第23話 小春日和
『大体のところは聞いた。大変だったな、と簡単には言えない事情なのは分かるが、俺にはそれしか言えない。悪い』
ぐしぐし泣いてるハルさんを家まで送り、こっちはこっちで夕食を済ませ(左側の頬の腫れてるのを見ても、あたしの方から何も言わない限りは何も聞いてこない母と兄に感謝)、で、今は雪之丞とDiscordのボイチャ中。まあハルさんから雪の字に連絡行った頃を見計らって、の、我ながら狡い立ち回りだとは思う。
「別に雪之丞に謝られる理由なんかないぜー。ハルさんだって、だよ」
『佳那妥はそう言うけどな……春佳は当事者だったんだし、俺も当時は何も知らなかったとはいえ今は春佳の不始末なら一緒に謝るべき立場なんだから、春佳が悪いと思ってるなら俺だって同じことだ。佳那妥は俺にとっても友だちなんだから、余計にな』
「なんだってあたしの周りはこーも自分が悪いと思うめんどくさい子ばっかなんだかなあ」
『………』
お前がそれ言うか?という無言のツッコミには気づかないフリ。顔の見えないボイチャで助かる。ただしヘッドホンだから向こうのため息はどうしても聞こえてしまう。安いスピーカーにしとけばよかった。
『……佳那妥は狡いヤツだ』
「それはどういう意味だよぅ」
気付かないフリしてたら、なんだか追い討ちをかけられてた。
『おまえは悪くない、なんて言われて気が楽になる人間ばかりじゃない。春佳は、そう言われたら余計に責任感じて背負い込む。少しは逃げ道を作ってやってくれ。春佳のせいで自分はこうなった、とでも言ってやれば、少しは気が楽になる』
「そんなもんかねー……」
『俺より付き合い長いんだろ?頼むよ、佳那妥』
「………ん。善処する」
まあ、雪之丞とはそんな感じ。「ハルちゃんによろしくー」『さっさと寝ろよ』で締めて、話は終わった。
で、次。
『莉羽ならもう寝たわよ』
卯実の声には、どこか責めるような気色があった……うん、なるほど。雪之丞が言ったことがちょっと分かった。確かに責められた方が気が楽になる部分もあるねえ。
「んー、まあなんやかんやあったことの釈明をいくらかさせてもらいたいので、出来たら卯実さんからも伝えてもらえるとー」
『別にあなたが釈明することなんか無いじゃない。私たちの『友人』があなたに危害を加えただけなんだし。むしろ謝るのはこっちの方でしょ』
「それはそうなんだけど、あたしの『釈明』っていうのはそっちの意味じゃなくて」
『どういうこと?』
きっと、あたしからの電話の着信に気付いてから気張っていただろう卯実の気配が、ちょっと緩んだ。緩んだ、っていうか、興味を持ったというか。
「えっと、もしかしたら違和感とか覚えたりしてないかな、と。あたしと話してて」
『……うん。敬語、っぽいのが取れたね』
「そう。あのね、卯実。あたし、コミュ障っていうか、あんまり親しくない人の前でどもるのって、会話のテンポが合わないからなんだ」
『……どういうこと?』
小さな頃の、ハルさんたちとの件で、あたしはまず誰かと話す時は機嫌を損ねたりしないようにまずよく考えてからしゃべることにした。
考えて考えて、そして「これなら怒らせたりしない」って言葉ができあがってから、喋るようにした。
でも普通、他人はそんな準備が出来るのを待ってはくれない。あたしが自分の中で、話すべき言葉を選んでるうちに、会話は次の段階に進んでる。
それでもなんとか会話についていこうとして、整理の出来てない言葉を話そうとするけれど、自分の中で決まっていない言葉を迷いなく喋れるわけがない。だから、つっかえてしまう。
『じゃあ、私や莉羽に対しても?いちいち考えがまとまってから喋っていたの?』
「うーん……結構、素直な言葉で話は出来ていたと思うの。でもやっぱりどこかでフィルターかけておかないと、出てはいけない言葉っていうか、卯実も莉羽も怒らせたりする言葉が出た時に言い訳が出来ないから、意識はしていたんだよね」
『だから、敬語みたいな丁寧な言葉になっていたのね。じゃあ、今……は?』
「もう、取り繕っても意味無いかな、と思って」
『っ?!……あ、あの佳那妥……?まさか、もう私たちとは……』
「あたしみたいなのが側にいたら、友だち無くすよ二人とも。だからもう、これっきりにしよ?」
『……………』
電話口の向こうで息を呑む気配。なんか今宵は電波状況もいいのか、息づかいまで聞こえてくる。莉羽とよくやるSNSの通話だとなかなかこうはいかない気がするんだけど。
『………っけんじゃ……』
……って、あれ?何だか急に電話が遠くな……もしもし?卯実さん?
『ふざっけんじゃないわよこのバカ佳那妥ぁっっっ!!』
「ひっ?!」
びびびっくりしたぁっ!!な、なにごと?何が起こったのっ?!
『ふざけんじゃないわよ、って言ってんのよこのおバカ!!何よ、もうこれっきりにしよう、って!私たちの気持ちも考えずに何勝手なこと言ってるのこのバカ!アホ!座敷童!』
いや座敷童て。
『佳那妥!私と莉羽はねっ!誰にも認められない関係でいることくらい分かってて!それを曝かれたらもう自分たちはおしまいだって思ってて!それであなたに出会って、否定されなかったことで……どれだけ救われたか分かってるのっ?!』
え?いえあの、少なくともあたしの趣味丸出しでお構いしてただけで、別に救おうとかそういう意図があったわけでは……。
『しかも!しかも、よ!あんんんん………なっ!恥ずかしいところまで見られて!今さらサヨナラなんか出来るわけないでしょ責任とりなさいよ責任をっ!!』
あのその、ちょっと待ってその件は莉羽さんがおっ始めて実は卯実さんもけっこーノリノリでしたよね?いえじゅーぶん堪能させてもらったのは否定しませんけれどっ。
『返事をしなさいバカ佳那妥っ!』
「はいっ!!」
何故か立ち上がって直立不動になるあたし。向こうから見えないのに。なぜだ。
『百合に挟まるのは罪ぃぃぃぃ?そんなもの私たちの知ったこっちゃないわよ!もうこうなったら絶対に逃がさないからねっ!何があったって、私たちに挟まれて身動きとれなくしてやるんだからっ!!』
『そーだそーだ!』
え?
『大体ね、佳那妥!わたしたちがあれっっっっっだけ!佳那妥のこと好きだよ、って言ってるのに全然信じてくれないのひどくないっ?!』
あれ、この声……莉羽?ナンデ?ナンデ?
『なんでも何も、お姉ちゃんあれだけおっきな声で喚いたら起きるに決まってるでしょ!』
あ、そういえば同じ部屋だったっけ。
『とにかくね、佳那妥。今さら私も莉羽も、佳那妥に隠すことなんか何一つないわよっ。もうあんな姿見られた私たちにこわいものなんかないんだから!』
『そーよ!今度はわたしのえっちなところ見せてあげるからね!』
あ、それは是非心待ちにして……じゃなくて。
「あの……ほんとに、いいの?」
『いい!四条のドアホとは今日を限りに縁を切った!もう、あんな奴だとは思わなかった!』
『私もよ。莉羽の紹介で一緒に遊んだりしてたけど、もうあのグループとは金輪際関わり合いにならないわ!』
「いやちょっと待って待って!流石にそれすると……えーと、あたしが恨まれそうなので、なんとか仲直りだけはして、前ほどじゃなくてもこお、穏便な関係に戻ってもらえると……むしろお願いシマス……」
『…………佳那妥がそう言うんならいいけどさあ、四条のアホには佳那妥に謝らせるからね!それだけは受け入れてよね!』
うあ……なんだこれ。
あたしはね、ほんっと空気読めたり読めなかったりで、自分しか見えてなかった小さい頃にしっぺ返しくらっただけだと思ってたんだよ。
それなのに、そのくせ、ずうっと、贖罪の念をハルさんに負わせて、自分の側にいさせ続けてきた。そんなつもりない、って思っても結局はそういうことだったんだ。
だから、そのことに気付いた今は、卯実と莉羽の友だちでいる資格なんかないと思っていたんだよ。つい、さっきまでは。
でも、ね。
「………ありがと、二人とも」
『……それだけ?』
『それだけじゃないよね、佳那妥?』
うん。
ちょっとは変えられて、自分でも少しは変えることが出来たあたしを、あたしとの関わりを、大切なものとことのように言ってくれる二人が、とっても愛しい。
「……これからもよろしくお願い……しても、いい?」
だから、ちょっと怖いけど。自分にはちょっともったいないとも思うけど。
『もちろん!』
『愛してるよ佳那妥っ!』
『……莉羽、それは気がはやくない?』
『早い者勝ちだよ、おねーちゃん!』
間に、なんておこがましいから。
だから、隣にはいさせてよ。ね?




