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姉妹百合にはさまる女は罪!  作者: 河藤 十無
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第40話 姉妹相克、バレンタイン 前編

 流石に試験前期間に制服で出歩くのまずかろー、って話だったので、一度帰って着替えてから待ち合わせた。待ち合わせ場所は人が多くて見つけにくくない?ってことでJRじゃなくて市駅の方にしたんだけど、それが間違いだった……。


 「あれ?キミどこかで会ったことない?」


 ないないないっ!!ていうかムリムリムリムリぃっ?!


 「待ち合わせ?一緒に待ち合わせしててもいい?ちょうどツレがなかなか来なくてさあ……」


 良くないないないない!!隣に立つんじゃねーって言ってんだろーがっ!


 「あらぁ?へぇ~……随分とかわいい女の子ねぇ。どう?おねーさんと呑みに行かない?奢ってあげるわ」


 いえあのあたしこーこーせー……っていうかなんで女の人に声かけられるんだあたしってばっ!


 ………てな具合に、「あれ。佳那妥どしたの?ひろーこんぱい?」と、不思議そうな顔してた莉羽と卯実に合流するまでの間、なんか知らない人に声かけられまくっていたのだ。うう、もうおうち帰りたい……。




 「だから遅れたのはごめんてば」

 「そうそう。莉羽ったら妙におめかししちゃって。佳那妥を悩殺してあげる!とか言って張り切ったものだから……」


 とりあえず場所を移してマックの二階席に避難した。お腹は空いてたけど、この後二人のお母さんからお小遣いもらってちょっと良いめのお昼にする、って話なので飲み物だけ。


 「だったら遅れるって連絡してよぅ……それなら場所変えて逃げてられたのにぃ……えぐえぐ…」

 「もー、佳那妥は泣き虫だねぇ」


 誰のせいだと思ってるのかこののーてんきな妹さまはっ。


 よーするに、その最中は気がつかなかったけれど、あたしは古式ゆかしき雅なる日本語で「なんぱ」というものをされていたらしい。古語で言うと「がーるはんと」とも言うらしいけど。

 いやでも、最近多少見た目がマシになったとはいえ、これっくらいの顔面偏差値の女子、そこいらに溢れてるだろーが。なんであたしなんかに声をかける。


 「多分、佳那妥が慣れてないからじゃないかしら」

 「……どゆこと?」

 「最近垢抜けて、でも元々のトコは残したままだから、なんか声かけやすい感じがするんだよ、きっと」


 えー……つまりそれはあれか。卯実や莉羽なら恐れ多くて視界にも入れられないところを、世俗の凡百なあたくしならいくらでも汚してかまわねー、ってことかい。


 「というか、女の人にもナンパされてる辺り、ほんと佳那妥らしいと思うわね」


 スルーかい。


 「だよね。最近さあ、四条たちの佳那妥を見る目がなぁんかマジ入ってるっぽくて。あいつ女の子の方が好きなタイプだったっけ?」

 「そういう怖い冗談はさておいて、この後どうするの?先に食事にしない?」

 「あ、そうだったそうだった。今日はスポンサー付きだから、フレンチでも割烹でもなんでもいーよ」


 高い料理で割烹なんて発想が出てくる莉羽もどうなんだ。ていうか高校生が行ったって追い返されるだけなんじゃないのかなあ、あんまり高い店は。


 「それならまあ、うちの兄に予めアンケートとっておいたから、それ見ながら決めよ」

 「あら、気が利くわね。どんなアンケートなの?」

 「えーと、『女の子に舌打ちされた店リスト』『女の子を連れてったら金だけかかって誰も喜ばなかった店ワーストファイブ』『体育会系女子に好評な店ベストテン』……なんだこれ」

 「…………」

 「…………」


 女子が三人でいーもの食べたい時の店選びとベクトル完全に逆方向なリストばっかじゃん。


 「……ごめん、何の役にも立たない兄だった」

 「しょーがないよ。マップ見ながら評判のいい店探そ?」

 「そうねえ」


 ……っていうやりとりを店内でされたマックの方こそいい迷惑だったに違いあるまい。



   ・・・・・



 昼食後は莉羽の誕プレ選びに奔走する。

 莉羽としてはプレゼントに特にリクエストは無いらしく、あたしと卯実がいろいろとあーでもないこーでもねー、と悩んでいるのを見るのが楽しいらしく、とんだドS様だと思ったものだけれど、休憩のお茶の時にそんな話を振ったら、


 「いーの。お姉ちゃんと佳那妥がわたしのこと考えて時間使ってくれるのが一番うれしいんだから」


 だって。サイコーの妹じゃん、と、卯実と一緒に両サイドから頭ナデナデしてあげたら、「え?え?」とキョドっていた。そんなところもかわいいよ、莉羽。


 「なんだか佳那妥まで莉羽の姉みたいね」

 「でも卯実にはなんだかかなわないから、あたしは卯実の妹でもある」

 「あはは、ってことは三姉妹?それいいね!」


 あああ癒されるぅぅぅ………なんだこの至福の時間。姉妹百合は二人じゃなくて三人だったのか。いやもう姉妹とかそんなことどうでもいいや。卯実と莉羽と、一緒にいられるのが一番!

 ……そんな感じで一人でデレデレして溶けてたあたし。


 「うーん……」


 でも三女の莉羽ちゃんには何かお悩みがあるよう。どうしたのかな?


 「佳那妥なんかキモい」

 「がーん」

 「いや、自分で『がーん』とか言っちゃうのはどうなの……でもどうかした?莉羽」

 「うーん……」


 またもや唸ってる。

 駅前から離れて旧市街の方の喫茶店だから、周りは観光客ばかりで知った顔なんか多分いないだろうし、その分多少はっちゃけても問題無いと思うんだけどなあ……。はしゃぎすぎたかしら。反省。


 「そーいう意味じゃなくて。ただ、これってデートだよねえ、って思って」

 「「デート?」」


 ハモった。卯実と。ちょっと嬉し……じゃない。


 「三人ででーと……なんかしっくりこない」

 「そんなことないでしょ。好き合ってる二人以上が親睦を深めるためにおでかけする。デートじゃなかったら何て言うの?」

 「そりゃあ……普通に遊びに来たー、とか」

 「そんなのつまんない。やっぱりデート、って方が盛り上がりも違うと思うよ」

 「そんなものかなあ」


 ちら、と卯実の方を見てみたら、小首をしばし傾げた後に、ふむ、と頷く。いちいちそんな仕草が様になってるところがほんとーに卯実らしい。そりゃこんな女の子と四六時中いたら惚れるわ。眺めてただけのあたしでも惚れるんだから……って目で見てたら、こっちに顔を向けた卯実と目が合って、互いに照れた。ぐぅっ、甘酸っぺぇ!


 「……何してるの?二人とも」


 そしてお約束通り、莉羽が冷たい顔になっていた。そこまで含めてしやわせなやりとり。


 「……でもまあ、私と莉羽だってデートって呼べそうなことは二人でしてたわけだから、佳那妥の感覚も分からないではないけど。三人で出かけるのだって楽しいけどね」

 「二人でデートしてた時っていつも何してたの?」

 「何と言われても、ふつーに」

 「うんうん、ふつーに」

 「……手を繋いで歩いたり」

 「うんうん」

 「……そのままガマン出来なくなって」

 「うんう……うん」

 「……莉羽を物陰に連れ込んで」

 「………うん?」

 「……で、こう、ちょっと驚いて硬直してる莉羽がとてもかわいくって、そのままこう」

 「……こう?」

 「ぎゅっと抱き締めて、で、莉羽が目をつむって上向いてたら、こう、ちゅっ、とかわいいのを」

 「………それで?」

 「おしまい」

 「……ほんとに?」

 「……舌入れる」


 ……それ姉妹がお外でするデートの最中にやっていいことじゃないでしょ。ていうかよくこれで二人の関係周囲にバレなかったな。


 「うーん……お姉ちゃんもわたしもね、周りの誰にも言えない分、ブレーキ時々ぶっ壊れるっていうか、周りを無視しちゃうことがあるっていうか」

 「そうなの。だから佳那妥が私たちのことを知ってくれて、そして見守りたいって言ってくれたの、凄く救いになったのよ。佳那妥を好きになったのってその延長だもの」


 うんうん、としんみりした空気。一方あたしは改めて聞かされると嬉しいとは思うけれど……やっぱり、なんていうか……。


 「だから三人で居てデートだ、っていうのは莉羽がそうあって欲しいって思うから、じゃないかしら。どう?」

 「……まあ、そうかもね。やっぱり佳那妥ってデートは二人でするもの、って思うの?」

 「デートなんて存在と縁のない人生だった……は、ともかく、デートの絵、ってことで想像するのは人が二人いるところ、ってなるよね」


 ふむん、と向かいの席に座った二人が並んで、似たよーな角度で頷く。あ、なんかまたろくでもないこと考えてそう、って経験から類推して覚悟を固めるあたし。そして余計なこと言い出す前に雰囲気壊しておこうかな、と水のお代わりくださーい、って店員さん呼ぼうとした時だった。


 「じゃあさ、佳那妥は私と莉羽と、どっちとデートしたい?」


 はい間に合いませんでしたー、っていうかどうしてあなたたちは何かにつけてあたしを絡めて争おうとするんですかもーつき合い始めて三人一緒にいるんだからそこでわざわざ勝負する必要ないでしょーがっ。しかも率先して煽ろうとするんじゃありませんそこのお姉さんっ。


 「それどっちって答えても誰も得しないじゃないですか、っていうかそんな精神的負担あたしに求めないでくださいっていうかそういうやりとりしたらいけない関係でしょーがあたしたちはもー」

 「佳那妥って焦るとですますに戻るよね」

 「そうね。何だか懐かしいわ」

 「………」


 渾身のツッコミも敢え無く空振った。これが恋人という立場の成さしめる余裕というものか。我ながら何言ってんのか分かんないけど。


 「ふふ、そんな顔しなくたってコミュニケーションだってことくらい、私も莉羽も分かってるってば」

 「そーそー。佳那妥ってからかうと面白いってのもあるけど、こーいう刺激も適度にあった方が長続きするよ?」

 「……今から長続きの心配するよーな関係はどうかと思うんだけど……まあお遊びならそれはそれで」

 「「で、どっち?」」


 だから身を乗り出してまで聞くことじゃないってばっ。コミュニケーション言うけど些細な一言で関係が破綻しかけることだってあるんだからっ。うちの両親みたいに、ってあれはあれで父の無神経な一言一言が積もり積もっての話だったっけ。

 とにかくここで迂闊なことを言ったら関係が崩壊する。折角手に入れた恋人たちだ。長続きさせたいと思わんかねあたしは思う。


 「えーと、ここであたしに無理矢理話させよーったってそうはいきません。例えコミュニケーションの一環でも無茶振りが過ぎるとあたしの方から愛想尽かすことだってありますからね?」

 「………ふぅん。そういうこと言うんだ、佳那妥はぁ」


 言いますよ。あたしだって関係壊したくないもんね、と最後にとっておいたクリームソーダのサクランボをスプーンで掬って口に放りこ……。


 「もーらい、っと」

 「あーっ!………り、莉羽ぅぅぅ……それ奪った戦争でしょーがっ!……え?」


 あたしの持ち上げたスプーンに食らいついてサクランボを奪っていった莉羽だったけど、それにいきなりかじり付いたりせずに、口を開けてその中にあるものを見せつける。


 「ほーれほーれ、ほしへれらうはってみへろー」


 そして、レロレロと舌の上で毒々しい色の果実をもてあそびあたしを挑発する。

 え。それってつまりその、ぶちゅっ、とやって奪い取れと?いえあの、ここ一応衆人環視の元なんですけどそこでいきなりそれやれと?ああでも莉羽の華やかなピンク色の舌の上で踊る人工的な原色に彩られた味が良いとはとても言えない果実を奪うついでにその舌も貪るのも悪くな


 「やめなさいはしたない」

 「いたっ」

 「あでっ」


 なんであたしまでぶつのうみおねえちゃん。


 「だってほっといたら莉羽の口にむしゃぶりつきそうだったんだもの」

 「しないって、そんな真似。まーいいよ、莉羽。後で返してもらうから……ってだからそこで目をつむって『はいどうぞ』のポーズしないの。昼日中から公衆の面前でやるこっちゃないでしょーが」


 ほんっと過剰にスキンシップが好きなんだよなあ、莉羽はもー。そりゃあたしだって嫌いかと言われれば好きだけど。ていうかあの日以来そんな機会もないけど。今日だっておじさんもおばさんもいるから(確認済み)品槻家にお邪魔したってそんなことになりやしないし。


 「それで話を戻すけど、結局佳那妥はどっちとデートする方がお好み?」

 「だーかーらー、そこに戻ったら結局ループするから戻らないでー」


 そろそろ周りの目が集まりつつあるよーな気がするのは自意識過剰のせいだろうか。

 少し声を潜めるように二人に目配せすると、流石にそれで察したのか二人とも何食わない顔で空のティーカップを指先でもてあそんだりしてた。

 それで何も起こらない、という雰囲気になってか、なんだか妙に高ぶっていた緊張感は緩んだ……ように思ったんだけど。


 「……じゃあ、お姉ちゃん。一つ、勝負といかない?」

 「……いいわよ。佳那妥との二人でのデートを賭けて、よね」

 「もち」


 だからなんであなたたち姉妹は何かっていうとそう張り合おうとするの。もうちょっとラブ・アンド・ピースの精神で愛しあった方がいいんでないかと。


 「佳那妥がちゃんと選ぶならそうするよ?どうせしないだろーから自分たちだけで決める」

 「そうね。ちょうど今日はバレンタインだから……決めてあった予算でチョコを選んで、佳那妥にどっちが好きか決めてもらお」

 「上等よ」


 変わってない変わってないっ。一番肝心のところで結局あたしが選ばないといけなくなってる、っていうかそれ選んだ結果あたしとデートするという賞品ゲットってあたしに流れ弾当たってるってばっ!!


 ……なんて心からの叫びが二人に通用するはずもなく、本日の主役だったはずの妹と、それを祝福するはずだった姉の二人は、互いにニヒルな笑みを交わすと、あたし(賞品)をほっといてさっさと店を出て行ってしまったのだ………えー、これあたし帰っていい流れっスか?

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