第18話 かしまし放課後ティータイム 前編
「ハルさんハルさん、ちょいと放課後相談いいかい?」
「なんかえらい機嫌いいけどどうしたのさ」
「機嫌?別によくはないけど。あ、よかったらなんか奢るよ。ペシュメテの新作が良い感じらしくて」
「お、それは嬉しいね。次のデートに使えそうかな」
「今さらおのろけ?もー勘弁してよーハルさーん」
「あはははー」
・・・・・
「お前はアホかーーーーーっっっ」
「あう……」
ヒソヒソ声で罵られた。なんでだ。
週末は二日とも品槻姉妹の家に遊びにいったことと、なぁんか卯実と莉羽に前後で挟まれて気持ち良かったよー、てなことをかいつまんで話したら、斯くの如く言われたわけなのだ。ひどくない?
「ひどいのはおめーだ、おまえ。な・に・が、愛しあう姉妹に挟まれて悦びを知った、だ。普通にキモいわ!!」
「そんなこと言われても実際気持ちよかったもん。美少女二人にぴとってくっつかれて、いーにおいだったよー」
「……幼馴染みのそんな話を聞かされてあたしゃどんな顔すりゃいいのさ……」
頭を抱えてた。ていうかハルさんが雪之丞とラブラブになりたての頃、散々っぱらのろけ話聞いてあげたあたしの気持ちはどうしてくれるんでしょうかね。いや一応祝福する気持ちはあったけどさ。
ちなみにこんな他人に聞かせるにははばかりのある会話がなされてる場所は、高校生が寄りつくとはなかなか思えない、駅前の路地裏にある老舗の喫茶店。うちの両親が若かりし頃でぇとでよく使っていたとかで、小さい時によく連れてこられた。父に。
父はそん時に母との馴れ初めを熱く語っていたものだけど、幼心に両親の馴れ初めなんか聞かされても気分がよかろうはずもなく、「とーたんきもい」と言ったらいたくショックを受けたようで、その後一度も一緒には来ていない。あれ十年以上前のことの気がするが。
ただ、喫茶店としてはケーキにやたらと力を入れているらしく、単品だとお高いが飲み物とセットならそこそこお安くいただけることもあって、高校生になった頃からはハルさんや雪之丞と一緒に何度か来てるし、駅ナカの本屋で買ったGL本を家に帰るまで待ちきれなくてここで読み始めるとかは、割と頻繁にあったりする。
なもんだから、店員さんにも顔は知られていて、まあ高校生が珍しい店だからってこともあるだろうけど、あんまり迂闊なことを人に聞かれそうな声でするわけにもいかんのよね。なんでそんなややこしい店を相談場所に選んだのだ、って話になると、まあ最近校外では卯実と莉羽の二人と遊んでることが多かったので、たまにはハルさんとお茶したいなー、って、店に入るとき言ったら、ハルさんらしくもなくめちゃめちゃ照れてた。こういうところはあの二人に負けず劣らずかわいーハルさんである。
「……まー仲が良いのは悪いこっちゃないけどさ。そんで、カナとしてはあーしに相談することがあンだろ?なに?」
「うーん……あのね、昨日二人にくっつかれて感じたものって、結局何だったのかな、って……あいた」
頭をぶたれた。なんでだ。
「だから気持ち良かった云々は知らんって。ていうかあんたが気持ち良かったと思うってんなら、それが全てなんだろ」
「なんで呆れてるの?」
「さあね」
頬杖ついて、窓の外を見るハルさん。これはあれか、自分で考えろということか。
会話が途切れたと見てか、注文した品が席に届いた。あたしは新作の秋栗のモンブランで、ハルさんは期間限定のザッハトルテ。飲み物はどっちも紅茶。この店の紅茶はケーキに合うんだわー。
「ごゆっくりどうぞ」
「ども」
女子大生っぽい店員さん、にっこり。会話したことは無いけど、目が合うのに抵抗がないくらいには馴染んでる、ってどんだけ人見知り激しいのだ、あたしは。
さてさて美味しいケーキと紅茶を前にしてすぐ手を出さないテはなく、そこのとこだけはハルさんも同意見なのか黙ったままフォークをもち、早速ケーキをつつき始める。うむ、甘さ控え目かとおもったらどっしりした甘味。でもバターとかよりもやや和風よりな風味。和三盆かな?の、お陰で重量感の割には軽くいただけてしまえる。重いのは割と莉羽のお好みだけど、これなら卯実も美味しく食べられるんじゃないかな。後で教えてあげよ、っと。
「んまいな」
「だねー」
ハルさんのザッハトルテも好評の様子。美味そう。これは一口頂かない手はない。
お行儀悪く、フォークを咥えてうまうまやってるハルさんに向けてあたしは首を伸ばして大口開ける。
「……ハルさんハルさん。あーん」
「ええっ?……ああもう、しょうがないな。ほら」
ひゃっはう。んー……んむ、こっちは逆に口当たりは軽いのに口のなかで解けるとじんわり甘味が効いてくる。あたしのモンブランとちょうど逆だ。
「こら。楽しんでないでそっちもよこせ」
「あいあい。はいどーぞ」
「んむ。………ふぅん、こっちもいいな」
「でしょでしょ。でもザッハトルテはコーヒーのが合いそうだね」
「かもな」
ここの期間限定メニューはほんとに期間限定で、好評だったらレギュラーメニューに加わるなんて奇蹟は起こらないので、近々再訪してあたしもザッハトルテをいただかねばっ。なんだったら卯実と莉羽の二人を誘ってきてもいーかな、二人とも今何やってるかな、と思って窓の外に目を向けた時だった。
「(ひっ………?!)」
声にならない引きつけを起こしたみたいな声を上げる。いや上がってない。というか思わず飛び退ってソファから転げ落ちそうになった。一体窓の外に何があったのかって……。
「ん?どしたー、カナ………わぁっ?!」
あの、あのハルさんに悲鳴をあげさせたものの正体ときたら。
「かぁぁぁなぁぁぁたぁぁぁ…」
「………………」
ヤンデレが二人。いや卯実と莉羽の姉妹。なんだヤンデレって。というか窓に両手をかけて額がくっつかんばかりに窓に顔を寄せて「ぐぬぬぬぬ……」ってやってる莉羽と、その隣でものっっっっそい藪睨みでこっちを見ている卯実。二人とも美人な分余計に、余計に迫力ががが。
「お客様どうされま……ひいっ?!」
挙げ句、あたしたちの様子に慌ててやってきた店員さんまで床にへたり込んでいた。鬼や。鬼がおる。
「誰が鬼よっ、誰がっ!」
莉羽がわめいていた。ハルさんの向かいの席で。
「私たちの誘いを断って他の女と逢い引きとはいい度胸ね、佳那妥」
卯実が凄んでいた。あたしの向かいの席で。
つまるところ、あたしとハルさんは横に並べられて説教されていたのである。だから、なんで?
「…というのはまあ冗談として、ただ佳那妥の姿を珍しく駅前で見つけたので、何やってるのかな、ってつい、ね」
「うん。ちょっと驚かせてみたかったし。ごめんね、佳那妥」
つい、にしてはえらく真に迫った演技だったよーな。まあでも何をやらせても群に秀でるこの二人のことだから、あたしには見破れない演技ができても別に不思議じゃない。
で、現在喫緊の問題となるとー………。
「…………」
「あいさつくらいしてくれないかしら、琴原春佳さん」
さっきからひとっことも話さないハルさんに、なんかいつもより湿度の高い絡み方をする卯実。
「ねー、琴原さん。なんで佳那妥と一緒にいたの?学校じゃあんまり一緒じゃないよね。わたしたちだって佳那妥が言うから放課後しか一緒にいないのに、ずるいじゃない」
「………」
えー……もともとクラスメイトなのに、なんでそんな他人行儀な……いやクラスメイトに他人行儀、はあたしが言えた義理じゃないんだけど、あまりにも莉羽っぽくなくて。いつもなら誰にだってカラッとした人当たりのいい応対してるじゃーん。
「……………ちっ」
そしてハルさんまでなんで舌打ちとか。似合ってると言えば似合ってるけど。不機嫌なギャルっぽくて……いたたいたいいたいウメボシは止めてハルさぁんっ?!
「全部聞こえてんだよ、バカカナタ!考えてることだだ漏れになるクセまだ治ってないのかっ!」
「んなこと言ったってこれがあたしの個性だからそのままでいいんだよ、ってハルさん昔言ってたじゃんっいたいいたい!」
「言ってねー。そんなことひとっことも言ってねー!」
「ぎゃー!出力上げないでーっ!」
そろそろお店の人助けてくれないかなあ、と半泣きになりながら思ったところで、ようやく助けが入る。
「あの、おきゃ」
「ちょっ、ちょっと止めなさいよ佳那妥がかわいそうじゃないの!」
「あん?」
「…くさまー………ごゆっくりお過ごしください……」
いや卯実と莉羽の注文取りにきたんじゃないの?帰ってどーするの。
あたしのこめかみを両の拳で挟み込むウメボシの体勢のまま、ハルさんは卯実と睨み合っていた。
莉羽はハルさんの迫力に気圧されたか、テーブルに両手を突いて中腰のお姉ちゃんの腕を掴んでいた。
つまり、なんだ。
「……ままま、ご一同。ここはこのあたしの顔に免じて矛を収め……あだだだっ?!」
「あんたのせいでこんなややこしーことになっているという自覚が足りないぞ自覚がっ!」
「自覚って何よ自覚ってぇっ!」
「ちょっ、やめてよ佳那妥の頭が壊れちゃう!」
「こいつはもともと壊れてんだからこれくらいすりゃ逆に治るだろっ!」
「無茶苦茶言ってる……」
でもまあ、壊れてるという自覚はあったりするから仕方ない。
「お客様っ!……あっ、あのぅ……ご注文を……いいですか……?」
そしてナイス店員さん。第三者が入ってなおウメボシを続行するはずもなく、あたしはようやく孫悟空の気分から解放されたのだった。
「あててて……」
「だいじょうぶ?佳那妥」
「あー、あたしは問題ないんで、莉羽と卯実もケーキ頼んでください。あたしたちの頼んだのオススメ」
「そうだね。おねーちゃん、わたし佳那妥と同じので」
「じゃあ私もそうするわ」
いえあの、ハルさんの頼んでたザッハトルテもいい感じ……。
「チッ」
ひいっ?!……なんかさっきより殺気が増してるような……ま、まあ注文も終えたことだし、これで少しは和やかな雰囲気になるでしょ……なって欲しい。でないとあたしの体がもたない。頭とか。胃とか。とにかく、要らんことは話さないように隅っこで小さくなってよ……。
「……それで、佳那妥からはいろいろ聞いているけれど。お話するのは初めてね、琴原さん。品槻卯実よ。ご存じでしょうけれど」
「あの、あたしを口実にして会話の糸口掴むのやめてもらえません?コワいから」
小さくなってても無意味だった。
「あーしのことなんかどうでもいいだろ。アホカナとよろしくやってりゃいいじゃん、色ボケ姉妹が」
あ、あわわわ……ハルさんが……ハルさんが売られたケンカを高値で買うてる……。
「あら。お友だちをそう蔑ろにするものじゃないと思うけれど」
「!…ッら、あーしは別にカナをバカになんかしてねえっての!」
「え、ちょ……あ、あのぅ……卯実?ハルさんはあたしの割と大切な友だちなんで、あんまり……」
「………チッ」
えええ………なんかハルさんがこわいよぅ……。
「お、お待たせしました」
さっきに比べればかなり早いタイミングでケーキと紅茶のセットが二人分届く。これ「はよ食って帰れ」とゆー意図を感じなくも無い……うう。
「あ、ほんとだおいしそー。お姉ちゃん、ケーキさめちゃうから早く食べよ?」
いえケーキは冷めないと思うんですが冷めるんならむしろ紅茶の方なんではなんてツッコミが冷静に浮かんでくる辺り、実は莉羽もテンパってるんじゃ………と思ったら。
「はい、佳那妥。あーん、して?」
「はい?」
斜め前からモンブランの欠片が突き刺さったフォークが差し出された。顔の高さで。
言わんでも分かるけど、卯実ばーさすハルさん、の視線の交差というかガンのつけあいをぶった切る軌跡を描いて、莉羽があたしに突き付けてきたのだ……って、あのあの、これはあたしに食べさせようと……?ていうかあなたまだ自分の分ひとくちもいってないじゃないですか。
「あ……むぐぅ?」
……と、言おうとしたら口にフォークごと突っ込まれた。一瞬何が起こったのか分からず、反射的に「たべもの」と判断した物体を舌の上で転がしてしっかり味を堪能してしまう。
「んふふ、おいし?」
ええまあ。さっき食べたのと同じのですけどとても気に入ったので。
こくこく頷いたら、莉羽はあたしの口からフォークを引っこ抜いて、満足そうに手元に戻した。うう、ハルさんと卯実がガンの付け合いを中断してこっちを見てる……コワくて二人がどんな表情をしているか見られない……莉羽ぅ、なんとかし
「……あの、あーた。なんばしよっとですか」
「ん?んー……なんかもったいないなあ、って。えい」
「「「あーっ?!」」」
なんばしよっとも何も、あたしの口から引っ張り出したフォークをじーっと見ていた莉羽は、そのままそれを自分の口に放りこんだ。ケーキもささずに。あたしが舐ったアレを、顔を赤らめながら、少し躊躇しながら、口に含んで、多分ぺろっと自分の口のなかで、なめ回していた。
「ちょっ、ちょっと莉羽あなた何をしてっ?!」
「てんめぇ、カナが泣きそうになってんじゃねえか!」
「あ、あのぅ……莉羽さん……?それ流石にあたしが恥ずか死ぬので勘弁してぇ……」
んでも莉羽はきゃーきゃーやかましいあたしたちのことなんか知るもんかと、たぁっぷり口中でフォークに唾液を塗し(この表現どうにかならないの……うう…)、そして満足しましたみたいな様子で、そのきれいな形の小さい唇からようやくフォークを取り出していた。フォークと唇の間にきらきら光る糸がひかれてたのがまた、艶めかしい。ううっ、あれあたしの口に入ってたフォークなんデスけど………。
「りっ、莉羽……あな、あなたなんてうらやまはしたないっ!」
「おま、おまなんちゅー真似を……」
そして絶句して日本語が怪しくなってる二人を前に、莉羽は「やってやった!」みたいに誇らしげな顔になっていた。




