第33話 放課後のシンデレラ 中編
その日一日は針のむしろだった。
始業前に卯実にさんざんセッキョーを喰らった後、昼日中は莉羽にも無視され、ハルさんは当面危ないことはないだろと判断したのか、自分の友だちンとこに行って相手してくれなかったし。
仕方なくお昼休みはこの寒い中想い出の第三講堂で一人寂しくカップラーメンなんかすすり、「カップラあったけぇ……」と一人むせび泣いてたのだった。
「まったく!佳那妥はほんっとーにまったく!」
で、放課後。
何故か今日に限ってさっさと帰る生徒の多くない教室で、あたしは椅子に座らされて莉羽に説教されていた。ていうか昨日の今日でこんなに距離近づけていーのかしら。莉羽と卯実の姉妹に良からぬ噂流した犯人、って扱いだったと思うんだけど。あたし。
実際、教室の中もそんな雰囲気で、四条組もさることながら「ねえ、ほっといていいの?」みたいな会話も耳に入ってくる。
「あ、あのー……品槻、さん?」
「しなつきさんんんん?」
「り、莉羽」
「うん。なに?」
恐る恐る、というのは教室の中の空気に怖れを成して、というよりも目の前で腕組みして仁王立ちしてる莉羽に気圧されて、だったけど、とにかく恐る恐る現状の認識のすり合わせを図る。
「……えと、あたし確か、莉羽と卯実にとって悪者、って設定だったと思うんですケド……いいの?」
「そんなもの知ったこっちゃないわよ。いい?佳那妥!」
「ひゃいっ?!」
いきなり腰を折って顔を接近させてくる。机もどかされて椅子に腰掛けてるだけなので、勢いと最終位置が予想外。突き付けられた指の先はあたしの(威張るほどは無い)胸先の前にあり、鼻と鼻の間は約十センチ、といったところ。傍からこの状況を見るアカの他人だったらついついあらぬ想像をしてしまいそうだ……って実際このコにコクられてんだけどさあ、あたし。
「……どしたの?」
「イエ、ナンデモ」
急に顔を赤らめたあたしを不審に思ったか、一度姿勢を元に戻し、再びあたしに指を突き付ける。今度は胸元じゃなくて鼻先目がけて。
「とにかく、昨日お姉ちゃんがちゃんと言ったでしょ!今日は早く寝なさい、って。何をしてたの!」
……言えねえ。結局眠れずに、朝まで三回くらいしてたとか言えねえ。あまつさえ莉羽と卯実をオカズにしてたとか言ったら二度と学校に来れなくなるっ。
「佳那妥っ!」
「はいっ!」
……立ち上がりこそしないけど、卒業式ですらあり得ないくらい背筋をピンと伸ばし、大人しく怒れる同級生の糾弾を正面から受け入れる。ほんと、あたしここまで言われることのことしたんだろーか。
「わたしとお姉ちゃんはね。あなたをプロデュースすることにしたの。そのために大っっっ切なことだったのに、台無しじゃないのっ!」
「いえあの、あたしが早寝することにどんな意味がとかあのその前に、ぷろでゅーす、って、なに?」
「ふふふ……それはね」
「おまたせー!」
素朴な疑問に、なんか専門科目分野の質問された小学校の先生みたいな表情で説明を始めようとしていた莉羽の声を妨げる、別のクラスの女の子の声。いや持って回ったって仕方ないんだけど、卯実の声だ。
「なんであーしまで連れてこられんだよ……」
「いいじゃない。佳那妥の幼馴染みなんでしょ?見届ける権利はあるわよ」
「んなもんどーでもいいんだけどなあ……」
そして、ぼやく我が幼馴染みの声をも伴っていた。何ごとだ、とそちらを見ると、なんか得意満面、てな態の卯実が、小振りなボストンバッグを持ってきていた。
「………はあ」
そしてハルさんはなんか疲れ切った顔をしていた。こっちを見てなかったから目を合わせることはなかったけれど、これは善意に押し切られた時の疲れた顔だなー。
「お姉ちゃん遅い!佳那妥つかまえとくの大変だったんだから!」
「琴原さん捕まえるのに手間取っちゃって。さぁて始めるわよぉ」
え。何が?何が始まるの?というあたしのみならず教室の……なんか最早野次馬と化しつつあるクラスメイトたちの視線もお構いなしに、卯実はなんか白いタオル、しかも湯気をたててるのを取り出して、何も言わずに……いや、「えいっ」とか勢いつけながらあたしの目に当てたのだ。
「あちぃっ!……て、てか卯実さんこれ熱い、熱っ?!」
「ほらガマンしなさい。言われた通り早寝しなかった佳那妥が悪いんだから」
んなこと言われたって……と思いつつも大人しく上を向いてタオルが落ちてこないように上を向く。
目をつむるとまあ教室の中がいらんこと言いの同級生達がてんで勝手なことを言い募ってるのが耳に入る。まあ幸い、あたしはともかく二人を中傷するような物言いは無いけれど。ていうか、あたしこの二人の前で目を塞がれてると妙なコト思い出すんだよなあ。流石に教室で始めたりはしないだろうけど。
「よし、と。佳那妥、もう一枚行くわよ」
「え。わぷ」
タオルが取り除かれたと思ったらもう一回乗せられた。少し冷めたからなのか、最初のよりは熱くはないけど、それでもなんか気持ち良くって……眠くなってきた。結局ほとんど徹夜みたいなものだったモンなあ……よく日中の授業の間、一度も居眠りしなかったもんだ。内容はさっぱり頭に入らなかったけど………ぐぅ。
「コラ、寝るな」
「あいた」
ハルさんに小突かれて起こされる。動いたらタオルが顔から落っこちたけど、莉羽が「よっと」と拾い上げていた。なかなかな反射神経。どんくさいあたしもあやかりたいあやかりたい。
「うん、どう?」
「あ、いーね。一度健康に戻ったから正常な状態になりやすくなったのかな?」
「おめー基本が良いんだから普段から生活を律しろよ、ったく」
なんか口々にあれこれ言うてる三人。そして周囲のざわめきも増える。こんなもんでギャラリーが増えるとは、世の中ヒマ人でいっぱいだ。
「さてここから先は、私たちの腕の見せ所、と」
「お姉ちゃん、化粧水は?」
「任せて。今朝お母さんの秘蔵品を奪ってきたから」
な、なんか不穏な会話がされてるけど二人とも大丈夫なのかな………。
その後、まあ要するに化粧をされたわけだ。言うても学校でのことだから、ルージュだとかチークだとか、色合いの派手なものは許可されてない。せいぜい化粧水とベースメイクを施した後にリップクリームと、目の周りを重点的にちょこちょこっと手を加えたくらいのものだ。
更に髪の方も弄られる。あたしの場合、いっつもテキトーに左右にまとめて肩から前に垂らしてるだけだったけど、それを解いて丁寧にブラシをして、首の後ろの方に流してくれてたみたい。
でも二人の手際に迷いがなくて、前回みたくあーでもないこーでもないと相談しつつ、なんてことはなくって、それからなんかいろいろと進行していくにつれて……教室のざわめきが別種のものになっていくみたいだったのだ。なんて言うか、好奇心の趣くままに好き勝手言ってたのが、なんか驚いてるというか慄いているというか……あの、あたし何されてるの?
「……どう?琴原さん」
「おー、いーじゃん」
「ふふん!」
三者の反応を見ると、どうも手術(手術言うな)は終わったみたいだった。そろそろ目を開けてもいーい?と尋ねたら、はい、と手鏡を渡された。こんなものまで持ち込んだの、卯実。
「ふふふふ……佳那妥、感想はどう?」
「…………」
……誰やこれ。
なんかこう、鏡の中にあったのは、あたしではなかった。もしかして後ろに誰かいる?と思って振り返ったら、このクラスになってからまだ一度も会話をしてなかった男子生徒と目が合って、そしたら先方はなんかキョドってた。ちょっと傷つく。
「何してるのよ、佳那妥」
「いや、後ろから誰か鏡覗き込んでいるのかな、と思って」
「そんなことないわよ。綺麗よ、佳那妥」
「うんうん。一夜漬けだったけどお母さんにも教わって練習してきた甲斐があったね!」
え。あの、卯実に褒められるほどでわ……と思ったんだけど、客観的に見てどうかと思うと……ああうん、まあ確かに、あたしの場合お目々以外のパーツはそんな造形悪くないとは言われてたからまあ納得出来るし、前回の経験もあるから分からないでもないけれど……いやホント、マジでこれ誰だ。
「かーなたっ。ほら、立って」
「うえ?……え、ちょ…莉羽なにすんの?」
手を引っ張られ、強引に立たされる。で、心得たみたいに卯実は椅子を引き、莉羽もスッと後ろに退いて、放課後の教室の中、身の回りに何も無い状況になった。なんかとても心細い。それで後ろの方にいる卯実とハルさんの方に振り返り、そこにいるのを確かめて、それから前の方にいる莉羽に目を向けた。
「かーなたっ。こうしてみて」
そしたら、そう言って後ろに手を組み、足を交差させるような立ち方だったり腰をちょっとずらしたり、そこから体を反らして背中とかお腹とか胸の辺りの曲線を強調するよーなポーズをして、で、あざとく首を傾げてニコリとしてみせた。うわぁ、あたしが百合厨でなくても思わず見蕩れそうな仕草。そんなものあたしが真似したって笑いものになるだけなんだけど、と思いつつ、なるべく遜色無いよーにやってみた。流石に笑顔だけは真似出来なかったけれど、なんだか不思議と体が軽く動いて、その楽しさで思わず笑ってしまったのだ。
「ど、どう?」
「おっけい!」
尋ねたら、サムズアップしていた。なんか、余裕が生まれる。振り返って卯実の方を見た。とても、嬉しそうだった。ハルさんの方を見た。にあわねー、って大笑いしていた。うん、自分でもそう思う、ってまた可笑しくなった。
三人じゃなくて、教室の中を見渡してみたら。
「うっそぉ……」
「あれ……椎倉、だよな?地味で目立たねーのに……うへぇ」
「こえぇ……化粧こえぇ……」
「いやあれ元が良くないとあそこまで映えないって」
……なんか色々勝手なことを言われていたけれど、それほど悪い気分じゃなかったんだ。




