戦後民主主義
1994年10月13日、ストックホルム発外電は、すぐにNHKの臨時ニュ-スとして流れ、翌朝には新聞のトップニュ-スとして各紙の第一面を飾った。
──大江健三郎のノ-ベル文学賞受賞
そして、翌日に大江は文化勲章を辞退した。
辞退の理由について、各新聞社の報道はくい違ったみたいだ。
産経新聞 「自国の歴史を汚染にまみれた過去とみるイデオロギ-である」「常に個人を国家と対照させ、反国家・反体制のポ-ズをとり、それが進歩的・文化的の市民と考える」
読売新聞 「ここで語られた戦後民主主義という言葉のなんと鮮やかで輝かしいことか。それは大江健三郎氏の姿勢の根幹をなす戦後民主主義へのこだわり、深い思い入れが同時代に生きた者として・・・・こだわり続けたい」
(評論家下重暁子氏)
オレが以前より記憶していた辞退理由は、大江のインタビュー記事としてニューヨーク・タイムスが伝えたものだった。
「私が文化勲章の受賞を辞退したのは、民主主義に勝る権威と価値観を認めないからだ。これは極めて単純だが、非常に重要なことだ」 ──民主主義に勝る権威と価値観とは、天皇制のこと──
大江健三郎は文学作品とは別に、反原発や『広島ノート』や『沖縄ノート』にみられるように、政治や歴史的な発言を積極的におこなう作家に属するだろう。右翼に脅迫された事実もある。
それらによって、彼を非難し、忌み嫌い、信用ができないという人も多くいる。
しかしそれは、至極当たり前のことだろう。すべての人が同じ考え、意見を持つわけもなく、多様な考えや価値観が存在することこそ、自由な民主主義なのだから。 ──民主主義の定義も難しいが──
右翼の脅迫は別としても、大江自身も自分が書いたものや発言に対して、非難や批判があることは覚悟のうえだろう。多少オロオロしているかもしれないが……
オレもときどき政治的なことを書いたりするが、もちろん公開した以上、非難や批判されることは覚悟しているし、非難や批判する人がいることは当たり前だと思っている。 ──誹謗中傷は論外だが── 民主主義とは表現の自由なのだから、オレは執筆し公開をする以上、非難や批判をおそれない。さまざまな意見を拝聴するのは、自分のためにもなるだろう。
今朝も冷え込みが厳しいが薄明のなか愛犬シーズーのシーと散歩に行く。夜明けの底辺から赫く色づく東の空を見つめることは、シーとオレにとってかけがえのない体験だ。