第19話 かしまし放課後ティータイム 後編
怒られました。
・・・・・
「で、結局お前ら何がやりたいの」
追い出されなかったのがせめてもの情け、ということで以後はヒソヒソ声での会話になった。まああたしとしてはこっちの方が、莉羽がすっとんきょーなことやらかさないでくれるので助かるけど。
「何がやりたいもなにも、友だちと仲良くしてたいだけじゃない。琴原さんには関係ないでしょ。べー」
「おい妹。クラスメイトだからといって馴れ馴れしすぎないか?」
あかんべーする莉羽を、ハルさんは眉間にシワ寄せて睨んでいた。
ハルさんてこーいうところ結構きっちりしてるからなあ。莉羽みたいに誰が相手でも距離感読まないタイプは面白くないかも。
「ふふ、琴原さんも佳那妥を私たちにとられたみたいで面白くないのでしょ?」
「ああん?なんだよ色ボケ姉妹の片割れ。あーしはカナが誰と友だちになろうが知ったこっちゃねーけどおめーらみたいなのに巻き込まれてしまうのも見過ごせねーだけだっつーの」
「何よ色ボケ姉妹って。わたしたちそんなんじゃないもん」
ああっ?!そういえば二人が恋仲なんだよ、ってハルさんには話したってことを言ってなかったぁぁぁっ!!
「あん?色ボケに色ボケっつって何がわる……」
「待って待って、ちょーっと………まって」
途中でまた店員さんが困った顔になってこっちに足を運びかけてきたのを見て、思いっきり声を潜めた。幸いこっちの気遣いにも気がついてくれたみたいで、途中でホッとした顔になって引き返していったし、三人も気付いたみたいで立ち上がってけんかでも始まるか、って雰囲気だったのはこれでどうにか収まった。
で、ホッとしたのは店員さんだけじゃなくてあたしも一緒で、少しは話が出来る空気の中でつい、深い考えもなしに言ってしまったのだ。
「あ、あのぅ……あたし三人に謝らないといけないことがあってぇ……実はぁ……」
怒られました(本日二回目)。
「……あっきれてものも言えねぇ……」
「こればかりは同感ね……」
「佳那妥のあほ。考え無し。あんぽんたん」
「あう……」
右隣、右前方、正面の三方向から罵られた。あたしが一体何をしたええそうですね同級生姉妹が恋仲だとかいう一般的にはあまり歓迎されない関係であることを自分の友だちにバラした上にそれを忘れてしれっとその二人と一緒にいたんですね改めて言葉にするとひどいな、あたし。
「「「…………」」」
三者一様の沈黙に囲まれ、項垂れる。うう、冷静に考えれば考えるほど、自分がとんでもないロクでなしに思えてきた……もうだめだー。
「……それで、琴原さん」
「……んだよ」
「私と莉羽の……その、関係を誰かに言ったりしたんですか?」
なんか反省中のあたしをヨソにまた剣呑な会話が再開していた。いやちょっと待ってまた騒ぎになったりしたら今度こそ追い出されるっ?!
「まっ、待って待って!ハルさんに限ってそれは無いからっ!」
「……おめーは黙ってろ、カナ。他人の秘密をぺらぺら喋るように見えるのか?あーしが」
あう……デッカい流れ弾がこっちに……。
「ま、無いでしょうね。佳那妥があなたに話した、というのであればそれくらいあなたを信用してるからだろうし」
「そーだそーだ。琴原さんを信じたんじゃなくて、わたしたちは佳那妥を信用してるんだから」
「……だってさ」
靴を脱いでソファの上での正座に移行してたあたしを、「なにやってんの、おめ」な目付きでこっちを見ながらハルさんが言った。
「いやその。なんか大っ変申し訳なく思いまして。はい」
「佳那妥ぁ、お店の人がまた変な目で見てるからやめたほうがよくない?」
「あう……そうですね」
莉羽のもっともな説得で、ノロノロともとの格好に戻る。うう、このあたしの遺憾の意をどのように表現すれば三人に誠意が伝わるのだろう……。
「余計なことしないで大人しくしていればいいんじゃないかしら。でも莉羽の言う通り、私たちは佳那妥がどんなコかは知っているつもりよ。あなたには楽しくないでしょうけれどね」
「どういう意味だよ」
「自分だけが友だちみたいな顔をしないことね。佳那妥は私たちのことだって友だちだと思ってくれてるわ」
「うんうん」
うう、なんだこのやりとり。恥ずかしくて死ねる……。
「……別にカナが誰と友だちになろーがあーしの知ったこっちゃない。というか普通にいいことだろ」
「そう?どうもあなたの態度を見ていると、佳那妥を自分の管理下に置いておきたいように見えるんだけど」
「別にあーしはカナの保護者じゃねーっつーの」
「そういう意味じゃなくてね。でもそんなことを言うんだから、きっと自分自身でも意味は分かっていると思うけれど」
「………ふん」
どういう意味?とでも言いたげな莉羽の視線があたしに向けられてけど、あたしは気付かないふりをする。だって……。
「……別にどーでもいいだろ。あんたらはカナとよろしくやってくれりゃそれでいいよ。あーしはそれとは関係無くカナの友だちでいてやるよ」
「あのぅ、ハルさん?……わぷ」
「とりあえずおめーはその不景気なツラなんとかしな。ほら」
いやほら、とか言われても。年頃の女子の顔を冷めた手拭いで拭うとかどうなの。いやそりゃあそんな大層なツラじゃないけど。
「じー」
そして意外にさっぱりしてしまったあたしの顔は、莉羽に妙な視線を注がれていた。な、なんでしょう…?
「んー、最初から思ってたけど。佳那妥ってさあ、わりと可愛いよね」
は?
いえあの、確かにパーツの作りは悪くないのにどうしてこうなった、と母に絶望されるくらいには素質はあると思いますけど学園のアイドルさまに褒められるほどでは。
「ぷっ、お母さんにそんなこと言われたの?佳那妥。仲が良いのね」
「そのやりとりを仲が良いと評する卯実もどーいう育てられ方したのか興味がありますけど、あたしは別にかわいくなんかないです。ほらほら」
お澄まし顔になってウィンクなんかしてみせたら二人とも「うわぁ…」みたいな表情になっていた。あたしの場合、目が全てを台無しにしてるんだよなあ……それを直したら美人の仲間入りの資格を審査する権利くらいは得ても良い気がするけど、整形でもしないと無理でしょ。そーしたところで誰か喜ぶわけじゃないし。
「ま、それはそれとして。琴原さん。別に私たちはあなたから佳那妥を引き剥がそうなんてつもりはないし、その逆も然り、ね。佳那妥がちょっと先走ったせいで、」
あっ、はい。反省してますので…。
「……おかしなことになりかけたけれど、あなたが佳那妥に拘る理由と、私たちが佳那妥に一緒にいて欲しい理由は違うだろうから、別に仲違いする必要はないと思う。どう?」
「……だーらそんなこといちいちあーしに断らないで、色ボケ姉妹らしく好き勝手にしてりゃいいだろ」
「そーいう言い方しなくていいじゃん。っていうか琴原さんも女の子同士が好き合うのって駄目なタイプ?」
「そんなもんカナに慣らされたから特にどうとも思わねーよ。それに姉妹でやってるうちは単に仲良し姉妹のお遊びに過ぎねーだろ」
「………」
「………」
あれ、卯実も莉羽も黙っちゃった。てっきり「そんなことないわ!」って姉妹相互いへの愛の深さ濃さを熱烈に語ってくれると思ったのに、ってまさか夕方の喫茶店でそんなことするわけにもいかないか。せめてあたしの妄想の中だけで済まそ。えーとまずは卯実が妹の肩をひしと抱いて……。
「おい。話済んだからそろそろ帰ってこい」
「あだっ」
ハルさんのデコピンが炸裂していた。いやそりゃまあ威張れるような顔じゃないけど、一応仮にもこれでも婦女子の端くれのつもりではあるんだから、顔はやめて顔は。
「そーだそーだ。琴原さんは佳那妥をもっと丁寧に扱えー」
「あーその、まああたしとハルさんもいろいろあったので、そーいうことはお互い気にしてないってことで、ひとつ」
あたしの「顔はやめてー」なんてジョークみたいなもんだしね。
「そゆことなんで、ハルさんいいかい?」
「………一つだけいいか?」
「ん?」
ハルさん、あたしにではなく向かい側の二人に、割とマジメ系な顔で向き合う。いや別にハルさん普段がふざけた顔してるってわけじゃないけど。
「あーしは確かにあんたらの関係は、カナから聞いただけで他の誰にも言ってねーけど」
「それを疑うつもりはないわよ。佳那妥が信じてる人だもの」
「そいつはどーも。けど、それだけじゃ済まないことだってあることは覚えとけよ」
「……ハルさん、もしかして」
「いんや、そんな噂みてーなのはあったけど冗談ばっかだと思うよ。だけどカナタが絡むとそうも言ってらんなくてさ。品槻たちじゃなくてカナタも気をつけてな、って話。前も言ったけど、困ったことがあればあーしに言えよ?」
「ん。でもあたしもいつまでもハルさんにばかり頼ってらんないもんね。なるべくなら自分でなんとかしてみるよ」
「いー子だ」
「なんだいそりゃ」
と言いつつも、肩を抱いて頭をコツンとしてくるハルさんは、ひっじょーに男前なんだけどこれがカレシと二人きりになるとなかなかねぇ……ぐふふ。
「おい。何か変なこと考えてないか?」
「ないよぉ。ハルさんが雪之丞と一緒にいるとデレッデレ、とか考えてないよぉ」
「へー。琴原さんてそういうタイプなの?」
「お、莉羽も聞きたいです?うふふ、あたしもこの話共有出来る友だちが増えて楽し……いだいいだいっまたこのパターンっ?!」
「もう、二人ともやめなさいよ。またお店の人ににらまれるわよ」
「………ちっ」
またもやハルさんの舌打ち。でも今度のは、さっきみたいな聞く者(主にあたしだが)の心胆寒からしめるよーなもんじゃなくて、きっと照れてるんだろうなあ、と生暖かい思いを抱かせるよーな、湿っぽいものだった。
「あ、そうそう。そういえば私忘れていたことがあったんだけど」
「え、なに?お姉ちゃん」
「私だけ除け者にされるのは面白くないから、これはさせてもらうわ。はい、佳那妥。あーん」
「あーん」?
なんかこの数十分ですんごく不穏な響きに成り代わってしまった言葉のような、と思いつつ声の主の方を向いたならば。
「どうしたの?私のケーキだけ食べられない、とは言わせないわよ」
と、見ようによっては青筋立ててそーなにこやかな笑顔で、モンブランの欠片が刺さったフォークをこちらに突き出していた。一応、手皿を添えているあたりが二人とは違うけど問題はそーいうことじゃない。
「あ、あの……ハルさん?」
「……知らねー」
どういうつもりか分からないけれど、あーし見てないから、みたいにそっぽを向いていた。いやそもそも最初にあたしにそれやったのハルさんじゃんっ!それ見てた卯実と莉羽がヘンな対抗心燃やしてこの状況作ってるんじゃんっ!……っていやまあ最初にお口開けて要求したのあたしだけどさあ……どうしてあんなことをしたのだろう。助けて卯実……と思ってそちらを見たら、卯実の方もフォークに刺した物体を次にあたしに向けるタイミングを計っているように……いや、フォークの持ち方からして持ち手の方をこっちに差し出そうと……あのまさか、卯実さん?それをあたしに持たせて自分に食べさせよーと?あまつさえたっぷり自分の口を蹂躙させたフォークをあたしにも口中で舐らせようと?
「………(てれっ)」
目が合ったら、顔を赤らめて視線を逸らされた。卯実の「あーん」をクリアした後に起こるだろう惨劇と騒動を想像して、あたしは真摯にこう願ったのだった。
……店員さん助けてっ!
………そして願いは叶えられることはなく、喫茶ペシュメテのフォークが二本、じぇいけー三人の唾液まみれになったという。




