第45話・おねーちゃんの誕生日 中編
『別に佳那妥に誠意がないとは思わないから大丈夫』
『だって莉羽のことを夢にみなかったことを悪いと思っているんでしょ?』
『それくらいあの子も分かってる』
『明日には機嫌直ってるから気にしないで』
その夜の卯実からのDMはそんな感じだった。
莉羽はあの後、おじさんの部屋にこもって出てこなかった。部屋を取られた格好のおじさんこそいーメイワクだっただろうけど、なんでかにこにこしながら「気にしないでね」ってあたしにも愛想良かったのには正直「?」が山ほど頭の上に浮かんだものだけど。
「……これ、明日にはちゃんと機嫌直してくれてるかなあ、莉羽……」
何せ明日は、莉羽の大切なおねーちゃんであってあたしの大事なひとの一人であるところの、卯実の誕生日なのだ。
莉羽の誕生日はいろんな意味で忘れられない日になったものだけど、明日はそれに負けず劣らずいい一日になるんだろうか。
あたしも莉羽も、明日に備えていろいろ準備してきた……っていってもあたしの補習のせいで十分時間かけられたってわけじゃないけれど、それでも気持ちを込めた用意はしたつもりなんだ。
それを無駄になんかしたくない……考えてみたら、あたしが不用意な夢見て、そんでバカ正直にその内容を二人に言っちゃったのがそもそもの発端なのに。考えてみたらあんなバカな夢の話、黙っていれば今頃は明日のことを思って三人それぞれに明日という日のことを心待ちにしてられたのに。
あーもう、バカなことしちゃったなあ……明日、莉羽は卯実の誕生日、一緒に祝ってくれるかなあ……。
「……とと、ハルさんから呼び出しか。なんだろ」
Discordアプリの通知。ハルさんからのDMだった。ルーム経由じゃなくてDMってことは、雪之丞抜きで話したいことかしらん、なんて考えながらメッセージを開く。
『最近なんか変な連絡とかないか?』
………何のこっちゃ。変な連絡とかいうと迷惑メール系のなんかか?それともどこから知ったか知らないが四条さんから直接連絡が来たことか?まああれはあれで変ではあるけれど、前みたいに悪意全開ってわけでもないし、ハルさんや卯実たちに知らせるとまた心配かけそうっていうか諍いに発展するのも心配だから今のところは静観してるけど。
んー、そっちの相談でもした方がいいんかな、と返信を書こうとベッドの上で仰向けから半回転して腹を下にした時だった。
『やっぱいい 気にするな』
……と、続けてのメッセ。いや気にするな、て。こんな書き方して気にしないヤツがおるわけなかろ。
一言くらいツッコミしといた方がいいかな、と思ってボイチャを立ち上げたんだけれど、オフラインになってて繋がらなかった。なんだい、さっきの今でもうスマホの電源切って寝ちゃったんか。思わせぶりな真似してくれるなあ。そーいうオットメーな駆け引きは雪之丞相手にやっておくれよ、もー。
で、アプリをキルして時間を確認するともう十一時だった。以前だったら「あー、まだこんな時間かー……新作一本読み込むくらいはイケるな」と充電ケーブルをスマホに挿すくらいはしてたんだけど、とにかく卯実と莉羽から「いいから早く寝る!」と厳命されてるもんだからすっかり早寝が習慣づいて、こんなタイミングでも寝られるよーになってしまった。
更に、で、必然的に朝もはよ起きるよーになったから、朝食も余裕もって食べられるようになり、まあお陰でいろいろと生活のサイクルっちうか顔洗った時も鏡に映るてめぇのツラにぜつぼーするようなことも無くなって、そして兄は友達を家に呼ばないようになった、というわけだ……いや、意味が分からんとこないだまで思っていたんだけど、アレうちの兄は友達を以前より見た目がマシになった妹に会わせたくないんだな、と最近気がついた。
よーするにうちの兄は、シスコンをやや拗らせている、ということなのです。
ブラコンのケが皆無な妹としては割とどーでもいいし、それより同性の恋人が二人もいるあたしにとっては男の人との接触機会が減るから大助かりぃ、ってなもんだし。それより卯実と莉羽を兄に見られるとまた違うめんどーなことになりそうだしなあ。とてもうちには連れてこられやしない。
ま、そんなことはどうでもよくて、いー感じに眠気も水位上昇してきたから、あとは歯を磨いて寝るべ、と起き上がったところで、電話の着信があった。ボイチャでなくて。もう夜のサイレントモードになっていたから、スマホを手放していたら気付かないところだった。
「ん?莉羽……電話とはめずらしー。もしもし?」
発信者はただいま問題になっておりました妹さんご本人。もちろんあたしは躊躇なく通話ボタンを押してスマホを顔にあてる。なんか昼間はケンカ別れしたみたいになったけど、いとしー恋人からの電話に出ないなんて選択肢はあたしにはないのだ、って気取ったってしょうがなくて、むしろドキドキしながらだったけど。
『……あ』
そして、か細い彼女の声が聞こえると、ドキドキがなんかきゅぅん……って感じに昇華する。そんで、ああやっぱりあたしってばほんとーにこのコのこと好きなんだなあ、って自覚すると共に先刻の出来事を思いだして自動的にこうなってしまうのだ。
「昼間はたいっっっへんもーしわけありませんでしたぁっ!!」
ご丁寧にベッドの上に土下座して。スマホも即座にスピーカーモードに切り替えて。
『え、な、なに?わたし別に佳那妥にそんな勢いで謝られることした覚えないんだけど……』
当然ながらスマホのスピーカーから聞こえる莉羽の声は戸惑い混じり。なんかおかしなことを言ってるし。でももーしわけなさに心当たりのある当方としましては、誠意を込めて遺憾の意を解かねばならないわけなんです。
故に、土下座の視線を更にちーさくちーさく縮こまらせて
「えーと、その、昼間に莉羽を怒らせてしまったでしょ?やっぱり卯実をあたしのヘンな夢でアレしちゃったのがマズかったというかなんというか……」
『そっ、それは………っ………その、そうじゃなくって……』
「え?えーっと………」
『わたし別にお姉ちゃんが佳那妥とそういうことになるのは別にいいのっ。ただそのぅ……うう…』
普段思ったことを気ざっぱり言う莉羽にしては珍しく、スマホの向こうで口ごもっていた。惚れた弱みのあるあたしは、そんな莉羽だって「わー、弱気な莉羽もすんげぇかわええ」とかアホなことを考えつつ、ほんわかしていたんだが。
『佳那妥のえっちな夢にわたしだけ出てこないのはイヤなのっっっ!!』
「………は?」
このとーとつで想定外の発言には流石に目が点になって半口開けて我ながらあざとさで許されるより十五度よど余計にアタマを傾けざるを得ないのだった。
今なんつーた?莉羽さんや。
えーと、あたしのえっちな夢に自分も登場させろと?いや確かに一度ぶっちゃけて二人をおかずにシてしまったこととか言うたけどさあ。そういうの普通はイヤがるものなんでは?
『イヤじゃないよ!佳那妥にえっちな目で見られるの、全然イヤじゃないもん!』
…ってことを、諭すよーに言ったらなんかまたとんでもない暴露をされた。え、あの莉羽さん?いや待て、そういえば確かに莉羽をおかずにしましたー、って言ったら褒められたことがあるよーな気がする……いいんかそれで、学園のアイドルさまがっ。
『だ、だってわたしだって佳那妥のこと……じゃなくて!なんでお姉ちゃんとばっかり!わたしだって佳那妥とえっちなことしたいもん!』
「いやあの、莉羽さん?そんなことお家で大声で叫んだりしたらご両親とか卯実に聞かれてしまうんでは……」
ていうか、いくら恋仲とはいってもそこまでぶっちゃけてしまうのも流石にはしたないっちゅーかあたしが辛抱たまらんっちゅーか。
『いいの!お姉ちゃんもお父さんもお母さんも、今外行ってるから!わたしがぶすーってしてたら、気をつかって一人にしてくれたから!』
そういうもん?まあウチだったらあたしが怒って部屋にお籠もりしても、母も兄もあたしをほっといて外食しに行くくらいはしそーだけど、品槻さんちはそういう感じしないのになあ。あ、じゃあさっきの卯実のメッセは外からだったのかしら。
うーん、どうしたもんか。こっそり卯実に「どーしよ?」って相談してみよか……なんて、ベッドの上で正座しながら首を捻っていたら、まだスピーカーモードになってるスマホから、なんか妙な音が聞こえてきた。いや、音っつーか間違い無く莉羽の声ではあるんだけど。
『……あっ………はぁ、はぁ………んっ、く…………かな、たぁ………』
……おい。なんか聞き覚えのある艶っぽいため息がするんだが。あの、まさか莉羽さん……?
「ちょっ、ちょっと莉羽っ?!あのあの、まさか……ひとりじょーずなさって……たりしてないよねっ?!」
『んんっ!………いいよぉ、かなたぁ………もっと、もっとこえ………きかせ、て………は、ンんっ!!』
「わぁっ、待って待って待って!」
この子あたしの電話の声でもよおし始めちゃったよ!どうすりゃいいのよとりあえず家族に聞かれるとマズいのでスマホに飛びついてスピーカーモード解除っ!そして耳に当てて………。
『かぁ………な、た…………好き、好きぃ…………大好きだよぅ………わたしの、えっちなとこ………いっぱい、みてぇ…………』
……って耳にあててどーすんだあたし!さっきより莉羽の湿っぽい声が近くなったぞっ?!ああいかんこのままだとあたしまで変な気分になってくるていうかこれ何て言うんだっけて確かてれほんおせっせ……いや待ってってばなんかあたしのほーもちょっと怪しい……う、うう……ええと、まず横になってそれからスマホを左手に持ち替えて、右手を………。
『……かなたぁ………ひぐ…………』
ぴた。
スカートをたくし上げて、ぱんつの隙間から湿り気を帯びつつある場所に指が届こうとした寸前で、莉羽のえずくような声と、鼻をすする音が耳元に聞こえた。
あ、あの………。
「莉羽……?その……もしかして、泣いてる……?」
『ないでない………かなたのあほー……ひくっ…』
泣いてるじゃん。
なんかヤケクソみたいなひとりえっちの合間に、しゃっくりみたいな声で罵倒されてもなんか悲しくなるだけで、あたしは伸ばした指を引っ込めると、横向きになってスマホを右手に持ち替えた。そんで、思ったことを、そのままに言う。
「ごめん、莉羽。やっぱりあたしが悪いんじゃん………」
『わるぐないよぉ……かなたはべつに、わるくない……』
そんな泣きながら言われても、もっさりと一度浮上した罪悪感が晴れるはずもなくって、半分くらいは自己満足もあったけど罪滅ぼし代わりに莉羽の、割と支離滅裂な泣き言にマジメに相鎚をうっていた。
『わたしは佳那妥が大好きなのにぃ………なんでわかってくれないのよぅ……』
「うん、ごめんね……あたしがニブちんだから莉羽の気持ちを受け止められてないんだよ……」
『そんなことないよぉ………ぐすっ』
とか。
『佳那妥がモテすぎるから、わたしもお姉ちゃんもやきもきするんだよぅ……分かってる?』
「いやあたしがモテてるとかどこの世界線の冗談なんだよー……」
『ほんと佳那妥はニブちんだ、もー……』
「かんべんしてぇ……」
とか。
「あたしが莉羽のこと好きだって、分かってくれてるよね……?」
『わかんない』
「おい」
『好きならさぁ……佳那妥もわたしのことえっちな目で見てよぅ……』
「無茶言わないでよー……」
とか……いやこれはあんまマジメとは言い難かったか。
まあなんだ。ほっとくとヤケクソ火の玉ひとりおせっせ始めそーなもんだから、落ち着くまでなだめるよーに大人しく話をしてたんだけれども。
『お姉ちゃんの誕生日……台無しにしちゃった……うう…』
それなあ……。
ずぅっと気にしてたこと、ようやく気がついてくれて、そんで気付いたと思ったらまた落ち込んじゃった。
ほんとはあたしと莉羽で、卯実の誕生日をお祝いしてあげよ、って相談していたんだよね。聡明なお姉ちゃんはきっと気付いていただろうけど、あたしと莉羽が二人で何かやってるのに気がついても嫉妬もせず(……いや多分少しはしてたと思う)ほっといてくれてて、そんで絶対に楽しみにしてたんだろーな、って。
「それはね、莉羽。あたしが悪いから気にしなくてもいいんだよ」
『なんでぇ……?』
「だってあたしが考え無しにつまんない夢の話しちゃったから……」
『そうかもしれないけど、やかないでもいいヤキモチやいて佳那妥とおねーちゃんを困らせたのわたしだもん………』
「うん……まー、あたしと莉羽のどっちも悪かったってことでぇ……とりあえずさ、卯実のお誕生日お祝いするの、明日はちゃんとやろ?」
『……そだね。おねーちゃん、楽しみにしてるの丸わかりだもん』
スマホの向こうで莉羽のくすくすというくすぐったそうな笑い声。
それで機嫌が直ったのは分かった。長くはない付き合いだけど、その分濃ゆい付き合いにはなってるのでその辺のニュアンスは電話でも分かる。すごいだろ。いや誰に威張ってんだあたし。
「じゃあ予定通りに、明日よろしくー」
『うん……ね、佳那妥?』
「ほえ?」
……にゃ、にゃんか……じゃない、なんかまた声に湿り気というか艶っぽさが急に増していきなりどきどきする。もしかして、続きをいっしょにしよ?とか……えげつない声で言われてしまったら……。
『今晩はわたしでエッチな夢みてね?』
「早く寝なさいおやすみっ!!」
終話してスマホをベッドの布団の上に叩き付ける。
うー、いやらしー声から一転してからかうようなことを言うもんだから……あの小悪魔系妹様はほんっとにもー……………さっきのひとりおせっせの声録音しときゃよかった。




