第13話 小さな勘違い
そう。そもそも今日この場に来たのは、あたしの腐った趣味を通じてこの姉妹を見ていた罪を糾弾されるためだった。なんか楽しくてすっかり忘れていたけれど、ことここに及んで地獄の底に突き落とされる程のことを一体あたしがしたのでしょうかええしたんですね結局遠くにいて見てるだけにしておけばよかったのに我が身をわきまえず近付きすぎてしまったイカロスの翼……え、美化し過ぎ?ええ我ながらそう思うから美女と野獣の野獣の方にしておこうかそれだとハッピーエンドやんかありえんありえんあたしは死して屍拾う者無しが似合う女でもせめて残された百合マンガ画像とようつべその他各種アカウントの始末だけは頼んだ兄よ………よく考えたら妹の性癖の隠蔽を任される兄ってのも新しいジャンル開けそうじゃね?
「……おーい、佳那妥ー?」
ふむん。今世は百合で身を持ち崩したあたし。それなら来世は兄妹モノの境地でも開拓しよまいか。いや自分の身に重ねてみると何やらフクザツな思いはするけれど、それなら一人っ子に生まれればそれでいい。頼んだよー、来世の両親ー……。
「佳那妥?ダメね、これは。また何か自分の世界に入っちゃってる」
いや待て待て待て来世も人間に生まれ変わろうとか図々し過ぎないかあたし。そう生まれ変わるなら無機物になりたい。電柱の上についてるなんかゴツい機械とか。あれに生まれ変わって町内を睥睨する一生を過ごすんだ……スケール小さいなっ、あたし。
「ね、お姉ちゃん。どう?」
「え?……うん、いいかも。じゃあ……」
もう少しこう、だな。なんかこお……百合色中学生の日記帳とかに生まれ変わってな、思いの丈を自分に思う存分綴ってもらって。
「ちょっ、お姉ちゃあん……いつもより積極的すぎないっ?!」
「……もー、少し大人しくしてなさいってば。ほら、見せつけてやるんでしょ?」
「そうはいってもさあ……ううっ、いつもならわたしの方が迫ってくのに。お姉ちゃんいつから主義改めたのよぅ」
「うーん、なんか佳那妥の言ってたのをいろいろ調べてたら興味持っちゃって。ふふ、莉羽がこんなになってるなんてちょっと新鮮かも」
「えっ……ちょっ、ちょっとお姉ちゃんっ?!」
「ふふふ……いいよ、莉羽?ぜぇんぶ私に任せて。ね?」
「う、ううう……どうしてこんな……でも、なんかこういうのも………いいかも…」
そうそうこんな風に募る思いを妄想にしたためて日記なんかに書いちゃってそしたら……ん?
「なかなか良い感じね……ほら、見られたらどうなると思う?」
「う……お姉ちゃん……わたし、もう……んっ」
「莉羽……いいのよ?」
「お姉ちゃん……お姉ちゃん………お姉ちゃぁん……」
「なんばしょっとですかあなたたちっ!ひる、昼間っからそんな真似わたしのいないところで是非やってほし………あれ?」
なんか聞き慣れた声がすぐそばで濡れ場を演じてる気配がして思わず目がさめたあたし。
そして意識が現世に戻ってきたあたしの目に入ったのは。
「あ。帰ってきた」
「大丈夫?佳那妥。こうすれば気がつくかな、って思ったんだけど効果あったみたいね」
………並んでiPadをのぞき込んでいる、品槻姉妹の二人なのだった。何してんすかあなたたち。
「だから、佳那妥がフォローしてる人が書いてた小説。昨晩見つけて結構面白くって。これをわたしとお姉ちゃんで朗読したら気がつくかなー、と思って」
「ちょうど姉妹で……だったから、名前と呼び方だけ変えてね」
「……あっ、あの……もしかして二人とも……」
ずぇ、ずぇんぶわかって、あたしを家に呼んだ……?
「……?………っ?!……し、してないからねっ?!わたしとお姉ちゃんでこんなことはねっ?!」
「そ、そうよ!まだしてないから安心してね、佳那妥っ?!」
いえ、それ全然安心出来るトコじゃないんですが。というか二人的に気になるのはソコなんですか。
若干疎外感を覚えて、バレないようにぶんむくれするあたしなのだった。
「ええと、つまり……」
「うん。佳那妥のSNSのアカウントいろいろ辿ってたら、まあまあそーゆー世界もあるんだなー、って」
「で、昨夜に莉羽から教えてもらって、私もね」
そーゆーことだったらしい。
なんちゅーかもう、一人で暴走してでんぐりかえって悩みまくっていたあたしがアホじゃないですか。
とりあえず落ち着いてから話そう、ってことでお昼の会食の後片付けを済ませ、あたしの持ってきたお饅頭でお茶しながらの、答え合わせ。
要するに、どーせあたしのSNSのアカウントなんか細かく調べたりしないでしょ、と高を括っていたのがそもそもの間違い……間違い?きっかけ?
莉羽は割かし最初のうちに、あたしのそーいう趣味については知ってしまって「ふぅん」で済んでたらしい。自分も姉と好き合ってる、ってことで特に抵抗もなく、普通に友だち付き合いのつもりでいたとかなんとか。
ま、まあとにかく、迂闊にSNSアカウントなんか人に教えるもんじゃないなあ。でも今回は悪くない方に転がったんだけど。ただ、でも、二つだけ問題というか疑問はあって。
「……あのー、あたしにそういう趣味があったとして……いや実際あるんですケド、そういう趣味の延長上で自分たちを見てるんじゃないか、って気持ち悪くなったり……しなかったんです?」
「え?えーと……それってつまり、佳那妥がわたしたちをいやらしー目で見てるか、みたいな?」
「そういうのとちょっと違うんですけど……」
この辺説明むつかしいなあ。当事者にとってあたしみたいな興味本位で見てる人ってやっぱりウザったいだろうし、それが分かってるからあたしみたいな連中はナマモノは取扱い注意、って不文律があるんだろうし。本来はそういう意味とは違うんだろうけれど、でも現実にいる人にそーいう目を向ける時は気をつけないとね、って感じのことを、言葉を選びながら説明したら。
「……うーん、よく分からないけれど、佳那妥が相手ならそれほど気にはならないかな、私は」
だって。ちなみに卯実がそう言っていた時に、莉羽もうんうんって頷いていたから、この二人のあたしへの評価ってどういう風になってるんだろう。
「だってさ、佳那妥はわたしとお姉ちゃんがそういう関係だと知って、第三講堂に来たわけじゃないでしょ?それに多分、多分だけど、佳那妥はあの時わたしたちに気付かれないように去ろうとしてたじゃない」
失敗して見つかったけど、と莉羽が言った時にはあたしも突っ伏して二人に笑われたけど。あれはもーほんとになんていうか、人生最大の不覚だった……。
「あとはまあ、いろいろあって、私と莉羽がそういう関係になっちゃった理由を聞いてもらった時の佳那妥かな。あれで、ああこの子は信用してもいい人だ、って私も莉羽も思ったんだもの。それじゃ答えにならないかな」
その時のあたし……って…うあ、勘違いして泣いちゃった時じゃん。そんなのを見ていい人だと思われるってのもなあ……でもどうしてあたしあれで泣いたりしたんだろう。感情移入したのは間違いないけど、お父さんお母さんが亡くなったと勘違いしたってだけじゃない気がするんだよね。まっ、今さら考えても仕方ないけどさ。
「あっ、それとあと一つ……」
「えー、まだあるのー……?いい加減佳那妥もあたしたちを信用してよー」
そんなこと言われましても。っていうかそれじゃあまるであたしが二人をテストしてるみたいで不遜もいいとこだ。でもこれはそういう意味じゃなくて、ほんっとしょーもないことだけれど、あたしが理解出来ないことなんだもの。もう好奇心みたいなものだと思って、ガマンして答えて欲しい。
「莉羽は、どうしてあたしのSNSアカウントなんかをつっこんで調べてみよーだなんて思った、んです?」
「え?興味持ったひとのことくらい調べるでしょ?ふつう」
「………それだけ?」
「それだけ、だけど」
なんで?みたいな顔になる。それも、二人揃って。
それを見てあたしは、自分がどんだけつまんない人間になってるんだか、って気付かされたような気がした。
興味をもった。
自分たちの秘め事を目撃した相手のことを。
良い方に、とも言ってないから、もしかしたら悪い意味であたしのことを調べようとしたのかもしれない。
けど、そうやってふとすれ違った人間のことを「興味をもつ」なんて、自分がその対象になっていたことも含めて、あたしにとっては結構驚きだったんだ。
それから、莉羽はなんだか友だちに会う約束があるとかでしばらくしてから出かけていった。必然的にあとはあたしと卯実の二人きりになるんだけれど、そこは莉羽がやきもちやいちゃって、「お姉ちゃんは早々に佳那妥を家に帰してあげること!いい?!」って念を押されたものだから、卯実は苦笑含みで、あたしは困った顔でさわがしい学園のアイドルさまを見送ったのだけれど。
「さて、こっちも莉羽にやきもち妬かれちゃうから片付けをして解散しますか」
「ですねー。まさかあたしが莉羽に妬かれる日が来るなんて思いませんでいした」
「あら、そう?っていうか、佳那妥ってやきもちやく、って対象の捉え方勘違いしてない?」
「え?」
立ち上がってカップを片付けていた卯実だけど、またなんか妙なことを言い出した。
やきもちの対象の捉え方?それってこの場合、莉羽が、お姉ちゃんをとられたくないと、あたしを対象にして抱く感情が、やきもち、ってことなんじゃないの?あれ?まーたあたしハルさんによく言われるみたいに言葉の勘違いしてのかな。うーん。
「あ、あはは、あたしよく言葉間違って使ってるって言われるから、そうかも。あ、これでカップ最後です」
と、ソーサーを重ねてその上にカップをのせたものを、洗い物を始めた卯実のもとに運ぶ。
さて、これで楽しい会食もお終い。あたしは帰って昨夜見逃した配信でも見て、あとは夜になったらハルさんに今日のことを……。
「ね、佳那妥。ちょっと莉羽との約束破っちゃうけど、すこしだけ話していかない?」
「ふえ?」
またなんとも唐突な申し出だったけれど、その時の卯実の顔はひどく真剣だったから、あたしはなんだか気圧されたように受諾するしかなかったわけで。




