあるでしょ?」
「………莉羽?」
「わたし知らなーい。佳那妥が選んだんだもん」
「なるほど」
お姉様が愁眉を解かれた。良かった。あたしたちの誠意は卯実に正しく通じたのだ。
「……佳那妥?」
……通じた、んだよね?
再び深々とため息をつかれたお姉様は、妹と目を合わせて揃ってまたため息をつく。いや何この空気。なんかあたしがアホみたいに思えるんだけど。
「思える、じゃなくて紛う方無くアホの子を見る目よ。あのね、佳那妥。なんでお酒を贈る、って言ってみりんを買って来るのよ」
「だって未成年のあたしたちじゃあお酒買えないもん。アルコール入ってるんだからお酒の代わりになるかな、って」
「莉羽。明日は佳那妥を監禁して料理の基本をマイナス百から教え込まないとダメみたいね」
「なんでっ?!」
「なんでも何もみりんがお酒の代わりになるわけないでしょうがっ!!莉羽も一緒にいたなら止めなさいよっ!!」
「だぁって、何か面白そうだったし」
「あのね……」
つまるところあれか。莉羽もあたしの勘違いを分かってて同調してたのか。タチが悪いことこの上ない。スーパーの調味料コーナーで笑いをこらえてた理由がやっと分かったっ。
「っていうか、みりんだって何度か使ったのにどうしてお酒と間違えるの?佳那妥はほんっとにもー」
「莉羽ぅ、分かってるんなら止めてよー……余計な恥かいたじゃないかよー……」
「あはは、ごめんごめん」
「まあ頂いたものはありがたく使わせてもらうわ。今晩はブリの照り焼きにでもしてもらいましょ。それで莉羽」
「うん?なにおねーちゃん」
ネタだと思われたところ、あたしが素で間違えていたと判明して部屋の中に漂っていた妙な空気は払拭された。これで予定通りに……と思ったら、立ち上がりかけていた莉羽を卯実が制して言う。
「あなたも一つ根本的な勘違いしているんだけれどね」
「勘違い?」
この指摘は莉羽も想定外だったのか、「はて?」って感じに頭を十五度傾けている。あたしの付け焼き刃と違って角度といいタイミングといい、完璧な美少女仕草である。いやそんなことどうでもいいか。
「十八はお酒を呑んでいい歳じゃないの。確かに成人扱いだけど、お酒は二十歳から。だから本物のお酒でも私は呑めません。分かった?」
「ええーーーっ?!佳那妥の誕生日にはお姉ちゃんに買ってきてもらったお酒呑ませて酔い潰してからいーことしようと思ってたのにーっ!!」
……なんちゅー犯罪者思考をしてくれるのだこの子は。
思わずどん引きして自分の腕を抱くあたしだったけど、卯実の方も「あらいいアイデアね」みたいに頷いていたのには本っ気で身の危険を感じてしまったりした。二十歳の誕生日近辺は距離を置いておいた方がいいかもしんない……。
と、まあ物騒な出来事もあったけれど。
最終的に品槻家の台所に収納されることになったみりんのプレゼントは冗談として片付けられ、あたしと莉羽は一足先に大人になった卯実へのプレゼントをそれぞれに手渡した。
あたしからはイヤリング。卯実は物腰や衣装こそ大人っぽい(あくまでも妹に比べれば!)けれど、装飾品にそれほど凝る性格でもない。化粧すら歳相応な程度だ。だから、少しはこーいうアイテムで大人らしさを主張して欲しいな、という意味で。シンプルなデザインの安いものだけれどねー。
付けてみてもらって似合っていたし、反応はとても良かったと思うんだけれど、どっちかというとあたしがこーいうものに興味を持ったことを喜んでいたような気もする。母親か!
莉羽からは真空ボトルの水筒だった。プレゼントのチョイスの傾向があたしと正反対だー、って最初驚いたんだけれど、聞いてみれば最近気をつけてよく水分をとるようにしている、ってことみたいで、それなら持ち歩けて水を飲める水筒がいいんじゃないかな、と莉羽が言っていた。さすが妹、よく見てるなー、と感心すると同時に卯実の反応の方も、あたしのは喜んではくれてたけれど莉羽のプレゼントにはとても感謝しているように見えて、少しジェラしった。こういうところ、一緒に過ごした時間の長さが如実に出るよなあ。
「そんなことないわよ。佳那妥のプレゼントだってうれしかったもの。ほら」
そんなやりとりの後、街でお昼を食べてきまあす、って三人で出かけ、食後のデザート代わりに、そして誕生日祝いの一席として予約しておいたペシュメテのシートで、卯実はあたしの贈ったイヤリングを見せびらかすように、両方の耳元で指を踊らせてみせた。確かにすんごい嬉しそうに微笑んでいた。
「お姉ちゃん。佳那妥ね、普段お店とか苦手なくせしてこのプレゼント選ぶために店員さんにも相談してたんだから」
「あの、莉羽?それあたしが恥ずかしいから言わないでって……」
「いーじゃない。お姉ちゃんね、佳那妥がそういう風に自分のために頑張ってくれたって話を聞くのが一番嬉しいと思うよ。ね?」
「ふふ、そうね。私も佳那妥の誕生日にはいっぱい考えてお祝いしてあげるわ」
「うう、恥ずか死ぬぅ……」
我ながら真っ赤になってるのが分かる顔を両手で覆い、隣の莉羽と正面の卯実がきっとニヤニヤしながら向けてるだろう視線を浴びて悶えるあたし。
でも何だろう。恥ずかしくて恥ずかしくて、なんならテーブルの下に潜り込みたい気分だっていうのに、とても気持ちいい。
それは間違い無く大好きな二人があたしのことを好きでいるってことを確信出来るからなんだ、って迷い無く思う。
莉羽と一緒に、あたしたちの大好きな卯実のために出来ることを考えて、それで卯実が喜んでくれる。それから今度は、あたしたちのために同じように喜ぶことを考えてくれる。
つまんないことかもしれないけれど、あたしみたいな何もない凡人には、そんなつまんないことの積み重ねが幸せってことなんだろうな、って思うんだよね。
だからね、卯実、莉羽。大好きだよー………。
「いや勝手に終わらないでよ佳那妥」
そうでした。
なんかいー話で終わってしまうところだったんだけど、もう一つあったんだった。
「どうしたの?」
「ん、っとね。お姉ちゃんへのプレゼント?っていうかもう一つあってね。ええっと………あった。はい」
「手紙?改まってどうしたのよ」
「いいから読んでみて」
莉羽が鞄から封筒…どちらかというと飾り気のない、大人がアイサツとかで使うようなの…を取り出し、あたしに向かって目配せして、向かいの卯実に渡した。
まあ、ね。こんなタイミングでこんなもの渡したんじゃあ、いかにもお誕生日にかこつけて感謝の手紙を渡します、って感じなんだろうけど……それでも、あたしと莉羽は二人でよくよく考えて、一緒に書いたものなんだ。
「……もう。別に家に帰ってからでもいいんじゃない?」
「ううん。今読んでもらって、そしてお姉ちゃんがどう思うかが大事だから」
そして卯実にも大体何が書いてあるかは想像がつくんだろう。
いかにも泣かせにかかってる内容で、あたしがさっきされたみたいに赤くなって悶絶するところを生暖かく見守られる、くらいは考えているんだろうな。
「しょうがないわね……」
だから、苦笑しながら封を切って、逆にあたしと莉羽の反応を楽しみながら畳まれた紙片を広げる。
あたしと莉羽は……多分、茶化したりニヤニヤしたりなんかせず、卯実の様子を見守っていたんだと思う。
そしてすぐに卯実は、あたしと莉羽のことなんか忘れたみたいに手紙に魅入られたように読み進め、一度最後まで読み終えたかと思ったらまた最初から読み返し、そうかと思ったら一つのところに何度も目を通したりし、そんな時の卯実の顔はとっても幸せそうだったりもして。
だから、手紙をペシュメテのテーブルの上に置いて、向かいに並んだあたしと莉羽の顔を見比べた時の卯実の顔なんかもう、感動でしっちゃかめっちゃかだった、とかじゃなくて、深い深ぁい慈しみみたいなもんが満面に浮かんでいて、だね。
「……………」
そんで、卯実の言葉は、あたしたち三人にとってそれはもう、長い誓いにも似たものになってね。
卯実の誕生日は、そうして忘れられないものになったんだよ。




