第41話 姉妹相克、バレンタイン 中編
「タイムリミットは本日午後五時!場所はうちで!いいわね佳那妥逃げたら駄目だからね!」
……っていう、莉羽の宣戦布告に余裕たっぷりで応じた卯実の姿、ってのを最後に二人は正反対の方向に小走りで立ち去り、一人残されたあたしは。
「えー……今日って莉羽の誕生日祝うじゃなかったっけ……確かに世間的にはバレンタインデーだけどさあ……」
と、旧市街の観光地のど真ん中で途方に暮れるしかなかったりする。
いくら東京都内から電車一本で来られる観光地だからって、二月の平日の午後にそんな人混みになってるわけでもないけど、ここしばらく雨も降ってない満天の青空を見上げながら……。
「ねえキミ、地元のコ?よかったら案内してくれないかな?あ、メシおごるよー」
だからそういうのは間に合ってるっつーのっ!
……で、結局時間をテキトーに潰しつつ(莉羽の誕プレはもちろん騒動が起こる前に買って渡してあった)、あたしは指定された時間に品槻家を訪れた。
流石に今日くらいは家族水入らずで過ごした方がよかろー、と思って夕食のお誘いはキョーレツに遠慮したのだけど、おばさんが残念そうな顔してたのは何度か娘たちから聞いてる通りだったので若干罪の意識……今度また例のチョコパイドーナツ買い求めてお邪魔します。
で。
「あ、あのぅ……来たけど……何が始まる……ワケ?」
怖々と二人の部屋のドアをノックし、おそるおそるドアを開いて中を覗くと、それぞれの机に備え付けの回転椅子に腰掛けていた二人が、くるりと回ってこちらに体を向けた。卯実は背もたれを後ろに、莉羽は背もたれをお腹の側にして……ってお行儀悪いなー、莉羽。
「待ってたわ、佳那妥。じゃあそこに座って」
「は、はあ」
なんかまたいつかみたいにセッキョーされるんじゃないか、って感じに床のところを指さされる。一応コートは脱いで、いつもの通りにハンガーに掛けて部屋の隅の壁のとこに掛けておく。よく考えたら、あたし専用のハンガーとかがもうこの部屋に置いてあるのがけっこうおもしろい。
「……で、あたしは何をするの?」
部屋に入って来た時の空気には少し胆を冷やしたけれど、考えてみれば今日はおじさんもおばさんもいるのだから、あんなことにはなるまい………あんなこと………アンナコト………ごくり。
「佳那妥?」
「ふわぁぃ………?」
「うっ……ちょ、ちょっと佳那妥ってば、今日はお父さんもお母さんもいるんだから、ガマンできなくなりそうな顔しないでよもー……」
あたし一体どんな顔してるんだ。両の頬を手で挟み込んでイヤイヤってツイストしてる莉羽を見て我に返る。あ、なんか口の端によだれみたいなのが……あぶねー。
「ふふっ、この部屋に入っただけでそんな蕩けそうな顔になるなんて、順調に進んでいるわね」
「何が進んでいるのかとかそれって順調だとヤバいんじゃないかとかツッコみたいところはあるけれど、結局何すればいいの?えーと、なんかチョコを買ってきたから味比べすればいいのか、ってことかと思ってきたんだけど……」
「せっかく佳那妥のために選んで買ってきたのに、スーパーのお惣菜の試食みたいな言い方しないでってば。じゃ、まずはわたしから。はいこれ」
あたしの左前方に正座した莉羽が床を滑らしながら寄越してきたのは、まあ普通にいー感じの赤い紙袋。言うまでもなくバレンタインデーのチョコとか買ったことのないあたしが普通とかぶっ飛んでるとか判別出来るはずもないけれど、フィクションでの経験から想像する「バレンタインデーのチョコ」っていったらこういうモンだろう、という想像を外さないサイズと形状のものだった。
「えーと……あ、ありがとう?開けてもいいの?」
「いいよー、っていうか開けなきゃ勝負にならないじゃない」
それもそうか。
手のひらサイズの紙袋から、これまた赤い包装紙に包まれた箱を取り出し、紙を破ってしまわないように丁寧に開けていく。
そしてあらわれたのは、見た感じ指輪でも入っていそうなフェルト地の箱……というか、実際上にパカッと開けてみたら、指輪が入っていた………チョコ?
「え、ええっとー……ナニコレ?」
「ふふふ、婚約指輪よ。わたしたちと一生一緒にいてね、ってお願いしたよね、佳那妥ぁ?」
「重っ!重すぎるってばっ!バレンタインデーに贈るものじゃないでしょ絶対?!」
あははは、とお腹を抱えて後ろに転がった莉羽。冗談だとは分かったけど肝冷やすってばこんなん……。
「……あーおかし。あ、お姉ちゃんもそんなに睨まなくていいってば。それ、上のところは冗談だけど、下はホントだから。佳那妥、その指輪のとこ持って引っ張ってみて」
「指輪持って引っ張るぅ?……あ、ほんとだ。下からチョコが出てきた」
なんか指輪が蓋のツマミみたいな感じで、引っ張ったら指輪の刺さってた?台座ごと外れて、丁寧な銀紙みたいな包装をされたチョコがあらわれていた。
「チョコ自体はすんごく美味しかったよ。手が込んでる分そんなに数は入ってないけどね。佳那妥が指輪の方を本気でとるかどうかは別として、いーものだと思うよ」
「あ、ありがと……」
っていうかバレンタインデー当日にこんな商品売れ残ってるものなんかな……それとも売れ残りだから安く売ってたりとか?まあいいや、とりあえずお腹も空いてるしいただきまぁ……。
「ちょっと待って。私のも見てもらわないと」
「あ、それもそうか。っていうかまさか卯実もまた面白グッズみたいなチョコ買ってきてないよね……?」
「面白グッズは無いんじゃない?」
卯実の隣の莉羽がぶーたれていたけれど、あんな重コワいチョコを差し出されたあたしの気持ちというのも少しは察してもらいたい。
「一緒にしないでよ、もう。私のは、これ」
はい、と背中から回されて出されたのは、クチのところが手作りリボンみたいなもので縛られた、紙でラッピングされた包み。どっちかっていうと売ってるものというよりは……。
「げ。まさかお姉ちゃんこの時間で手作りしちゃったの……?」
「そうよ。悪い?」
「うそだぁぁぁぁ………」
なんか莉羽がぜつぼー的にうなだれていた。ていうかいつの間に……二時間くらいしか無いのに、どーやって……。
「ふふん、レンタルキッチンっていうものがこの世界にはあってね。急いで材料買い込んで、飛び込みで作らせてもらったのよ。そんなに時間かかるものでもないしね」
「お姉ちゃん……手強すぎるよぉ……」
うーん、その策略的な手腕については軍配あがるだろーけど……。
「あの、あたし手作りはちょっと………」
その、莉羽とは違う意味で重くて若干扱いに困るとゆーか……、っていうのはあたし的には悪気なく言ったことなんだけど、卯実はそれが意外というよりなんか許せないみたいな勢いで、あたしの胸ぐらつかんで前後に揺さぶっていた。
「はあっ?!……ちょっと佳那妥、女の子にここまでさせておいてそれはないんじゃないの?!」
「え、ちょっ……卯実ごめんてばでもあの、時々忘れられてるんじゃないかなー、って思うのですケド、あたしも一応女の子の端くれなのでその言い方は……」
「そうだよ!好意の押しつけはよくないんだよ!」
あのー、あなた方姉妹がそれ言いますか?最終的にはあたしも受け入れたから問題はないけど。
「じゃ、じゃあせめて食べてから感想言ってよ!食べてもらえもせずに負けるだなんて冗談じゃないわ!」
「あっ、はい……」
とはいってもなー。ラッピングのリボンを解いて中から出てきたのは、これも透明ビニールに個包装されてるブラウニー。もちろん好きなんだけど、急いで作っただけあって若干形が不揃いで、いかにも手作り感はある。
でもなあ……これを二時間で作るとか卯実ってホントはんぱないなー。あたし料理とかはさっぱりだからどれだけ凄いかが想像出来なくって、でもそれだけに気持ちは伝わってくるよ。ありがとね、卯実……って。
「……いつまでも眺めてないでさっさと食べたら?ああそうね佳那妥は手作りとか駄目だもんねいいわよじゃあ私が食べさせてあげるからっ!」
いえあの、ちょっと感動してただけで別に食べたくないわけでは、って言い訳をする間もなく、卯実は荒々しい手付きで個包装のビニールを剥がし、中からブラウニーを取り出すと、半分に千切って小さい方をあたしの口に押しつける……
「…………えいっ」
「え?」
「お、お姉ちゃん……まさか……」
……かと思いきや自分の口に放りこみ、半分くらい涙目になってる顔でこちらを睨むと。
「わぁっ?!………むぐ」
「んー………」
「お姉ちゃんっ?!」
もう一度あたしのえり首掴んで口を塞いできた。自分の口で。要するにブラウニーを口移ししようと………無茶苦茶だぁっ!!
……でも、卯実のお口のなかでいー感じにぬるまったブラウニーは、にゅるんとあたしの口の中に入ってくると、すぐに濃厚なチョコの味があたしの口の中を支配する。味?うーん……なんかえっちなお味……じゃなくて!やばっ、ちょっと息が苦しい……早く飲み込まないと呼吸が……っ……え、ちょっと卯実咀嚼の邪魔しないでってば舌入れないでかめない……ううー、なんか卯実の下噛んじゃわないように気をつけながらブラウニーを細かくして……ひふぅん……なんかあり得ないシチュエーションにこーふんするぅ………はふんはふんと鼻呼吸で頑張るうちに、なんか卯実も興が乗ってきたのかエリを掴んでいるんじゃなくて両手をあたしの背中に回してなんかつられてあたしも背中に手を回してブラウニー?そんなもんとっくに飲み込んでるしなんか口の中が甘いのはチョコじゃなくてもしかして卯実の唾液を甘く感じて……。
「はいそこまでっっっ!!何やってんのよ二人とも!」
「うえ……?」
なんか接触というか吸い合ってた口と口が強引に引き剥がされると、目の前には「はふん……」と上気した表情の卯実と、隣には鬼のよーな顔でやっぱり真っ赤になってる莉羽がいた。ていうか、あたし何やってたんだっけ………。
「……はい、口元拭いて。溶けたチョコでぐちゃぐちゃになってるわよ」
「う、うん……」
めっちゃ呆れ顔の莉羽に渡されたハンカチで言われた通りに口を拭う。なんかチョコの風味と卯実の匂いで満たされた口の中から漏れ出してたものは、やっぱりチョコの色だった。
「……くんくん」
「ちょっ、何やってるの佳那妥っ?!」
口を拭いたハンカチをつい嗅いでしまった。やっぱりチョコの香りが勝ってた。
「やめなさいってば!……やらしいわね、もうっ!」
あたしの手からハンカチを奪い取った莉羽は、なんだかプリプリしていた。
そして卯実と目が合ったけど、なんだかすごく満足げだった。
「あーもー、二人とも見つめ合ってないで。今度はわたしのを食べてもらうからねっ」
「あっ、はい。じゃあいただき……」
莉羽の指輪ケース風チョコに手を伸ばし掛けたら、「ちょっと待った」と腕を掴まれた。莉羽に。うう、なんかすげーいやな予感……。
「……ふふん。お姉ちゃんがあそこまでやったんだから、わたしだってやらせてもらわないと不公平だもんねぇ……いいよね?お姉ちゃん」
「……仕方ないわね」
仕方なくない。あたしの意志とか無視して勝手に処遇を決めないで欲しい、と抗議したかったけど、多分したところで多数決とかオトメの武器的な何かを使って押し通されるに決まってるんだ。あたしだってオトメの端っこなのにぃ。
「えっと、じゃあ………」
……とかいう文句を飲み込んだあたしをみんな褒め称えて欲しい。ええもうあと一回口を蹂躙されればいーんでしょ妹の方にっていうか割と気持ち良かったから別にいーですけどっ、と半ば自棄っぱち半ばわくわ……どきど……えーと、まあとにかく何かされるのを待ち構えてたあたしだったけれど、現実は。
「はい。かーなた。きて?」
「………は?」
二センチ角くらいの平たいチョコを口にくわえ、横座りになって「おいでおいでー」ってな具合に手招きしてる、莉羽がそこにいたのだ。
……ちょっと待って。あのまさか……。




