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『懐かしい年への手紙』第三部 第一章「さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり/清くして、諸ゝの星にいたるにふさはしかりき」



 『懐かしい年への手紙』第三部 第一章「さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり/清くして、諸ゝの星にいたるにふさはしかりき」


 ギー兄さんの公判から獄中の十年の期間、その意志表示にしたがって、Kちゃんは直接連絡をとろうとしたことはなかった。ずっと森のなかの土地に住んで、松山に出てはギー兄さんと面会をつづけ、それができなくなってからも文通をたやさなかった妹をつうじて、 ──自分はKちゃんにとって死んだ人間のようでありたい── というギー兄さんの意志表示があったから。


 そしてKちゃんがメキシコに発つのといれかわりのように、ギー兄さんは出獄し森のなかの谷間の村へ帰ってきた。メキシコ・シティからの通信を日本の新聞に書くと、すぐさまそれを読んだギー兄さんから感想に始まる手紙が届いた。 ──十年に及ぶ永い沈黙については一切ふれず、死ぬようにして生きていた獄中生活などは、実際にはなかった、とでもいいたいような語り口で。そしてそれらの手紙は、静かで・穏やかな手紙だった──

 Kちゃんがメキシコから帰国し、その週のうちにも松山へ飛んで、ギー兄さんへ会いに行くつもりだったが、ギー兄さんはいったん森を出て国じゅうを放浪するように旅をしていた。それより前に妻のオユーサンが訪ねて行った屋敷で、まずギー兄さんは「事件」と獄中生活についての()()()ともいうべきことを語り、個人的な規模での()()()の再建を考えていると話した。 ──またKちゃんが獄中生活の間に書いた小説のうち、『万延元年のフットボール』の読後感を語った──

 

 ギー兄さんがセイさんの娘であるオセッチャンと結婚を決めると、セイさんは森を出ていった。ギー兄さんでいちばん変わったのは、人が永い間悲しんでいるうちに、ある力の作用から、悲しい表情がこびりついてしまう眼だった。いまや川下の隣町と合併し村自体の名前も無くなった森のなかの村は、ギー兄さんの眼に違和感のないところは、屋敷から登ったテン窪の一帯くらいだった。それでもまだ、ギー兄さんは土地の人間よりもすこし上の方に眼を向けているという、感じは残っているようだったのだが……


 この章で印象に残ったのは、ギー兄さんの『万延元年のフットボール』への読後感と、ギー兄さんの悲しさが滲みでた眼だった。人はあまりにもつらいこと悲しいことが続くと、そのような眼に変わってしまうのだろうと……



 愛犬シーズーのシーと朝の散歩に出かける。底辺から東の空が(あか)く染まり広がる陽光はすべてを洗うようだ。腐った人間がけっして見ることのない光景だろう。多くの自民党議員も、薄明の美しい光景を知らないはずた。




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